*FIRST CONTACT3〜ハチ(少年)*



この国での捕獲は首尾良く果たせたので、白鳳一行は次の目的地へ移動すべく、国境目指して進んでいた。昨夜の雨が嘘みたいにからりと晴れ渡った空。天からの恵みを十分受けた草木の緑が目に鮮やかだ。うっそうと生い茂った森を抜ければ、そこには一面の草原が広がっており、色とりどりの花の絨毯に感嘆のため息が零れた。
「ここで昼食にしようか」
「そうですね」
「・・・・はい・・・・」
「きゅるり〜」
真上で照り輝く太陽や鳴り出しそうな腹具合も、そろそろお昼時だと告げている。肩先のスイを静かに降ろすと、白鳳はシートを広げ、いくつもの容器を並べ始めた。中でひしめくご馳走は、今朝、宿屋の厨房を借りて、こしらえたものだ。フローズンが財布を預かるようになってから、日々の食事は全て手作りだった。これまでは計画性皆無で、外食や買い物をしていた白鳳だったが、今は必要な分だけフローズンに申請しなければ、お金は貰えない。しかも、正式な領収証がないと許可が下りないので、無駄遣いのしようもなかった。聡明なフローズンは管理する金銭を利率の良い銀行に預けたり、小さな投資をしたりして、わずか半年で順調に資産を増やしていた。たまには羽目を外して散財したいと思っても、そんな希望が受け容れられるはずもなく、白鳳は内心、不満たらたらだった。もっとも、単独行動時には金持ちの紳士を誘惑して、全額相手持ちで怪しい店にしけ込んだりもしていたが。
「白鳳さま、スイさまが見当たりません」
「え」
ようやく準備を済ませ、皆に声をかけようとしたのに。花が咲き乱れる美しい景色にはしゃぎ過ぎ、つい遠くまで行ってしまったのかもしれない。この辺りにはモンスターの影もないし、身の危険はあるまいが、それでも姿が見えないと不安になってくる。
「悪いけど、ちょっと見て来てくれないかな」
「なら、私はこっちの雑木林の方を」
「・・・・私は向こうへ行ってみます・・・・」
神風とフローズンは白鳳の言葉に従い、スイの捜索に乗り出したが、DEATH夫だけは素知らぬ顔で真上を飛び交う鳥を見ている。やれやれと思いつつ、白鳳は彼に言いかけた。
「DEATH夫も探してくれるとありがたいんだけど」
「あんな生き物、どうなろうが俺の知ったことか」
「・・・・・・・・・・」
いつもそうなのだ。パーティーに加わって半年近くなるが、彼は白鳳の指示など何ひとつ聞かない。頑なな拒絶を示すのは他者への警戒心の裏返しで、行動を共にしていれば、徐々に馴染んでくるに違いないと楽観していた。が、彼は白鳳はもちろん、同じ男の子モンスターの神風にも、一切心を開く兆しはなかった。
「・・・・DEATH夫・・・・」
見かねたフローズンが一旦引き返し、小声で何やら囁くと、ようやく神風と逆方向へ歩いていった。やる気のなさが漂う黒いシルエットを見送りながら、白鳳も弟を求め、小走りで草の波を渡り始めた。
(あれでフローズンの言うことだけは聞くんだから。。)
ある意味、DEATH夫のマスターは白鳳ではなく、フローズンだった。いや、マスターというより、生死を分かち合った盟友だろうか。最初はふたりを恋人だと決めつけていたが、その道に聡いだけに、彼らの間に一切色事関係がないのはすぐ分かった。窮地でも躊躇わず互いを庇い合える、人間同士でも稀な強い絆。
(・・・・・少し羨ましい気もするね)
フローズンとはかなり親しくなったので、DEATH夫との出会いや旅の経緯について、断片的に語ってくれることもあった。それによると、氷のダンジョンの最深部で半ば隠遁生活を送っていたフローズンが、瀕死の状態で捨てられたDEATH夫を助けたのが縁だそうだ。当時の凄惨な状況は白鳳たちと会ったときの比ではなく、フローズンでさえまた死体が転がっていると思ったし、事実、蘇生させるには一苦労だったらしい。
(左の肩から胸への傷は、その時のものかもしれないなあ)
傷が完治したDEATH夫がなぜか旅に誘ってくれ、現状に退屈していたフローズンも思い切って同行を決意したという。会話の端々から、彼は一般のDEATH夫と異なり、魔界で直に主人に仕えていたことも察せられた。けれども、それ以上の詳しい事情については、
「・・・・後は本人に聞いて下さい・・・・」
と返すだけで、一切教えてくれなかった。DEATH夫の個人的事情に関わるので、他者である自分の口からは言えないと判断したのだろう。しかし、まともに会話も成り立たない関係で、そんな突っ込んだ話が出来るはずもなく、DEATH夫の経歴についてはなお謎の部分が多かった。




スイは池に続く小道をうろうろしているところを神風に発見された。指笛で合図したので、他所に散らばっていた一同もすぐ駆け付けて来た。白鳳はほっとした表情で弟を抱き上げると、やや厳しい口調でぴしゃりと叱りつけた。
「こんな遠くまで勝手に来ちゃダメじゃないか」
「きゅるり〜」
スイは申し訳なさそうに身を縮こまらせたが、神風とフローズンからすれば、白鳳の日頃の勝手な行動の方が遙かに困りものだった。しかも、本人にまるっきり自覚がないだけに質が悪い。従者にこんな評価を受けているとは夢にも思わず、白鳳は皆を率いてシートの前まで戻ってきた。
「すっかり遅くなっちゃったね」
並べた容器を置き去りにして30分以上経っていたが、人っ子ひとり見えないだけに、まず体勢に影響はあるまいと高を括っていた。ところが。
「あっ、ないっ!!」
「ええっ!?」
「きゅるり〜」
苦心して作った料理はキレイさっぱり消え失せていた。どの容器を見ても、欠片すら残っていない。こしらえた方からすれば、惚れ惚れする食べっぷりなのだが、正体も知れぬ誰かに振る舞うため、わざわざ早起きして作ったのではない。
「俺に指図なんかするからだ」
DEATH夫がいい気味だとばかり、ふふんとせせら笑った。確かに彼をここに残しておけば、いい見張り役になっただろう。でも、あの時はスイを探し出すことで頭が一杯だった。
「・・・・白鳳さま、これを・・・・」
「ん?」
フローズンに指摘され、シートを改めて見遣ると、一番大きな弁当箱の傍らにちっこい生き物が仰向けで大の字になって寝ていた。頭からは2本の触覚、背からは4枚の羽根が生えており、脇に槍が置いてあった。幸せ一杯の笑顔でぐーぐーいびきをかいている。
「もの凄く嬉しそうな顔をしてます」
「きゅるり〜」
口の周りが食べかすで汚れているのみならず、パンパンに膨らみきったお腹が呼吸のたびに上下する。間違いなくご馳走を平らげた犯人だった。
「このコは・・・ハチ少年の・・・ような」
白鳳の語尾が珍しく自信なさげなのは、眼前でぐっすり寝入っている物体が、図鑑で見たハチ少年と似て非なるものだったからだ。服装こそ図鑑そのままだが、大きな頭、はち切れそうなぷっくりほっぺ、ぺちゃんこの鼻。もろに幼児体型で、粗悪なコピー品を思わせた。
「それにしても、この体格で凄い食欲ですね」
自分の身体の10倍以上は楽にある分量だ。
「全く・・・どうしてやろうかな」
白鳳がひょいと首根っこを摘み上げても、相変わらず暢気に高いびき。寝息から揚げ物の匂いが漂うと、空腹がつのり、思わず放り投げたい衝動に駆られた。が、その時、相手の目がぱっちり開いた。白鳳のそれよりわずかに彩度が高い紅の双眸だ。
「おおおっ」
ちっこい生き物とまともに目が合った。黒目がちの瞳をくりくり動かし、白鳳の顔に見入っている。眉を八の字にして、照れ笑いをすると、右手で頭を掻いた。
(おや、こんなガキにも私の美貌が分かるのかな♪)
すっかりご満悦になった白鳳だったが、次の瞬間、こんな風に絶叫された。
「かあちゃんっ、かあちゃんだなっ」
「は?」
「きゅ、きゅるり〜っ」
想像もしなかった展開に呆然とする白鳳を置き去りに、摘まれたままのハチ少年は感極まってわんわん泣き出した。
「うえ〜、会いたかったよう、かあちゃ〜んっ。おーい、おいおい。。」
神風とフローズンはこみ上げる笑いを噛み殺し、スイは白鳳の膝元で右往左往して困り果てている。DEATH夫だけはいかにも鬱陶しそうにそっぽを向いたきり、一瞥もしなかった。
「あいにく私は独身だし、そもそも男なんだけど」
顔を引きつらせながら、どうにか言葉を発すると、相手はぎょっと目を見開いた。
「ええっ、お前、男だったのかっ」
「そう」
「だって、真っ赤な服来てるし、とても美人じゃないかようっ」
「美人でもキュートでも魅力的でもとにかく男なんだよ」
「げげ〜ん!!オレのかあちゃん、男だったなんて〜っ!!!!!」
男は”かあちゃん”になり得ない。根本的にショックの受けどころが誤っている。ピント外れの衝撃で愕然とするハチ少年に畳み掛けるごとく、白鳳はそっけなく付け加えた。
「それに私は子供なんて作った覚えないから」
白鳳が真性××である以上、たとえ誰と寝ようが子供が出来ることはあり得ない。
「ありっ?んじゃ、もしかしてお前、オレのかあちゃんじゃないのか」
「やっと気が付いたのかい」
露骨にウンザリした面持ちを向けられ、ハチ少年はこの銀髪の麗人は母親じゃないと悟らざるを得なかった。
「そっか・・・・・」
己の勘違いを知って、可愛い肩がしょんぼり落とされる。肉親絡みなだけに、白鳳は何となく気の毒に感じ、彼をシートに降ろすと、神風たちも交え、改めて事情を聞くことにした。




「しかし、ハチ少年ってこんな不細工だったかな〜」
図鑑を見る限りではもっと愛らしい姿だったのに。真紅の眼差しが怪訝そうに流されるのにも構わず、ハチ少年はスイの隣で屈託なく笑いながら切り出した。
「そうそう。まだかあちゃんに名前を教えてなかったな。オレ、ハチだ」
「だ・か・ら、かあちゃんじゃないって言ってるだろ」
怒気を散りばめた一言と共に、冷たい指先がぷっくりほっぺを思い切りつねった。
「イテテテテ〜」
「白鳳さま、やめて下さいっ」
「・・・・子供相手に大人げない・・・・」
「きゅるり〜」
もっとも、この主人の大人げないのは今に始まった事じゃない。実力行使をして、取りあえず気が済んだのか、白鳳は直前の膨れっ面が嘘みたいな優雅な笑みで名乗った。
「私は白鳳。旅の男の子モンスターハンターをしてるんだ」
「げえっ、ハンターだってっ」
「ふふふ」
この職業を耳にして、戦慄しない男の子モンスターはそうそういない。神風の訓練のみならず、フローズンから体術の指南も受け、白鳳の戦闘力はよりいっそう向上しており、最近では相手の慌てふためく様を楽しんでいる節さえあった。
「オレ、オレ、売られちゃうのか〜っ」
てっきり捕獲されたと思い、短い手足で悪あがきをするハチを眺めながら、白鳳は事も無げに告げた。
「いや、売らない」
「へっ、どうしてだよう」
「お前みたいなへちゃむくれは、キャラ屋にも引き取ってもらえないから」
観賞用とほど遠いのは一目瞭然だし、丸っこい体型から戦闘力もさしてありそうにない。
「そ、そうなのかっ。オレ、引き取って貰えないのか」
「うん。お前には何の価値もなし」
「げげ〜ん!!そんなあっ」
ハンターから引導を渡され、落胆のあまり、ハチは半べそで転がってじたばたしている。捕まって売買されたくはないが、売り物にすらならないと見放されるのも悲しい。いたいけな子供心を翻弄して、意地悪く唇の両端を上げる白鳳に、神風がやれやれといった顔付きで言いかけた。
「白鳳さま、彼ははぐれモンスターです」
「えっ、嘘っ!!」
「きゅるり〜」
神風の情報に偽りはないと分かっていても、すぐには信じられなかった。はぐれモンスターは他者より卓越した能力の持ち主とは限らず、逆のケースもあり得るのか。白鳳が納得していないのを見て、フローズンがそっと囁いた。
「・・・・強い陽の気が感じ取れます・・・・」
一般モンスターとは異なり、はぐれ系からは陰陽いずれかの属性を持つ気が出ているという。相当腕をあげているものの、白鳳にはまだ気の種類まで感知する力はなかった。
「気の大きさからすると、潜在能力は相当ですよ」
「ふぅん。私にはただのおへちゃにしか見えないけどなあ」
「まだ幼いから、力が顕在化してないんでしょう」
神風とフローズンが共に指摘している以上、まず間違いはなかろう。本当に高い能力を有しているのなら、手元に置いておくのも悪くない。それを別にしても、反応の面白さについからかいが過ぎたかなと、白鳳はちょっぴり申し訳ない気持ちになっていた。
「私が言いすぎたよ。済まなかったね」
「きゅるり〜。。」
「ほら、さっきみたいに元気を出して」
「・・・・価値がない生き物などいないから・・・・」
白鳳とスイの謝罪を受け、神風とフローズンに慰められて、ハチはようやく立ち直り、明るい笑顔を取り戻した。
「お前たち、名前、なんて言うんだ」
「私は神風」
「・・・・私はフローズンと申します・・・・」
「そっか。ふたりともよろしくなっ」
邪気のない瞳で見つめられ、神風もフローズンも好意的な視線を返した。容姿はともかく、実に懐っこく、愛嬌がある。
「はくほー、はくほー、この緑色のは?」
「これはスイだよ」
「スイか。オレ、ハチだぜー」
「きゅるり〜」
友好の印に互いの掌をぺちっと叩き合う。久々に自分の目線でコミュニケーションが取れる相手と出会って、スイもなんだか嬉しそうだ。弟の浮かれる仕草を見て、白鳳はもう能力云々はどうでもいいから、ハチを同行させようと密かに心に決めた。




ふと、先程から一同のやり取りに加わらないばかりか、振り向きもしない黒ずくめの立ち姿がハチの目に止まった。
「なあ、はくほー。あいつも仲間なんだろー」
「そうだけど、彼は・・・」
DEATH夫との微妙な関係をどう説明したものかと、言い差す白鳳の右頬を透き通った羽が掠めた。
「よしっ、オレ、挨拶してくる」
「あっ、ハチっ」
皆が止める間もなく、ハチはDEATH夫の真ん前まで馳せ参じると、その表情のない顔をまじまじと見遣った。ふたりの間を風が運ぶ綿毛がふんわり流れて行く。
「綺麗な目をしてるなー」
ハチらしくもない初っ端の一言に、ハラハラしながら見守っていた白鳳たちは思わず力が抜けた。
(ひょっとして、口説いてるのかな)
(・・・・まさか・・・・)
(きゅるり〜)
(結構、命知らずですね。。)
先日、某国のホテルのロビーにて、酔っぱらいが肩に手をかけただけで、DEATH夫は相手を殺しかけた。白鳳の色仕掛けとフローズンの涙ながらの謝罪により(これも一種の色仕掛けか)、どうにか事なきを得たものの、あんなことが何度もあってはたまらない。
「キラキラして蜂蜜みたいだ♪」
(((・・・・・・・・・・)))
どうやら、邪な意図は一切なく、単に自分の好物に似ていたから、感激しただけらしい。眉一つ動かさない相手を前に、ハチはにこにこ顔で問いかけた。
「お前、なんて名前なんだ」
「・・・・・・・・・・」
招かざる客の来訪に、死神は即座に踵を返し、シートを離れて行く。
「あっ、待てよう」
「彼はDEATH夫って言うんだよ」
DEATH夫が自分から名乗るわけがないと考え、白鳳が代わりに答えてやったが、ハチは良しとしなかった。
「ダメだ、ダメだっ。オレは本人から聞くんだっ」
叫ぶやいなや、またぶんぶんとDEATH夫の前までやって来た。
「名前くらいいいじゃないかよう」
「うるさい」
「あてっ」
左手が一閃して、ハチは草むらに叩き落とされた。が、挫けずに再び前に立ちはだかった。
「名前、教えてくりよう」
「しつこい」
「あてっ」
大鎌の先で強かに打たれ、頭にたんこぶが出来ても、諦めることなくDEATH夫に声をかけるハチ。
「頼むよう」
「消えろ」
「あてっ」
今度はボールのように鎌の柄で打ち飛ばされ、大木の幹にまともにぶつかった。穴だけ開いた小鼻に血が滲んでいる。それでもハチはめげなかった。
「ま、負けるものか〜」
幾度となく殴打され、木や地面に叩き付けられても、ハチは起きあがりこぼしのように体勢を立て直し、挑んでいく。そのキャラクターのせいか、悲惨な状況にもかかわらず、転倒する仕草や歯を食いしばる表情がどこか滑稽で、悪いと思いつつ、何回か吹き出しそうになった。息を飲んで見つめる白鳳の頭に”コケの一念”とか”一寸の虫にも五分の魂”とかの格言が浮かぶ。しかし、傍らの神風は痛めつけられるハチを見ていられなくなったようだ。
「白鳳さま、もう止めましょう」
「イヤだ。ハチがどこまで頑張り抜くか、見届けたいんだもん」
「放っておいたら、大ケガしてしまいます」
「案外打たれ強いみたいだし、いざとなったら、フローズンがなんとかするって」
日頃に似合わず、雪色の頬をやや紅潮させ、身を乗り出して事の顛末を見守る様子からは、可能性は限りなく薄かった。
「そんな酷いことを・・・」
主人の好奇心丸出しの返答に呆れ果てる神風だったが、実のところ、その心情もほんの少しだけ理解できた。というのも、ハチが復活を繰り返すうち、DEATH夫の面持ちが仄かに変わり始めたから。最初は仮面みたいに情の欠片もなかったのに、今ではどうして立ち上がってくるのか分からない、という顔をしていた。明らかにハチの気迫に押されていた。
「なあ、名前は?」
殴られても飛ばされても、笑みさえ見せて懐いてくる妙な物体に、さしものDEATH夫もとうとう根負けした。
「・・・・・DEATH夫だ。これで気が済んだか」
(おおっ、ハチが勝った!!)
(大したものですね)
(・・・・ちょっとびっくり・・・・)
(きゅるり〜っ)
いつしか拳を握り締めて静観していた3人と1匹はハチの快挙に驚くと同時に、その根性と粘り強さに感服した。
「おう、オレ、ハチだ」
傷だらけにされたのに文句を言うでもなく、むしろ答えてくれた嬉しさににぱっと笑うと、ハチはDEATH夫の胸元まで行って、その左の人差し指を両手でぎゅっと握った。
「ですおー、仲良くしようなっ」
「・・・・・・・・・・」
満面に笑みを湛えて元気に言いかけると、握っている指をぶんぶん振る。ハチにとっては握手代わりなのかもしれない。相手の理解不能の言動に戸惑い、DEATH夫は攻撃しないばかりか、ちっこい手を振り解きもしなかった。





はっきり意思表示したわけでもないのに、いつの間にかハチはごく自然にパーティーに加わっていた。以前から共に旅して来たと思わせるほど、打ち解けた雰囲気でDEATH夫を除く一同と楽しく語り合う。
「そっか。あれ、はくほーたちの昼メシだったのかー」
「・・・・ええ、そうです・・・・」
「おかげで私たちは次の街へ着くまで御飯抜きだよ」
「ちょっとくらい残して欲しかったな」
「きゅるり〜」
「ゴメンよう。あんまり美味かったから、止まんなくなっちった」
神妙な顔でぺこりと頭を下げる。まあ、ハチには全く悪気がなかったのだし、シートを留守にしたこちらも迂闊だったのだから、これ以上責めることは出来ない。けれども、ハチはハチなりに責任を感じているようで、唐突にこんな提案を口にした。
「よしっ、お詫びに蜂蜜たくさん集めて来てやるっ」
「ちょっと、ハチっ」
白鳳の呼びかけを待たずに、ハチは一直線に進行方向とは正反対の草原目指して飛んで行った。思い立ったら、即、行動に移さないと気が済まないタイプらしい。
「行ってしまいましたね」
「きゅるり〜」
「・・・・ここで帰りを待ちましょう・・・・」
「待たなくていい」
「あ〜あ、もうっ」
ハチのささやかな蜂蜜集めを待つより、一刻も早く街を目指した方が、どう考えても腹の足しになりそうなのに。善意から出た行動だと分かっていても、空きっ腹を抱えているだけに、脱力と苛立ちは隠せない。でも、新たな仲間の加入自体は、諸手をあげて歓迎する気分だった。
(いろいろな意味で、ちょっと面白いコだよね)
はぐれの能力が開花していなくても、小さな身体を生かして、偵察くらいは出来るし、何よりあのDEATH夫を自ら名乗らせた脅威の粘りは侮れない。だけど、一番可笑しかったのは、生来の××者の自分が寄りによって、母親に間違えられたことだろう。
(まさか、この私が子持ちにされるとはねえ)
聞けば、体格や外見をまるっきり考慮せず、瞳の色だけで判断したという。その瞬間は焦りも怒りもしたけれど、今となってはもはや笑い話だ。最初、かあちゃんと泣きつかれた時の驚愕を思い出し、神風たちの訝しげな顔を横目に、ひとりくすくすと含み笑いを漏らす白鳳だった。





FIN


 

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