*FIRST CONTACT5〜まじしゃん・後編*
眺めている時はすぐそこに感じた山だったが、実際歩くとかなりの距離があった。曲がりくねったけもの道を奥へ奥へと突き進んでも、人里らしきものは一向に現れない。
「背の高い草木に覆われて、まるで緑のトンネルですね」
「出口はまだまだだぞ〜っ」
「ごめんなさい、もう少しの辛抱です」
客人に難儀な思いをさせてしまったと、済まなそうに白鳳たちの顔色を窺っているまじしゃん。最後方から放たれる氷の視線が怖いのか、やや顔を強ばらせてうつむく様子が痛々しい。DEATH夫はいつも不機嫌顔で、特に彼を威嚇しているわけではないのに。
「そんなに気を使わなくてもいいよ。皆、この状況を楽しんでいるんだから」
先を急ぐ旅でもなし、妖かしの森を探索しているみたいで、妙にわくわくする。ハチが目ざとく見つけてくる木の実を摘みながら、一同はなおも山の懐目指して歩き続けた。すると、唐突にドームのような茂みが途絶え、上空からぱあっと陽の光が射し込んだ。眩しさを堪え、前方に瞳を凝らすと、彼方まで広がる一面の土地が見えた。雑草が伸び放題の荒れ野と整地された畑が半々くらいの割合だ。
「ここが・・・・・」
「はいっ、僕たちの村です」
少年魔導師は高らかに宣言したが、正直、村と名乗るには発展途上の感は否めなかった。店や宿屋などの施設が存在しないばかりか、家すら数えるほどしかない。
「まだ開拓中なんでしょう」
「野菜畑と原っぱしかないなー」
「う・・・ん、そうだね」
神風とハチに指摘されるまでもなく、夜遊びの野望が完全にうち砕かれたことを悟り、白鳳は内心、落胆した。もっとも、まじしゃんの故郷に招かれてまで、いかがわしい場所に出入りしようと目論む方が愚かなのだが。
「僕が村を出たときは、あんなに荒涼としていたのに、すごく農地らしくなったなあ」
「きゅるり〜」
広大な未開地に戸惑いを隠せない白鳳一行とは裏腹に、まじしゃんは瞳を輝かせて大きな息と共に漏らした。最初は全面、荒れ地だったことを考えれば、現状でも十分満足のいく状態なのだろう。人知を越えた自然が相手なだけに、ここまで開拓を進めるにも様々な艱難辛苦があったに違いない。
「・・・何もないところで驚いたでしょう、白鳳さま」
来訪者の反応がそれとなく伝わったのか、まじしゃんが遠慮がちに尋ねてきた。こちらから積極的に誘ったのに、見るべきもののひとつもない貧相な村で呆れられても仕方ない。
「ふふ・・・少し、ね」
旅の途中で没落した国や鄙びた地域を通り過ぎたのも一度や二度じゃない。ただ、そういう過疎地と決定的に異なるのは、この村が豊かな未来を目指していることだった。お世辞にも楽とは言い難い重労働ながら、皆、遠目にも生き生きと立ち働いている。黙々と畑を耕す農夫たちを見つめる白鳳の傍らで、フローズンが中腰になって足元の土を摘むと、細い指先で数度すり合わせた。
「・・・・・良い土に恵まれていますから、質の高い作物が実りそうです・・・・・」
「ホントですかっ」
農業の基本たる土壌を褒められ、まじしゃんは満面に喜色を浮かべた。
「フローズンの言うことだから確かだぞ〜」
「うむ、博識だからな」
「わ〜い」
ハチやオーディンも太鼓判を押したので、小躍りせんばかりにはしゃいでいる。邪気のない笑顔が実に愛らしい。
(ただし、そこまで漕ぎつけるのは並大抵の苦労じゃないけど)
まじしゃんの喜びに水を差すつもりはないが、この先の住人の気の遠くなるような手間隙を思い、白鳳は草ぼうぼうの荒野に眼差しを流した。それでも、土地には目に見える果てがあるだけ、全世界の男の子モンスター収集よりはまだ救いがありそうだが。
(比べたって仕方ないのに)
バカなことを考えたものだと、自嘲的に笑う白鳳だったが、その時、作物に水をやっていた女性が、小道を行く集団に気付き、声を張り上げて周囲に呼びかけた。
「みんなっ、あれをご覧よ!!」
「おっ、まじしゃんじゃないか」
「やっと帰ってきたんだな」
誰もが一斉に作業を中断して、彼のところに駆け寄ってきた。真っ黒に日焼けした逞しい人々に囲まれ、白鳳たちはちょっぴり圧倒されている。
「いろいろ心配かけたけど、ただいま戻りましたっ」
「奥義書は奪還したのかい」
「ほら、この通り。この人たちの協力のおかげで無事取り返せたんだ」
まじしゃんがローブから出した奥義書を確認した後、村人の注目は連れのパーティーに集中した。だが、よそ者に対する興味本位のそれではなく、親しみさえ込めた暖かい眼差しが注がれ、微かに身構えていた一行はかえって面食らった。
「本当にありがたいねえ」
「俺たちからも礼を言わせてくれ」
「いいえ、我々はほんの少し手伝っただけですから」
まじしゃんの家族気取りで、口々に謝意を述べてくる住人は何とも気さくで屈託がない。まじしゃんが男の子モンスターだという事実は、彼らにとってさしたる問題ではないようだ。幼い頃から村で暮らし、開墾の苦楽を分かち合っていれば、あれだけ素直な子だし、抵抗がなくなるのもうなずける。ところが、人々の友好的な姿勢は白鳳の率いるメンバーに対しても変わらなかった。
「ほう、男の子モンスターのパーティーか」
「これだけ引き連れて旅するのは大変だろう」
「いえ、いつも私の方が助けてもらってます」
「きゅるり〜」
今まで様々な国を渡り歩いてきたが、はぐれモンスターへの人々の反応は千差万別だった。もちろん好意的な態度を示す者もいたが、それはむしろ少数派で、畏怖と嫌悪を示す者の方が遙かに多かった。男の子モンスターばかりの同行者を胡散臭く思われることはあっても、ごく自然に受け容れられ、労われたのは初めてだ。柄にもなく胸がほんのり熱くなった。もっとも、連れの方からすれば、向こう見ずで短絡的な主人の面倒を見ている、自分たちの膨大な労力こそ労って欲しいに違いないが。
「まあ、めんこい子ばかりだよ」
「おおおっ、オレめんこいか〜♪」
珍しく容姿を称賛されたことに感激して、ハチは大はしゃぎで飛び回っている。馴れ馴れしく肩や腕に触れられ、閉口する神風たちだが、相手の善意が明らかなだけに、決して悪い気はしていない。DEATH夫ひとりがいかにも鬱陶しそうにしているものの、無力な一般人相手に鎌を振るうわけにもいかず、口を尖らせてそっぽを向いているのが可笑しい。
「しかし、良かったねえ。先生もどんなに喜ぶことか」
先生と呼ばれているのが、おそらく師匠なのだろう。話を振られて、不意に気がかりになったのか、まじしゃんは神妙な面持ちで問いかけた。
「おじいちゃんは元気にしてる?」
「ああ、すっかり快復されて、私たちと一緒にばりばり畑仕事もこなしているよ」
「わあっ、良かったあ」
破門を逆恨みした昔の弟子に襲撃され、負傷したと聞いていたので、白鳳たちも心配していたが、これなら一安心だ。
「今日は集会の準備があるから家にいるけどな」
「早く帰って、元気な姿を見せておやり」
「先生も奥さんも毎日、まじしゃんの話ばっかしてたからねえ」
「うん、そうするよ」
わらわらと集った人々から口々に促され、まじしゃんは名残惜しげに人の輪から抜けた。彼の後に続く白鳳一行へ、恰幅の良い壮年の農夫が声をかける。
「あんたたちにも何の持てなしも出来なくて悪かったな」
「そんな。こちらこそ、作業のお邪魔をして済みませんでした」
「きゅるり〜」
彼らのリーダー格とおぼしき男性の気遣いに恐縮しつつ、白鳳たちはまじしゃんに連れられ、林を隔てた奥の畑へ移動した。初っ端の思いも寄らぬ歓迎ぶりで、充分あっけに取られていたが、そこには来訪者を更に驚愕させる光景が待っていた。
「白鳳さまっ、あれを」
「ええっ」
なんと、鍬を振るう村人に混じって、モンスターの姿がちらほら見受けられるではないか。普通モンスターだけでなく、男の子モンスターまでいた。
「・・・・特に強制された様子はないようです・・・・」
モンスターが虐待に近い使役をさせられている場面も幾度となく目にしたが、それとはかけ離れた和やかな雰囲気だった。まじしゃんによれば、開拓の手伝いさえすれば、移住希望者は誰でも受け容れるそうだ。鄙には稀な開放的な村だが、それだけ人手不足が深刻だとも言えるし、さしたる資源もないだけに、種族を問わず、協力し合わないと暮らして行けないのだろう。
「みんなとっても仲良しだぞっ」
「まさに和気藹々だな」
ひととき作業の手を休め、仲良くおむすびをパクついている。ある意味、必要に迫られた部分もあるとは言え、人間もモンスターもなく、互いに軽口を叩き、笑みを交わし合う様子は、幼い頃、読んだ物語のお伽の国を思わせた。幻の世界に魅せられるがごとく、白鳳は不可思議な眺めから目を放せなかった。
(・・・・・あ・・・・・)
ふと、御伽草子に見惚れてるのは自分だけではないことに気付いた。脇の神風の瞳にほのかに憧憬の色が浮かんでいる。彼に限らず、ハチ以外のメンバーは程度の大小はあれど、ダンジョンの仲間と馴染めず、故郷を出て来た者ばかりだ。己の確固たる居場所を得たモンスターに、羨望の眼差しを送る心情はよく理解できた。不満や寂しさはおくびにも出さず、私心なく自分に仕えてくれる彼らに、いつの日か、尽力に報いるだけの居場所を作ってやることが出来るのだろうか。
「ここです、白鳳さま」
想定外の出来事や景色にびっくりして、あれこれ物思いに耽っているうち、いつの間にか目的地に到着していた。お世辞にも小綺麗とは言い難いが、雰囲気のある石造りの建物。
「今帰ったよ、おじいちゃんっ、おばあちゃんっ」
絶叫するやいなや、力一杯扉を押し開けると、そこには福々しい老婦人がいた。待ち望んでいた孫の笑顔に、目元の皺も伸びるほど瞳を見開き、おぼつかない足取りで駆け寄ってくる。感激の対面にひしと抱き合うふたりを、白鳳主従は安堵と祝福の笑みで見守った。
「まじしゃんっ・・・ああ、本当にまじしゃんなんだね」
「おばあちゃん、ただいま。親切な人に助けられて、無事に奥義書を取り返したんだ」
「そうかい、頑張ったねえ」
愛しい孫の髪を手櫛で梳きながら、老婦人は奥の部屋に向かって声を張り上げた。立派な体格に相応しく、建物の隅々まで響き渡る呼びかけ。
「おまえさんっ、まじしゃんが帰ってきましたよっ」
しばしの沈黙を経て、夫人とは好対照の痩せぎすの老人がやって来た。細い目から漏れる光は穏やかで、物腰にもどことなく品が漂っている。
「おう、よう戻ってきたのう」
「これ受け取ってっ」
まじしゃんは大切な奥義書を老人の胸元に勢いよく差し出した。節くれ立った指がそっと冊子を掴む。
「ありがたく収めさせてもらうぞ。でもな、わしは奥義書などより、おまえが元気でここにいることが一番嬉しいんじゃ」
「おじいちゃんも怪我が治って良かったっ」
村人の話通り、姿勢良くきびきび体を動かす様は、若者と比較してもほとんど見劣りしない。これなら畑仕事も人並み以上にはかどるはずだ。
「ところで、あの方たちはどなたじゃな」
まじしゃんの帰還で感極まり、まるっきり周囲が目に入らない夫人に苦笑しつつ、師匠は入り口近くで所在なげに佇んでいる集団に目を遣った。
「初めまして、私は白鳳と申します」
相手が××の対象外だと言動に怪しさの欠片もなく、安心して見ていられる。ただし、孫の方にちらちら送られる、絡みつくような流し目は、神風の心をどんより暗くさせた。
「白鳳さまたちのおかげで、あいつの汚い手を粉砕して、奥義書を奪還することが出来たんだ」
「それはそれは・・・・・この子を救っていただき、何とお礼を申して良いやら」
「微力ながらお役に立てて良かったです」
「きゅるり〜」
「微力なんて嘘ばっか。皆、物凄く強かったよっ」
まじしゃんの評価を聞くやいなや、眠っているような双眸が鋭く光った。
「ほう、確かに達人揃いじゃな」
ほんの一睨みで老人はパーティー全員のレベルと特質を見抜いたらしい。高齢のせいか、こちらを圧倒するほどの気は感じられないが、まじじゃんの師匠なのだから、相当な強者なのは疑うべくもない。
「まあまあ、お客様をほったらかしにして、悪いことをしましたねえ」
ようやく、客人の存在を認識した夫人が、心底済まなそうな顔付きで何度も頭を下げた。
「どうか、お気になさらず。突然押し掛けたのは私たちの方ですから」
「違うよ、僕がどうしてもおじいちゃんとおばあちゃんに会って欲しくて、無理言って白鳳さまに来てもらったんだ」
「とにかく、部屋へ入って、お茶でも召し上がって下さいな」
夫人の案内で奥の居間に通され、村で生産した摘み立てのお茶を味わいがてら、様々な話を聞かせてもらった。まじしゃんの師匠は世界でも有数の大魔法使いだったが、現在は一線から退き、この地を開墾して豊かな村を作るべく、培った知識や技術を生かしているという。かといって、むやみやたらに魔法に頼ったりせず、己の労力でなし得ることは自ら身体を動かして為すのが信条だ。
「わしが魔物退治の旅をしていた頃、ダンジョンでひとりぼっちだったこの子と出会ってのう」
「おじいちゃんは僕を引き取って、孫同様に育ててくれたんだ。魔法もたくさん教えてもらったよ」
きっと、大魔法使いの慧眼で幼いはぐれモンスターの高い資質を感じ取ったのだろう。あるいは群れからひとり取り残された哀れな風情に胸を痛めたのかもしれない。
「それにしても、これだけ優秀な男の子モンスターを集めるには、さぞ苦心されたことじゃろうて」
はぐれまじしゃんを愛弟子にしているだけに、老人は白鳳の連れに強い興味を抱いたようだ。DEATH夫を除く3人と1匹は白鳳を囲んで木製の円卓に陣取り(1匹は卓の上で)、お茶菓子を片手にくつろいでいた。老夫婦と孫だけの家に似合わぬ大きな机は、村の集会で使用するためのものだ。
「旅の過程でいつの間にか心強い同行者が増えていたんです」
「きゅるり〜」
この言葉が現在の偽らざる心境だった。何もかも独りで解決する所存でいた白鳳にとって、パーティーの形成はあくまでも偶然の産物に過ぎない。完全な成り行き任せにもかかわらず、よくもこれだけバランスの取れた布陣が出来たものだと、自分でも感心してしまうほどだ。
「なるほど、彼らを捕獲したわけではないのじゃな」
「ええ。詳しい経緯は省きますが、誰もが自発的に付いて来てくれて」
「ほう・・・懐かれたものじゃのう」
目尻を下げて笑う相手につられ、白鳳も口元をふっと緩めた。が、喜ばしく思ったのも束の間、神風たちから次々と容赦ない批判が投げつけられた。
「白鳳さまは放っておけないタイプなんですよ」
「・・・・・どこか危なっかしくて・・・・・」
「うむ、少々思い切りが良すぎるようだ」
「ちょっとっ、それじゃ皆が私の面倒を見ているみたいじゃないか」
遠慮会釈ないシビアな意見に、ほころびかけた顔がぴくりと引きつる。
「やっと分かったかっ、はくほー。心配すんな、危なくなったらオレが守ってやるかんなっ」
テーブルの上でハチが誇らしげに胸を張った。ただし、一番目立っているのは腹だった。
「みそっかすのくせして何を偉そうに」
こんな一寸の虫にまで生意気な態度を取られて、もう我慢できない。白鳳の堪忍袋はオブラートより脆く薄かった。
「あてっ」
「きゅるり〜」
先細りの指におでこを弾かれ、仰向けに転倒したハチに、スイが心配そうに顔を寄せた。
「白鳳さま、ハチに当たるなんて大人げない」
「だって、神風たちが保護者面するからっ」
「・・・・・私はずっと保護者だと思っておりましたが・・・・・」
「きゅるり〜っ!!」
同意を示すごときスイの鳴き声に加え、オーディンまで控え目にうなずいている。
「が〜〜〜ん。。」
慣れないながらも精一杯心を砕いて、男の子モンスターの世話を焼いてきたつもりだったのに。自己認識が果てしなく甘い白鳳は、己の立場を思い知らされ、激しくショックを受けた。しかも、不意に眼前の老人が豪快に笑い始めたではないか。
「わっはっはっはっはっ」
ひとしきり哄笑する師匠を唖然と眺めていた白鳳だったが、徐々に腹が立ってきた。確かに自分は神風たちの主人として至らない部分も多いかもしれないが、第三者に笑われる筋合いはない。
「あ、あのぅ」
「何じゃな」
「いくら何でも失礼じゃないですか」
「そうですよ、おじいさん。まじしゃんの恩人に対して」
お茶菓子の補充をしながら、一部始終を耳にしていた夫人も厳しい口調でたしなめた。
「おお、こりゃあ、済まんことをしたわい」
目を三角にして睨み付けてくる白鳳にぺこりと頭を下げると、老人はなだめるように先を続けた。
「お前さんがこの連中と、理想的な関係を築いておるのが微笑ましくなって、つい」
「え」
権威のないマスター振りをバカにされたと思ったのに、老人の真意は別のところにあったようだ。根が単純なだけに、理想的などと表現されたら、怒りもたちまち霧散してしまう。
「どの子も実に伸び伸びとして、気概に溢れておる。個としての存在を認め、対等に扱ってくれる良き主人を得た証拠じゃ」
師匠の言葉が終わるか終わらないかのうちに、一同はそれぞれ賛同の声をあげた。
「そーだ、はくほーはいつも優しいぞ〜っ」
「我々を同伴できない宿には決して泊まらないし」
「・・・・・毎朝、手ずからお弁当をこしらえてくれます・・・・・」
「多少、手が掛かるのもご愛敬ですね」
「きゅるり〜」
「ふふっ、ありがとう。嬉しいな♪」
レベル3の頃からの付き合いの気安さか、神風だけはさり気なく辛口だが、他のメンバーに掛け値なしの好評価を得て、白鳳はすっかり有頂天になった。
「白鳳さまは皆に心から慕われているんですねっ」
まじしゃんの敬愛すら籠もった口調に、ますます浮かれる真紅の瞳を黒ずくめのシルエットが掠めた。席にも着かず、お茶にも手を付けることなく、窓際でぽつんと佇む孤高の死神。
(皆に・・・慕われているわけではないなあ)
忘れようとしていた現実を突き付けられ、高揚した心がすうっと覚めて行った。一転して憂い顔になった白鳳の目線の先に気付いた老人が、おっとりと囁きかけてきた。
「なかなか難しい子のようじゃのう」
「お恥ずかしい話ですが、ご覧の通り、全員と交流出来ているわけではないんです」
普通の会話も成り立たない連れがいるのに、いい気になった自分がきまり悪いのか、白鳳はそのまま沈黙した。黙り込んだままの客人の悩みの元を凝視する師匠だったが、突如、訝しげに目をしばたたかせた。
「おや・・・・・あの封印は」
「封印?」
思わず高い声で繰り返した途端、DEATH夫の金の双眸がかっと見開かれた。右手に持った大鎌をきつく握り直している。
「強烈な魔の封印が見えたんじゃが、彼も戦闘に参加しとるのか」
「気まぐれで困りますが、戦いでは一番の手練れです」
「・・・なら、わしの思い違いらしい。あれだけの封印がかけられていたら、まともに動くことさえ辛いはずじゃからのう」
「そうですか」
納得した仕草で返しながらも、大魔法使いの見立ては誤っていないような気がしていた。DEATH夫が感情をはっきり顔に出すのは稀だし、左隣のフローズンもほんの一瞬、らしからぬ険しい表情を見せたから。
(封印って・・・スイの呪いみたいなものかな)
時折、部屋に籠もってしまうのは単なるワガママと決めつけていたが、ひょっとしたらそれが関係しているのかもしれない。だから、フローズンも日頃のように説得せず、好き勝手にさせているのではなかろうか。
(かといって、本人に真相を問いただすなんて出来ないし)
ストレートに尋ねられる関係だったら、最初から苦労はない。しかし、胸に湧いた疑念を放っておくのも本意じゃない。いっそのこと、今度、籠城されたら、後先考えず部屋に乱入してやろうか。こんな過激なことを目論んでいると、まじしゃんの思いを込めた訴えが耳に飛び込んできた。
「お願いですっ、僕も白鳳さまのお供をさせて下さいっ」
「ええっ」
「きゅるり〜」
「何じゃと」
助けた云々は抜きにしても、初対面から懐っこい態度だったが、まさかここまで決意するとは予想もしなかった。育ての親と対面したばかりだし、村人にもあんなに歓迎されていたのに。
「せっかく本懐を遂げて戻ってきたのになぜ」
師匠よりも夫人の方が衝撃は大きかったようで、ふくよかな体躯が二回りくらい縮んで見えた。無理もない。約2年振りに帰還した孫が、再び手元を離れると言っているのだ。
「ごめんね、おばあちゃん。だけど、見ず知らずの僕を躊躇いなく助けてくれた白鳳さまにご恩返しをしたいし、村を発展させるため、もっと様々な世界を見て勉強したいんだ」
「勉強ならここでいくらでも出来るじゃないかえ」
愛しい孫を旅立たせまいと、必死になって追いすがる老婦人の心情はよく分かる。個人的にはまじしゃんの加入は非常に喜ばしいが、いくら自己中な白鳳でもようやく再会した祖父母と孫を引き裂く真似は避けたい。
(どう言ったら、諦めてくれるだろう)
効果的なフレーズを探して、頭を捻ったものの、口説き文句以外の言葉がちっとも浮かんでこない。何とかせねばと気ばかり焦っているうち、沈思していた師匠が自らの結論を厳かに告げた。
「・・・・・分かった。まじしゃんの好きにすればよい」
「!?」
「おじいちゃん」
「お前の魔力でこの方のお役に立って差し上げなさい」
「そんなっ、おじいさん」
到底、納得出来ない様子の夫人へ、老人が諭すように付け加えた。
「この方たちがいなかったら、まじしゃんは無事に帰って来なかったかもしれん。今度は我々が礼をする番じゃろうて」
「確かに・・・何のお返しもしないわけには行きませんものねえ」
円熟した年齢のせいだけでなく、元来、義理堅い性格なのだろう。伏せた目元に涙を浮かべつつ、彼女はようやくまじしゃんの決意を受け容れた。先程の白鳳主従のやり取りを聞き、この主人ならきっと孫を大切にしてくれると確信したことも、大きな理由になっているに相違ない。
あれだけ喜んだ住民に再び旅に出るとは言いづらいし、親しい顔を前にして気持ちがぐらつくといけないので、白鳳一行とまじしゃんは家の裏手にある非常用の抜け道からひっそり去ることになった。事の次第は後で師匠が皆に伝えてくれるはずだ。
「皆様、この子をなにとぞお頼み申します」
「特別扱いせず、びしびし鍛えてやってください」
「分かりました。責任持ってお預かりさせていただきます。暦の節目には必ず帰郷させますから」
「きゅるり〜」
帰る場所のある子を連れ歩くことになり、さすがの白鳳も”責任”という二文字を明確に意識せざるを得なかった。待っている家族に絶対、悲しい思いをさせてはならない。
「僕、足手まといにならないよう頑張るから、これからよろしくねっ」
念願叶って、屈託ない笑みで元気に挨拶するまじしゃん。迎える神風たちも新たな仲間に暖かい眼差しを注いでいる。
「足手まといだなんて・・・・こちらこそよろしく頼むよ」
××の毒牙からは必ずお守りします、と神風は心の中で堅く老夫婦に誓った。
「・・・・・お互い助け合ってまいりましょう・・・・・」
「いっぱい仲良くしようなっ」
「頼りにしているぞ」
ここに到着するまでに、DEATH夫以外のメンバーとは親しく会話を交わす仲になっており、交流に対する不安はない。素直な性格ですぐにパーティーに溶け込むことだろう。
「お前が一回りも二回りも大きくなって戻って来るのを、ばあさんと楽しみに待っておるぞ」
「くれぐれも身体に気を付けるんですよ」
「うん、魔法の修行はもちろんだけど、村のために役立つ技術を一杯覚えて帰ってくるから」
師匠も夫人も皺だらけの手で、可愛い孫の頬や髪を名残惜しげにそっと撫でつけている。ここで彼らを分かつのは無情の極みだが、時の流れが止められない以上、誰かがピリオドを打たなくては。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「きゅるり〜」
「はいっ」
白鳳に優しく促され、まじしゃんは一度は踵を返して、歩き始めた。けれども、やはり育ての親との別れは辛いのか、家の前でいつまでも手を振り続ける祖父母を、幾度となく振り返った。口を真一文字にぎゅっと結んでいるのは涙を堪えているせいかもしれない。
「本当に良かったのかな」
自分が二親と縁が薄かっただけに、人の良い老夫婦からまじしゃんを奪う形になってしまったのが心苦しい。しかし、少年魔導師は健気にも未練を吹き飛ばすごとく、顔を上げてにっこり笑った。
「己で選んだ道ですから、後悔はしてません」
「そうかい。まじしゃんは強いコだね」
「はいっ、修行して、もっともっと強くなりますからっ」
大きな瞳が意欲的にくりくり動く。心配そうに見守っていた神風たちの顔も安堵の色に包まれた。
「入り口はこっちです。僕に付いてきて下さいね」
まじしゃんはもう懐かしい家を顧みることもなく、皆を引き連れ、ちゃきちゃきと抜け道へ入って行った。
(ふふ・・・本当に強いコだ)
誰にでも明るく懐っこく、良い意味で甘え上手な子だが、芯は激しく気丈なところもある。そうでなければ、師匠のために自ら仇を討って奥義書を奪還しようなどと思うまい。可愛いコは大好きだが、可愛いだけじゃないコは更に好きだ。またもやお気に入りの道連れが増え、我知らず目を細める白鳳だった。
FIN
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