*ないものねだりのCRUISING〜4*



船内の施設とは思えない吹き抜けのショッピングアーケード。ブティック、宝石店、雑貨屋、ベーカリー、本屋、画廊等、様々なショップが建ち並び、出航前にもかかわらず、年輩の女性客を中心にかなり賑わっている。その一角に位置するオープンカフェで、ハーブティー片手に頬杖を付きながら、白鳳は倦怠感に満ちたため息を漏らした。
「はあ〜〜〜あ。。」
アックスを罵り、DEATH夫を羨み、駄々をこねまくって、憧れの客船に乗り込んだ白鳳だったが、わずか1時間強で早々と飽きていた。乗船するやいなや、足取りも軽く各階を隅々までチェキしたけれど、特に目新しい施設は発見できなかった。船上に存在するから珍しく感じるだけで、中身は都市の繁華街と何ら変わりないのだ。かつては従者の厳しい規制も何のその、派手な道楽で慣らした白鳳にとっては、散々お世話になったスペースばかりで、好奇心を掻き立てる要素は極めて薄かった。しかも、乗客の大半は現役をリタイヤした老夫婦か、蜜月真っ直中の新婚夫婦ではないか。最愛のパートナーと仲睦まじい彼らは、当然、真性××者の胡散臭い色目など見向きもしなかった。
「いくら狩人の腕が良くても、獲物がいないんじゃ仕方ないなあ」
冷静に考えれば、白鳳好みの生真面目な働き盛りのオトコが、平日の昼間にぐうたら遊んでいるわけがない。社会で重要な地位にある者ほど、分刻みのスケジュールを精力的にこなすものだ。今、船内で贅沢な時間を堪能している人々も、地道に旅費を貯めた働き者がほとんどだろう。
「ちぇっ、つまんないったらありゃしない」
ありふれた施設は我慢の範囲でも、ときめくオトコが不在の状況には耐えられない。乗船前に抱いた幻想も、現物を見た後ではすっかり色褪せ、白鳳の豪華客船へ対する憧憬は、引き潮のごとく冷めていった。ハーブティーを啜りながら、白鳳はしみじみとひとりごちた。
「昔からこうなんだよねえ、私って」
ターゲットを入手するまでは、なりふり構わず策を練るのだが、一旦ゲットすると、途端に興味を失うのだ。対象に夢を見すぎるせいなのか、成就の過程を楽しむせいなのかは分からないが、物品に限らず、男性に対しても同様だった。陥落には手段を選ばないくせに、寝てしまうと急激に熱を失い、追いすがる相手を足蹴にした場面も一度や二度ではない。だから、アックスと腐れ縁を続けているのは、ある意味快挙だった。ドレッドの大男に岡惚れした覚えはただの一度もないし、外見も中身も白鳳の望みとはほど遠いのだが、なまじ美しい幻影に酔わないだけに、現実との格差を生まず、プラスに作用しているらしい。
「親分さんたち、どうしているかな」
不意に切り捨てたはずの連中が気にかかり、白鳳はカフェを立ち去ると、テンダーボートのある最深部へ移動した。このフロアの位置なら、ぼろ船の高さとさして変わるまい。むろん船室には入れないので、通路の窓でもっともぼろ船に近いところを選び、軽く背伸びすると外へ目を凝らした。
「ふふ、狙い通り」
二艘の船がぴったり隣接しているため、窓越しに盗賊団の様子が分かる。どうやら全員で晩餐の準備をしているようだ。
「今夜はカレーとサラダだね」
肉切り包丁を振るうアックスの横で、神風が野菜の皮を剥いており、子分たち数人は水と調味料を用意している。別のテーブルでは残りの子分が菜っぱを千切り、もやしの根取りに勤しむ。福々しい真ん丸ほっぺに混じって、ハチとDEATH夫の顔も見えた。にんまり笑ったハチに促され、DEATH夫も不満そうな仕草もせず、淡々と作業に励んでいる。
「んもうっ、私たちと旅してた頃は食器洗いひとつしなかったくせに」
乗船証を貸してくれた件といい、DEATH夫は相当角が取れている。仲間を懐かしんで訪ねることもないし、自ら現状を語ったりはしないが、きっとそれなりに満足しているのだろう。



平凡で簡素な献立ながら、生き生きと立ち働く一同には、幸福ムードがほんわか漂う。親分命の4色バンダナはもちろん、神風とハチも盗賊団の一員として、己の役目を積極的に果たしている。白鳳の条件を満たすオトコはいても、従者まで快く受け容れてくれるのは、懐が深いアックス以外考えられなかった。
「なんか、向こうの方が楽しそう。。」
へたれだの甲斐性なしだの、口を極めて罵ったくせに、白鳳はいつの間にか元気で明るい貧乏暮らしに魅せられていた。またしても隣の芝生に陥落し、白鳳はアックスたちの調理風景を凝視し続けた。白鳳の心境の変化など知る由もないアックスは、傍らの子分にてきぱきと指示を与えている。
「まず、飴色玉葱をよこせ」
「ほいっす」
「ローリエはあるか」
「こっちっす」
「人参のすり下ろしも準備したっす」
「ヨーグルトはカップの中っすよ」
必要な食材がコンロの脇にずらりと並んだ。種類も分量も正確で、これならカレーを煮込み段階まで進めて、素早くサラダに着手できる。
「よしよし、手際がいいじゃねえか、おめえら」
上機嫌でうなずいたアックスは、深鍋の取っ手を握り直すと、窓の外に視線を流した。
「げっ」
ふたつの窓を隔て、こちらを窺う緋の双眸と一瞬目が合った。切れ長の瞳がくりんと見開かれた。
「どうしたんです、親分さん」
水辺の金魚よろしく口をパクつかせた、アックスの只ならぬ表情に、塩の小瓶を持った神風がこそっと囁きかけた。硬直の原因をアックスは暗い目で示した。
「見ろ」
「・・・・・白鳳さま」
主人の物欲しげな眼差しを見ただけで、賢い神風は全てを察知した。大方、豪華客船に妄想したほどの旨味がなくて、気が置けない賑やかな盗賊団が恋しくなったに相違ない。アックスにも白鳳の思考は丸分かりで、呆れ顔を隠そうともせず呟いた。
「ありゃあ、期待外れで戻って来たいんだろうな」
「間違いありません」
アックスと神風に見つかった白鳳は、ひとまず窓から姿を消した。が、時折、銀の糸がちらつくところを見ると、なおも未練が残り、場を去りがたいらしい。さりとて、目一杯悪態を付いた手前、さすがの白鳳も堂々とアピールする度胸はなかった。
「困りましたね」
「あー、どうすっかな」
お騒がせ性悪猫は不在なのに、別の形で無理難題を吹っかけられ、アックスと神風はやれやれと顔を見合わせた。と、その時、親分の手捌きが止まったのを不審に感じた、カレー組の子分たちが声をかけた。
「親分、何か足りないっすか」
「スープもあるっす」
「早くカレー食いたいっす」
「すぐ出来るから、もうちっと待ってろ」
子分の催促に応え、アックスは気を取り直して、飴色玉葱と肉を鍋に放り込んだ。バンダナ連中に余計な心配はさせたくない。それに、白鳳の現在の心理状態がどうあれ、アックスから出来るアプローチは限られている。本人が見切りをつけて引き揚げれば、すんなり収まるのだが、筋金入りの意地っ張りゆえに、素直に戻っては来まい。もっとも、仮に放っておこうと、出航時間の到来で、強制的に元の鞘に収まるわけだが、厄介に負けて放任したら後が恐い。己の傍若無人な振る舞いを棚に上げ、見捨てたの、冷淡だのと、アックスや神風に当たり散らす修羅場が目に浮かぶようだ。
(ったく、世話の焼ける野郎だぜ)
不覚にも心惹かれているが、アックスは白鳳の闇の部分も熟知している。そもそも、怪しい薬で何度も押し倒され、相手が根性悪だと気付かないはずがない。なのに、きっぱり縁を切る気にはなれなかった。仲が深まるにつれ、根は優しい部分もあると知った。が、決してそれのみではない。俺が見捨てたら、こいつはお終いだ。性悪××野郎の面倒を見れるのは俺だけだ。心底お人好しのアックスの中では、止せばいいのに、こんな無謀な善意が芽生え、彼を底なしの泥沼に踏み込ませていた。



アックスと神風の生暖かい視線に居たたまれなくなった白鳳は、下部フロアから撤退し、プロムナードデッキでしばしたそがれていた。沈みかかった西陽を映す河を揺さぶる漣。微かに強まった風がチャイナ服の裾にふんわり絡みつく。
「ふう、寄りによって、親分さんと目が合ってしまうなんて」
恐らく白鳳の心境の変化はバレバレだ。怒濤の勢いでぼろ船を罵倒した手前、格好悪いことこの上ない。しかし、事ここに至ってなお、白鳳は己を0.1%も責めてはいなかった。彼の辞書に後悔はともかく、反省の二文字はない。だから性懲りもなく、同じ過ちを繰り返し、周囲の人間や男の子モンスターを振り回すのだ。
「そもそも、船内にフリーの良いオトコがいないのが大間違いだよ。私のためにせめて100人程度は取り揃えてくれなくちゃ」
口を尖らせ、最大の不満を訴える白鳳だが、いくら愚痴ってみても、今更、客層は変えられない。老夫婦と新婚夫婦ばかりの環境では、培った手練手管も生かしようがなかった。頑張ってもムダと悟ったからには、一刻も早く客船を下り、皆の元へ帰りたい。とは言うものの、自ら白旗を上げ、アックスたちに全面降伏するのはシャクだった。
「あ〜あ、親分さんが迎えに来ないかなあ」
我知らず紡いだ言葉にはっとして、誰も聞いていないと知りつつ、慌てて条件を付け加えた。
「帰って来てくれって、頭を下げて頼めば、戻ってあげてもいいけど」
つまらない見栄や競争心でアックスの厚意を無にしたくせに、まだ相手に妥協を求めるとは処置なしである。だが、いくら白鳳でもそこまでご都合主義の展開になるまいと判断したのか、やや肩を落とすと、おんぼろ船を寂しげに見遣った。と、その時だ。
「おい」
聞き飽きた野太い声が脳天より降り注いだ。反射的に見上れば、鮮やかな虹彩に褐色の巨体が貼りついたではないか。
「えええっ、嘘ぉ」
アックスが来てくれたらと考えていた。でも、要領も間も悪いへっぽこなオトコが、こんな気の利いた登場をするとは思えない。白鳳の強い願望に引きずられ、幻影が現れたに決まってる。たとえ希望通りの光景でも、白日夢では虚しいだけだ。幻を掻き消して、現実世界へ戻ろうと、白鳳は振り向きざまに相手の股間をむんずと掴んだ。
「ぐあっ、なにしやがるっ」
妄想でもイリュージョンでもなかった。掌に握り慣れた感触がじんわり伝わる。
「あ、本物だ」
「てめえはっ!!!!!」
過激の一言では片付けられない反応に、アックスは怒鳴り声と共に両手を振り上げた。太やかな腕の一撃を軽くかわすと、白鳳は微かに目を細め、小首を傾げた。
「親分さん、なぜ・・・ひょっとして密航?」
万が一、アックスがそこまで思い切ったのなら、断じて巻き添えにされたくない。実行犯を警備員に引き渡して、自分だけは難を逃れようと、白鳳は頭の片隅で思った。
「バカ言ってんじゃねえ、おめえじゃあるめえし」
アックスは投げやりに答えると、ジーンズのポケットから乗船証を取り出した。
「へえ、偽造したんだ。貴方にしてはやりますねえ」
非合法な要素を前にしても、戸惑うどころか、わくわくと目を輝かせている。相も変わらぬ悪党ぶりにアックスはうんざりして、苦々しい面持ちで顔を逸らした。
「犯罪行為しか思いつかねえのか」
「だって、私たち盗賊団だもん」
「一応、盗賊団の一員っつー自覚はあるんだな」
「そりゃあ、まあ」
質素なテント生活に不満たらたらで、勝手気ままに振る舞っていても、心の底では自分の居場所はナタブーム盗賊団しかないと分かっているのだ。改めて告げられ、アックスは嬉しかったが、あからさまに喜ぶとお調子者がつけ上がるので、緩む口元をぐっと抑えて耐えた。締まった表情を崩さずに、白鳳の細い手首をぎゅっと握る。
「だったら、とっとと俺たちの船へ帰ってきやがれ」
「・・・・・うん」
返事をするやいなや、想定した段取りをすっ飛ばしたことに気付き、白鳳は軽く舌打ちした。
(いっけない。頭を下げてもらってないじゃん)
一見ぶっきらぼうだが、誠意と真心が滲み出た口調にほだされ、うっかり承諾していた。もちろん、白鳳自身戻りたかったから、アックスの申し出は渡りに船だったが。



白鳳の軟化が予想外に早くて、アックスはほっと胸を撫で下ろした。乗船証の都合で、単独で対峙せざるを得なかったのだが、正直、神風の助力なしでは苦戦は免れないと踏んでいただけに、嬉しい誤算だった。それに、自分が現れたとき、紅い視線は歓喜で照り輝いていたではないか。ささやかな幸福を噛み締めながら、アックスは力強く白鳳の手を引いた。
「晩飯が出来てるぞ」
「カレーとサラダでしたっけ」
「さっき見てただろが」
「そうそう、どうやって乗船証を偽造したんです?」
「いい加減、偽造ネタから離れねえかっ!!ほれ、行くぞ」
手を繋いだまま、アックスと白鳳は人波を縫って、タラップへ歩を踏み出した。ふと見れば、ふたりの行く手を阻むごとく、黒尽くめの死神が虫を飾りに佇んでいる。
「ありがとよ」
アックスが所持していた乗船証をDEATH夫に差し出した。DEATH夫は無言でカードを受け取った。
「おめえのも渡せ」
「そうだね」
白鳳も懐から乗船証を出し、正式な持ち主に手渡した。にしても、偽造でなければ、もうひとつの乗船証は誰から調達したのだろう。
「ねえ、親分さんの使ってた・・・」
白鳳がおもむろに言い差すと、DEATH夫の肩先でじゃれていたハチが、大の字になって誇らしげに叫んだ。
「オレがですおのご主人様のとこへ行って借りてきたー」
「ふぅん」
他に知り合いがいないとは言え、上級悪魔から乗船証を借りるとは、アックスらしからぬ大胆な作戦を採ったものだ。多分、神風やDEATH夫の入れ知恵があったに相違ない。その証拠にアックスはいかにも済まなそうに、DEATH夫へ繰り返し頭を下げている。
「いろいろ迷惑かけちまった。この借りはいずれ返すからな」
「別に・・・大したことじゃない」
「DEATH夫はもう行っちゃうの」
「ああ」
「ご主人様が待ってるかんな」
(・・・・・・・・・・)
豪奢な旅への熱が冷め、元の鞘に収まったら、白鳳もようやく自分のやらかした行いに対し、豆粒ほどの良心が咎めてきた。特にDEATH夫には申し訳ないことをした。アックスと白鳳の関係とは異なり、いくら優遇されていても、DEATH夫はしょせん主人のお気に入りのひとりでしかない。ハチの拙い報告でも、主人と常に一緒にいるわけではないようだ。1対1で過ごせる貴重な時間を無為に消費させて、酷い仕打ちをしてしまった。
「ご主人様とのバカンスを邪魔して悪かったね」
「護衛だ」
白鳳が珍しく殊勝な物言いで詫びたのに、DEATH夫はあくまで仕事のスタンスを崩さなかった。
(大真面目で言ってるんだよねえ、このコ)
客観的に見ても、観光旅行以外の何物でもないのだが、本人が思い込んでいるので、強引に訂正は出来ない。案外、護衛という名の旅行は、DEATH夫の性格を熟知した主人の苦肉の策なのかもしれない。
「ですおー、また遊びに行くからよう」
歯をむき出して両手を振るハチに続き、白鳳たちも快活に声をかけた。
「たまには皆のところへ顔を出しなよ」
「こっちは気楽なテント暮らしだ、遠慮いらねえぜ」
「分かった」
DEATH夫は最後に軽く左手をあげると、振り向きもせずタラップを早足で登っていった。



「よし、野郎ども、出航だ!!」
「あいあいさー!!」
アックスの号令に呼応して、真ん丸い握り拳がにょっきり挙がる。夕食の後片づけを終わらせた盗賊団は、操縦を知り合いの船乗りに任せ、船室を後にぞろぞろとデッキへ移動した。豪華客船のプールサイド程度のこぢんまりしたスペースだが、その分、自然のパノラマを全身に感じることが出来る。すでに陽はとっぷり暮れており、魔法ランプの灯火が水面を仄かに照らす。
「すごいぞー、早いぞー」
「さすが親分の船だな」
とうとう、ナタブーム盗賊団のぼろ船は大河へ乗りだした。小舟とは言え、うし車の定期便より遙かに速い。白亜の船体を置き去りにした爽快感も手伝って、一行は興奮を抑えきれず、声をあげてはしゃいだ。
「おいらたちが一番だー」
「客船があんな後ろに・・・気分いーい♪」
「ナタブーム盗賊団、ばんざ〜い」
「ばんざ〜い、ばんざ〜い」
けれども、残念ながら、白鳳たちの勝利感は長続きしなかった。不意に河面が裂けるようなけたたましい汽笛が鳴り響くと、港にいた客船がゆっくり動き始めた。ぼろ船とは外見のみならず出力も桁違いで、加速するにつれ、ぐいぐい差を縮め、盗賊団の小舟を並ぶ間もなく抜き去った。
「あ〜」
「追い越されちった」
「もっとスピード出せないんですか?」
「無茶言うんじゃねえ」
「白鳳さま、競争してるわけじゃないんですから」
白鳳や子分たちの嘆きも虚しく、双方の差は開く一方だ。外車と自転車が同じ土俵で勝負してるのだから、当然の結果と言えよう。
「わ〜ん、親分の船が負けるなんて」
「悔しいぜー」
「う〜ん、残念」
追い越される瞬間、華やかにライトアップしたデッキを注目したが、DEATH夫らしき影は見えなかった。今頃は船内で主人とのんびりくつろいでいるのだろう。しかし、もう彼に対して、羨望や嫉妬は抱いていなかった。
(結局、現状が性に合ってるみたい)
いい人過ぎてイマイチ使えないけど、大らかで懐の深いオトコ。うるさいだけであまり役には立たないけど、素直で純真な子分たち。忠実で優れ者ゆえに、油断ならない従者と懐っこいおまけ1匹。大所帯での旅はいつも予定調和では収まらない。繰り返す日常さえ、時にハプニングが待っている。好奇心旺盛なくせして飽きっぽい質だが、彼らと共にいれば、未来永劫退屈せずに楽しめそうだ。
「わざわざ迎えに来てくれてありがとう、親分さん」
白鳳がいそいそと歩み寄って、にこやかに謝意を述べたので、アックスは少々面食らった。
「なんでえ、礼なんて言う柄か」
「一番来て欲しい場面で、颯爽と現れた親分さんは、どんな紳士よりも格好良くて、煌めいていましたよ」
「おだてたって何も出ねえからな」
言葉尻の微妙な震えから、相手の動揺を敏感に察した白鳳は、アックスに寄り添うと、その逞しい胸板にしなだれかかった。
「親分さんのような究極のオトコをゲットして、私ってなんて果報者なんでしょうv」
「そ、そうか」
悪魔の話術にまんまと惑わされたアックスは、先程の罵倒のオンパレードも忘れ、すっかり気を良くしている。単純なアックスを難なくあしらいながら、白鳳は発言内容とはほど遠いことを考えていた。
(ま、このオトコなら、多少の浮気も大目に見てもらえるし)
仮に文句をほざこうと、腕ずくで押さえ込めるのも強みだ。真性××者としては、まだまだ伴侶ひとりで落ち着くつもりはない。アックスには口が裂けても言えないが、実のところ、神風やDEATH夫を愛人にする夢も諦めていなかった。
「明日のおやつは大きなプリンを作って下さいね」
「おう、任せとけ」
眼前で愛らしく微笑む白鳳が、こんな不届きなプランを練っているとは露ほども思わず、結果オーライと充足感に浸る不憫なアックスだった。


COMING SOOM NEXT BATTLE?


 

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