*悪魔の視察*
この国での最後の仕事として、ナタブーム盗賊団は郊外の立派な屋敷に目を付けた。某王家の城に忍び込んだ実績もあり、どんくさそうに見えて、バンダナ軍団はなかなか侮れない。夕刻、警備の隙を突き、首尾良く邸宅へ潜入すると、一行はまっしぐらに厨房を目指した。他にいくらでも金目の物はあるのに、気の良い盗っ人たちは食べ物しか眼中にないらしい。料理人不在のひっそりした厨房のあちこちで、ごそごそ蠢く丸っこい影。
「冷蔵庫は肉で一杯っす」
「戸棚にはパンがあったっす」
「引き戸の中には野菜があったっす」
「おやぶ〜ん、米も見つけたっす」
子分連中の報告を受けたアックスは、期待を上回る成果に満足げにうなずきながら、低い声で次の指示を与えた。
「かさ張るものから、順番に袋へ放り込め」
「おいっす」
4色バンダナが持ち寄った戦利品で、特大の麻袋は瞬く間にぱんぱんになった。入りきらない食料をしっかと抱え込む者も少なくない。質量共にこれだけ確保出来れば十分だが、アックスは念のため、傍らで待機する神風の肩先へ視線を流した。白い単衣の上で、一寸の虫が暢気にくつろいでいる。アックスの節くれ立った指が、ぽっこりお腹を軽くつついた。
「どうだ、ちび助。部屋に食い物は残ってねえか」
「おう、もう美味そうな匂いしないかんな」
ハチが鼻の穴をぴくぴくさせて断言した。こと食い物に関しては、ハチの嗅覚を生かした判断は確かだ。お目当ての食材を盗り尽くした以上、ここは妙な欲を出さずに、さっさと引き揚げよう。
「よし、野郎ども、ずらかるぞ」
「あいあいさー!!」
アックスの号令に呼応して、元気なキンキン声が響く。収穫物を手に、意気揚々と出口へ向かいかけた盗賊団だったが、神風が皆を押しとどめるごとく歩み出た。
「待って下さい、親分さん」
「どうした」
「他者の気配を感じます」
「何だとぉ!?」
白鳳の従者たる神風とハチは、盗賊団の正式な一員ではない。助っ人として、仕事に同行しているが、直接盗みを手伝ったりはしない。彼らの役目は目的地の偵察、及び追っ手との戦闘だ。戦力的にはやや心許ないナタブーム盗賊団が、毎回無事にアジトへ戻れるのも、神風たちの活躍によるところが大きい。ゆえに、アックスも彼らの技量に絶対的な信頼を置いていた。ハチの野性の勘と同様、厳しい実戦で慣らした神風の五感に誤りはない。まさか、あらかじめ見張りを潜ませていたのでは。アックスの唇が危機感でぎゅっと引き結ばれた。親分のただならぬ様子を察し、子分たちは口々に不安を訴えた。
「おいらたち、見つかったのかな」
「うわ〜ん、捕まりたくないよう」
「お、おやぶ〜ん」
「ううう、怖いよう」
「ちったあ落ち着け。まだ相手の正体は分からねえ」
取り乱す一同へ、アックスが力強く活を入れた。仮に警備員の類でも、普通の人間なら、まずはぐれ系の神風は倒せまい。慌てふためくのは、敵の姿を見極めた後でも遅くない。心を沈め、麻袋を担ぎ直したアックスの耳に、神風の凛とした声が響いた。
「隠れてもムダですよ。たとえ気を消そうが、私には分かります」
言い終わるやいなや、神風は厚手のカーテンへ向けて矢をつがえた。しかし、彼が次の所作に移らないうちに、カーテンがふわりと舞い上がり、見覚えのある紅いシルエットが現れた。
「ふふふ、神風の目はごまかせないなあ」
「げええっ」
「白鳳さま・・・・・」
腐れ××野郎からもれなく迷惑を被って来たアックスと神風は、不吉な予感に思わず顔を背けた。が、バンダナ連中やハチにとって、白鳳はあくまで大好きな”姐さん”や”かあちゃん”だ。思いがけず仕事場で会えて、嬉しくないわけがない。真ん丸ほっぺの集団は無邪気に喜びで照り輝いた。
「なあんだ、姐さんだったっすか」
「おいらたちの応援に来てくれたっすね」
「はくほー、食いもんしこたまあったぞー」
「これで美味いメシ作って下さいっす」
手放しではしゃぐ子分との温度差を痛感しつつ、アックスは苦々しい面持ちであり得べからざる事態を追及した。
「おめえはテントで留守番してるんじゃなかったのか」
アックスの素朴な疑問をまるっきり無視して、白鳳は紺袴の従者にいそいそと近づき、艶やかに目を細めた。完全に気配を断ったはずなのに、あっさり気取られるとはさすが神風だ。優秀で忠実な従者が、白鳳は心底、誇らしかった。
「本当に神風は頼りになるねえ。図体だけで弱っちい、へっぽこな誰かとは大違い」
侮り切った眼差しが、アックスの胸板にぐっさり突き刺さる。
「誰かっつーのは、ひょっとして俺のことじゃねえだろな」
「ひよっとしなくても、貴方しかいないでしょう」
「この野郎っ!!!!!」
毎度繰り返される露骨で幼稚な挑発。少しは慣れて、スルーすれば済むものを、根っからの単細胞にそんな器用さはなく、アックスはまたもや顔を紅潮させいきり立った。
おろおろする4色バンダナより先に、神風とハチが速やかにアックスを制止した。
「親分さん、お気持ちは分かりますが、短気は損気です」
「ケンカすんなよう、おやびん」
どうせ武力に訴えたところで、白鳳に叩き伏せられるのは目に見えている。皆の前で恥をかかないうちに止めてやるのが親切というものだ。
「仕方ねえ、おめえらに免じて見逃してやらあ」
恩着せがましく返したアックスだが、内心、ほんのちょっぴり安堵していた。悔しいが、現時点では相手との圧倒的な戦力差は埋められない。
「私は一戦交えても良かったんだけど、命拾いしましたね、親分さん」
「何ぃ」
紅唇の棘のある一言が、アックスの静まりかけた神経を逆なでする。褐色のこめかみに浮かぶ怒張。むしろ白鳳を黙らせなければ、場は収まらないと悟り、神風は主人をぴしゃりとたしなめた。
「いい加減にして下さい、白鳳さま」
「ちぇっ、うるさいなあ」
神風のお小言にうんざりして、不満げに口を尖らせる白鳳へ、気を取り直したアックスは再び問いかけた。そもそも、なぜ盗みの最中まで、こいつから罵倒されなきゃならないのか。絶対に納得出来ない。
「おめえ、留守番はどうした。盗賊団が空き巣に入られるなんざ、洒落にも笑い話にもなんねえぞ」
「ふん、あんなぼろテント、放っておいても盗られるモノなんかないでしょう」
「ぐぬぬぬ。。」
当たっている。当たっているだけに尚更腹立たしい。両の拳を握り締めるアックスをちらちら見遣りつつ、白鳳は高らかに先を続けた。
「貴方の盗賊団で価値があるのは、上品で麗しい私のみじゃありませんか。あ、でも貴方が私の持ち物なんだから、この表現はおかしいなあ」
「こ、こいつ・・・いけしゃあしゃあと」
ワガママで図々しい腐れ××野郎よりも、足元にまとわりつく可愛いバンダナ連中の方が大切に決まっている。でも、強行に反論したとて、照れ隠しとか意地っ張りとかからかわれるのがオチだろう。本当にこいつの根拠のない自信はなんとかして欲しい。
「白鳳さま、どうしてここへ」
白鳳とアックスに任せておいたら、脱線するばかりなので、神風が軌道修正すべく切り出した。従者の訝しげな問いかけに、白鳳は素直に対応した。
「親分さんの働きぶりを視察に来たんです」
「視察だとぉ」
「一部始終見せていただいて、稼ぎが上がらない訳が、はっきり分かりました。貴方のやり方はあまりにも甘過ぎます」
偉そうに腕組みした白鳳にしたり顔で宣告され、アックスの太い眉がぐっとたわめられた。ハンターとしては超一流かもしれないが、盗っ人としては素人だ。ナタブーム盗賊団の首魁ともあろう者が、そんな奴のアドバイスなど聞けるか。
「どこが甘えってんだ」
「お宝の山を前に、パンや野菜しか盗まないとは三流もいいとこですよ」
「じゃあ、てめえならどうするってんだ!?」
アックスの野太い怒声が放たれた途端、白鳳は食器棚まで移動して、ガラス越しに最上段の陶器やナイフ類を指し示した。
「まずはこの辺を頂戴します」
「ああ?食器なんて必要ねえぞ」
「スプーンや皿は食えないっす、姐さ〜ん」
「それとも、実は全部お菓子で作ってあるっすか」
白鳳の意図が理解出来ず、誰もが首を捻った。子供が多い大所帯に、割れ物壊れ物はかえって危ない。一同の疑惑の眼差しも気にせず、白鳳はおもむろに説明を始めた。
「ナイフ類の柄の部分には宝石が散りばめてあるし、皿やカップは年代物の高級陶器だし、骨董品屋で売れば、もう大儲け間違いなし♪」
「大儲けだとぉ」
「ええ、控え目に見積もっても、10万ゴールドは堅いですよ」
「じ、10万ゴールド・・・・」
想像を絶する額を提示され、アックスは一瞬絶句した。子分やハチも具体的な値打ちこそピンと来なくても、それが大量の食料に変わり得ることは察知したらしい。
「すっげー、オレたち大金持ちだ」
「おやつたくさん買えるかな」
「お菓子しこたま買えるかな」
真ん丸集団が期待でどよめく様を楽しげに眺めながら、白鳳は先程隠れていたあたりへ歩を進めた。先細りの指がカーテンの端を柔らかく摘む。
「カーテンだって、国特産の質の良い織物ですから、十分売り物になりますよ。それに、向こうの業務用の冷蔵庫は・・・」
厨房内の備品全てを値踏みして、浮き浮きと解説する白鳳。アックスは今更ながら空恐ろしかった。こいつにかかったら、ターゲットは根こそぎひっぱがされ、丸裸にされてしまう。己さえよければ、他人が破産しようと知ったこっちゃない。ある意味、正真正銘の悪党だった。
「ダメだダメだっ、貴重品には手をつけるな!!食料さえ確保すれば、他のブツには用はねえんだ」
盗賊を生業にしていても、人の良いアックスは、被害者が致命的な打撃を被る仕打ちはしたくなかった。だが、アックスのささやかな良心が、銀髪の悪魔に通じるはずもない。
「やれやれ、本当に使えない人ですねえ。モノを見る目がないだけならまだしも、盗っ人のくせして妙な仏心を出さないで下さい」
「ふざけんな!!俺はてめえみたいな手段を選ばねえ手口は気にくわねえんだ」
「中途半端な甘ちゃんは引っ込んでてくれませんか」
「この盗賊団の首領は俺だっ!!!!!」
「だから、いつまでも貧乏暮らしなんですよ。私が首領になれば、いくらでも稼げるのになあ」
小馬鹿にしきった紅の双眸が、アックスへ向けられた。一旦は抑えた白鳳への怒りが、むくむくと湧き起こり、先程にも増して膨れ上がった。
「くそっ、今日という今日こそ決着を付けてやる!!」
「望むところですよ。これを機会にトップ交代と行きましょう」
大音声で怒鳴るアックスに応じ、白鳳も声高に叫んだ。盗みに入った屋敷にいるという事実は、彼らの頭から完全に抜け落ちている。神風とハチのみならず、子分たちも睨み合うふたりの間に割って入り、必死に仲直りを訴えた。
「親分、姐さん、ケンカは良くないっす」
「そうですよ、いがみ合っている場合ではありません」
「早く帰っておやつ作ろうっす」
「なあ、オレ、腹減っちったぞー」
しかし、皆がいくら諫めても、白鳳とアックスは睨み合ったまま引き下がらなかった。全身から立ち上る闘気がぶつかり合い、周囲に見えない火花を散らす。まさに、一触即発の危機を迎えたその時だった。
ジリリリリリ。警報機のけたたましいベルが鳴り響いた。これだけ派手に喚き散らしたら、気付かれない方が変だ。屋敷内の誰かが非常ベルを押したに相違ない。たちまち複数の足音が近づき、厨房の扉が乱暴に開け放たれた。
「曲者、覚悟しろ」
警備員とおぼしき連中が、津波のごとく押し寄せてきた。狼狽える盗賊団を窓際に押しやり、白鳳と神風が追っ手の前に歩み出た。
「ここは私と白鳳さまにお任せを」
「親分さんたちは早く逃げて」
「わ、分かった」
非常事態だけに、直前の諍いも忘れ、アックスは素直に従った。首魁たる自分が先に逃走するのは情けないが、戦闘能力を考えたら妥当な役割分担と言わざるを得ない。
「うわ〜ん、親分」
「助けて〜」
「野郎ども、こっちだ」
「ほいっす」
真っ先に窓から飛び出したハチが、簡単な偵察を済ませ戻ってきた。
「中庭には恐そうなおっちゃん、あんまいないかんな」
どうやら、警備員が大挙して厨房を目指したおかげで、外はかなり手薄なようだ。庭を突っ切れば、アックスだけでも敵は楽に撃破出来よう。
「よし、中庭へ向かうぞ」
「あいあいさー」
「親分さんとはぐれないようにね」
迫る警備員を熟練の鞭さばきでなぎ倒しながら、白鳳が優しく声をかけた。
「姐さんもご無事で」
「町外れで待ってるっす」
名残惜しそうなバンダナ軍団を引率して、アックスは一足先に厨房を脱出した。合流場所は郊外の古びた教会の前。煉瓦造りの建物をバックに、ひとしきり後続部隊を待った一行の表情が、紅と紺のコントラストを見て、ぱあっと明るくなった。
「お待たせ」
「遅くなりました」
「おう、来たか。面倒かけて済まなかったな」
この主従なら心配ないと熟知していても、実際、元気な姿を目にすればほっとするし、窮地を切り抜けられたのは白鳳たちの力あってこそだ。先程のいざこざは忘れ、アックスは心より謝意を述べた。
「姐さん、良かったっす」
「これでアジトに帰れるっす」
「今日のおやつなにかなー」
「あれ、おいらたちの食料は?」
「ないっ、何もないぞー」
「げげ〜ん!!」
全員手ぶら状態だ。残念ながら、逃げるのに精一杯で、床に置いた戦利品入りの麻袋を運ぶ余裕はなかった。仕事の失敗にも増して、一度は手にした食材が幻となったことに落胆し、食いしん坊連中はしょんぼり肩を落とした。
「焼きたての白パン、美味そうだったなあ」
「野菜もいろいろあったのに悔しいよう」
「オレの、オレの食いもんがー」
ご馳走の夢破れ、悲嘆にくれる子分とハチへ、白鳳が明るく言いかけた。
「ボクちゃんたちもハチも、がっかりしないでこれを見て」
白鳳は余裕たっぷりに懐へ右手を差し入れ、小さな棒状のモノを取り出した。
「じゃ〜んv」
なんと、件の宝石入りナイフとフォークではないか。
「お、おめえ、いつの間に」
「白鳳さま・・・・・」
恐らく、ただ働きは真っ平ゴメンと、戦闘中のどさくさに紛れ、ちゃっかり掠め取ったのだろう。
「このふたつだけでも国外で売れば、数千ゴールドは下らないはず。当分、パンだって野菜だって買い放題ですよ」
明らかな犯罪行為にもかかわらず、悪びれないどころか手柄顔だ。神風はもちろん、アックスも暗い瞳で頭を抱えていたが、4色バンダナと虫は思いがけぬ大逆転に、ぴょんぴょん飛び上がって喜んだ。
「おおお、やた〜♪」
「さすがは姐さんっす」
「これで次の街ではおやつもメシもたくさん食えるぞ」
「ばんざーい、ばんざーい」
よほど嬉しかったのか、ハチも交えて、皆で手を取り合い踊り回っている。気持ちの高揚に任せ、青バンダナがアックスに声をかけた。
「姐さんがいて良かったっす、親分」
「ま、まあな」
アックスはやや顔を引きつらせ、煮え切らない様子で肯いた。胸に秘めた思いはあるが、子分たちの幸せに水を差すのは忍びない。だが、下手な肯定は、お調子体質の悪魔につけ込む隙を与えるだけだ。アックスの返事を聞くと、白鳳は胸を張って、得意げに言い放った。
「ほらね、私の言うとおりにすれば、間違いないんですよ。次から私が盗賊団の指揮を取りますから」
冗談じゃない。今回は結果オーライだったものの、こいつに任せたら、将来、どんな汚い悪事に手を染めるか、想像するだに背筋が凍り付く。アックスははっきり認識した。白鳳にはアジトで留守番させておくのが盗賊団の、ひいては世のため人のためなのだ。
「バカ言ってんじゃねえっ!!二度と仕事場へ来たら承知しねえぞっ、分かったかっ!!」
「え〜っ、なぜですか」
「きっと、親分さんは白鳳さまに出迎えて欲しいんですよ」
さっきみたいに揉めてはいけないと、神風が絶妙なフォローを入れてくれた。真意と微妙に、いや相当ずれていようと、決して異議を唱えたりはしない。アックスには白鳳と争うエネルギーはもう残されていなかった。
「でも、つまんな〜い、ぶーぶー」
「・・・・・・・・・・」
白鳳の意外にあどけない膨れっ面を見遣りつつ、アックスは力なく息を吐いた。確かに白鳳を隔離しておけば、第三者には迷惑をかけずに済む。だけど、自分はこの先も未来永劫、銀髪の悪魔に振り回され続けるのだ。どこで道を踏み外したのか、いつから腐れ縁に嵌ってしまったのか、己を厳しく問い詰めたいアックスだった。
COMING SOOM NEXT BATTLE?
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