*武術大会*



生命力溢るる緑で国土を彩っていた草木も鮮やかに染まり、雲一つない空に数発の花火が小気味よく轟く。今日はルーキウス王国の収穫祭。この日のために前々からスケジュール調整に努めた白鳳は、予定通り彼の国を訪れることが出来た。特別と日常。ハレとケ。見慣れた暢気な国にも祭りの不可思議なエネルギーが渦巻いている。道行く人々の浮き浮きと華やいだ表情。
「急がないと武術大会が始まってしまうね」
「きゅるり〜」
肩先のスイを軽く支えると、左右に居並ぶ露店や屋台を突っ切って、闘技場まで一目散に走った。焼きたてのとうもろこしの美味しそうな匂いがほわんと鼻を掠める。しかし、今はセレストの勇姿を見る方が大事だ。収穫物をふんだんに使った軽食類や民芸品は、後で一緒にじっくり堪能すればいい。
「あ・・・・・凄い人」
息を切らして闘技場に到着したものの、すでにスタンドはぎっしり埋め尽くされていた。この国にこんなに住民がいたなんて。もともとたいして大きくもない闘技場だし、収穫祭の名物行事のひとつだけあって、かなり厳しい席取り合戦が繰り広げられたことは想像に難くない。
「これじゃあ、セレストも米粒くらいにしか見えないなあ」
「きゅるり〜。。」
さすがに落胆したけれども、そもそも収穫祭は日頃、地道に働いている民を労う意味もあるのだから、彼らを差し置いてよそ者の自分が特等席を確保するわけにもいかない。それに自分がかつてしでかした仕業を思えば、こうして祭りの末席に参加させてもらえるだけでも十分ではないか。そう思い直し、後列の隙間にでも入ろうと移動しかけたとき、聞き覚えのある声に呼びかけられた。
「白鳳さん、こっちこっち」
振り向くと、シェリルが懐っこい笑顔と共に手招きしている。気さくでさっぱりした性格の彼女とは気が合い、今では料理関係の情報を交換するだけでなく、様々な話題や出来事を語り合える仲だ。なまじ女性に興味がないだけに、人妻の彼女とも純粋に友人として付き合える。
「こんにちは。お久しぶりですね、シェリル」
「きゅるり〜」
「なかなか来ないから、何かアクシデントでも遭ったんじゃないかって話してたところだったのよ」
「工事中で通行止めの街道があって、迂回したせいですっかり遅くなってしまいました。ご心配をかけて済みませんでしたね」
「とにかく無事に着いて良かった。さっそく、皆のところへ行きましょう」
「え」
シェリルにいきなり切り出され、紅い瞳がきょとんとしばたたく。
「エリックが朝早くから並んで特等席を取ってくれたの」
「いいんですか」
今まで単独で行動するのが当たり前だっただけに、他者の集団にすんなり迎え入れられるのは嬉しいが、どこか戸惑いを感じるのも否めない。そんな白鳳の様子を見て取ったのか、シェリルが明るく言いかけてきた。
「私たちに遠慮なんておかしいわ。さ、早く♪」



シェリルの言葉に嘘はなく、アーヴィング家は最前列に陣取っていた。もっとも、実際に椅子が用意されているわけではなく、スタンドは一面枯れかけた芝で覆われており、その上にシートや折りたたみの椅子などを置いて、皆思い思いのポーズで選手の登場を待っている。異国の来客に気付いたセリカやエリックから温かな笑顔が向けられた。
「こんにちは、白鳳さん」
「お忙しいでしょうに、よくいらしてくれましたね」
「いいえ、こちらこそ後からのこのこ来て、こんな良い席に入れていただいて」
「きゅるり〜」
件の勘当騒ぎの後、セレストと父アドルフは仕事上の必要最小限以外、一切接触のない限りなく冷たい関係に成り果てていた。が、さすがにアドルフも家族には真実を言っていないようだ。むろん、息子たちへの気遣いはこれっぽちもなく、妻と娘(ついでに娘婿)にいらぬ衝撃を与えまいと慮ったに相違ない。だから、他の家族からすれば、今回の父子の断絶も頑固者同士がまたくだらぬことでケンカして程度にしか認識していないのだろう。
「セレストは?」
「もう控え所に行ったわ」
「そうですか」
本当は一目会って励ましの言葉をかけたかったが、そろそろ開始時間だしやむを得ない。軽くため息をつきながら、辺りを見渡す白鳳だったが、ふと傍らの金髪の少年が、焼きたてのパンを大口開けてパク付く光景が目に入った。
「・・・・・坊ちゃん」
「おー、白鳳、遅かったな」
なんと、アーヴィング家の人間に混じって、カナンがちゃっかりそこにいた。
「王家の人間が一般席でつまみ食いなんてしていいんですか」
「私もそう申し上げたんですけど」
困り顔で口を開いたセリカを押しとどめるように、カナンは遙か前方を指し示した。
「見ろ。貴賓席はあんな遠くにあるんだぞ」
カナンの指した方には王とリグナム王子、そしてリナリア姫が豪奢な椅子に座っているのが小さく見えた。スタンドより相当高く、離れた場所にあるのは、万が一の危険を避けるための配慮だろうが、”高みの見物”感が仄かに漂うのみならず、観戦には決して良い環境ではない。
「ここの方が臨場感はあるし、皆の反応も直接伝わってきて面白そうじゃないか」
「まあ、確かにねえ」
「カナン様、せめてお昼には戻って下さいませ」
息子がこのことを知ったら、血相を変えて連れ戻しに来ると思い、セリカが控え目に声をかけた。
「うんうん、まあな」
が、当の本人はすっかりこの場所が気に入ったらしく、話半分に受け流すばかり。そうなると、セリカとてそこまで強い態度には出られない。
「困ったわねえ」
「カナン様がご自分で戻られないんだから仕方ないわよ。お兄ちゃんが来るまでここでくつろいでいただきましょう」
「おっ、シェリルは話が分かるな」
単にカナンの性質を知り尽くしているだけだ。場所的な条件に加え、シェリルの焼いたパンやセリカ手作りの総菜も、食いしん坊な王子の腰をますます重くしていたのだが、そこに新たな誘惑の罠が仕掛けられた。スイをシートに降ろした白鳳がおもむろにバスケットを出す。
「昼食までの繋ぎにと思って、簡単なものをこしらえて来たんです。よろしかったらいかがですか」
白鳳が蓋を開けると、小籠包や生春巻、更に月餅みたいな焼き菓子が顔を出した。洗練された盛り付けが美しく、見た者の目を楽しませてくれる。
「わあ、美味しそう」
「綺麗な花を形づくって・・・・・食べるのが勿体ないです」
「ふふ、そんなこと言わないでどうか召し上がってください」
無論、味の方も誰もが唸る出来映えだ。そよ風にジャスミン茶の香りが混じるにつれ、バスケットの中身は見る見るうちに減っていった。
「白鳳さんの作った料理は本当に美味しいわね」
「性格は悪いけど、料理の腕は一級品だな」
「そういうことを言うのなら、坊ちゃんの分はありませんから」
「いたいけな子供の罪のない発言に、いちいち腹を立てて大人げないヤツだ」
眉をたわめる白鳳を一瞥すると、カナンは手に取った月餅を割った。顔を出した中身から、こし餡の匂いが辺りにゆっくり流れる。
「都合の良いときだけ子供にならないで下さい」
言うやいなや、たおやかな手がカナンから強引に月餅の欠片を取り上げた。
「むか」
瞬時に険悪な雰囲気になった彼らを見かねたのか、エリックが遠慮がちに口を挟んだ。
「カ、カナン様も白鳳さんも早く食べないとなくなってしまいますよ」
「そうよ。ふたりが揉めてる間に私たち全部食べちゃうんだから」
「それは困る」
まだ小籠包も生春巻も手を付けていないのに。
「じゃあ、一時休戦ということにしますか」
「うむ。僕はそれでいいぞ」
シェリルの絶妙な援護もあり、白鳳とカナンはどうにか諍いを中断して、再びティータイムを続けることになった。



早めに控え所に入ったセレストは、他の試合も見ず、頭の中でイメージトレーニングに努めていた。勝ち負けを競うことは決して好きではないが、試合うからには全力を以て戦うのが相手に対する礼儀というものだ。だが、どうもいまひとつ集中できない。というのも、観客席の歓声が妙にけたたましいからだ。不協和音を思わせる絶叫が集中しかけた心を乱す。
「うるさいなあ、あそこ」
「気が散るよ」
「応援と言っても限度があるぞ」
どうやら、騒がしいと思っていたのは自分だけではないらしい。同僚が眉を顰めて、口々にぼやくのを苦笑しつつ聞き流していたが、気のせいかその叫び声が自分の名を呼んでいるような気がする。
(まさかな)
「お前の応援だぞ、セレスト」
「え」
確認する間もなく、あっさり指摘され、驚愕した。慌てて顔を出し、観客席を眺め遣ると、まだ別の選手が戦っているにもかかわらず、真っ正面の最前列で自分の名を絶叫する集団がいた。
「セレストー、頑張って〜vv」
「お兄ちゃん、しっかり〜!!!!!」
紛れもなく、自分の家族と恋人だ。それだけでも凍り付いていたのに、彼らに混じって、主君たる第二王子の姿を見掛けたときは危うく卒倒しそうになった。
「優勝だぞ、セレスト〜!!」
しばらくぶりに恋人の顔を見た喜びもキレイさっぱり霧散していた。
(カ、カナン様・・・・・どうして一般席に)
しかし、悲しいかな。大会が開始されたからには、おいそれと移動するわけにいかない。その上、ショックも覚めやらぬうちに、観客席を覗き込む姿を目ざとく発見されてしまった。
「あ、あれ!」
「お兄ちゃんだ」
「きっと私たちの声が聞こえたんですよ」
自分に都合のいい解釈は白鳳の大の得意技だ。
「おーい、みんな応援しているぞー」
「ファイト、お兄ちゃん!!」
「セレスト〜、私のために勝って下さいねv」
さすがにセリカとエリックはにこやかに見つめているだけだが、特等席から渾身の叫び声が闘技場一帯に響き渡った。
「お前の応援団、凄いな」
「ははははは・・・・・」
同僚の呆れとも冷やかしとも取れる言葉に力ない笑いを漏らすのが精一杯だ。それでも気を取り直し、じっくり目を凝らすと、なにやら飲み食いしながら観戦しているではないか。自分の教育の成果が全く上がっていない事実を見せつけられ、セレストは戦わずしてHPが半減しそうな痛手を受けた。
(が〜ん。。)
シートに広げられた色とりどりのメニューが鮮やかに存在を主張している。派手に食い散らかすわ、歓声は騒がしいわでは、みっともないことこの上ない。ただでも金銀の頭と紅いチャイナ服は目に付くのだ。
(速やかに止めに行きたいけど、この状況じゃどうにもならないし)
もちろん熱心に声援してくれるのは嬉しい。けれども、眼前の惨状にいたたまれない境地になっていることは否めなかった。



いよいよセレストの登場する試合だ。日頃の優しげな顔に似合わず、引き締まった険しい面持ちが目を引く。
「ああ、セレスト・・・・・なんて凛々しくて頼もしいんでしょうv」
うっとりと熱い視線を流す白鳳を一瞥もせず、セレストは低く構えを取った。
「おっ、真剣そのものだな」
「確か、相手は去年準決勝まで勝ち残っているのよ」
「それは強敵ですね」
「きゅるり〜」
「勝ち負けはともかく、怪我なんてしなければいいんだけど」
真剣勝負を前に、さすがの彼らも大げさな応援は控え、ひそひそと小声で囁いた。息を飲む音すら聞こえて来るような静寂が闘技場を包む。相手と対峙したセレストが軽く礼を交わした。
「それでは始め!!」
審判の合図が終わるか終わらないかのうちに、光にも似た勢いで飛び出したセレストはわずか一撃で相手の剣を叩き落としていた。
「おお、これは見事じゃ」
「最近のセレストは心境著しいですな。さすがアドルフの息子だけのことはある」
貴賓席の国王やリグナム王子も感心しきりだ。リナリア姫だけは何が起こったか分からず、小首を傾げて闘技場の方を見遣っている。武術に関しては素人の観客にも技の切れや迫力は伝わったらしく、誰もが拍手喝采でセレストの戦いを褒め称えている。当然、かぶりつきで見ていた白鳳たちはもう大騒ぎだ。
「やったぞっ、セレスト」
「わ〜、お兄ちゃん凄〜い♪」
「素敵ですよ〜、セレストv」
見ぬもの清しの境地で最前列を見ないまま、そそくさと踵を返しかけたセレストだったが、あまりの賑やかさにうっかり視線を移してしまった。
(・・・・・・・・・・)
表情なんて分からないはずなのに、なぜか白鳳が色っぽくウィンクしているのを察した。途端に胃がぎゅむっと締め付けられた。傍らのカナンが大口開けて、小籠包を頬張っているのに気付くと、胃はいっそうきつく収縮した。心なしか貴賓席のリグナム王子の眉間の皺が深まっている気がしてならない。やんちゃな弟に押し切られたけれど、第二王子ともあろう者が庶民以上に庶民的に観戦している姿を快く思っているわけがない。
(取りあえず、カナン様に席に戻っていただいて、あの派手な応援もやめてもらわなければ)
準決勝まで勝ち残れば、昼休みを挟むので一旦解放される。その時は真っ先に観客席に駆け込んで、お調子に乗っている応援団を押しとどめなくては。
(まさかこんなことになるなんて・・・・・はあ)
前々から今日という日を楽しみにしていたのに、まさかこんな落とし穴が待っていたなんて。大会後のデートへの期待も今はすっぽり頭から抜け落ちていた。が、セレストの圧勝に盛り上がっている一同ははしゃぐばかりで、その心情をこれっぽちも理解していない。
「セレスト〜、愛してるv」
スタンドの声援に紛れて、白鳳がこんな風に叫びつつ、こちらへ向けキスを投げたのが目に入るやいなや、今度はこめかみのあたりがズキズキと脈打ち始めた。




次の試合でもセレストは相手を瞬殺して、見事BEST8に勝ち残った。もともと競争心が強いタイプでもないし、試合が始まる前はさほど意欲を見せていなかったのに、今は勝負への鬼気迫る執念さえ感じる。それもこれも悪目立ちしている応援団を制止したい一心からだ。しかし、自分たちがセレストの胃痛や頭痛の種になっているとは夢にも思わない一同はすっかり浮かれポンチになり果てていた。
「なんだかセレストの奴、初戦より太刀筋が鋭くなってないか」
「やっぱり私の応援が効いているんですよ、ふふふv」
「い〜や、僕の励ましの効果だな。もし優勝出来なかったら、午後の勉強時間には毎日街を視察に行くと告げてあるからな」
はっきり言って、それは励ましではなくただの脅しである。
「私だって負けていないはずよ。お弁当だってお兄ちゃんの大好物ばかりだし」
「まあ、それぞれの気持ちの相乗作用が最善の効果をもたらしているんでしょう」
「きゅるり〜」
ぷっくり出っ張ったお腹を持て余しながら、スイがころんと寝返りをうった。その尻尾の花がセリカの膝を軽くつつく。
「セレストは幸せ者ねえ。こんなに熱心に応援してくれる人たちがいて」
「この調子だったら優勝も夢じゃありませんね、お義兄さん」
エリックが投げかけた言葉に、3人は我が事のごとく誇らしげに頷いた。
「ああ、絶対優勝だ」
「もちろん」
「決まってますよ」
明るく談笑しながら、シートに広げられたご馳走の数々を味わう白鳳やカナンたち。食欲をそそる匂いに惹かれて集まった見物客にも、惜しみなく振る舞ったから、ますます人の輪が大きく広がり、周囲の注目を一身に集めている。遠目にもかかわらず、セレストにも現状がはっきり認識出来た。
(あああああ、カナン様、立ち食いなんてお行儀が悪い。シェリル、頼むから皆でウェーブの練習だけは止めてくれ。白鳳さんも雑貨屋の旦那さんにしなだれかかってお酌なんてして、お花見の宴会じゃないんだから。。)
どうにか視界に入れまいとしても、知らず知らずのうちに瞳が吸い寄せられてしまう。でも、後一試合の辛抱だ。それさえ切り抜ければ、この悪夢のような光景から解放される。
(もう一息じゃないか。頑張れ、俺)
せっかくの声援が実になるどころか、心身を苛む苦痛に必死で耐えつつ、もはや修行僧に近い心境で己の番が来るのをひたすら待ち続けるセレストだった。



FIN


 

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