*優しい繋がり〜エピローグ*



雲ひとつないかんかん照りの昼下がり。透き通る肌にじんわり汗を滲ませ、白鳳は宿の階段を軽やかに昇った。チャイナ服の右肩にはスイ、左肩にはハチが陣取り、おどけた仕草で声なき会話を続ける。階段を登り切ったところで、顔半分振り返った白鳳の瞳に、緩慢な動きの黒ずくめの長身が映った。両手に山積みの荷物を抱えたDEATH夫は、面倒を持て余した風に、虚空へ視線を流している。あからさまにやる気なさげな態度には目を瞑り、仕事の達成を見届けた白鳳は、ようやく緊張の糸が解れ、顔をほころばせた。
(取りあえず、DEATH夫も役目を果たしたし、今日のお使いは成功かな)
件の事件から1週間が経ち、白鳳パーティーは次の目的地へ移動した。傷付いた神風は快復著しいが、床離れしたばかりなのに、出陣を強いるわけにはいかない。幸い、当地のダンジョンは上級モンスターがいないため、神風抜きでも捕獲に支障はなさそうだ。一方、DEATH夫の処分については、誰もが頭を悩ませたが、さすがにお咎めナシとはいかず、しばらく雑事の手伝いをさせることになった。とは言うものの、生活スキル皆無のDEATH夫に、いきなり調理や掃除はさせられない。やり方を教えたとしても、使いものになるのは1年先か5年先か分からない。やむなく、技術がなくてもこなせる、買い出しの荷物持ちを命じたのだ。ちょっと見、甘過ぎる罰だが、DEATH夫の気性を考えれば、心理的負担は大きい。誇り高い戦闘の申し子にとって、鎌の代わりに、食材入りの箱を持つのは不本意だし、ましてや、その格好で大通りを歩かされては堪らない。
(一種の晒し刑だから、結構、DEATH夫には応えるよね)
もっとも、意に添わない行為を黙って受け容れたのは、神風への謝罪よりマシだと判断したからだ。白鳳専属のポーターとなる屈辱に耐えても、他者へ頭を下げたくないらしい。まあ、DEATH夫自身の価値観はともかく、彼を弁護した者たちは、予想以上に軽いお咎めで済み、ほっと胸を撫で下ろしていた。
「ただいま〜v」
「美味い食材、しこたま買って来たー」
「きゅるり〜」
「・・・・・・・・・・」
たおやかな手で扉を開けるやいなや、慣れ親しんだ顔が買い物帰りのメンバーを温かく迎えてくれた。



「おかえりなさいっ」
飛びきりの笑顔と共に両手を広げ、真っ先に駆け寄るまじしゃん。ぎこちない歩様ながら、神風もにこやかに白鳳へ歩み寄った。
「片付けは済みましたので、ご安心を」
ふたりと2匹が外出していた間、留守番組はてきぱきと荷物の整理を終わらせたようだ。神風から報告を聞いた白鳳は、毎度の手際良さに感心しつつ、彼らを心から労った。
「ご苦労さま、夕食までゆっくり休んで」
「・・・・いえ、我々は当たり前のことをしただけです・・・・白鳳さまこそ、陽射しが強くて、さぞ暑かったでしょう・・・・」
フローズンは用意しておいた洗い晒しの手拭いを、白鳳へさり気なく渡した。
「気遣いありがとう、フローズン。でも、朝方より風が出て来たし、暑さの割に湿気がないから、案外、過ごし易かったよ」
額の汗を拭う白鳳の邪魔にならないよう、オーディンがやや離れた場所から、スイとハチに名刺大のちっこいガーゼを差し出した。
「スイ様もハチもへばってないか」
オーディンの問いかけに、ハチはにぱっと笑って、声を張り上げた。
「平気平気、麦わら帽子があるもんな」
「きゅるり〜♪」
小動物コンビの頭に燦然と輝く、揃いの麦わら帽子は日よけのため、フローズンがこしらえてくれたものだ。太めの麦わらで編まれたつば広の帽子を、晴れた日は必ずかぶって出掛けるスイとハチ。
「このコたち、すっかり帽子が気に入っちゃって」
「・・・・拙い品ですが、愛用していただけて良かったです・・・・」
お調子体質の主人とは違い、フローズンは決して己の手柄を主張しない。奥ゆかしく微笑む雪ん子へ、まじしゃんが無邪気に言いかけた。
「今度は、僕にも麦わら帽子作ってよっ」
「私は透かし編みのがいいねえ」
「図々しいですよ、白鳳さま」
まじしゃんの依頼に便乗して、帽子の形態まで指定する白鳳へ、神風がぴしゃりと釘を差した。機械や魔法で、自動的に完成するならまだしも、手作業で麦わらを編むのは、かなりの手間暇がかかる。ただでさえ、フローズンは煩雑な事務をメインでこなしており、これ以上、手を煩わせるのは避けたい。オーディンも同様に感じたのか、即座に賛成の意を示した。
「うむ、あまりフローズンの負担を増やしてはいかん」
「そうだねっ、フローズンは終日忙しそうだもの」
生来、素直なまじしゃんはあっさり納得したけれど、この程度の正論で引き下がる白鳳ではない。神風を切り崩すのは厳しいが、オーディンを陥落させるネタには事欠かない。白鳳はさっそく好漢の弱点を容赦なく突ついた。
「何さ、綺麗事ばっか言っちゃって。フローズンお手製グッズを、一番欲しがってるのはオーディンでしょ」
「それは違うぞ、白鳳さま」
「だったら、フローズンがオーディン専用の帽子をこしらえても断るんだ」
「ま、まさかっ・・・フローズンの厚意を断るなんて、失礼なことが出来るか」
意地悪モード全開の白鳳に難なく転がされ、オーディンはあたふたと想い人を見遣った。フローズンは特に動じる様子もなく、スイとハチの帽子を回収している。
「なあんだ、やっぱり、欲しいんじゃない」
「うむ・・・い、いや、困ったな。。」
巧みな切り返しが出来ず、巨体を縮こまらせるオーディンは、戦場での勇猛さからは想像もつかない。しかし、不器用な対応を、フローズンは好意的に捉えているようで、言葉に詰まる姿を見かね、優しく手を差しのべた。
「・・・・もし、オーディンがお望みでしたら、私は喜んでお作りいたします・・・・」
「そ、そうか」
想い人の珍しく積極的なコメントを聞き、照れ隠しに頭を掻くオーディン。ギャラリーを気にして、控え目に視線を絡め合う彼らへ、ハチがへっぽこな口笛を鳴らした。
「ひゅーひゅー、おーでぃんとふろーずん、らぶらぶだな」
「ホントにお似合いだねっ」
「あ〜あ、愛の狩人の私でも、割り込む余地なしかあ」
「きゅっ、きゅるり〜」
仲間から口々に冷やかされ、オーディンはますます困り果てた。傍らのフローズンの頬もほんのり上気している。1週間前が嘘のようなまったりした雰囲気に、一同は弾けた笑顔が絶えなかった。



全員揃って、賑やかに談笑する中、いつも通り、DEATH夫だけが輪の外にいた。黒一色の服装、堆い大荷物にもかかわらず、彼はこれっぽちも汗をかいていない。複数の段ボール箱を抱えたまま、所在なく佇むDEATH夫に気付き、神風がおもむろに声をかけた。
「お疲れさま、半分持とう」
「怪我人に用はない」
取りつく島もなく断られたので、神風はしつこく畳み掛けず、続く言葉を飲み込んだ。が、別に相手へ対し、不快感は抱いていない。ぶっきらぼうな返答でも、DEATH夫から放たれる気は、明らかに今までと別物だった。悪意の棘や禍々しさは微塵も感じられないし、好意的に解釈すれば、傷ついた神風を手伝わせまいと、わざと冷たく突き放したのかもしれない。ふたりのやり取りの微妙な変化は、周囲にも伝わったらしく、フローズンが声を弾ませ、言い立てた。
「・・・・神風とDEATH夫の間に漂う空気が、和やかになった気がいたします・・・・」
まるで、その発言を待っていたかのごとく、仲間たちは続々と同意を表明した。
「うむ、少なくとも闘気の類は全て消え去った」
「思い切って、話し合いをしたのが良かったんだねっ」
「く〜っ、渋い男の友情が胸に染みるぜー」
「きゅるり〜」
彼らの不仲にはさんざん気を揉まされたが、ようやく好転の兆しが見えて来た。雪解けの予感に、喜びを隠せないメンバーだったが、なぜか白鳳ひとり、青ざめた顔で、わなわなと唇を震わせているではないか。
「具合でも悪いのか」
「・・・・熱射病じゃなければ、宜しいのですが・・・・」
オーディンとフローズンは慌てて薬箱を持参し、白皙の面を覗き込んだ。ところが。
「ああ・・・まさか、憧れの主人を差しおいて、勝手に意気投合しちゃったんじゃ」
「「「・・・・・・・・・・」」」
真摯な心配を無にする白鳳の××発想に、お目付役は内心、うんざりした。これ以上、滔々と腐った理論を語られなくない。速やかに、愚かな勘違いを修正させなければ。
「・・・・白鳳さま、とっとと白日夢から覚めてください・・・・」
「そもそも、意気投合と言うほど、親しくなってなかろう」
「きゅるり〜っ」
スイも千切れるほど首を振り、兄の見解を400%否定している。しかし、思い込みが激しい白鳳は、一旦、捏造したドリームを、頑なに信じて疑わない。従者とスイの諦観の眼を尻目に、暴れうしはなおも突進を続けた。
「ひょんなことから反感が愛に変わる。小説やドラマではありがちな展開でしょ。私もまさかとは思うけど。。」
「・・・・ご自分の××趣味を基準に、他者を分析しないで下さい・・・・」
「DEATH夫や神風の心境は、フィクションと同列には出来ん」
「い〜や、だいたい、話し合いの顛末を秘密にしてるのが怪しいよ」
DEATH夫はもちろん、神風もついに具体的な会話内容を教えてくれなかった。白鳳が何度尋ねても、話は終わったと告げるのみで、主人も仲間も蚊帳の外だった。DEATH夫の処分決定が難航したのも、彼らがどんな形で決着をつけたのか、ほとんど掴めなかったことが大きい。
「皆がいては本音をぶつけ合えないから、差しで話をしたのに、報告を求める方がおかしいぞ」
「・・・・ええ、我々が口を挟んではいけません・・・・」
「ふんだ、マスターの私にまで隠蔽するなんて」
聡明な同胞は、今回の部外者扱いをある程度納得していた。白鳳も頭では理解しているのだが、魂を蝕む××菌が完全スルーを我慢出来なかった。お調子体質に加え、思慮は浅いし、口は軽い。間違っても、重要な秘密は打ち明けたくない人物なのだが、お目出度い本人には自覚がないらしい。八つ当たりにも近い不満に対し、神風はたしなめるように切り返した。
「白鳳さま、人聞きの悪い表現はやめて下さい。要点だけはすでに申し上げました。我々にとって、斬った斬られたはさしたる問題ではないんです」
当時も白鳳にしぶとく食い下がられ、神風は仕方なくこう答えたのだ。自分が止めに入ると確信したからこそ、DEATH夫は白鳳へ大鎌を振り上げた。この結果は当事者間では予定調和で、DEATH夫が悪者にされるいわれはないと。だけど、愛人候補のはずの彼らが一部分とは言え、白鳳抜きで心を通わせた事実は、ますます邪な神経を逆撫でした。
「私を奪い合って、争うはずだったふたりが、なぜ、知らないうちに通じ合ってるわけぇ!?私の立場はいったいどうなるのさっ」
身に覚えのない理由で怒鳴られ、神風とDEATH夫は呆れ果てて、白鳳を見据えた。いつ、自分たちが白鳳のため、争ったのだろう。前提からして大間違いだ。あほんな脳内妄想にも程がある。
「誰も白鳳さまを奪い合った覚えはありません」
「バカが」
「えええっ、嘘ぉ!?」
「きゅるり〜。。」
”二兎を追う者は一兎をも得ず”の喩え通り、双方に容赦なく見捨てられ、打ちのめされた白鳳を、誰もが生温かく眺めている。しかし、××野郎の自爆に脱力していられるのは、暢気な日常が戻った証拠だ。白鳳団結成以来、最大の危機が勃発し、一時はパーティー崩壊も覚悟したが、力を尽くして乗り越えたことで、皆の絆はいっそう強まったに違いない。



哀れっぽくうなだれる白鳳に目もくれず、DEATH夫は部屋の隅まで移動すると、食材の箱を乱暴に置いた。これでノルマは果たしたとばかり、仲間に背を向けた彼の胸元へ、ひょうきんな福笑いが飛んできた。ハチはどんぐり眼を大きく見開き、妙にリズミカルな口調で尋ねた。
「なあなあ、どうして、あん時、DEATH夫は出ていったんだよう」
脳みそ3グラムらしからぬ核心を突いた質問に、白鳳とフローズンはずいと身を乗り出した。
「・・・・ハチ・・・・」
「向こう見ずもたまには役に立つねえ」
彼らもいずれは出奔の真相について、聞いてみたいと思っていた。けれども、神風の看病や旅立ちの準備で忙しく、質問する機会が持てなかったのだ。無論、死神の思惑に興味を抱いたのは、白鳳とフローズンのみではない。他の連中も息を飲んで、答えを待ったが、DEATH夫は珍生物の戯言を相手にしなかった。
「さあな」
「理由になってないだろー。ちゃんと・・・・っ」
「?」
はぐらかされても諦めず、ハチは追及を試みようとした。が、突然、何事かに思い当たったらしい。ハチはごん太眉毛を八の字に寄せ、恐る恐る口を開いた。
「ひ、ひょっとして、オレが鬱陶しいからかっ」
「そうだ」
「げげーん!!」
0.2秒で肯定され、落ち葉のごとく、へなへなと床へ墜落したハチ。慰め役はフローズンに任せ、白鳳は肩をそびやかして、DEATH夫の前へしゃしゃり出た。ハチに付きまとわれ、被害を被っているのは、DEATH夫ひとりではない。悩みを共有する者同士、親密に慰め合い、夜を徹して対策を講じようではないか。
「DEATH夫の気持ち、私にはよ〜〜〜く分かるな。へっぽこな珍生物に懐かれても、迷惑なだけだよねえ」
DEATH夫にアピールするため、白鳳から一方的に邪魔者宣言され、ハチはぷんすか口を尖らせた。
「なんだよう。はくほーもへっぽこじゃないかよう」
「完璧な私のどこがへっぽこだって言うんだい」
大人げなくハチと言い争う白鳳へ、DEATH夫は躊躇いなく引導を渡した。底の浅い白鳳のお為ごかしなど、1から10までお見通しだ。
「お前たちは、どいつもこいつも鬱陶しい」
「が〜〜〜〜〜ん!!」
ハチ並みの評価を受け、白鳳はショックでがっくり膝を付いた。幼子と行動パターンが変わらない主人に苦笑しつつ、神風は骨張った肩へそっと手を置いた。
「白鳳さま、元気出して下さい。DEATH夫が天の邪鬼なのは、今始まったことではありません」
「ううう、小太りの虫はともかく、美の化身たる私を鬱陶しいだなんて。。」
周囲の同情を乞う、白鳳の芝居っ気たっぷりの仕草は、もう慣れっこだし、賢いお供たちはDEATH夫の発言を、額面通りに受け取っていない。大袈裟にへたり込むひとりと1匹へ、メンバーははきはきと言いかけた。
「白鳳さまとハチに限らず、彼は我々全員を鬱陶しいと言ってます」
「・・・・鬱陶しく感じるのは、白鳳さまやハチの存在を無視出来ないからです・・・・」
「うむ、以前の空気扱いと比べれば、格段の進歩だ」
「そうそうっ、愛情の対極は無関心だって、おばあちゃんが教えてくれたよっ」
「きゅるり〜♪」
嘘偽りない言葉で励まされ、根っからの浮かれポンチはあっさり立ち直り、新たな決意に拳を握り締めた。
「よ〜し、どんなに疎まれようと、夢の愛人ロード目指して頑張っちゃうv」
「オレだって、力一杯付きまとうかんな」
「ふん、くだらん」
白鳳とハチの表明に、DEATH夫は露骨にそっぽを向いたが、表向きの拒否に動じるようでは、懐深く飛び込めやしない。恐らく、彼自身も胸に漣が立つ、未知の感覚に戸惑っているのだろう。唐突に逐電したのは、一同と物理的に離れることで、心を乱すしがらみをばっさり断ち切るつもりだったのかもしれない。
(こうして戻って来たのは、パーティーにちょっぴり愛着を覚えたからかなあ。・・・・・だといいな)
DEATH夫は本来、悪魔界の住人だと、白鳳も十分承知している。でも、人間界に逗留する間は、白鳳団こそ居場所だと思われたいし、もし、帰還した後も、たまには懐かしんで欲しい。まだまだ課題の多い半熟マスターだけど、従者やスイの力を借り、皆にとって、より居心地の良いパーティーを作って行こう。腐った野心もしばし忘れ、白鳳はとても前向きな気分になっていた。


FIN


 

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