*花に嵐〜エピローグ*
花見の夜にDEATH夫と別れ早5日。白鳳パーティーの旅は、何事もなかったように続いていた。新たな国へ移動した彼らを待ち受けていたのは、お目当てのモンスターを捜し回る徒労の日々だった。ターゲットは当地に生息する一般的な種族で、決して稀少なものではない。にもかかわらず、夕暮れまでダンジョンを隈なく歩き回っても、ただの一匹も発見出来なかった。今度の捕獲は楽勝だろうと高をくくっていただけに、未だスタートラインにつけない展開はまるっきり想定外。DEATH夫を失い、ただでも滅入った気持ちがますます沈むではないか。肉体よりむしろ精神的ダメージが大きい。疲れ切った四肢を引きずり、白鳳は従者を連れて宿へ戻って来た。
「あ〜あ、今日も結局姿を見せずじまい。。」
「きゅるり〜」
ソファでため息混じりにぼやく面持ちがいつになく暗い。本来、ムダに前向きな白鳳は、多少のアクシデントで落ち込んだりしない。心配性ゆえ、あれこれ思い煩う神風やフローズンを明るく笑い飛ばし励ます側だ。しかし、心の乱れが激しい現状では、他者へ気を配る余裕は持てそうにない。DEATH夫が去ったショックに加え、肝心の捕獲の不首尾ぶりが、白鳳を必要以上にがっかりさせ、彼の意思を尊重したことを悔やみ始めてさえいた。
(DEATH夫抜きでも問題ないはずだったのに、ここまで手こずるなんて。私の判断が甘かったのかなあ)
あの晩、中央広場へ戻った白鳳たちは、待機組に包み隠さず全てを語った。納得行く結果を出すと豪語しておいて、期待を裏切る結果となり、皆には本当に申し訳ない。俯き加減で言葉に詰まりつつ、白鳳は双方のやり取りを一句も漏らさず再現した。が、彼らを責める者は誰ひとりいなかった。
「側についていながら、何の役にも立てず済まなかった」
「ううん、神風のせいじゃない。私の力が足りなくて、DEATH夫をあっさり去らせてしまった。引き止めるのは無理だとしても、別れの挨拶ぐらいさせたかったよ」
「白鳳さまも神風も悪くないっ」
「・・・・いつかこうなると知っておりました・・・・」
「敢えて決別の場を作らなかったのは、DEATH夫らしいかもしれん」
「んだんだ、ですおはオレたちと離れるのが寂しいから、さり気なく消えたんだぜー」
「きゅるり〜っ」
お目付役はもちろん、幼いまじしゃんやハチまで覚悟していたかのごとく、淡々と受け止めていた。直接会話することもなく、意に染まぬ離別を強いられ悲しかったろうに、おくびにも出さない暖かいフォローで、白鳳はかなり救われた。縁あって道中を共にしていたとはいえ、しょせんDEATH夫は異世界の住人。フローズンの言う通り、別れる定めだったのだ。まだ胸は痛むけれど、潔く割り切って、スイの解呪に邁進しよう。と、決意した矢先だっただけに、この惨状は辛かった。1日ならまだしも、3日連続ターゲットの影も見えないなんて、あまりに運が悪すぎる。捕獲と異なり、モンスターとの出会いは白鳳サイドの頑張りにも限りがある。度を越したツキのなさは、天の怒りを買う行いをしでかしたためなのだろうか。もっとも、本人に自覚はないが、××絡みでは神をも恐れぬ不祥事を繰り返している。天罰が下るなら、とっくの昔に下っているはずだった。
(あのコの意志は我々が何を言おうと覆せなかったけど・・・ね)
そもそも、封印破りの副作用を治す術はなく、将来の破綻は避けられなかった。マスターと直に対面し、長年の縛りから解放されるのなら、DEATH夫にとって一番望ましい。戦い以外関心のない死神が、唯一執着していた相手なのだ。白鳳が彼の立場でも仲間を振り切って出立したと思うし、実のところ、外野が口を挟む余地などなかった。だが、頭で分かっていてなお、胸の奥で巨大な燃え殻が燻っている。最後に顛末を教えて欲しいと懇願したのに、これっぽちも音沙汰がないことも、白鳳のもやもやを増幅させていた。
付き合いの長いお供たちが、苦悩する主人の心中に気付かぬわけがない。白鳳は真心を尽くして精一杯やった。たとえフローズンが出向こうと、DEATH夫との離別は避けられなかっただろう。今回の件ではこれっぽちも落ち度はないし、早くいつもの明るいお調子者に戻って欲しい。萎れた白鳳を慰めるべく、4人と2匹は片付けの手を休め、次々に声をかけた。
「元気出して下さいっ、白鳳さま」
「・・・・ついている時もあれば、間が悪い時もございます・・・・苦しい局面に焦りは禁物です・・・・」
「うむ、どっしり構えるのが一番だ」
「きゅっ、きゅるり〜っ」
「3日くらいどってことないぞー。ご老公漫遊記なんて、1週間に1度だかんな」
「悪いことばかりは続きません。ここを乗り切れば、きっと上手く行きますとも」
彼らとてDEATH夫不在の傷は癒えていない。唐突に同士が減り、戦闘面での不備はともかく、いるべき者がいない喪失感を痛感しているはずだ。それでも、自分の悲しみは後回しにして、まず白鳳を気遣ってくれる。パーティーが揺らぐ現状、メンバーをしっかり支えなければならないのに、逆に励まされ、白鳳は申し訳なさで一杯となった。
「我々兄弟のため、私心なく働いてくれる皆に、かえって気を遣わせて済まない。ずっと不景気な顔してたら、運気も逃げて当たり前だよね」
「白鳳さまは大輪の薔薇、くよくよしているのは似合いません」
主の立ち直りを敏感に察し、神風が笑みと共に力強く言い切った。生真面目な彼には珍しい、花に喩えた褒め言葉は紅唇をいたく喜ばせた。改めて神風へ悩ましい視線を送ろうとした白鳳だが、不意に小太りの虫が視界を遮った。
「なあ、はくほー」
「しっしっ、ハチ、邪魔」
ブサな福笑いのせいで、主従二人の世界を作るプランが台無しだ。白皙の美貌がたちまち険しくなったが、脳みそ3グラムのハチに空気を読むスキルなどない。両手を腰に当てつつ、ハチはしたり顔でうなずいた。
「やっぱ、腹減ってんのがダメダメだ。うまいもんしこたま食えば、元気になるぞー」
「・・・・おや、お前もたまには良いこと言う」
「きゅるり〜っ」
あくまで己の欲望に基づいたセリフだが、発言内容はちゃんと的を射ている。質の高い料理は単に空腹を満たすだけではない。胸の空白を埋めたり、気持ちを和ませたり、様々な効用がある。どん底の今こそ、美味しい食事。幸い自分はプロ並みの腕の持ち主だ。あり合わせの材料でもほっぺたを落とせるものは十分作れる。ハチの自覚なきアドバイスでやる気を得て、怒りはすんなり収まった。寄りかかっていたソファからすっくと立ち上がると、白鳳は高らかに宣言した。
「よ〜し、さっそく厨房を借りて、美味しい晩ご飯を作ろうっと」
「おおおっ、やたー♪」
「きゅるり〜♪」
ようやく日常のまったり風景が戻り、一同はほっと胸を撫でおろした。ただし、ダンジョンで長時間奮闘した分、かなり時間が押している。白鳳がいかに手際が良くても、ひとりで出来ることは限りがある。荷物の整理や帳簿付けは後でも差し支えない。まずは夕食優先と、神風たちは快く助力を申し出た。
「もし、お役に立てることがあれば手伝います」
「・・・・私もお手伝いいたします・・・・」
「皮むきぐらいは俺でも」
「遠慮なく言って、白鳳さまっ」
「オレは味見専門だ」
「きゅるり〜」
「ありがとう、じゃあフローズンに来てもらおうかな」
「・・・・はい・・・・」
約1匹を除き、優れもの揃いの彼らだが、家事の類はフローズンに一日の長がある。白鳳に指名された雪ん子は、しずしずと主人の傍らへ歩み寄った。
「・・・・後はお願いいたします・・・・」
「心配しないでっ」
「我々に任せてくれ」
「帳簿は私がやっておく」
「ですおの鎌もちゃんと磨いとくぜー」
ハチの無邪気な一言を聞き、部屋の空気がしばし凍り付いた。誰もが押し黙ったまま、複雑な面持ちで古ぼけた部屋の隅を見遣った。
「「「・・・・・・・・・・」」」
立てかけてあるのは、不気味に輝く半月の刃。そう、あの晩、なぜかDEATH夫は愛用の大鎌を持ち去らなかったのだ。
DEATH夫が去った事実を噛み締めつつ、しょんぼり帰還した白鳳と従者は、室内に残された鎌に気付き驚いた。てっきり、花見の席に持参せずとも取りに行ったと思っていた。日常生活では無関心も手伝い、意外にぼんやりしているけれど、大鎌はもはや彼の身体の一部だ。戦闘最優先のDEATH夫が、愛用の武器を置き去りにするなんてあり得ない。信じがたい忘れ物を見た途端、白鳳は確信した。別れ際には返事を濁されたが、DEATH夫は必ず顛末を教えに来てくれると。でなければ、大切な獲物をわざわざ置いていくわけがない。来るべき再会の日に思いを馳せ、白鳳はハチに優しく言いかけた。
「DEATH夫がいつ取りに来てもいいよう、しっかり磨いておいて」
「合点だ、ぺかぺかにするかんな」
「僕も手伝うよっ」
「きゅっ、きゅるり〜っ」
白鳳のエールに応え、ハチ、まじしゃん、スイは壁に寄り添う大鎌へ向かおうとした。元気一杯の年少組を暖かい眼差しで見守るメンバーだったが、不意に強大な気の流れを感じ、瞠目した。
「!?」
異変を口にする間もなく、耳障りな音を立て、窓の鍵が派手に弾け飛んだ。閉めてあった窓が開け放たれ、衝撃で割れたガラスが床に散乱した。狭い部屋内で荒れ狂う竜巻のような激しい風。
「なんだ、この風はっ」
「早く奥に」
「うぎゃ〜、助けてくりっ」
「スイ様とハチはこっちだ」
「きゅるり〜」
物陰へ隠れようにも、家具類まで巻き上げられそうな勢いだ。一同は足を取られるのを避けるため、姿勢を低くし顔を伏せながら、何とか端まで辿り着いた。モンスターを遙かに凌駕する気は、いっそう膨れ上がて行く。相手の正体が掴めず、誰もが茫然とする中、スイと共にオーディンの懐へ避難していたハチが、どんぐり眼を見開いて叫んだ。
「ですおだー!!」
「えええっ」
「バカな」
珍生物の歓喜の声を聞くやいなや、仲間たちは訝しげに顔を見合わせた。しかし、万物の匂いをかぎ分ける野性の勘に間違いはない。果たして、うねる風の中に、青白い塊が浮かび上がり、やがて見覚えのある人型が象られた。
「・・・・DEATH夫・・・・」
「これ、デジャヴじゃない」
「うむ、かつて力を全解放した時と同じ」
白鳳の不注意のせいで、魔物の封印を解いてしまい、パーティー壊滅の危機に瀕したことがあった。崖っぷちの状況で、小動物コンビに懇願されたDEATH夫が封印の力を破り、降臨したのだが、寸分違わぬ登場の仕方だった。いや、気の強さは当時を超えていた。親友フローズンですら、即DEATH夫と判別出来なかったのは、今の彼が男の子モンスターの範疇に居ないからだ。待ち望んでいた再会が実現したのに、白鳳はある種の虚しさを覚えていた。
(DEATH夫は無事、悪魔界へ帰れたんだ)
ゆえに封印は解かれ、本来の能力を取り戻した。また上級悪魔の側近としての生活を送っているのだろう。彼が願った通りに帰結し、心から祝福してやりたいが、決定的に手の届かない場所へ行ってしまった感は否めない。仲間も同様な印象を抱いたらしく、呼びかけも出来ず、黒ずくめの死神を遠巻きに眺めている。が、良くも悪くも空気が読めないハチは、姿を見られただけで大はしゃぎ。短い両手を目一杯広げ、無謀にもDEATH夫へ飛びつこうとした。
「うお〜い、ですお、ですお、ですお〜っ」
「近寄るな」
「あててっ」
哀れ、ハチは側にも行けず、DEATH夫が放った気弾で吹っ飛ばされた。背中からカーペットへ落下し、ごろごろ転がったハチを、白鳳はそっと両手で掬い上げた。珍しく心の母に気遣われ、よほど嬉しいのか、痛さも忘れにんまり笑っている。
「DEATH夫を慕っているハチに、いきなり攻撃はないでしょ」
日頃の虫への仕打ちを棚に上げ、柳眉を逆立てて抗議する白鳳へ、DEATH夫はそっけなく返した。
「力が蘇ったばかりで瘴気を調整できん。吐く息さえお前らには毒となる」
「そ、そうなの」
自ら封印を解いた時は、他者に対する副作用めいたものはなかった。もはや、普通に接することも許されないとは。完全に異世界の住人と化したDEATH夫を、白鳳は寂しげに見つめた。
せっかくDEATH夫が現れたのに、感動の再会どころか近づくことも出来ない。あたふたと手を拱いているメンバーを尻目に、彼は立てかけてある大鎌へ歩み寄り、無造作に握った。
「これは返してもらおう」
武器さえ戻れば用済みと、振り向きもせず、帰還体勢を取るDEATH夫。散乱したガラスの破片を構わず踏んづけていく。まだ、本人の口から何も聞いていないではないか。白鳳は慌てて引き止めようとしたが、息まで害があると言われ、すがりつくわけにもいかないので、その場で声高に喚いた。
「待ってよっ!!私たちに報告することはないの?」
「見れば分かる」
眼前のDEATH夫は上級悪魔並みの気に加え、現世の生命体が害されるほどの瘴気の持ち主。マスターと和解し、元のポジションへの復帰が叶ったのは明らかだ。確かに彼の言う通りなのだが、もうさよならではあまりにあっけなさ過ぎる。ここで別れたら、次はいつ会えるか保証はない。
「分かるけど、皆、とても心配していたんだから、もっと詳しい顛末を教えてよ」
「わざわざ来てやっただけで十分だ」
「名残とか余韻とかないの」
「ない。俺は忙しい」
白鳳がどうアプローチしようと取りつく島もない。さっさと窓辺へ向かうDEATH夫だったが、背後での控え目な呼びかけが彼の足を止めた。
「・・・・DEATH夫・・・・」
「!!」
振り返った金の瞳に映ったのは、目を潤ませて佇む雪ん子の姿。友が望みを叶えた喜びに感極まって、続く言葉が出ないらしい。白鳳たちと出会う前から、ずっと苦楽を共にしてきたふたりだが、この先は別の世界で生きていかねばならない。万感の思いを込め、フローズンは震える声で言いかけた。
「・・・・良かった・・・・」
「お前のおかげだ」
さすがにフローズンに対しては、DEATH夫も素直に謝意を示した。無理もない。瀕死の重傷を負い、ダンジョンに打ち捨てられた彼が蘇生したのは、フローズンの献身的な看護あればこそ。フローズンがいなかったら、ダンジョンの片隅で儚く消えていただろう。しかし、フローズンにとってもまた、DEATH夫は自分の運命を大きく変えた相手だった。
「・・・・いえ、礼を言うのは私の方です・・・・DEATH夫が外の世界へ連れ出してくれたから、私は幸せな日常を手に入れられました・・・・」
「お前は自分で相応しい居場所を見つけた。俺はきっかけを作っただけだ」
今のフローズンには掛け替えのない仲間もオーディンもいる。もはや後顧の憂いはない。すっかり安心しているのか、DEATH夫はこれ以上フローズンに話しかけなかった。微かに目を細めうなずくと、微妙な距離を保って飛び回っている珍生物へ視線を流した。いきなり注目を浴びたのに気付き、ハチはごん太眉を八の字にして照れ笑いをした。
「でへへー」
「お前にも世話になった」
恐らく最初で最後だろう、優しいコメントに誰もが仰天した。でも、ハチの厚意がちゃんと認められて、白鳳は嬉しかった。ハチが果たした役割はフローズンに決して劣らない。孤高の戦士と仲間の橋渡し役になっただけでなく、特製の蜂蜜玉で封印の副作用を抑えてきた。DEATH夫から初めて労らわれ、得意げに胸を張るハチ。
「んだんだ、オレ、しこたまお世話した」
「調子に乗るな」
「あてっ」
大鎌の柄で頭を軽く小突かれ、ハチは空中で一回転した。柄が当たったところを押さえながら、愛嬌たっぷりに舌を出したが、ふと柄にもなく神妙な顔をした。
「もう、ですおに鍛えてもらえないんだなー」
しんみり呟いたハチの目に滴が浮かぶ。白鳳や従者たちも我知らず顔を伏せている。だが、ハチは涙を振り切ると、飛びっきりの笑顔でDEATH夫の悲願達成を祝福した。
「ホントにおめでとなっ。オレ、オレ、嬉しいぜっ。ですおー、元気でやれや」
「ハチ」
「へ?」
「また、な」
「おうっっ!!!!!」
DEATH夫がまたと返したので、ハチの脳天にぱああっと花が咲いた。きっと再び鍛えてもらえる日が来る。理想の光景をほんのり思い浮かべ、ハチは勢い良く両手を振り上げた。
色好い返事が得られなかったわりに、フローズン、ハチと改まったお別れをしたので、白鳳は心から安堵した。しかも、ハチへ告げたフレーズは、一同に多大な期待を抱かせるものだった。相手を思い遣って、慰めや気休めが言えるDEATH夫ではない。将来の展望があればこそ、また、という表現で締め括ったのだろう。
(まあ、あのコたちはレアモンスター同士だから、次代以降に会うことも可能だけど)
まさか、DEATH夫はそれを想定したのではと、ちょっと不安がこみ上げたが、敢えて真意は追求しなかった。世の中、知らない方が良い事実もある。先に明るい光を見て、力強く進んでいくのが良かろう。
「気が済んだか」
「え」
物思いの最中、いきなり問いかけられ、白鳳はきょとんとして、呆けた声を漏らした。
「お前の理想に近づけてやったつもりだが」
「あ、ありがと。でも、頑なに嫌がっていたのに、どういう風の吹き回し?」
「ベストの状態に戻って気分がいい。特別だ」
「そう」
DEATH夫は戦闘の要ではあったが、本来の能力を考えると、ほんの10%も発揮されていなかった。完璧主義の彼からすれば、己のイメージ通りに戦えず、さぞかし歯がゆい思いをしたことだろう。全ての力が解放された今は、不敵さと晴れやかさがない交ぜになった良い面構えをしている。しかし、白鳳には分かっていた。彼が上機嫌な一番の訳は、最愛のマスターのところへ戻れたからだと。真面目な意味でも、××的にもめちゃくちゃ悔しいけれど、こればかりは絆の深さが違い過ぎてなす術もない。脳内で地団駄踏む白鳳へ、DEATH夫は穏やかに付け加えた。
「白黒付けに行けたのは、お前らの存在もあったし」
「どういうこと?」
「もし、悪魔界との縁が切れても、何もかも失うわけではないと分かった。だから、決心出来た」
「DEATH夫」
彼の答えは白鳳に大きな満足感をもたらした。長年の奮闘がようやく報われた気がした。さんざん葛藤した末、結論へ至る決め手となったのは、仮初めのはずだった仲間がいたゆえ。ならば、花見の晩、パーティーへの復帰はないが、交わりは断たないと仄めかしたのもうなずける。万が一、再会が不首尾に終わっても、白鳳や同士との繋がりだけは変わらない。だから、全てを無くすことにはならない。鬱陶しいお節介連中が、いつしか彼の心の支えとなっていたのだ。白鳳の歓喜の表情を見て、男の子モンスターとスイも納得したように口元を綻ばせた。
「DEATH夫に思いが通じて良かったですね、白鳳さま」
「うん、皆の今までの努力がムダじゃなかったと分かって嬉しいよ」
一抹の寂しさは隠せないものの、場の全員が満ち足りた笑みを浮かべている。当初、DEATH夫とぎくしゃくしていた者も、もうわだかまりはない。フローズン、ハチ以外のメンバーが次々と声をあげた。
「住む世界は別れようと、DEATH夫はずっと我々の仲間だ」
「時々は顔を出してねっ」
「きゅっ、きゅるり〜っ」
「白鳳さまやスイさまのことは任せてくれ」
いつもと異なり、DEATH夫は彼らの言葉を冷たくあしらったりしなかった。紅いチャイナ服を横目で見遣り、淡々と言い渡した。
「救いようのないバカだが、しっかり護ってやれ。お前たちなら大丈夫だ」
「うんっ、DEATH夫の分まで頑張るっ」
「かあちゃんとスイはオレが護るかんな」
「まあ、白鳳さまの場合、本人のガードのみならず、××趣味の被害者が出ないよう、努める必要もあるが」
「・・・・ご心配なく・・・・白鳳さまの思考回路は十分把握しております・・・・」
「不祥事は事前に防ぐ」
「きゅるり〜!!」
DEATH夫らしからぬストレートな励ましに、お供たちは顔を上げ、勢い良く答えたが、ただひとり白鳳だけは収まらない。DEATH夫にバカ呼ばわりされた上、お目付役からはほとんど犯罪者扱いではないか。
「酷いっ、最後までバカってあんまりだよ」
「ふん、事実を言ったまでだ」
ぷんすか怒る白鳳に取り合わず、DEATH夫は流れるごとき動きで、ゆるりと背を向けた。
DEATH夫が去ってしまう。と頭で認識するより前に、白鳳の足は反射的に動いた。直接触れられないのがもどかしいけれど、要は進路を塞げばいい。白鳳は一定の間隔を取って、巧みにDEATH夫の前へ回り込んだ。
「ちょっ・・・行かないでっ」
「しつこい」
DEATH夫は鬱陶しそうに眉を顰めたが、白鳳は極上の笑みをたたえ、甘く囁いた。
「お別れのキスがまだじゃないv」
「きゅるり〜。。」
「この期に及んで、なんという暴言を」
「・・・・本当に救いようのない方ですね・・・・」
「うむ、困ったものだ」
別離のシーンを台無しにする邪な要求に、周囲のギャラリーはあっけに取られた。スイに至っては、居たたまれない様子で身を縮こまらせている。無論、DEATH夫の眼差しも氷雪吹雪より冷たい。
「・・・・さっきの話を聞いてなかったのか」
近寄ったハチを気弾で撃った時、DEATH夫は自らの現状について説明した。にもかかわらず、都合の悪い事実はキレイさっぱり無視して、キスをせがむ白鳳に真底ウンザリしているようだ。相手の思惑など知ったこっちゃない浮かれポンチへ、神風がやむなく脇から付け加えた。
「白鳳さま、力が戻ったDEATH夫は、吐く息さえ毒だと言ってました」
「平気平気、一瞬くらいじゃ死にはしないって」
根拠の欠片もないが、白鳳は自信たっぷりに言い切った。ここで別れたら、いつ会えるか分からない。最悪、失神するくらいはあるかもしれないが、その程度のリスクなら難なく乗り越えられる。言った者勝ち。やらなきゃ損だ。
「万が一、体調を崩したら、捕獲に支障が出ます」
白鳳お得意の当たって砕けろ精神を見抜いた神風が、鋭いツッコミを入れて来た。でも、多少のジャブで怯む××野郎ではない。すっかり開き直った白鳳は、一歩も引かずに言い返した。
「モンスターはちっとも現れないし、今更遅れたって大勢に影響ないない」
「DEATH夫はもう白鳳さまの従者ではないのに図々しいです」
「最初から最後まで従者じゃなかったじゃん」
「とにかく、そんな無謀な願いが認められるわけありません」
「え〜、ダメぇ?」
口うるさく咎める神風を押しのけ、白鳳は媚びモードの上目遣いで、DEATH夫を熱く見つめた。実のところ、さすがに望み薄だと思っていたのだが、彼は意外にも即座に却下しなかった。
「ふふ、懲りないヤツだ」
××のためなら命も惜しまない。あほんな蛮勇に怒りや呆れを通り越したのか、DEATH夫は喉の奥で笑っている。短気な彼の鷹揚ぶりに、白鳳は消極的な許可を確信した。
「いいの?いいんだね!やったぁ!!」
予想だにしなかった承認を得て、白鳳の気分はたちまち高揚した。それに引き換え、神風は苦虫を噛み潰したごとき顔をしている。場を弁えず我欲に走る主人に憤るのは当然だが、すんなり許したDEATH夫にも腹が立った。
(こういう思わせぶりな態度を取るから・・・・)
悪魔の使徒を愛人にする夢をいつまでも捨て切れない。どうせ叶わないのだから、ムダに期待を抱かせるのは酷だ。珍しく眉間に皺を寄せた神風の胸中を知ってか知らずか、DEATH夫が一言投げかけた。
「悪いな」
「べ、別に詫びられる筋合いはない」
DEATH夫から妙なフォローを入れられ、神風はいっそう不愉快になった。もっとも、本人に自覚はないけれど、苛立ちの理由は白鳳のドリーム云々のみではない。忠臣ゆえ、無意識裏に抑えざるを得ないある種の感情に起因していた。が、僥倖に舞い上がっている白鳳は、彼の複雑な心境を察する由もない。一同の生温かい視線を物ともせず、えいと青白い炎へ飛び込んだ。
(うっ)
皮膚を溶かすような禍々しい気は、初めて味わう負の感覚だ。たちまち魔界の毒に当てられ、頭がくらっとしたが、白鳳はどうにか踏み止まった。マジで数分しか持たないと悟ったが、真性××者の名にかけて、キスするまでは絶対倒れるものか。
「死んでも魂は放置するからな」
「お生憎様、簡単には死なないよ。DEATH夫を愛人にすることだって、まだまだ諦めてないし」
挑発的に言い切ると、白鳳は端正な顔を睨み付けたが、DEATH夫は切れ長の目を微かに細めただけだった。日頃よりソフトな対応も永訣のせいだと思うと切なかった。しかし、ハチへ告げた言葉は忘れていない。生きる世界は別れても、一旦築いた関係は簡単に壊れやしない。たとえ、仮初めの縁だろうと、DEATH夫との間には切っても切れない絆が生まれた。白鳳はそう信じているし、他のメンバーとて同じ心持ちでいるに違いない。お互い生きてさえいれば、いつか再会出来る日が来るはずだ。
(うん、きっと訪ねてくれるよね)
DEATH夫の冷たい指が細い顎へかかった。やがて緩やかに重ねられる唇。しかし、キスの感触を楽しむことも叶わず、白鳳の意識は徐々に遠のいて行った。
FIN
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