*おめでたい男*



真っ昼間にもかかわらず、眩しい陽光や爽やかな外気から遮断された薄暗いテントの中に怪しく蠢く影二つ。それはすぐにひとつに重なると、なおもゆらゆらと揺らめき続けた。
「ふふ・・・・・そんなに緊張しないで。可愛い人ですねv」
「ち、ちょっ・・・・・ま、待ってくれっ・・・・・うあっ」
と、その時。
「何やってやがるんだっ、コラァ!!」
テントを揺るがす勢いで、高らかに大音声が響き渡った。振り向けば、そこには仕事の下見に街まで行ったはずのアックスが凄まじい形相で立っていた。
「おや、もう戻って来たんですか」
いかにも迷惑だと言わんばかりに呟いた白鳳の細い指先は、剥き出しになった相手のモノを巧みに愛撫し続けている。通りがかりの行商人だろうか。体格こそ良いが、いかにも押しに弱そうな30がらみの男。きっと悪魔の誘いを拒みきれず、強引に引っ張ってこられたのだろう。
「て、て、てめえっ!!この野郎は何だっ!?」
なにしろアジトに帰ってきたら、白鳳が見も知らぬ男といかがわしい行為に及ぼうとしていたのだ。腹立たしいやら呆れるやらですっかり声が裏返っている。
「何って・・・・・これから一緒に楽しむパートナーに決まっているじゃないですか」
「ふざけんな!テントの中によその野郎を連れ込むなんて、いったいどういう神経してやがんだっ!!」
「今日は夕方まで戻らないって言ってたのに嘘ばっかり」
「何言ってやがるっ!俺が自分のアジトにいつ戻ろうが俺の勝手だっ!!」
アックスとてこんなに早く帰る気はなかったのだが、お目当ての屋敷に国の警備隊長が招かれていると知り、やむなく下見は取りやめて戻ってきたのだ。予定外の時間が出来たので、子分たちはアジトから目と鼻の先にある泉で水遊びをしている。
「全くワガママなんだから」
「て、てめぇ・・・・・」
そのセリフはそっくりそのまま叩き返してやりたい。
「仕方ないから、親分さんも混ぜてあげますよ」
ふうっと息を吐きながら、形にした言葉の意図が最初は飲み込めなかった。
「ああ?」
「複数プレイもなかなか刺激的ですしv」
「いい加減にしやがれっ!!」
何ら反省の色もなく、なおもふざけた提案をしてくる白鳳の肩先を力任せに突き飛ばして、相手から無理やり引き剥がすと、今度はその彼に向かって怒鳴りつけた。
「てめえもとっとと出ていかねえかっ!!」
ただでも筋骨隆々とした逞しい男に凄い剣幕で怒鳴られて、乱れた着衣を整えるのもそこそこに這々の体で逃げ出していった。少々脅かしすぎたかとも思うが、これ以上自分のような犠牲者を出さないために心を鬼にしなければ。
「あ〜っ、何てことするんですか。これからいいところだったのにっ」
「てめえ、俺のアジトであんなことをするなんて、何考えてやがるっ!!」
「私は外でヤッても良かったんですけど、向こうが難色を示すのでね」
「そういう問題じゃねえだろが!!てめえは・・・・・」
「まさか、その後に”俺という者がありながら”なんて、続ける気じゃないでしょうね」
醒めた眼差しで問いかけられ、アックスは一瞬どきりとした。
「そ、そんなわけあるかっ!!!!!」
言葉では全面否定したものの、当たらずと言えども遠からずかもしれない。こういう奔放な性格だから、行きずりの男と肌を合わせている姿は容易に想像できる。それでも、目の前で別の相手と睦み合うのを見せつけられるのは、やはりいい気はしなかった。



「だいたい貴方が私を満足させてくれないからいけないんでしょう」
「な、何だとぉ!?」
白鳳の道徳心の欠片もない所業を叱っていたはずなのに、いつの間にかアックスが悪者にされている。いつもそうだ。この性悪猫が自らの過ちを認めたことなど、ただの一度もありはしない。
「昨夜だって、たった5回で使いモノにならなくなって。貴方はサオとタマ以外何の価値もない人なのに、それすら満足に使えなくてどうするんですか」
「て、てめえっ、俺は道具かっ!?」
「道具はいちいち口答えなんかしませんよ。この役立たず」
情け容赦ない言い様に、アックスのこめかみがピクピクと脈打っている。
「いったいどこまで俺をコケにしやがったら気が済むんだ!!」
「あ〜あ、また誰か別の相手を探してこなきゃ」
まだ白鳳は男漁りを諦めていないようだ。ラタンの篭にこしらえた寝床でお昼寝中のスイをちらりと見てから、外に出るべくすっくと立ち上がる。アックスは素早く回り込むと、その前に壁のごとく立ち塞がった。
「冗談じゃねえっ!!俺の目が黒いうちは絶対許さねえからなっ!!」
「うるさいなあ」
「とにかく二度とこんなふしだらな真似しやがったら、タダじゃおかねえっ!!」
「あ〜、もう出てけっ!!!!!」
なんと白鳳の方からこのセリフを叩き付けられ、アックスはますます逆上した。
「ふざけんなっ!!ここは俺の盗賊団のアジトじゃねえかっ!!!!!」
「貴方は私の下僕でしょう」
「誰が下僕だっ!!」
「ふん、私にちょっと撫でられたり舐められたりしただけで、あっとかうっとか呻いているオトコが何を偉そうに」
痛いところを突かれ一瞬怯んだものの、ここで引き下がったら白鳳が際限なくお調子に乗るのは間違いない。そうそうこいつの思い通りにさせてなるものか。アックスは己に気合を入れると、腹の底から声を張り上げた。
「う、うるせえっ!それとこれとは別じゃねえかっ!!ここの親分はこのアックス・ナタブーム様だっ!!」
「そういう生意気な口は私よりレベルを上げてからほざいてくださいね」
「こ、この・・・・・」
情けないことにこれだけの体格差がありながら、単純な力比べならともかく、まともに闘ったら白鳳に手も足も出ない。本来の対象が男の子モンスターとはいえ、ハンターを生業にしてるだけあり、そこらの有象無象が束になってもかなわない。もっとも、それくらいの実力の持ち主だからこそ、そのたおやかな外見とは裏腹に、狙った男を押し倒そうなどという過激な発想が出てくるのだろう。
「顔も頭も悪いし、見かけ倒しで弱っちいし、アレも使いモノにならないなんて、本当に取るとこありませんね」
己の存在を全面的に否定され、さすがのアックスもキレてしまった。白鳳のチャイナ服の袖から出た二の腕をむんずと掴むと、その胸元を乱暴に突き飛ばした。
「出ていくのはてめえの方だっ!!!!!」
「本気で言っているんですか」
「ああ、本気も本気、大マジだっ!!だいたい、てめえいつの間に我がもの顔で俺のテントに入り浸るようになったんだっ、ええっ!?」
緋色の瞳が微かに見開かれ、即座にきゅっと釣り上がった。鋭い目つきでアックスを睨み付けながら、白鳳は抑揚のない声音で最終通告を口にした。
「分かりました。もう二度とこんな小汚いところには来ません」
「こ、小汚いっていうのは何だっ!!」
「小汚いから小汚いって言っているんです。だいたい、私が好きでここに来てたと思ったら大間違いですからねっ!!」
「な、何ぃ」
「宿代の節約になるし、言いなりになる下僕もいるから、暇つぶしに来てあげてただけですよ」
あからさまに小馬鹿にしたような視線を向けられ、アックスの中に僅かに残っていた”出て行けは言い過ぎた”という気持ちは瞬時に霧散した。
「てめえの本音はよ〜く分かった。もう二度とその取り澄ました面出すんじゃねえっ!!!!!」
「貴方こそ金輪際私に付きまとわないで下さいね」
愛用の羽根ショールを纏うと、篭の中で眠っていたスイを起こして、定位置の肩の上に乗せてやった。乾いた口調で憎々しげに言い捨てる。
「やっと貴方と縁が切れるかと思うとせいせいしますよ」
「それはこっちのセリフだっ、腐れ××野郎!!」
「さ、行こう、スイ」
「きゅるり〜」
なおもいきり立つアックスの方を一度たりとも振り返ることなく、白鳳は足早にテントを出ていった。




白鳳が姿を消してから数分もしないうちに、子分たちがどやどやと入ってきた。いつもなら、時間を忘れて夕暮れまで水遊びをしているのに。
「おう、もう水遊びはいいのか」
皆、八の字眉の困り果てた顔付きで、アックスに次々と声をかける。
「おやぶ〜ん」
「大変っす」
「ヤバイっす」
「事件っす」
「・・・・・何だ」
大方、何を言われるのか予測は付いたが、一応先を促してみた。
「姐さん出ていっちまいましたぜ」
ほら、やっぱり。そもそも、いつの間にあいつを”姐さん”なんて呼ぶようになったんだ。その事実も不愉快に思え、アックスの表情はいっそう苦々しくなった。
「けっ!あんなあばずれ出ていってせいせいすらあ!!」
「親分、姐さんとケンカしたっすか」
日頃は大ボケのくせに、いきなり核心をつく発言をされ、一瞬答えに詰まったが、内心の動揺を悟られないよう、ことさら強気に切り返した。
「んなこたぁねえ!あいつが勝手に出ていきやがったんだ」
「姐さんの料理楽しみにしてたのに」
「メシくらい俺がこしらえてやるっ」
「おいらたちに持ってきてくれたチョコ、上手かったよなー」
簡易テーブルの上に無造作に置かれた袋詰めのチョコレート。その隣には淡いクリーム色の液体で充たされた小振りの瓶。土産なんて柄でもないと思うが、最近、テントを訪れるときは必ず子分連中へのお菓子とアックスへの酒を持参するようになっていた。
(最初会ったときに比べりゃあ、随分変わったよな、あいつも)
いや、正確には白鳳が変わったのではなく、アックスが彼の内に秘めたものを徐々に理解しているということか。尊大な態度と強気な言動で誤解されやすいが、あれは自分を守る鎧みたいなもので、素顔は案外可愛いところもあるのだ。そして、なにか複雑な事情を抱え、後には退けない目的のため、必死になって闘っている。その内容を決して自分に教えてくれないのは寂しいが、本人が今のままの関係を望む以上、こちらから無理強いすることなど出来やしない。裏を返せば、結局自分たちはその程度の繋がりなのかもしれない。
「じゃあ、ちっと早えがおやつにすっか」
「わーい、おやつだ」
「おやつだー」
「姐さんのチョコ食えるぞー」
「今日は何味にしようかなー」
直前の心配もどこへやら、目先の食い物で頭が一杯になった単純な連中に苦笑しつつ、アックスは子分たちに白鳳が持ってきたチョコレートを配ってやった。ちっこい目をキラキラ輝かせ、嬉しげにもぐもぐ口を動かす様子を眺め遣りながらも、どこか心が晴れない。
(なんだか落ち着かねえな)
気が向いたときにふらっと来て、適当に何日か滞在して、どこへともなく去っていく。そんなおぼつかない逢瀬にもかかわらず、いつしか白鳳がテントにいる光景にすっかり馴染んでいた。当然いるべきものが不在という状態は、なぜか居心地悪くて、気が滅入って。
(あいつ、今度はどこの国に行くんだろう)
まだそれすら聞いてなかったのに。いつもそっけなく冷淡に振る舞っていても、本当はとても寂しがりやなのだ。その証拠に具体的に目的地を教えてくれないけれど、逆に仄めかす発言をしなかったこともない。きっと追い掛けて来て欲しいのだ。むろん、自分に対して特別な感情を抱いているとかではなく、ごちゃごちゃと賑やかな雰囲気が好きなのだろう。出ていったはいいけど、ひとりぼっちでいたたまれない思いをしてないだろうか。そこまで考えたら、アックスは居ても立ってもいられず、ガタンと大きな音をさせ、ベンチ状の椅子から立ち上がっていた。
「親分、姐さんを迎えにいくっすか」
急ぎ足で出口に歩を進めるアックスに赤バンダナの子分が声をかけた。
「な、何言ってやがるっ!散歩だっ、散歩っ!!おめえらはおとなしくチョコでも食ってろっ!!」
そのくせテントを一歩出た途端、アックスは全速力で駆け出していた。




橙色の大きな夕陽を背に、海からの緩い風を浴びながら、白鳳は港に佇んで、到着した客船の周囲を眺めていた。行く人来る人。見送る人迎える人。皆、それぞれの表情を露わにして、気持ちのキャッチボールをしている。でも、自分には行く場所も帰る場所もないから、送る人も迎える人もいない。
「スイ、いっそのことあの船に乗ってしまおうか」
ずっとひとりで当てのない旅を続けて来た。だからどこに行こうが常にエトランゼだった。あのテントはそんな自分に初めて与えられた羽根を休める場所だったのに。
(遅いなあ)
あれからすでに3時間以上経っている。アジトのある場所から港までは、普通に歩いても1時間足らずで到着するはずだ。
(まさか、来ないなんてことは)
ない、と思いたい。自分みたいなはぐれ者を放っておけない優しい人だから。自分は彼のそういう部分につけ込んだのだ。己について何一つ話さなくても、些細なことは気にせず、辛いときや疲れたときだけ、この身を委ね、ゆっくり休ませてくれる人。そんな一方的な結びつきだから、単に都合のいい男として利用していると思われても仕方ない。いくら大らかな性格でもその事実に気付いて、嫌気が差してしまったのだろうか。
(いい潮時だったのかな)
弟のことが何ら解決してないのに、寄り道ばかりしていた自らへの戒めかもしれない。だけど、どうしても諦めることが出来ず、白鳳はなおも道の彼方に目を凝らしていた。
(あんな男、全然好みじゃないのに)
なのに、こういう形で別れることになると思うと、胸がきゅんと締め付けられる。こちらの事情を何ひとつ詮索しないまま、黙って全てを受け容れ、温かく包み込んでくれる相手には、もう二度と会えないだろう。不意に目の前がほんのりぼやけてきた。が。
(あ)
狭い間道の向こうからアックスの巨体が朧気に見えてきた。本当はすぐにでも駆け寄りたかったが、勿体付けて、体勢も変えずに相手の到着を待った。
「おう、まだいたか」
ひょっとしたら、怒りに任せて船に乗ってしまったかもと危惧していたのだ。
「遅い」
ちらりと一瞥しただけで、あとは視線も合わせず、白鳳は低い声で言った。
「す、済まねえ」
道中で持病に苦しむ病人の介抱をしたり、お年寄りの荷物を運んだりと、いろいろアクシデントはあったものの、アックスは全く言い訳せず素直に頭を下げた。これはあくまでこっちの事情で白鳳を待たせたことには変わりがない。
「本当に戻ってもらいたかったら、港に着く前に追いつくくらいじゃないとお話になりませんね」
口調が露骨に刺々しいし、眼差しも目一杯冷ややかだ。けれども、その怒りは先程の争いではなく、なかなか迎えに来なかったことに向けられているに相違ない。ならば、この先の対処でどうにでもなる。とにかく、ここはプライドを捨てて下手に出るしかない。
「なあ、いい加減機嫌を直せよ」
「嫌です」
「そう言うな。俺も言い過ぎた」
「”も”じゃないでしょう。悪いのは全部貴方です」
「・・・・・・・・・・・・・」
男たるもの、この程度のことで怒ってはならない。相手の理不尽なワガママも笑って受け流せるようでなくては、こいつとは付き合っていけないのだ。
「ホントに悪いと思ってるんですか」
「・・・・・ま、まあな・・・・・」
「じゃあ、ここで土下座のひとつもして下さい」
な、何ぃ〜、ふざけんなっ、とのどの上までせり上がってきたが、唇を噛みしめてぐっとこらえると、渋々その足元へ跪いて頭を下げた。
「イテッ!!」
白鳳はご丁寧に脳天を思い切り踏んづけてきた。全くどこまで性悪なんだ。履いているのがピンヒールじゃなくてまだ良かった。それにしても、こいつと出会ってから、俺も随分、我慢強くなったものだ。
「・・・・・・・・・」
「これで気が済んだか」
顔をあげたアックスを白鳳が真っ直ぐに見つめてきた。その紅の双眸から放たれた光に負けじと、目に力を込めてじっと見つめ返した。無言のまま熱く視線を絡め合うふたり。少し強めの風が白金の髪を柔らかくなびかせる。乱れた前髪を整えながら、少し目を細めると、白鳳は囁くように言いかけてきた。
「・・・・・戻ったら、大きなプリンを作ってくれますか?」
「ああ、お安い御用だ」
「なら、今回だけは許してあげます」
相手が整った口元を綻ばせたので、アックスもほっと安堵の息を吐いた。
「そうか」
言い終わらないうちに、いきなりしがみつかれて、アックスは慌てふためいた。振り解く間もなく、その逞しい胸に顔を埋めたまま、白鳳がポツリと呟いた。
「良かった」
背に回されたしなやかな腕にぎゅっと力が籠もる。ああ、こいつはこいつなりに不安と戦いながら待っていたのだ。そう考えると、なんだかいじらしくなって、ふと抱きしめてやりたくなった。相手が男だと思うとなかなか踏ん切りが付かなかったが、いや、この抱擁は断じていかがわしい意味じゃない、と己に言い聞かせて、スイに気を配りつつ、細い身体を丸ごと包み込んでやった。
「でも、今度はもっと早く迎えに来て下さいね」
いかにも嬉しげについと顔をあげると、白鳳は蠱惑的な表情を滲ませながら、一言告げた。
「・・・・・お、おう・・・・・」
こんなことが何度もあってはたまらないと思ったけれども、アックスはその頭を優しく撫でてやった。しばしの後、名残惜しげに離れるふたつのシルエット。すでに陽はほとんど沈みかけている。
「ほら、帰るぞ」
「帰る?」
「俺たちのテントに帰るぞ」
照れ隠しなのか、顔だけそっぽを向いているものの、心に響く優しく大らかな声。その”たち”に自分は入っているのかいないのか。それでも、なんとなく初めて帰る場所が出来たような気がして、こくりと頷くと、白鳳はアックスの丸太のような腕に自らのそれを絡めた。




「よし、野郎ども喰らえ」
いつもの号令と共に、ナタブーム盗賊団の明るく活気ある夕食が始まった。白鳳お手製のボルシチとシーザーサラダ、アックス特製のプリン、さらに下見のついでに街から掻っ払ってきたパンやミルクが所狭しと並ぶ食卓。もちろん白鳳の前に置かれたプリンは皆のそれより二回りくらい大きい。
「姐さんの料理は世界一っすー」
「親分のプリンも世界一っすー」
「おいら幸せっすー」
「おいらもー」
「おいらもー」
口の周りを食べかすだらけにして、満面の笑みを湛えながら、自分たちの幸福感を素直に形にする子分たち。その言葉を受けて、白鳳は軽く頬杖をついたまま、傍らのアックスににっこり笑いかけた。その肘のあたりでスイが楽しげに戯れている。
「ふふっ、私も幸せv」
「・・・そ、そうかよ・・・」
ポリポリ頭を掻いていると、たおやかな手がワイングラスを差し出してきた。無骨な空間にはそぐわない小洒落た造りのグラスに注がれた薄いクリーム色の液体。なんでも”白鳳”という桃で作られたワインだという。
「さ、親分さん、乾杯しましょう」
「・・・・・あ、ああ」
甘い声で促され、躊躇いながらもそっとグラスを合わせる。キンと冴えた音が耳元まで透き通って響いた。
「今夜もたくさんいいことしましょうねvv」
「ば、バカ言ってんじゃねえ、こんなところで」
「ボクちゃんたちは食事に夢中で聞いちゃいませんよ」
ところが、ふたりの意味深な会話をしっかり聞いていた子分がいた。
「いいことって何っすかー」
唐突に問いかけられ、アックスの肩先がビクッと跳ね上がった。
「お、おめえたちは知らねえでいいっ!!」
「教えてあげようか、ふふふ」
「だーっ、てめえは余計なこと言うんじゃねえっ!!」
「いずれ知るなら、早いうちのほうがいいのに」
どんなに怒っても睨んでも、白鳳はどこ吹く風で受け流すだけ。やれやれとため息のひとつもつきたくなるアックスだったが、その息を思わず飲み込む衝撃の発言が控えていた。
「おいら、知ってるぞー」
「!!」
緑のバンダナの子分が胸を張ってこんな風に切り出したので、大丈夫と心で繰り返しながらも、アックスはそわそわと次の発言を待った。
「親分と姐さん、こないだちゅーしてた」
「ぶはっ!!」
あまりのことに飲みかけたワインを派手に吹きだしてしまった。全く油断も隙もない。まさか子分にそんなシーンを見られていたとは。
「あ〜、もうっ、汚いなあ!!」
白鳳は口を尖らせながら、アックスが吐き出したワインを手元の雑巾で拭き始めた。
「おめえは今のが聞こえなかったのかっ!!」
「いいじゃありませんか、キスくらい。どうせ先のことなんて知らないんですから」
その言葉通り、子分連中はすでに”ちゅー”で盛り上がっていた。彼らの”いいこと”に対する認識がキス止まりで、不幸中の幸いというべきかもしれない。
「そうか、ちゅーがいいことだったのか」
「なるほどー」
「たしかにいいことだなー」
「いいなー、ふたりでちゅーしてて」
子分たちのやり取りだけなら、微笑ましささえ感じる会話で済んだものを、そこに事態を引っ掻き回す悪魔が加わってきた。
「ふふ、良かったら、ボクちゃんたちにもしてあげようか」
「えー、ほんとっすか」
「いいよ、別に減るもんじゃなし」
「わーい、姐さんがちゅーしてくれるってさ」
「ホントかー」
「おいらは親分のほうがいいけど」
「んでも、姐さんも美人だからいいよなー」
「親分にはまた今度してもらおうぜー」
食事を中断して、わらわらと白鳳の周りに群がる子分たち。押し寄せる人波に、スイは驚いて身を固くしている。
「じゃあ、ここに順番に並んで」
ちょっぴり照れながらも、一同は言いつけに従って規則正しく並んだ。先頭に陣取った赤バンダナの子分のまんまるほっぺに白鳳の長い指が添えられた。唇が少しずつ近づいていく。
「よせっ!!」
ふたりの間を引き裂くようにアックスが割って入った。
「おや、妬いてるんですか」
「だ、誰が妬くかっ!!」
「だったら、キスくらい構わないでしょう、」
「ダメだダメだダメだっ!!」
アックスがここまでムキになって止めるのは、白鳳がキスくらいで済むヤツじゃないと知り尽くしているからだ。いくら子分相手とはいえ、興が乗れば何をしでかすか分からない。いや、実のところ、ほんのちょっぴりだけ妬いているのかもしれないが。
「ふふっ、親分さんってば、焼き餅なんて本当に可愛いんだからvv」
「てめえは自分に都合のいい解釈ばっかすんじゃねえっ!!!!!」


一服盛られて無理やり陵辱された野郎に、主人面でアジトに入り浸られ、どこぞの男を引っ張り込まれ、ちょっと怒れば拗ねて出て行くし、連れ戻しに行っても偉そうに土下座を要求するし、戻ったところで反省の色もなく、相変わらず女王様気取り。客観的に見たら、涙を禁じ得ない悲惨な状況だ。それでも現状を憂うどころか、捨てたものじゃないと感じている自分は、我ながら心底おめでたいヤツだと呆れ、アックスはただただ苦笑するばかりだった。



COMING SOOM NEXT BATTLE?


 

back