*ナタブーム盗賊団参上〜後編*
石造りの牢内はじめじめと薄暗く、不気味なほど静かだった。ここに入れられてから、どのくらいの時間が経過したのだろう。いかにも老獪な役人の会話の端々から、もうじき彼らの罪を背負って処刑されることを知った。
(ちっ、アックス・ナタブーム様ともあろう者が、こんなつまらねえ最期を迎える羽目になるとはな)
自分自身の意思で挑戦した盗みで処刑されるのなら納得だ。だが、薄汚い連中の悪事を肩代わりしてやるのは本意ではないし、心底悔しい。子分が犠牲にならなかったのが、せめてもの救いだった。もっとも、自分亡き後の一同の身の振り方を考えると、いささか、いやかなり不安ではあるが。
(これを機会にまっとうな道に戻るのもいいかもしれねえ)
ちょっと間抜けなところはあるが、素直で頑張り屋だし、職人にでも弟子入りして地道に修行すれば、きっと幸せを掴めるに違いない。あのルーキウス王国みたいなのんき者揃いの国なら、子分たちにも相応しかろう。いつも自分を信じ、慕い、付き従ってくれた4色バンダナの真ん丸顔が鮮やかに浮かび上がってきた。こっちが皆の面倒を見ているようで、実は彼らの明るさや賑やかさに救われた場面もたくさんあった。全員一緒だから、どんな状況でも旅は常に楽しかった。テントの中、周りでわいわいはしゃぐ子分たち。食卓狭しと並ぶ様々なご馳走やプリン。脳裏に映る映像はどんどんリアルになって行く。ところが、不意に想定外の人物が登場し、アックスは慌てふためいた。自分に寄り添って、嬉しげに細められる深紅の瞳。
(・・・・・どうかしてるぜ。ここで腐れ××野郎の顔が浮かぶなんてよ)
大げさにちっと舌打ちしたものの、あんな別れ方をしただけに、その後の足取りが気になって堪らない。路銀に困って悪さをしてないだろうか。自分を痛めつける無茶な行動は控えているだろうか。そもそも、何のために旅を始めたのだろう。だが、いくら考えたとて、ほどなく世を去る自分にはもはや関わりようのないことだ。それでも頭を離れない端麗な顔。不思議なもので、あれだけこっ酷い仕打ちを受けたにもかかわらず、幻の中の白鳳は常に優しい笑みを湛えていた。だけど、実のところ、彼が自分にこんな表情を向けてくれたことなどない。あれは緑の小動物にだけ与えられる極上の笑顔なのだ。ふと虚しくなって、小さく息を吐いた時、ずかずかと獄吏がやってきた。
「アックス・ナタブーム、出ろ」
腕と胴を太い縄でぐるぐる巻きにして、牢から引きずり出された。捕らえるときに獅子奮迅の大暴れをしたので、相手もすっかり警戒して、こちらの体格に負けない屈強な大男を左右につけている。ただでも身体の自由が奪われているのに、これでは全く身動き取れない。数日ぶりに触れる外気は悪くなかったが、おそらく処刑場への道だと思うとウンザリだった。予想に違わず、中庭をしばらく歩いていくと、砂地に小石が敷き詰めてある場所に到着した。そこで待ち受けていた数人の男が、自分に横領の罪をなすりつけた張本人らしい。どいつもこいつも油ぎった品のない面構え。でっぷりと肥えた身体は欲と金で膨れ上がったに相違ない。
「君のおかげで我々の地位も安泰だ」
にんまり笑われても悪態を付く気にもなれない。口をきくのも反吐が出そうだ。それでも最後の抵抗とばかり、アックスは双眸に渾身の力を込めると、自分を陥れた連中を睨み付けた。鋭く険しい眼光に震え上がる一同。
「は、早く、この男の首を切れっ」
奴らのリーダー格であろう初老の大蔵大臣が、いかにも小心者らしく、声を荒げて命じた。アックスは獄吏に無理矢理その場に座らされると、前屈みの体勢で首を突き出された。程なく首切り役人の持つ大きな刀で切られるのだろう。もともと盗賊稼業に足を踏み入れたときから、万が一の覚悟は出来ていたし、恐怖は殆ど感じなかった。ただ、心残りがないといえば嘘になる。これまで決していいことばかりではなかったけれど、一度限りの人生を少しでも楽しく生きようと尽力したし、事実、日々の生活は面白く充実していた。この感覚をもっともっと味わいたかった。
(未練だな)
自嘲的に笑ってから一瞬満天の星を見上げた。これがこの世の見納めか。役人が構える刃が月光を吸い込んで妖しく輝いた。
(あばよ)
誰にともなくそう呟くと、アックスはそっと顔を伏せた。子分と白鳳の明るい笑顔が頭をよぎる。とその時だ。ひゅんと飛んできた矢が首切り役人の右腕に深々と突き刺さった。
「な、何者だ!?」
矢が放たれた方に注目する間もなく、一同の頭上で激しい雷鳴が轟いたので、誰もが腰を抜かさんばかりに震え上がった。
「うわあああっ!!」
「な、何だ、雲一つないのにっ」
真っ青な顔で無軌道に動く連中を今度は突然の吹雪が見舞った。雪山でもあり得ないレベルの氷雪の嵐がうねり狂う。
「ひい〜〜〜っ!」
「さ、寒いっ」
「た、助けてくれ〜っ!!」
だが、この天変地異は警備隊長らを直撃しているのに、アックスには何の被害も及ぼさない。それに気付いた獄吏たちは大声で絶叫した。
「て、天罰だっっ」
「無実の者を処刑しようとしたから神様が怒ったんだっ!!」
ある意味、鋭い指摘にぎくりとしたものの、ここでアックスを放免しては破滅は免れない。
「ええいっ、そ、そんなはずあるかっ」
「早くこいつの首を切ってしまえ!!」
自然の鉄槌を恐れつつも、首切り役人に指示を送る大臣たちだったが、今度は辺りから濃い霧が漂ってきた。その霧は瞬く間に一面に広がり、視界は完全に遮断された。これではもう処刑どころではない。
「なんて事だっ」
「罪人はどこだ」
口々に喚く役人たちの耳に、どこからともなく幼い声が飛び込んできた。
「天呼ぶ地呼ぶ人が呼ぶ」
聞き覚えのありすぎる声音と口上に、アックスの全身がピクリと反応した。まさか。でも、他にありえない。雷鳴や吹雪だって、量ったように自分だけ避けて放たれたのも出来すぎだ。根拠のない期待にわくわくしながら、事の次第を見守っていると、霧が徐々に晴れ、その中から4色バンダナの集団と、男の子モンスターを率いる赤いチャイナ服が姿を現したではないか。
「ナタブーム盗賊団参上v」
「おやぶ〜ん、おいらたち、来たっす!!」
「お、お、おめえたちっ」
驚きと嬉しさと疑問がない交ぜになって、アックスはあんぐりと口を開けたままだ。子分はともかく、なぜ××野郎がわざわざ助けに来やがるんだ。
「ふふふ、縛られた無様な姿がお似合いですよ、親分さん」
「・・・・・て、てめっ!!どうしてここに」
「あなたに一生かかっても返せない恩を売るため・・・・でしょうか」
そう囁くと、白鳳は鞭を構え直して、優雅な笑みを浮かべた。さらりと揺れる白金の絹糸が月明かりに映える。しなやかで美しい立ち姿に不覚にも目を奪われた。
「い、いったいどこから入ってきたっ!?」
「警備隊、出ろっ!曲者だっ!!」
度を失ってあたふたと叫ぶ大臣をあざ笑うごとく、白鳳がきっぱり言い放った。
「無駄ですよ、すでに貴方がたの部下は我々がひとり残らず倒しました」
「な、何だと〜っっ!?」
「そ、そんなわけあるかっ。おい、とっとと応援を呼んでこい!!」
警備隊長に命じられ、施設内に戻った獄吏が、夢遊病者みたいに足元をふらつかせて戻ってきた。
「こ、こいつの言うとおりです。我が隊は全滅しておりますっ」
「そ、そんなバカなっ!!!!!」
いかに鍛えられた精鋭とは言え、一般の軍隊レベルでは、特殊能力を持つ男の子モンスターの前にひとたまりもなかった。大好きな親分の姿をはっきり確認して、子分たちもいつになく強気に迫る。
「やいやいやい、よくも親分をいじめやがったな〜」
「とっとと親分を返しやがれ〜」
しかし、連中も己の保身がかかっているだけに簡単には引き下がらない。獄吏の中で一番大柄の男がアックスの背後に近づくと、その首筋にいきなり白刃を突き付けた。
「これ以上近づくとこいつの命はないぞ!!」
追い詰められた悪党の常套手段とは言え、効果てきめん。たちまち、影を縫われたごとく白鳳たちの動きが止まった。
「・・・・・そう来ましたか」
「お、おやぶ〜ん!!」
「く、くそっ」
肝心な場面で寄りによって自分が足手まといになるなんて。悔しさに歯噛みするアックスだったが、これだけがっちり身体の自由を奪われていてはなす術がない。しかし、子分を置き去りにして、白鳳ひとりがアックスの方に近づいてきた。
「こ、こいつがどうなってもいいのかっ」
状況が不利なだけに男は焦りを隠せず、アックスの首に当てられた刃も微かに震えている。そんな心理状態を見透かすように、紅のシルエットは子分の悲鳴も無視して、さらに前進した。
「この人は私の獲物なんですよ」
唇の片端だけを上げ、不敵な顔付きでにやりと笑った。相手は完全に気圧され、白鳳の華麗な佇まいを呆然と眺めやっている。その間隙をぬって、背後から神風の矢が放たれた。それは狙い違わず、獄吏の手の甲に刺さり、刃を取り落とさせた。
「うあっ!」
さらに飛び込んできた白鳳の強烈な蹴りで、男は仰向けに倒れた。間髪を容れず、まじしゃんとフローズンが他の連中の逃げ場を塞ぐと、軽い衝撃波を使って、全員をその場に昏倒させた。
「DEATH夫」
白鳳の合図で冴えた輝きに包まれた鎌が一閃するやいなや、アックスの上半身に巻かれていた縄が断ち切られた。ようやく自由を取り戻した腕を、感覚を取り戻すべく何度も振り回す。
「これでスイの借りは返しましたから」
薬草の借りをチャラにして、ほっとしたのも事実だが、彼を生きて取り戻せたこと自体が嬉しくて堪らなかった。己でも想像もしなかった感情のほとばしりに、内心戸惑いながらも白鳳はその精悍な顔をじっと見つめた。
「へっ、なら礼は言わねえぜ」
そっけない言葉とは裏腹に、緋の双眸に引き込まれ、アックスもまた身動ぎもせず、端麗な顔を凝視した。しばし、熱い視線を絡ませるふたり。次の言葉を奏でたがるみたいに、互いの唇が微かに揺らぐ。が、それが形になるのを待たず、子分が大挙して押し寄せてきた。ありったけの喜びをこめて、親分に飛びつく子分たち。
「おやぶ〜ん!!」
「親分、親分!!」
「わ〜ん、おやぶん!!」
「うわっ、ち、ちょっと待たねえかっ!!」
叫んだ甲斐もなく、アックスは20余人の勢いに負け、あっけなく転倒した。それでも、豪快に笑いながら真ん丸頭を撫でてやった。
「よ〜しよし、おめえら、よくここまで来たな。偉えぞ」
まさかこの連中が助けに来るとは思わなかった。たとえ白鳳たちの助力があったにしても、精一杯頑張ったことは評価してやりたい。
「全部、姐さんのおかげっす」
「へ、姐さん?」
「姐さん、めちゃくちゃ強かったっす」
「・・・・・待て、姐さんっていうのはもしかして。。」
顔を引きつらせながら最後まで問うまでもなく、全員の丸っこい手が一斉にチャイナ服の麗人を指した。
「あれがおいらたちの姐さんっす」
「かっこ良かったっすよ、姐さん」
「・・・・・そ、そうかよ。。」
子分たちが腐れ××野郎を喜々として”姐さん”と呼ぶのを目の当たりにして、せっかく助かった感激も半減する思いだった。
「大臣の部屋に手紙を置いてきたぞー」
「ご苦労様、ハチ」
最後の仕上げとばかり、白鳳は連中の悪事を全て暴露した手紙を、清廉潔白で知られる法務大臣のところに届けさせた。むろん、証拠になりそうな書類のありかもことごとく記して、だ。
「これでヤツらもお終いですね」
「後の裁きは国王や法務大臣に任せるとしましょう」
「へっ、そうだな。野郎どもずらかるぞ!!」
「あいあいさー!!」
子分たちの元気一杯の掛け声を合図に、一同は警備隊の施設を出て、街道をひたすら駆け抜けた。途中の小道でアックスたちと別れた後、街の灯りが見え始めたあたりで全員いることを確かめると、白鳳は男の子モンスターたちに先に戻るよう指示を与えた。まじしゃんとハチは不満げだったが、フローズンにやんわりと説得され、神風がたおやかな手からスイを受け取った。
「じゃあ、白鳳さま。我々はこのまま宿に戻ります」
「お気をつけて」
「うん、スイをよろしく頼むよ」
なおも口を尖らすまじしゃんの頭を優しく撫でてやる。名残惜しそうに何度も振り返るハチに手を振りながら、街に続く通りに入る彼らの後ろ姿をいつまでも見つめ続けた。
(みんな、本当にありがとう)
完全に男の子モンスターたちの姿が見えなくなってから、白鳳は素早く踵を返して盗賊団の後を追い掛けた。あれだけの大人数だけに見失いようがない。ドレッドの広い背中を目に留めると、唐突に後ろから抱きついた。
「親分さんv」
「うわっ!!な、なんだてめぇっ、街に帰ったんじゃなかったのかっ」
しなやかな腕を力任せに振り解いたが、相手はなおもしなだれかかってくる。
「私、まだ何のお礼もしてもらってませんから」
「ち、ちょっと待ちやがれっ。さっきは借りを返したって」
だから、こっちも礼は言わなかった。けれども、今までの関わり合いを思い出すにつれ、アックスの胸に不吉な予感が湧き起こってきた。これで済むような親切なタマじゃねえ。こいつは極めつけの性悪なのだ。
「その前に言ったことを忘れたんですか」
そう言えば、一生かかっても返せない恩を売るとか何とかほざいていたような。不吉な予感は瞬時に膨れ上がり、すでに破裂寸前だ。
「うふふ、私は貴方の命の恩人。この貸しはこれから一生かけて少しずつ返してもらいますからね」
「ふ、ふざけんな、このっ!!」
「おや、私がいなかったら、今頃貴方の首と胴は切り離されて・・・・・」
「ぐうぅ」
これを持ち出されるとアックスは一言もない。たしかに白鳳たちが来てくれなければ、自分は間違いなく冥土へ旅立っていただろう。
「分かったら、さっさとアジトへ戻って、私に大きなプリンと貴方をごちそうして下さいね」
「ち、畜生・・・・・トホホ。。」
暗澹とした気分で、がっくり肩を落とす。子分に言えない弱みを握られただけでなく、寄りによって命まで救われてしまった。もはや未来永劫この悪魔に頭が上がる日は来まい。
「おやぶん、早くアジトへ帰ろうっす」
「親分と一緒でおいら幸せっす♪」
「姐さんも一緒っすか〜」
「親分のこしらえたプリン食べたいっす〜」
子分たちの浮かれた声が空虚に耳を通りすぎていく。命こそ助かったものの、別の意味で”死に体”になってしまった。足取りも重く帰路につくアックスだったが。
(おっ)
自分にぴったりと寄り添う白鳳の表情に驚いて息を飲んだ。
「どうかしましたか」
「・・・・・い、いや。何でもねえ」
「変な人」
この笑顔だ。とろけるごとき優しい笑みが、今、紛れもなく自分に向けられている。それに気付くと、アックスは思わず口元をほころばせた。こいつがこんな温かい眼差しを注いで来るなんて。月の光に照らされた柔和な面持ちは見惚れるほど美しい。だが、この至福の時は長続きしなかった。
「親分さん、私に可愛がられるのがよほど楽しみなんですね」
「な、何言いやがるっ!!」
「だって、もの凄く嬉しげな顔してる。ふふ」
「誰がそんな顔してるかっ!!」
腹の底から声を出して、きっぱり否定したのも虚しく、次の瞬間、身内に裏切られる形となってしまった。
「ほんとだー、親分嬉しそうだー」
がび〜ん。
「やっぱり、おいらたちが頑張ったからだぜ」
「おいらたちも嬉しいっす」
「わ〜い、おやぶん大好きっす〜v」
子分たちの率直な印象を都合のいい部分だけ聞くと、白鳳は勝ち誇ったような口調で言った。
「ほら、聞きましたか。ボクちゃんたちが見たってそうなんですよ」
「違うっ!違うんだっ!!」
「往生際の悪い人ですねえ。男らしくない」
「う、ううっ。。」
確かに嬉しそうにしたかもしれない。だけど、それには別の訳があるのだ。断じてこれからの一夜に対する期待なんかじゃない。声を大にして訴えたかったが、理由が理由なだけに、口が裂けても言えないのが辛い。どんなに不本意でも、ここは黙って引き下がるしかなかった。
「さ、早く行きましょう。親分さんv」
蜘蛛の糸を思わせる強さで腕を絡め取られ、なんとも複雑な心境のまま、アックスはずるずると夜道を引きずられていった。
COMING SOOM NEXT BATTLE?
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