*愛人がいっぱい〜8*



邪な期待に××心をときめかせて臨んだデートも、終わってみれば、実にあっけないものだった。捕らぬ狸の皮算用で、勝負を待つギャンブラーのごとく、念願叶った末の移動ハーレムを、夢見た時が花だったかもしれない。
(千載一遇のチャンスのはずが、どこで間違えたのかなあ)
今日の市内巡りが、マスターと従者の親睦が目的なら、文句なく100点満点だ。しかし、デートとしては0点どころか、マイナスと言わざるを得ない。美人で優しくて家庭的で床上手にもかかわらず、良縁に恵まれない主人を慰め、励ますための企画なのに、なぜ、こちらが従者たちの恋路に心を砕いているのだろう。観光客の楽しげな談笑が耳を掠める中、割り切れない気持ちで、石畳をとぼとぼ歩いていると、ガス灯の下に清しい紺袴がぼおっと浮かび上がった。
「白鳳さま、長い間お疲れさまでした。それでは宿に戻りましょう」
一足先に帰った仲間はすでに夕食を済ませ、就寝の準備をしている頃だ。幸い賄い付きの宿なので、白鳳が不在でも食事に支障を来すことはなかろう。
「え〜っ、もう終わりなのぉ!?」
不完全燃焼の胸中を如何ともし難く、白鳳は分かり切った事実を、殊更不満げに吐き出した。
「最終スポットまで不祥事もなく済んで良かったです」
「山ほど不祥事を起こしたかったのに〜」
「白鳳さまとの約束は守りました。少なくとも美術館以降は、全て自由意思に基づいた行動じゃありませんか」
約束通りに邪魔しなかったのみならず、いざという場合は守れとの、図々しい依頼まで承知してくれた。が、白鳳は神風に謝意を述べるでもなく、上目遣いの膨れっ面で言いかけた。
「好きでそうしたわけじゃないもん。単なる成り行きだよ」
「改めて白鳳さまを見直しました。・・・立派なマスターになられましたね」
拗ねる主人を咎めるでもなく、神風は切れ長の目を細めて微笑んだ。
「褒められたって、ちっとも嬉しくな〜い。あ〜あ、皆を侍らせて、一晩中、桃色遊戯に耽りたかったなあ」
白鳳団の中でもっともうるさ型の神風だ。日夜、主人の大人げない振る舞いに呆れ、容赦ない叱責を飛ばす彼が、手放しで称賛するなんてめったにない。しかし、白鳳は機嫌を直す気配もなく、憎々しげな表情で従者を見据えている。その視線をふんわり受け流すと、神風はおもむろに言葉を紡いだ。
「白鳳さまはいつも口ばっかりですから」
「ど、どういう意味さ」
「悪人ぶっても案外情に脆いですし、遊び人を気取っても根は一途ですし」
「うううっ」
相変わらず顔を綻ばせたままの神風が、間髪を容れず返したので、白鳳は思わず言葉に詰まった。伊達に旅の当初から付き従っていない。主人の表向きの言動に惑わされることなく、真意をことごとく見抜く彼に、その場凌ぎの誤魔化しは効くまい。何を切り返しても、逆にやり込められそうなので、白鳳は慌てて話題をすり替えた。
「ねえ、どうして神風だけデートに参加しなかったの」
余裕たっぷりだった従者の表情がやや強ばった。涼しい目元に陰影が出来たのは、ガス灯の光が輝きを増したせいだけではあるまい。
「私はただの案内役ですので」
神風の微かな動揺を見て取った白鳳は、一気に攻勢へと転じた。
「朝、全員とデート出来るのって聞いたら、はいと答えたよねえ。全員と言うからには、当然神風も含まれなきゃおかしいじゃん」
相手のさり気ない発言を、己に都合良く解釈する技は一級品だ。当時はDEATH夫の動向ばかり気にしていたくせに、屁理屈でごねる白鳳を一瞥して、神風はやむなく口を開いた。
「私以外の全員だと解釈して、返事しました」
「そう、神風は純真な私を騙したんだね」
自称○○ほど当てにならないものはない。世慣れていないウブな男をたぶらかすのは、むしろ白鳳の得意技ではないか。
「騙すなんて、人聞きの悪いことを言わないで下さい」
「普通、全員って言えば、5人+1匹だと考えるに決まってるよ」
白鳳の恨みがましい目つきが、生真面目な神風をじくじく攻め立てる。
「誤解させる表現をしたのは謝ります。とにかく今日はこのまま宿へ・・・」
従者の言葉を遮って、白鳳は銀の糸を振り乱すと、夜空に響き渡る大声で絶叫した。
「嫌だ。神風がデートしてくんなきゃ帰らないっ!!」



またもや無理難題を吹っ掛ける主人を呆れ顔で見遣りつつ、神風は努めて事務的にきっぱり告げた。
「明日は次の国に移動しなければ、捕獲の予定が狂います」
「ふぅん、神風がそう出るなら、こっちにも考えがあるもんね。これから適当なオトコをとっ捕まえて、いかがわしいホテルへしけこんでやるっっ」
言い放つやいなや、白鳳は踵を返し、歓楽街目指して歩き始めた。素早く回り込み、紅いチャイナ服の前に立ちはだかる神風。
「白鳳さま、そんな脅しは通用しません」
「私は400%本気だよ。さあ、誰にし・よ・う・か・なv」
恐ろしいことに、単なるハッタリではない。一旦、男漁りを宣言したからには、主人は万難を排して実行する。時々、捕獲より気合が入ってるんじゃないかと感じるくらいだ。もっとも、たとえ白鳳が妙な気を起こしても、いつもならオーディンやフローズンの協力で即座に阻止できる。が、今はあいにく1対1なので、断念させるのに手間も時間もかかるに相違ない。不本意ではあるけれど、表向き白鳳の提案を飲んだ方が、実害は少ないと悟り、神風はゆっくり面を上げた。
「分かりました」
「じゃあ、デートしてくれるの?」
現金な主人の真紅の瞳が、きらりんと明るい光彩を放った。
「あまり遅れると皆が心配するので、正式なデートは無理ですが、大通りを一周して、夜景を堪能した後に帰りましょう」
実のところ、白鳳に一番厳しいのも甘いのも神風だった。
「やったぁ♪だから神風大好きv」
菓子のおまけ程度のささやかなものだが、贅沢は言っていられない。敗北感に打ちひしがれた身に、降って湧いた敗者復活戦である。他の年長組と違って、神風には妙なしがらみもないため、余計な気遣いをせず、一直線にアタック可能だ。ムダに前向きな白鳳は大張り切りで、さっそく強引に神風と腕を絡め、寄り添って歩道を闊歩し始めた。
「わ〜い、ようやく本物のデート気分v」
「少々はしゃぎ過ぎじゃないですか」
以前は二人旅をしていたのに今更、と神風は思ったものの、主人の心底嬉しそうな顔が目に入ると悪い気はしなかった。昼間に比べば、人通りは減っていても、まだまだ不夜城の灯りは消えそうにない。一般のカップルに混じって、華やかなイルミネーションを眺める白鳳主従だったが、ふと主人の笑みが消えているのに気付いた。
「白鳳さま、どうしました?」
「私たち以外は皆、実際に恋人同士なんだよね」
表情のみならず、声音も重苦しく沈んでいる。周囲の男女に引き比べ、擬似デートで浮かれる自分の境遇が情けなくなったらしい。
「我ながら、容姿も人柄も申し分ないと思うのに、なぜ未だに独り身なのかなあ」
「見る目がないからでしょう」
身も蓋もない神風の指摘に、直前のしおらしい仕草は吹っ飛んで、白鳳は柳眉を逆立てた。当たってるだけになおさら悔しい。毎回、外見や財力にふらふらっと来て、中身の見極めもしないまま、迫るのが失敗の原因なのは、さすがに自覚があった。けれども、この点に関しては絶望的に学習能力が欠如しており、性懲りもなく同じ過ちを繰り返してしまうのだ。
「どうせ、私は見た目に負けて、ダメ男ばかり追い掛けてますよ〜だ」
半分ヤケになり、白鳳は悪態をついたが、続く従者の台詞はまるっきり予想外のものだった。
「違います。相手の殿方が、です」
「え」
「目に入る光景だけに囚われ、本質を見抜く眼力がなかったんです」
「眼力・・・ねえ」
神風のフォローは喜ばしいが、反面、こそばゆいような戸惑いも否めない。
「確かに白鳳さまの生来の美点は、すぐには理解しがたいかもしれませんが、心根がしっかりした、観察眼のある方なら、必ず察知してくれるはずです。恋人の真の姿も見抜けない鈍い輩は、白鳳さまとは到底釣り合いません」
「そ、そうかな」
見え透いたお世辞の類は、決して言わない神風の好意的な分析に、怒りも落ち込みもすっかり霧散して、白皙の美貌に再び笑顔が戻った。



従者の暖かい励ましに、白鳳はすっかり気を良くしたが、裏を返せば、人となりを知ってもらうには、ある程度の交際期間が欠かせない。初対面からイケイケで迫って、毎度、お目当てに逃げられては意味がなかった。
「反撃の余地を与えないうちに、無理やり押し倒しちゃえば、こっちのものだと信じてたけど、ちょっとは行動を慎んだ方がいいのかな」
行動云々より、まずは誤った信念を捨てるべきだろう。
「どう慎むのです」
「やっぱ、最初はお友達から始めて、相手に気に入られる振る舞いを心がけて、とかさあ」
「ぷっ」
柄にもなく神妙な面持ちで語る主人の脇で、神風が堪え切れない風に吹き出した。真性××者らしからぬ常識論は、よほどミスマッチに思えたようだ。
「人が真剣に悩んでるのに酷いじゃないか」
「申し訳ありません。でも、人生経験が深い大人なら、付け焼き刃の演技はすぐ見破るでしょうし、仮に首尾良く行ったとしても、本当の白鳳さまが受け容れられたわけではないんですよ」
「そりゃあ、まあ・・・ねえ」
そもそも、極端に堪え性のない白鳳の猫かぶりが長続きするわけがない。単にバレただけに留まらず、人格をねじ曲げた反動が出て、大暴れする可能性も十分だ。
「場を壊さぬよう、自己主張を控えることは否定しませんが、歓心を得たいあまり、個性や特長まで消してしまう必要はありません。前にも言いましたが、我々は白鳳さまが立派な人格者だから、マスターと認めたのではなく、欠点も引っくるめた上での素の性質に惹かれているんです」
「う・・・ん」
「この世に殿方は星の数ほどいるのですから、ありのままの白鳳さまを愛して止まぬ方が必ず現れますとも」
神風の力強い口調に、白鳳は背筋に気が漲るのを感じた。
「ホント」
「はい」
「ホントにホント」
「私が保証します」
白鳳の不安を解消すべく、神風は胸を掌で叩くと、大きくうなずいて請け合った。これがいけなかった。困った主人は筋金入りのお調子者だった。
「なら、もし慧眼のオトコが現れなかった場合、神風が責任取ってくれる?」
「はあ?」
紅唇の図々しい言い種に、神風は二の句が継げなかった。
「保証するとまで断言したのに、まさか拒否なんてしないよねえ」
「いや、きっと現れますから」
「万が一ってことがあるじゃん」
「白鳳さまなら絶対・・・」
「人生に”絶対”はないと思うけどな〜」
正直、白鳳は軽い悪戯心から神風をからかっていたに過ぎない。生真面目な従者が困ってへどもどする様子を楽しめれば良かった。しかし、神風は呆然としつつも、そうは受け取らなかったらしい。深海の双眸を伏せ、しばし沈思した後、決意したように切り出した。
「承知しました。その時は責任を取ります」
「私の愛人になってくれるの」
「白鳳さまのお気が済むのでしたら、愛人でも何にでもなりましょう」
「・・・・・・・・・・」
予想だにしなかった答えに、白鳳はただただ驚いていた。将来、恋人が出来なかったら、という条件付きではあるが、ようやく待ち望んでいた言葉をもらえた。なのに、なぜか素直に喜べなかった。目の前に並べられたご馳走に、食欲をそそられないと言えば、嘘になる。けれども、違う。自分が求めていたのは、こんな展開ではないし、キープ紛いの宙ぶらりんな扱いは神風に失礼だ。白鳳は思い切るように、ぎゅっと唇を噛むと、神風を真っ正面から見据えた。




「ダメ。神風ともあろう者が軽はずみ過ぎ」
「え」
白鳳のことだから、仮契約(?)にかこつけて、キスのひとつも要求するかと身構えていたが、完全に拍子抜けだった。あっけに取られる従者から視線は逸らさず、白鳳はきまり悪そうに先を続けた。
「冗談半分の戯言へ、真剣に返事するなんて」
「後の半分は本気に思えました」
緋の双眸を見つめ返す神風に、淡々と述べられ、どきりとした。白鳳自身無意識のうちに、神風を当てにする空気を醸し出していたのだろうか。事実、他の男の子モンスターに言わない愚痴や不満も、神風にはついぶつける場面が多かった。
「だとしても、即答していい内容じゃないよ」
人生のパートナー選びは、誰にとっても一生を左右する選択である。××カプですら、白眼視されかねない現在、人間と男の子モンスターの組み合わせでは、世間の風当たりの強さは容易に想像できた。
「私の承諾で白鳳さまの気持ちが、わずかでも楽になれば」
神風が本気で主人に惚れたのなら大歓迎だが、忠義心や思い遣りの具現化だと分かっているので、残念だが厚意は受けられない。
「神風はいつも私心なく仕えてくれて、嬉しいし、感謝してる。でも、もっと自分を大切にしなきゃ。神風が私の犠牲になるのは本意ではないな」
「私は一度たりとも犠牲だと感じたことはありません」
肩の力が抜けた穏やかな顔付きをしている。嘘偽りのない本音に相違ない。振り返れば、道中を共にして以来、彼が我欲を主張したのを見聞きした例がなかった。労を惜しまず白鳳に尽くす日々に、心から満足しているらしい。しかし、当の白鳳は己を殺した神風の忠誠へ、疑問を抱かざるを得なかった。
「ねえ、欲しいものとか行きたい場所とかないの。たまには、羽目を外して豪遊でもしたら」
「元々無趣味だし、物品にも興味がないんです。白鳳さまが健やかで幸せならば、何も望んでいません」
「上手く言えないけど、犠牲と捉えてないのがかえって問題だと思う。今は一緒でも、いずれ別れる時が来るかもしれないんだよ。そうなったら、神風はどうするの?」
白鳳だって心優しい従者たちと離れるのは嫌だが、諸行無常の喩えの通り、世の中に不変なものは存在しない。いずれは皆、それぞれの居場所に散って行くのだろう。他のコの将来に関しては、さして心配していない。元気な様子が白鳳の脳裏にぼんやり映る。ところが、神風に限って、未来像が全く浮かんでこないのだ。
「また、その時に決めます」
しっかり者の彼らしからぬ、行き当たりばったりな回答に、白鳳はやや眉を顰めた。
「そんな無責任な・・・」
言い差して、白鳳ははっと息を飲んだ。神風の蒼い瞳が仄かに潤んでいる。揺らめく虹彩に、ネオンの光が幾筋か射し込んだ。
「分かっているんです。いつか白鳳さまにも私が不要になる時が来ると」
「え」
「近いうちに、私より頼りになる素敵な殿方がきっと現れます」
胸の奥がぎゅっと締め付けられ、白鳳は我知らず息苦しさを覚えた。深呼吸をしようとして、意図せぬ言葉を反射的に叫んでいた。
「たとえ誰と出会おうと、神風を一番信頼してるのにっ」
「いえ、理想の恋人が出来たら、私など忘れて下さい」
「神風。。」
「ですが、白鳳さまが運命の相手と出会うまで、もうしばらく好きにさせていただけませんか」
夜明けの海のごとき静穏な笑みが、心なしかもの寂しげに見えた。
「・・・・・・・・・・」
白鳳は何も言えなかった。言う資格もないと思った。冷静に考えれば、神風の足枷になっているのはこっちの方だ。主人の立場にあぐらをかいて、おんぶに抱っこで甘えまくったせいで、彼の願望や可能性を不当に封じ込めてしまった。神風が主人の影なのではなく、白鳳が神風から自立してなかっただけなのだ。一人前のマスター気取りで、自惚れていたことが今更ながら恥ずかしい。
(これからは、少しずつでも神風の手を煩わせないよう、頑張らないとね)
主人の世話から解放されれば、時間にも気持ちにも余裕が出るから、自分の興味と向き合う機会も増えるだろう。男の子モンスターは誰もが大事な同行者だが、レベル3の頃から付き合って来た神風に対する感情は特別だ。仮に道は分かれても、彼には揺るぎない幸福を掴んで欲しかった。
「あれ、この景色は」
「思ったより短かったですね」
いつの間にか、出発点のガス灯の前に戻っていた。ほの暗い灯りの下で、白鳳主従は顔を見合わせて微笑んだ。デートは儚く済んだものの、新たなスタートラインに着いた気がする。一流のマスターも至高の愛人も、まだまだ諦める気はない。常に前向きで打たれ強いところこそ、真性××者の真骨頂ではないか。
「さあ、白鳳さま、今度こそ帰りますよ」
「うん」
差し出された神風の手を、白鳳は貴重な宝物でも持つように、ふんわり握った。


FIN


 

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