*MAINDISH*



時間の感覚も失せるほどの倒錯した快感に翻弄された。怒りも屈辱もいつしかその波に飲み込まれ、四肢は末端まで官能と悦楽だけに支配されていた。そんな肉の宴が終わりかけ、ふと我に返りかけた脳裏を息を乱した囁きが掠める。
「ねえっ、もう・・・・打ち止めなんですか」
容赦ない陵辱者には不似合いな甘ったれた口調。その細い肢体を膝に乗せ、しなやかな腕に絡め取られた格好で、アックスは間近にある端麗な顔を初めてまともに見た。 今までは相手の仕掛ける愛撫に抵抗するのに精一杯で、ゆっくり眺める余裕もなかったし、自分の放った白濁がこびりついた髪と面を見せつけられるのも嫌だった。
(・・・・・う・・・・・)
性別を超越した溢れる色香に我知らずごくりと息を飲んだ。うっすら霞がかかった緋の双眸。ほんのり朱に染まった頬。自分の耳朶や口腔をさんざん這い回り、嬲った舌がちろちろとだらしなく口元から覗いている。行為の最中、腹部に擦り付けられたあの感触がなければ、男だということを失念するほどの悩ましさ。まだ繋がったままの体勢だし、普通の状態であれば、またもや欲情してしまったかもしれない。だが、幸か不幸かすでに身体は限界を超していた。
「て、てめぇ・・・・・無茶言いやがってっ」
「だって、まだ4回しかイッてないのに」
太やかな首に回した腕を支えに、様々な角度で腰を揺すって、巧みに刺激を続ける白鳳だったが、すでに萎えきったモノはうんともすんとも反応しない。ついに見切りをつけたのか、ふうっとため息をつくと、アックスのモノを置き去りにしてゆっくり立ち上がった。引き締まった内股をとろりと滴り落ちる生温かい滾り。
「体力だけが取り柄だと思ってたけど、それすらも見かけ倒しだったとはね」
「うるせえっ!!」
「そろそろ貴方ともお別れです。スイや神風たちも待ってるだろうし」
足元が多少おぼつかないながらも、白鳳はその逞しい身体から離れ、脱ぎ散らかした服を手に取ろうとした。すでに雨雲は去り、空は元の青さを取り戻している。もちろん、アックスは激しくうろたえた。縛られているのはまだしも、下腹部は無惨にさらけ出され、双方の放った精液でベトベトだ。こんな情けない姿のまま置いて行かれてはたまらない。
「ま、待ちやがれっ」
取りあえず呼び止めると、白皙の美貌がいかにも面倒そうに振り向いた。
「何ですか」
コトが終わった後、冷たく背を向ける相手を彷彿とさせるそっけない対応。それでも、 ここであっさり立ち去らせるわけにはいかない。
「とっととこの縄をほどかねえか」
「え」
「だから、縄をほどけと言ってるんだっ」
「どうしてですか」
「てめっ、まさかこのままトンズラしようって腹じゃねえだろうな」
「おや、貴方にしては珍しく察しがいいじゃないですか」
含み笑いと共に切り返され、アックスの顔から血の気が引いた。この野郎、やはりそうするつもりだったのか。
「じ、冗談じゃねえっ、こんな状態で放っておかれてたまるものか!!」
「だって、ここで縄を解いたりすれば、仕返しされるかもしれませんから」
そりゃあそうだ。子分を鞭で痛めつけたあげく、薬で身体の自由を奪って無理矢理襲ったのだ。しかもこれで二度目となれば、怒らない方がどうかしている。縄を振り解こうともがく動きの鋭さを見ても、身体に力が蘇って来たのは明らかで、程なく立ち上がることすら可能になるかもしれない。
「あたりめえだっ!今度こそぶっ殺してやらあっ!!」
「噛まれると分かっていて、野獣を解き放つお人好しがどこの世界にいるものですか」
「ぐっ」
怒りに任せ目一杯威嚇して、しまったと思ったがもう遅い。すでに白鳳はアックスの方を一瞥もせず、身支度を整えようとしている。もっとも、この白濁まみれの身体では服が纏えるはずもない。しばし良い方法を思案していたが、ふと傍らに落ちているアックスのズボンと下着が目に止まった。
「仕方ないから、これ使おう」
要するにタオル代わりということだろう。
「こ、この××野郎っ、人の服を何だとっ!?」
「貴方には何の発言権もありませんよ」
冷ややかに言い放ちながら、ズボンを手に取ったものの、少し手触りを確かめるやいなや、即座にその場に投げ捨てた。
「う〜ん、こんなごわごわの小汚い布じゃ嫌だな」
かといって、むろんパンツを使用する気にはなれない。やむなく、白鳳は別の手段を講じることにした。



「親分さん、このあたりに川か泉はありませんか」
子分たちが手ぶらでうろついていたことから、この付近に盗賊団のアジトがあるのは間違いない。テントを貼るのであれば、調理や水浴の便宜を考え、水回りのいい場所を選ぶはずだ。
「・・・・・あるぜ」
ここで嘘をつけないところに、アックスの人の良さが表れている。
「どこです」
「誰がてめえなんぞに教えるか」
「偉そうな口を叩ける立場じゃないでしょう」
「うっせ〜っ、とにかくてめえにはぜって〜教えねえっ!!」
露骨に見下した視線を投げつけられ、今日、何度目かの癇癪玉を爆発させた。けれども、紅い瞳はこれっぽちも動じる気配を見せず、淡々とした口調で言いかけて来た。
「ふぅん、残念ですね。案内してもらえるなら、お礼に縄を解いてあげようと考えていたのに」
「う」
腹立ちが収まったわけではないが、聞き流せない誘惑だった。子分連中だってそろそろ目覚めているだろう。白鳳の言いなりになるのは不本意だが、背に腹は代えられない。今はこの醜態から逃れることが全てだ。
「でも、絶対教えないとまで言われてしまったし、諦めるしかないのかな、ふふふ」
とはいうものの、こちらの心中の葛藤を見透かすように、薄笑いを浮かべる様子にははらわたが煮えくりかえる。しかし、ここが我慢のしどころだ。可愛い子分が胸に抱く親分のイメージを守るため、細かいことには目をつぶるしかない。
「・・・・・なあ」
「何ですか」
「お、おめえがどうしても教えてほしけりゃ、案内してやらねえこともねえぜ」
彼としては精一杯妥協した申し出だったが、相手の反応はにべもなかった。
「自分で探すからいいです。ボクちゃんたちに聞く手もあるし」
「お、おいっ。。」
服と靴を小脇に抱えたまま、白鳳が踵を返しかけたので、アックスは心底焦った。
「ち、ちょっと待ちやがれっ」
「それではまたいつか。ごきげんよう」
やや裏返った声で絶叫したものの、即座に別辞を述べられてしまった。
「あああ・・・・・」
たちまち森の中に紛れる細い肢体。下着も付けずにこの場を去るなんて、大胆というか恥知らずというか、こちらの理解の範疇を越えている。いや、そもそも真性××の時点で、全く理解不能な人種なのだが。にしても、ひとり取り残されて、すっかり途方にくれた。もう意地もプライドもない。木々の狭間に当てもなく呼びかけてみる。
「お、お〜い、戻ってこいよ〜」
しかし、返ってきたのは風に呼応して奏でられるざわざわという葉音ばかり。
「はああ、なんてこった。。」
完全に万策尽きた。大きなため息の余韻も消えないうち、再び縄を振り解こうと前後左右に身体をシェイクしたが、がっちり巻き付いたそれは緩む気配すらない。ようやく立つことくらいは出来るようになったから、密かにテントに戻って、縄を切るための刃物でも探そうか。
(やれやれ)
とんだことになったとしょんぼり肩を落とすアックスだったが、その時、斜め前にそびえ立つ大木の影から、白鳳がちょこんと顔を覗かせたではないか。
「ふふふふふ、困っている親分さんもとても可愛いですよv」
なおもこみ上げる笑いを噛み殺すべく、薄い肩先が小刻みに震えている。きっと置き去りにしたように見せかけ、アックスの反応を観察して、楽しんでいたに違いない。
「く、くそっ!!」
ぶっ殺してやるっ!!と胸の内では盛大に叫んだけれども、その本音を外部に吐露するのは自殺行為だ。せっかく戻ってくれたのだから、ここは自分を押し殺してひたすら下手に出るしかない。無念さに唇を噛みしめつつ、じっと俯いていると傍らまでやってきて、ようやく縄を解いてくれた。
「全く世話の焼ける人ですね」
「る、るせ〜っ!自分で縛っておいて、何をほざきやがる!!」
「へえ、まだそんな憎まれ口を言う元気があるんですか」
相手の尖った視線に気付いて、すぐしまったと思った。ここは耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍ぶしかない。相手の傍若無人な振る舞いにどんなにムカついても、長い人生の中のほんの一時なのだから。



「しょうがねえから、泉まで案内してやらぁ」
溢れ出る怒りを必死に抑え、アックスはようやくこれだけ口にした。が、白鳳は前髪にこびりついた白い塊を指先で少し削ぎ落としながら、低い声で問いかけてきた。
「その前に私に言うことはないんですか」
「何だ」
「わざわざ帰ってきて、貴方を自由の身にしてあげたんですよ。礼のひとつも言うのが筋というモノでしょう」
「・・・・・・・・・・」
てめぇ、ふざけんなっ!!!!!と1万回怒鳴ってもまだ足りない。こっちを押し倒すために香まで焚いて、ご丁寧に縛り上げてくれたくせに。礼どころか、その場でボコボコにされても文句は言えない悪事をしでかしたにもかかわらず、よくもまあこういう手前勝手な理屈が出るものだ。もはや怒りを通り越し、呆れ果てるしかない。××とかの嗜好の問題以前に人格に難がありすぎだ。いくら美人でも床上手でもそれで全部帳消し、とうっかり締めくくってしまい、アックスは己に愕然とした。
(くっ・・・・・俺、何考えてんだっ)
魔が差したとしか思えない発想を葬り去るべく、ぶんぶんと首を振る。
「まあ、礼はあとでもいいですから、早く連れて行って下さい」
さすがに体液でべた付いた状態に耐えかねたのか、白鳳が案内を促した。
「じゃあ来いよ」
そそくさとパンツだけ履き、ぶっきらぼうに一声かけて歩き始めたが、相手は一向についてくる気配がない。訝しげに振り向いた途端、耳に入る聞きたくもない命令。
「どうやら香の効き目も切れたようですし、私をそこまで運んでもらいましょうか」
「な、何ぃ〜〜〜〜〜!?」
要するに抱き上げて、あるいはおぶって行けというのだろう。驚きと腹立ちのあまり、唇がワナワナ震えるのが分かった。
「貴方が相変わらずマグロのままだから、すっかり疲れてしまいました」
「ば、馬鹿言ってんじゃねえっ!どうして俺がそんなことをしてやんなきゃなんねえんだ!!」
元来短気なアックスの我慢がそうそう長続きするわけもなく、怒気を散りばめた大音声が森の隅々まで響き渡った。怯えたさえずりを奏で、澄んだ空を彷徨う小鳥たち。
「そういう反抗的な態度はいただけませんね」
「うるせぇ!!俺がおめえにそこまでする義理はねえっ!!!!!」
「あんなに気持ちよくしてあげたのに、恩を仇で返すつもりですか」
「だ、誰が好きこのんでっ!てめえがまた妙な薬を使いやがったからだろが!!」
「薬はあくまでもお膳立てに使用しただけで、後の反応は素のものでしょう?」
その事実を指摘されると弱い。抵抗の意思こそ失っていなくても、白鳳の磨き抜かれた技量の前に肉体はひとたまりもなく陥落し、さんざん煽られ極みに達したのは事実だった。
「くっ・・・・・て、てめえ、今に必ずぶっ殺してやるから覚えてやがれっ!!」
「はいはい。その前に私を泉まで運んで下さいね」
どんなに威嚇しても、眉ひとつ動かさず受け流されてしまう。物騒な脅し文句も負け犬の遠吠えくらいにしか思われていなかった。




アックスは泣く泣く中腰になると、筋肉の鎧で覆われた腕に華奢な身体を乗せ、ひょいと抱え上げた。俗に言う”姫抱っこ”の体勢だ。自分を軽々と抱く男の胸元へ、心音でも聴くように満足げに寄りかかる白金の頭。
「ふふ、やはり体力だけはありますね」
「ちきしょう・・・・まさか野郎を抱っこする羽目に陥るとはな。。」
「文句があるなら、ボクちゃんたちを呼びましょうか」
「ううっ」
数えるほどしか遭ったことがないのに、いつの間にか弱点を知り尽くされている。相手が沈黙したのをこれ幸いと、白鳳は持っていた服をアックスの幅広の肩にかけた。
「て、てめっ、俺の肩はハンガーじゃねえぞ!!」
「余分な荷物は下僕が運ぶのが当然です」
「いつ俺がてめえの下僕になったんだ、ええっ!?」
「1ヶ月ほど前かな、ふふふ」
「うわっ、耳に息を吹きかけるんじゃねえっ!!」
「おやおや、こんな大きな声を出したら、誰かに聞こえてしまいますよ」
アックスがもっとも恐れる部分をネチネチと巧妙に突いてくる。もはや反撃不可能と踏んだのか、再び首筋に腕を回して、頬や瞼に軽くキスしたり、耳朶を甘噛みしたりとやりたい放題だ。この場で叩き落としてしまいたい衝動に駆られたが、万が一、そんな暴挙に出たら、子分にコトの一部始終がばらされるのは間違いない。ここはぐっと堪えて、白い悪魔のなすがままにさせるしかなかった。
(や、野郎)
相手の顔を見ないようにして、泉に続く小道を足早に歩いた。もちろん周囲に人が居ないか細心の注意を払ってだ。なにしろ自分も下着姿なら、相手は一糸纏わぬ姿。人に見咎められたら弁解の余地はない。ただでも、愛撫スレスレのいかがわしい戯れを仕掛けられているのだ。ところが、不意に鬱陶しくも胸を騒がせる感触が一切消え失せてしまった。
「ん?」
わずかに視線を落とすと、白鳳が自分の胸に頭を預けてうつらうつらしているのが目に入った。疲れたというのはあながち嘘ではなかったらしい。
「・・・・・・・・・・・。」
先程の妖艶だが小憎らしい表情からは想像し難いあどけない寝顔。切れ長の深紅の瞳がきつい印象を与えるだけに、それが閉ざされていると雰囲気が一変する。
(眠っていると案外、可愛いじゃねえか)
などと、うっかり独白してしまい、アックスはまたもや己に愕然とした。花の顔に騙されてはいけない。こいつは胡散臭い薬を使って他人を強姦するような性悪なのだ。それどころか自分を利用して王冠を盗ませ、クーデターの片棒まで担いだヤツではないか。人は見かけで判断できないことは、これまでの人生で嫌と言うほど思い知らされているし、外見だけに魅せられるなんて、己が薄っぺらな人間だと証明するようなものだ。なのに、なぜかその寝顔から目が離せなかった。
(・・・・・よく考えろ、これは仕返しのチャンスなんだ)
自分の妙な感情を振り切るため、アックスはわざと負の思考に走った。まともな力比べならまず負けることはあるまい。先に羽交い締めにでもしてしまえば、後はどう料理しようがこちらの思うがまま。これまでの恨みを込めて、こてんぱんに痛めつけてやった後は知り合いの人買いにでも引き渡してやる。そう段取りを決め、手始めに頬の一発も張り飛ばしてやろうと構えた。なのに、どうしても腕の中の身体を邪険に扱えない。視界一杯に広がる無防備な顔。だらんと降ろされた腕。胸元にかかる吐息。今の彼は紛れもなく自分に全てを委ねている。
「くそっ!!」
いくら一度ならず二度までも屈辱的な目に遇わされたとは言え、無抵抗な人間を襲うことなど出来なかった。たとえ相手がどんな汚い手を使っても、筋の通らない手段は選びたくない。自分が納得行く方法で打ち負かさなければ意味がないのだ。





己の信条ゆえに仕返しのひとつも出来ず、ぶつぶつぼやきながら歩いていると、ようやく泉が見えてきた。陽射しにキラキラと輝く水面を見ているうちに、もっと平和的で他愛ない作戦が閃いた。筆舌に尽くし難いほど不愉快な思いをさせられたのだ。少しは憂さを晴らしたい。
(せめて、これくらいはさせて貰うぜ)
アックスは抱きかかえていた細い肢体を泉にぽいと放り投げた。ざっぱ〜ん。間髪を容れず派手に舞い上がる水飛沫。
「ぷはっ」
銀の糸を振り乱して、水中から白鳳が顔を出した。鼻や器官に水が入ったのか、激しく咳き込んでいる。ふと見れば、岸辺で大男がせせら笑っているではないか。
「へへ、いい格好だな」
「・・・・・・・・・」
よほど腹に据え兼ねたのだろう。白鳳は上目遣いで彼を睨み付けたまま、素早くほとりまで移動し、身を乗り出すとその両脚を力任せに引っ張った。
「ぐあっ」
いくら華奢に見えてもそこは男の力だ。アックスはひとたまりもなく尻餅をついて、無様に水中に転げ落ちた。
「げ、げほっ。て、てめえ、何しやがるっ!!」
「それは私のセリフです。誰がそのまま放り込めと言いました」
「へっ、うたた寝してたから、親切に起こしてやろうと思っただけだぜ」
そのことを指摘されると、白鳳はいかにも心外そうに眉を顰めた。
「・・・・・確かに不覚でしたね」
どうしてこんな男に気を許してしまったんだろう。これまで誰と関係を持っても、相手に寝顔を見せたことなど、ただの一度だってなかったのに。だいたい、なぜルーキウス王国を出てからたった1ヶ月で再会してしまうのか。単純で分かり易い反応は見てて飽きないし、それなりに面白い要素は持つ男だが、縁があるとは間違っても思いたくない。
「早いとこ、ここで身体を洗っちまおうぜ」
「下僕の癖に偉そうに指図しないで下さい」
「だから、誰が下僕だっ、コラァ!!」
「貴方に決まってるでしょう」
「ふざけんなっ!!この俺がてめえなんぞの下僕になるわきゃねえだろがっ!!」
「縄を解いてあげた恩まで忘れて、本当に動物以下ですね」
「ぐ、ぐぬう。。」
やれやれという顔付きで呟かれ、怒りは頂点に達したが、仮に反論したところで百倍千倍になって返ってくるだけだ。悔しいが、どう頑張っても口ではかないそうにない。
(ちくしょう、今に見てやがれっ)
ここで引き下がるあたり、白鳳との間に明確な力関係が築かれつつある証拠なのだが、彼が気付くのはそれがすっかり固定して、もはや逃れられなくなった頃に違いない。そんなことは夢にも思わず、ささやかな抵抗として、ガンのひとつも飛ばしてやろうとしたアックスだったが、相手が水と戯れる姿が目に入るやいなや、呆けたように立ち尽くしていた。陽と水を纏って煌めくなめらかな肌。険の取れた無邪気な表情。
(う・・・・・・・)
危うく”綺麗”と表現してしまうところだった。寄りによって、腐れ××野郎にこんな形容が使えるものか。それでも、水と戯れる白い肢体から視線を放すことが出来ない。が、アックスの複雑な気持ちを知ることもなく、白鳳は抑揚のない口調で言い放った。
「親分さん、先に上がって、私の服を持ってきて下さいね」
「・・・・・・・・・・」
こんなヤツに一瞬でも目を奪われたことを拳を握り締めて悔やんだが、逆らうわけにはいかないので、やむなく一足先に泉を出た。チャイナ服を小脇に抱え、戻ってきたアックスに向かい、引き上げてくれとばかりにニコニコ顔で差し出されるたおやかな手。
(くそぉ、なんで俺がこんな・・・・・)
性悪で狡猾な悪魔に魅入られてしまった。しかも、この悪魔との繋がりはこの先も切れそうにない。そんな予感がアックスの心をいっそう鬱にしていた。





白鳳が男の子モンスターたちに待機と見張りの指示を与えてから、ひとしきり時間が経った。すでに子分連中も目を覚まし、痛む身体を持て余しながら、半べそでアックスを探している。
「親分、どこっすか〜?」
「うう、ムチで叩かれたところがひりひりするよう」
「うわ〜ん、早く戻って来てほしいっす〜」
子分たちがひたすらアックスの姿を求めるのとは異なり、男の子モンスターたちはいつまでも姿を現さない白鳳を、特に心配する風もなかった。興が乗ると目の前のこと以外、何も見えなくなってしまう主人の困った性癖は十分知り尽くしている。
「白鳳さま、遅いなあ」
それでも、さすがに待ちくたびれたのか、行きどころをなくしたスイの頭を撫でながら、まじしゃんがため息混じりに呟いた。
「オレ、もうお腹と背中がくっつきそうだぞ〜」
空腹に耐えかね、大声で喚き散らすハチ。
「・・・・・少し、時間がかかり過ぎですね・・・・・」
「我々が迎えに出向くわけにもいかないし」
「もうあんなヤツは置いて行け」
この先の方針を決めかね、顔を見合わせる神風とフローズンを尻目に、己の道楽に溺れる白鳳に業を煮やしたのか、DEATH夫はすっくと立ち上がり、躊躇いなく踵を返した。
「まあ待て。もうこちらに向かってるかもしれん」
歩きかけたDEATH夫を押しとどめると、オーディンは主人の気配を探るべく、森の彼方に気を放とうとした。が、そうするまでもなく。
「あ、来た」
まじしゃんが示す方を注目すると、紅いチャイナ服とドレッドの大男が連れ立って歩いてくるのが見えた。それぞれの主に駆け寄る一同。
「おやぶ〜ん!!」
「無事で良かったっす、おやぶ〜ん」
いや、ある意味、1%も無事ではないのだが。
「おいら、尻が腫れ上がって痛いっす〜」
「おいらは背中が痛いっす〜」
「分かった分かった。すぐ手当てしてやらあ」
言い終わらないうちに、アックスは救急用具を求めて、200メートルくらい西にあるテントへ駆け出した。
「白鳳さま、何やってたんですか」
「お遊びも大概にしろ」
「・・・・全員、目覚めてしまいましたが・・・・」
「ああ、もういいよ。私の用は済んだから」
神風にスイを手渡されると、尻尾の花をニ三度突付いて、そっと肩先に乗せてやった。まだ乾ききらない髪から、若草色の身体にポタリと滴が垂れた。結局、へびさんは捕らえられなかったが、いい退屈しのぎになったし、それなりに身体も充たされた。換金手段はまた別に考えればいい。
「おう、野郎ども、ここに一列に並べ」
朗々と通る声に注目すれば、テントから戻ったアックスが泣きじゃくる子分たちの手当てをしていた。ドレッドヘアを彩るみたいに、四色のバンダナが入り乱れ、落ち着きなく右往左往する。
(盗賊団というより、まるで保育園だな)
ひとりひとり優しく慰めながら、手際よくさばいていく様はまさに保父さんだ。
「これで一通り終わったな」
「まだ、痛むっす」
「薬がじくじく染みるっす」
薬を塗ったものの、痛みが即、引くわけではない。なおもべそをかき続ける子分たちに、アックスが力強く渇を入れた。
「男がいつまでもメソメソしてるんじゃねえっ!!今おやつ作ってやっから、ちっと待ってろ」
”おやつ”の一言に瞬時に反応して、子分たちのちっこい目がきらきら輝く。
「おいらプリンがいいっす」
「親分のプリンは世界一っす〜」
「プーリーン、プーリーン♪」
「よしよし、プリンだな」
オーダーを聞いて、再びテントに向かおうとしたアックスの前にチャイナ服の悪魔が立ちはだかり、あくどいやり口とは裏腹のなんとも可愛らしい声で囁きかけた。
「私もプリン食べたいなv」




「てめえ、いい加減にしやがれっ!!」
どこまで図々しいヤツなんだ。
「だって、貴方にはメインディッシュだけご馳走になって、デザートがまだでしたから」
白鳳の言葉に隠された意味がすぐには理解できなかったものの、ピンと来た瞬間、怒りと恥で顔を赤くして声を荒げた。
「・・・・・メ、メインディッシュってのは、ひょっとして俺のことかっ!?」
「身の程知らずなことを言わないで下さい」
「?」
「貴方なんてね、メインディッシュの”メ”くらいのものです」
ビシッと指差しされたあげく、こんな風に揶揄され、アックスは真っ赤になっていきり立った。
「な、何だとぉっ!!!!!」
「自分で腰一つ動かせない男がメインディッシュだなんて片腹痛い」
「う、うるせえっ!動かせねえわけじゃねえっ!!」
野郎相手のセックスなんて願い下げなだけだ。だが、子分連中が側にいる状況で声高に主張するわけにもいかず、止むなくアックスはこの先の反論を断念した。
「私に真っ先にプリンを作ってくれますよね」
見た目こそ微笑んでいたが、背中からは”反論を許さないオーラ”がじわじわ立ち上る。もし逆らえば、この場で押し倒されて、陵辱されかねない。こいつはきっとそこまでやる。平気でやる。一般的な羞恥心などまるっきり持ち合わせていないのだ。かといって、これ以上好き勝手にさせるのも不本意だった。
「冗談じゃねえっ、てめえに食わせるプリンなんぞ、この世のどこにもありゃしねえ!!」
「そんな生意気な口を聞いていいんですか」
「るせぇっ、いつも自分の良いようになると思ったら大間違いだっ!!」
鋭い眼光が放たれた紅の双眸を、一歩も退かずに睨み返した。子分たちの目の前で言いなりにされてたまるものか。そしていつの日かきっとリベンジを果たすのだ。口を真一文字に結んで、意気込むアックスだったが、相手はどこまでも上手だった。
「まじしゃん」
「はーい」
白鳳が子分のすぐ脇にいたまじしゃんに呼びかけた途端、アックスは不吉な予感で一杯になった。
「傍らにいる赤バンダナのボクちゃんを捕まえてくれるかな」
「こうですか」
短い手足をばたつかせて、必死に抵抗したものの、ひとたまりもなく抱きかかえられてしまった。
「うわ〜ん、おやぶ〜ん!!」
「あっ」
ちなみに彼はかつて温泉ダンジョンで、貞操を奪われかけた例の子分である。世の中、どこまでもついてない人間はいるものだ。もっとも、実際に奪われてないだけ、アックスよりは遥かにマシだったが。
「て、てめえ、卑怯だぞ!!」
「そうだ、そうだ、仲間を放しやがれー」
「鞭でぶっただけじゃ、まだ足りないのか」
「いじめっこー、いじめっこー」
「ふふ、卑怯は私の得意技のひとつですから」
口々に抗議する盗賊団を尻目に、きっぱり言い切られてしまった。むろん良心が咎めている様子は露ほどもない。そもそもこいつに良心なんて上等なモノを期待してはいけないのだ。
「とにかく子分を放さねえかっ!!」
「親分さんがプリンを作ってくれたら、すぐにでも放してあげますよ」
「な、何いっ」
「本当は私だってこんな真似したくないんですけど、貴方が素直じゃないから悪いんです。このボクちゃんも可哀相にねえ」
嘘だ。こんな真似をノリノリでやっているのは、唇の両端をくいっと上げた意地悪くも楽しげな顔を見れば、すぐ分かる。
「・・・・・プリンは作ってやる。だから、とっとと子分を返しやがれっ!!」
「嫌です。ここで返したら、しらばっくれて逃げ出すかもしれないでしょう。現物と交換でなければ渡せません」
「こ、この野郎っ」
てめえじゃあるめえし、そんなことするか、と胸の中で付け足した。だが、子分を見捨てることが出来ない以上、白鳳の希望を全面的に受け容れるしかない。足取りも重くテントに移動すると、アックスは渋々プリンをこしらえ始めた。





「ふふっ、美味しそうv」
アックス特製のプリンを手に、白鳳はすっかりご満悦だった。周りで不満げな子分たちなど無視し切って、小皿を膝の上に乗せると、傍らの弟に一口すくって差し出した。
「さ、スイ、お食べ」
スプーンから口を離して、むぐむぐと味わうスイの仕草を眺めつつ、にっこりと笑みを浮かべる。食いしん坊のハチだけは物欲しそうにプリンを凝視していたが、主人の屈託ない表情が嬉しくて、神風とまじしゃん、そしてオーディンは思わず口元を緩めた。DEATH夫とフローズンも淡々と見守りながら、満更でもない様子だ。更にその笑顔に心を奪われた男がもうひとり。
(・・・・・こいつ、こんな顔も出来るのか)
泉への行き帰りで垣間見せた無邪気な面とはまた違う、とろけるような笑顔に、悔しさも恨みも霧散した。紅いチャイナ服がもたれる大木に自らも背を預けたまま、しばらくその風情に見惚れていた。しかし。
「何じろじろ見てるんです。もう貴方に用はありません。ボクちゃんたちと一緒に、どこへでも消え失せて下さい」
いかにも邪魔者と言わんばかりの刺々しい物言いで、アックスははっと我に返った。
(ば、馬鹿じゃねえのか、俺はっ!?どうしてこんな××野郎に・・・・・)
頭を激しく振って、映像を消し去ろうとしても、脳裏から離れない柔らかな笑み。そればかりか、先程のあどけない寝顔や煌めく白い肌、果ては情交の最中の乱れた姿まで浮かび、アックスはますます面食らった。いつしか胸の鼓動も異常に早まっている。
(い、いやっ。俺は必ずこいつをぶっ殺して・・・・・)
人質の解放も要求せず、ひとりあたふたするアックスを見かね、不安げに声をかける子分たち。
「親分、どうしたっすか」
「なんか顔が赤いっす」
「熱でもあるっすか〜」
「そいつは一大事っす。はやく休まないと」
「な、何でもねえっ!!何でもねえんだっ!!」
おたまを振り回して否定の意を伝えたアックスだが、なおも顔の火照りは鎮まらず、ますます一同の不審と懸念を増幅させるのだった。



COMING SOOM NEXT BATTLE?


 

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