*オレのかあちゃん*



風になびく草木が啼き声をあげる、もの寂しい夜更け。窓から覗く空は分厚い雲に覆われ、月も星も輝きひとつ漏らさない。おそらく他の宿泊客は深い眠りに落ちているに相違ない。けれども、白鳳と従者たちは宿の一室で、まんじりともせず膝を付き合わせていた。出窓に置かれたバスケットから、スイとハチの安らかな寝息が聞こえる。深夜の緊急会議の議題は、無理やり名付ければ”ハチのかあちゃん問題”だった。
「・・・・いかがいたしましょう・・・・」
「ストレートに話すと、かえって傷付けかねん」
「だよね、あれほど楽しみにしてたのにっ」
「ずるずると先延ばしにするわけにはいかないよ」
浮かない顔付きの一同に対し、白鳳はきっぱり言い切った。苦い真実を知った以上、もうハチを騙し続けることは出来ない。
「いったいどうするつもりなんですか」
「私が直接説明する」
「・・・・白鳳さま・・・・」
母親を捜すため、旅に同行したハチを、誰もが心底、応援してきた。だが、先日訪れたヒライナガオのダンジョンで、白鳳パーティーは偶然”神秘の回廊”へ飛ばされ、男の子モンスター出生の秘密を見てしまった。彼らの共通の母は聖女の子モンスター、エンブリオ。ゆえに個々の母親は存在しないのだ。
(薄々は妙だと感じていたんだよねえ)
ハチ以外の仲間のみならず、館で留守番している男の子モンスターにもさり気なく話を聞いたが、両親の想い出を持ったコはいなかった。人間より遙かに成長が早い彼らなら、過去の記憶も大して薄らいではいまい。にもかかわらず、ひとりも覚えてない時点で、最悪の可能性に思い当たるべきだった。
「ハチにそんな残酷な宣告をしなくても」
「うむ、しばしの時を経た後でも遅くなかろう」
「かあちゃんはいないと告げるなんて、ハチが可哀想だよっ」
苦渋の決断をした主人へ、神風たちは口々に異議を唱えた。しかし、白鳳は切れ長の目を微かに伏せると、いつになく静かなトーンで返した。
「終わりのない旅をさせる方が、よほど残酷で可哀想だと思うな」
白鳳の旅とて先の展望があるとは言い難いものの、100%存在しない対象を探すよりは、ほんの僅かでも可能性が残されている。だけど、ハチの旅は端から徒労に終わると決まっているのだ。まだ幼いハチに貴重な時間の無駄遣いをさせるわけにはいかない。本当はヒライナガオに滞在してる間に、ハチの身の振り方を相談すれば良かったが、当時はノーベル学者さんの登場もあって、白鳳自身に他者を思い遣る余裕がなかった。
「白鳳さまの言い分ももっともです。だけど、ハチのショックや嘆きを考えると思い切れません」
「・・・・全ての気力を失って、体調を崩したりしたら・・・・」
「うむ、元気者のハチが意気消沈した姿は見るに忍びない」
主人の主張を頭では理解していても、心優しいメンバーはなかなか納得してくれない。彼らの気持ちが分かるだけに、白鳳もごり押しは出来ず、一瞬、言葉に詰まった。と、その時、輪から離れたところで、議論を気怠げに見ていたDEATH夫が低い声で言い放った。
「白鳳の言う通りだ。望みがない旅には、とっとと引導を渡してやれ」
「DEATH夫」
全員が黒ずくめの死神にはっと注目した。DEATH夫が話し合いの場で己の意思を示したのは初めてかもしれない。彼は彼なりにハチの将来を慮っているのだろう。道中を共にするうち、聡明な仲間は難しいDEATH夫の内面を徐々に理解しつつある。だから、口調や発言内容は冷ややかでも、DEATH夫に非難の視線を浴びせる者はいなかった。
「お前が言わなければ、俺が言う」
「ううん、私が明日、ハチに説明するよ」
「そうか」
白鳳が改めて宣言したので、DEATH夫は元の傍観者に戻ったが、神風、フローズン、オーディン、まじしゃんはまだ浮かない表情をしている。白鳳はふうっと息を吐くと、言葉を選びながら訥々と心境を述べた。
「皆が心配するのも当然だよね。私もハチの悲しみは尋常一様じゃないと思う。でも、ハチはへっぽこだけど、決して弱いコじゃない。きっとしゃっきり立ち直ってくれるさ」
心身共に打たれ強いのが売りではないか。その場では落ち込み、凹んでも、しなった若竹のごとく復活するハチの強さを信じたい。主人のひたむきな眼差しから、ちっこいムードメーカーへの深い信頼を察したのか、従者たちも迷いを捨て、吹っ切れた様子で互いに言いかけた。
「よし、我々でハチを励まし、バックアップしよう」
「そうだよっ、そのための仲間だもん」
「各々の出来る限りのことをしましょう」
「・・・・少しでも力になれると良いですね・・・・」
不安も懸念も限りなくあるが、ハチが憎くて告げるのではない。辛い事実を受け止めた上で、新たな道を明るく逞しく歩んで欲しかった。



働き者の一日は陽の出と共に始まる。短い腕を限界まで伸ばして、ハチはむっくり上体を起こした。
「う〜〜〜ん、よく寝たなー」
普段なら就寝中の一行を眺めつつ、蜂蜜集めに出発するのだが、今日はまるっきり状況が違った。バスケットを四方八方から凝視する複数の瞳。どうやら、他の連中はすでに目を覚ましているようだ。しかも、寝ぼすけの白鳳やDEATH夫まで身支度済みではないか。ハチはてっきり寝過ごしたと思い、眉を八の字にすると、頭を掻き掻き照れ笑いをした。
「でへへ、オレ、寝坊しちった」
「・・・・寝坊ではありません・・・・」
「僕たちがハチに合わせて早起きしたんだよっ」
「きゅるり〜」
「はくほーたちも蜂蜜集めるのかよう」
メンバーの意図が飲み込めず、立ち上がって小首を傾げるハチの頭を、たおやかな手がそっと撫でた。
「ハチ・・・よくお聞き」
「おっ、はくほー、オレの嫁になりたいんか」
「人が真剣に切り出したのにふざけるな、虫」
「あてっ」
的外れな発言をかますやいなや、能天気に破顔したハチへ、白鳳の強烈なデコピンが炸裂した。仰向けに転倒して、バスケット内を転がるハチを、神風が両手ですくい上げた。子供の邪気のない戯言で我を忘れる主人に、紺袴の従者の生暖かい視線が突き刺さる。
「白鳳さま、話はどうしたんです」
「あっ、いっけない」
「ふん、バカが」
「・・・・任せておいて、大丈夫でしょうか・・・・」
「た、多分な」
「きゅるり〜。。」
程度の差はあれ、誰もが含みのある面持ちを隠せなかったが、白鳳は気を取り直すと、おもむろに言葉を紡いだ。脳みそ3グラムのハチには、最初から順序立てて説明しなければ。
「こないだ神秘の回廊へ行ったよね」
「おうっ、行った、行った。食いもんなかったけど、おもろかったぞ」
「エンブリオっていう聖女の子モンスターを覚えてる?」
「覚えてる。はくほーの次に美人だった」
ハチが正しい序列を忘れてなかったので、白鳳は満足そうにうなずいて、先を続けた。
「彼女があらゆる男の子モンスターの母だって教えたでしょ」
「うん、エンブリオかあちゃん綺麗だったな。オレも早くかあちゃんに会いたいぜー♪」
ハチの頭の中では、エンブリオの他にハチ固有のかあちゃんがいることになっているらしい。未だに気は進まないが、真相を知らしめるためには、悲しい誤解を解くしかなかった。
「・・・・あのね、男の子モンスターの母はエンブリオ以外、存在しないんだよ」
「へ、オレを生んだかあちゃんは?」
「彼女が男の子モンスターの卵をたくさん産んでたじゃない。ハチもああやって生まれたの」
「んじゃ、オレにはかあちゃんいないのかっ」
白鳳の噛み砕いた説明で、ハチも”かあちゃん”に対する認識の誤りに気付いたようだ。血色のいいぷっくりほっぺから血の気が引いている。ひとりと1匹のやり取りを見守る仲間の目の色も一様に暗い。涙目になるハチから顔を逸らし、乾いた唇を2、3度舐めた後、白鳳は抑揚のない声で最終宣告を行った。
「ある意味、エンブリオがかあちゃんなんだろうね。でも、ハチだけの”かあちゃん”は元々いない・・・みたい」
「げげーん!!」
恐れていた通り、ハチはぽろぽろと大粒の涙を零し、身を捩って己の悲嘆を訴えた。
「オレっ、オレっ、必ずかあちゃんに会えると信じて旅に出たのにようっ」
「・・・・男の子モンスターは固有の母親を持たない生命体なのです・・・・」
母が不在なのはハチだけではないと、フォローしたフローズンだったが、打ちのめされたハチの耳には入らない。無理もない。これまで一途に追い求め、夢見てきた存在が単なる幻影だと知らされたのだ。
「うえ〜っ、あんまりだ〜っ!!」
血の叫びが終わらないうちに、ハチはバスケットを飛び出して、白鳳と神風の間をすり抜けた。
「あっ、ハチ」
「・・・・どこへ行くのです・・・・」
「落ち着くんだ」
「ハチ、待ってよっ」
「きゅるり〜っ」
皆の真心がこもった呼びかけも虚しく、ハチは目にも止まらぬスピードで、瞬く間に部屋を立ち去った。



ハチはわんわん大泣きして、街道や森を無茶苦茶に飛び回った。涙で目が霞み、建物や木に激突しても、迷走は一向に止まらない。ずっと探してきた”かあちゃん”は世界のどこにもいなかった。母の胸に抱かれ、手放しで甘えられる日を、指折り数えて待ち続けたのに、今となっては全てが虚しい。
「かあちゃあん」
鼻を啜りながら、誰にともなく呟いたハチの前へ、不意に一面の花畑が広がった。目的地などなかったはずだが、我知らず仕事場へ誘われたらしい。しかし、ハチは蜂蜜集めも忘れ、草むらへ身を沈めると、その場にがばと突っ伏した。
「お〜い、おい、おい」
ちっこい体躯を丸め、ハチは大声で号泣した。背の高い草の間でふくよかなお尻が震える。昇りかけた陽の光も、重なる葉っぱの奥までは届かない。草花の揺れる音と、痛ましい泣き声だけが響く、朝のお花畑。そこへ、闖入者が密やかに足を踏み入れた。緑とのコントラストで、紅いチャイナ服が一段と映える。
(いた)
パーティー全員で、手分けしてハチを探そうと決まり、白鳳は真っ先に花畑を目指した。合理的な根拠はないけれど、ハチは必ずここを訪れる気がしたのだ。見事、勘が的中して、白鳳は得意げに唇の両端を上げた。だが、肝心なのはむしろハチの心のケアだ。まだまだ気は抜けない。緩みかけた口元を引き締めると、白鳳は腰を降ろし、なおも泣き伏すハチに視線を落とした。
(私やスイもこんな風だったのかな)
父を失った時、母を失った時、幼い兄弟は我を忘れて嘆き悲しんだ。でも、ふたりには両親との掛け替えのない想い出がある。愛情で包まれた温もりの記憶がある。遠い日の幸せの光景は、胸の奥底でいつまでも色褪せることはない。こうした宝物を持つ機会さえ与えられなかったハチは、確かに不憫には違いない。が、反面、手に入れた宝を理不尽に奪われる経験はしなくて済む。母が存在しないハチ、母を失った自分たち。果たして、どちらがより悲劇なのだろうか。
(ふう)
結論を出しかねて、白鳳はスローモーションで深いため息をついた。ふと、傍らを見れば、黒いシルエットが佇んでいる。
「DEATH夫」
DEATH夫は呼びかけには答えず、無言のまま、軽く目くばせした。ハチが1カ所に留まったから、気を感じ取るのも容易になったようだ。程なく他のメンバーも集まって来よう。案の定、10分もしないうちに、スイを抱いた神風を始め、男の子モンスターが勢揃いした。とは言うものの、ハチに話しかける境地には至らず、一同、固唾を飲んで成り行きを見つめている。現時点ではそらぞらしい慰めより、静かに見守る方がハチに対する精一杯の心遣いだった。
「お〜い、おい、おい」
周囲の変化にこれっぽちも気付かず、ハチは相変わらず泣き続けている。いくら泣いても涙が尽きる気配はなかった。
「かあちゃあん」
もう一度ハチは呟いてみた。希望に溢れていた頃は、母親と再会した後の生活を、いろいろ妄想したものだ。手料理を食べたり、手伝いをしたり、添い寝をしたり。絶対、手に入らないと知らされたのに、皮肉にも次々と楽しい場面が浮かんで来る。けれども、脳内映像の中の母親は、なぜか人間の形をしており、銀の絹糸と緋の双眸がひときわ目立った。
「はくほーだ」
料理を振る舞うのも、働きぶりを褒めるのも、布団を掛けるのも白鳳だった。ハチは首を捻りつつ、他の光景を思い浮かべたが、いかなる場面を想定しようと、ハチの隣にいるのは全て白鳳だった。
「やっぱ、はくほーだ」
よく考えれば、当たり前だ。ハチは実際に”かあちゃん”を見ていない。確固たるイメージを抱いていたわけでもない。母の具現化にもっとも近いのは、たとえかあちゃんと呼ぶたび叩かれようと、白鳳以外いなかった。
「う〜ん、かあちゃんはいないけど、かあちゃんははくほーで」
脳みそ3グラムのハチに、複雑な思考は向いてない。ハチにとって、頭の運動は身体の運動より、遙かに消耗が激しいのだ。上手い結論が導けず、うんうん唸っているだけで、食いしん坊の腹具合は限界に近づいた。
「・・・ハラ減ったな」
空腹に耐えかね、ちょこんと顔を上げたハチのどんぐり眼に、瞼の母の実物が映った。優しい眼差しが胸に暖かい。
「あり?はくほー、いつの間に」
「さっきからずっといたよ、皆も一緒にね」
「きゅるり〜」
改めて辺りを見回すと、白鳳の後ろで仲間たちが目を細めている。ハチは地べたから離陸すると、いそいそとパーティーの輪へ入った。
「探しに来てくれたんか」
「当たり前だよっ」
「無事に見つかって、本当に良かった」
「・・・・ハチは大事な同志です・・・・」
「ハチがいてこその白鳳団じゃない」
「うむ、ムードメーカーだからな」
「それだけが取り柄だ」
「きゅるり〜」
先刻の”かあちゃん”映像でも、白鳳とハチの背景には、もれなくにこやかに微笑む彼らがいた。男の子モンスターがハチを可愛がるのと同様、ハチも全員を心から慕っている。もし、里で平穏に暮らしていたら、白鳳はもちろん、素晴らしい仲間とも永遠に会えなかった。たとえ、実の母親が見つからなくても、その一事のみで、己の旅は無駄ではなかったと、胸を張って言えそうだ。
「そっか、あんがとな」
涙と鼻水でくちゃくちゃに汚れた顔で、ハチはにぱっと笑った。




なんとか落ち着いて、フローズンからもらったティッシュで鼻をかむハチへ、白鳳がおもむろに問いかけた。
「この先、どうするの?」
「へ」
「ハチは故郷で楽しく暮らしていたんでしょ」
「おう、毎日賑やかだったぞー」
”はぐれ”ではあるが、戦闘外の能力ゆえに、同族の中でも浮かないで、普通に生活出来たのだろう。もちろん、ハチの底抜けの明るさ、懐っこさがプラスに働いたのは言うまでもない。
「なら、仲間のところへ帰った方がいいんじゃないかな」
「はくほー・・・」
決してハチが邪魔なわけではない。一同の気持ちを和ませる、元気なひょうきん者にいつまでも付いてきて欲しい。ハチ不在のパーティーは、どんなに寂しいことか。だが、母親に会う望みが絶たれた今、時間を無為に費やさず、実りのある道を歩ませるのがハチ自身のためだ。危険を伴う道中に連れ出すより、故郷でのんびり過ごす方が、ハチにとっては幸福に相違ない。神風たちもハチを帰還させようと考えたらしく、珍しく主人の提案を全面的に支持した。
「ハチと別れるのは残念だけど、白鳳さまの言う通りにするのがいいと思う」
「うむ、ハチの旅の目的はなくなったしな」
「・・・・わざわざ危い目に遇う必要はありません・・・・」
「里で暢気にしてるのが、お前には似合いだ」
「たとえ離れても、ハチはずっとパーティーの一員だよっ」
「きゅるり〜」
ハチが後ろ髪引かれないよう、おのおの笑みを湛え、歯切れ良く発言したが、胸の内では喪失感を噛み締めていた。しかし、悲しいだけの別離ではない。ハチの幸せに繋がる新たな旅立ちなのだ。
「じゃあ、宿で支度しようか」
白鳳は優しく声をかけると、ぷっくりほっぺを指先でつついた。口を真一文字に引き結んだまま、どんぐり眼を潤ませていたハチだが、突如、白鳳の人差し指にぎゅっとしがみついた。きょとんと目を見開いた白鳳へ、ハチは力強く言い切った。
「うんにゃ、オレ、これからもはくほーたちと旅を続ける」
「えええっ」
「・・・・ハチ・・・・」
「本気なのっ」
「故郷へ戻らなくてもいいのか」
「きゅるり〜っ」
驚き慌てつつも、仲間の仕草にはどこか嬉しさが滲んでいる。ハチは日頃と変わらぬ能天気な笑顔を振りまきながら答えた。
「かあちゃんはいなかったけど、旅に出たおかげで皆と会えたかんな。もう、オレの家族みたいなもんだ」
「家族?」
「おうっ、はくほーがかあちゃんで、ですおやかみかぜやおーでぃんやふろーずんやまじしゃんが兄ちゃん。んで、スイが弟だぞー」
「きゅるり〜」
ハチに目下認定され、スイはちょっぴり不満そうだ。DEATH夫も露骨に不愉快な顔をしていたが、他のメンバーは顔を綻ばせて、ハチを見遣った。
「幻のかあちゃんがオレを皆に会わせてくれたんだー」
すでにハチに涙はなかった。根っから打たれ強い性質、幼子の単純思考に加え、仲間との出会いを本心から喜んでいることもあろう。けれども、いくら立ち直りが早くても、ほんの一時で心の傷が癒えるはずはない。ハチはハチなりに一所懸命、己を支えているのだろう。
(へっぽこのくせして、私らに気を使ってるんだよねえ)
夢を砕いた辛い宣告にもめげず、前向きに振る舞うハチを健気に感じ、白鳳はついうっかり、人生最大級の失言をやらかしてしまった。
「よし、仕方ないから、私がハチのお母さんになったげる」
「ほ、ホントかよう、はくほー」
ハチの虹彩にいくつもの星が灯り、ぴかぴか煌めいた。
「うん」
聖母の微笑と共に承諾され、ハチは空中で小躍りした。
「おおおっ、やた〜♪」
「さ、おいで」
たおやかな手を差しのべる白鳳へ、両手を広げ、思いっ切り飛びつくハチ。
「かあちゃん、かあちゃん、かあちゃ〜〜ん」
「かあちゃん言うな」
「あてっ」
出来の悪い”かあちゃん”のせいで、せっかくの感動の場面が台無しである。全力で飛びついたハチは、その勢いゆえに白鳳の手刀で草むらへ墜落した。





後頭部をさするハチを掬いあげ、神風がなじるごとく主人を睨んだ。
「ハチのお母さんになると言った、舌の根も乾かないうちに何ですか」
「きゅるり〜」
「だって、かあちゃんなんて呼ばれたくないんだも〜ん」
「そ、そんなあ、ひどいじゃないかようっ」
ハチの嘆きはもっともだが、男をかあちゃん扱いする時点で間違っている。白鳳の大人げなさはともかく、拒絶されてもやむを得ない部分もある。しかし、立ち直りの早いハチは、なお可能性が薄いドリームを追い求めた。白鳳の脇に佇むDEATH夫を熱く見つめ、ハチはわくわくと訪ねた。
「ですおー、にいちゃんって呼んでも・・・」
「呼んだら殺す」
「げげーん!!」
ハチの希望は0.2秒で打ち砕かれた。他の男の子モンスターなら、苦笑しつつも許してくれそうなのに、寄りによって堪え性のないふたりを選ぶあたりが、いかにもへっぽこだ。
「うえ〜っ、悔しいぜー」
DEATH夫に邪険にされたハチは拳を握り締めて絶叫した。白鳳はその首根っこを摘むと、スイとは反対側の肩先へ乗せてやった。
「にいちゃんって呼ぶくらい、別にいいじゃん。DEATH夫も心が狭いねえ」
「・・・・白鳳さま・・・・」
「それをお前が言うか」
「きゅるり〜。。」
自分の言動を棚に上げ切った言い種に、全員の呆れと非難の目線が突き刺さった。やばい。放っておくと、お小言の集中砲火を浴びかねない。
「そろそろ宿屋へ引き揚げようよ、ねっ」
白鳳はやや引きつった笑顔で、唐突に従者たちへ提案した。自分の立場が危ういシーンでの、変わり身の早さは天下一品だ。
「そだな、オレ、腹がぺこぺこだぞー」
さっきからハチのお腹がぐうぐう鳴っている。早く厨房を借りて、ボリュームたっぷりの朝食をこしらえなければ。間髪を容れずハチに応答されては、一同の正義の矛先も鈍らざるを得なかった。
「ハチの一言で救われましたね、白鳳さま」
「・・・・ハチに免じて、追及はいたしません・・・・」
「悪運の強いヤツだ」
「ま、まあ、細かいことは気にしない。とにかく、ハチが今まで通りパーティーに居ることになって、めでたしめでたしだよねえ」
紆余曲折あったものの、大切な仲間が欠けずに済んで、男の子モンスターたちは素直に喜んだ。
「うむ、ハチとまた旅が出来て嬉しいぞ」
「これからも仲良くしようねっ」
「あまり足を引っ張るな」
「・・・・一時はどうなるかと心配いたしましたが、本当に良かったです・・・・」
「そうですね、新しいお母さんも出来ましたし」
締めくくるように、神風が意味深な笑みを浮かべ、主人をちらと見た。不吉な予感に襲われ、右の肩先を盗み見れば、ハチが腰に両手を当て、誇らしげに胸を張っている。
「おうっ、今日からはくほーがオレのかあちゃんだっ!!」
大張り切りで拳を突き上げるハチを目の当たりにして、白鳳は自分がいかに重大な失言をしでかしたか、ようやく悟った。冗談じゃない。良いオトコとの契りなら、365日24時間オッケーだが、おへちゃな珍生物と母子の契りを結ぶのは真っ平ゴメンだ。
「あれは単なる気の迷いだよ。誰が不細工な虫の母親なんかにっ」
不本意な誓いを取り消すべく、眉をつり上げて反論する白鳳だが、皆の賛同が得られる気配はこれっぽちもなかった。
「・・・・往生際が悪いです、白鳳さま・・・・」
「男に二言はないと昔から言うぞ」
「ふんだ、男が母親になれるわけないじゃん」
「心の母なんですから、性別はさして問題になりません」
「ハチだって、全然気にしてないみたいだよっ」
「きゅるり〜」
「イヤだ、イヤだ、私は絶対認めないからね〜っ!!」
いくら白鳳が見苦しく取り乱したところで、一旦、口にした内容は取り消せない。ハチは白鳳の眼前まで飛んでくると、歯をむき出してにんまり笑った。
「オレ、世界の果てまで付いてく。はくほーはオレのかあちゃんだかんな♪」



FIN


 

back