*憧れの魔物使い*
息抜き程度の散策はあれど、白鳳パーティーは原則として、観光気分で滞在地を見物したりしない。捕獲に備え、余計な消耗を避けて、完調を保つべきだし、旅慣れた身にはもはや目新しいものもない。ゆえに、ダンジョンを出たら、キャラ屋か道具屋を経由して、宿へ直帰するのが常だった。戻った後は、夕食、風呂、就寝前のミーティングと、慌ただしく一日が過ぎていく。ややもすると、無味乾燥になりかねない日常だが、主人が巻き起こす大小のアクシデントのせいで、誰もが案外、退屈せずに過ごせていた。
「ねえねえ、ちょっと聞いていい?」
「段取りに問題がありましたか」
ミーティングがお開きになりかけたところを遮られ、てっきり、決定した作戦への疑問だと思い、神風が慎重な様子で言いかけた。最少の労力で最善の成果を上げるための計画は、いくら練っても練りすぎることはない。
「ううん、捕獲の段取りは全く問題ないよ」
「・・・・でしたら、何事でしょう・・・・」
会議の結論に異議はないらしい。白鳳の意図が分からず、フローズンは軽く小首を傾げた。居間に集った他のお供も、もれなく怪訝そうな面持ちだ。
「私は男の子モンスターハンターになって良かったのかなあ」
口唇に不安そうに呟かれ、一同は無言のまま、戸惑いの視線を交差させた。見目麗しいオトコを合法的に捕らえて、調教し放題。真性××者にとって、これほど美味しい仕事があるものか。地道な作業は大の苦手、根っから怠け者の白鳳に、まともに務まる仕事など皆無だ。むしろハンターという職業がなければ、世間の落伍者になっていたかもしれない。とは言うものの、真実をぶちまけると後々厄介なので、賢いお目付役は現状をやんわり肯定した。
「白鳳さまのハンターとしてのスキルは、わずかな期間で飛躍的に向上しました」
「うむ、いくら志があっても、素質がなければ、こうは行くまい」
「・・・・白鳳さまはまさにハンターが天職です・・・・」
年長組らしからぬ大げさな表現に続き、年少組は心からの褒め言葉を投げかけた。
「おうっ、はくほーの鞭さばきはカッコ良いかんな」
「捕獲が順調に進んでいるのは、白鳳さまの頑張りがあればこそですっ」
「きゅるり〜」
まじしゃんやハチはもちろん、神風たちとて決してお世辞ではなく、素直な印象を口にしたのだが、数々の称賛を耳にしてもなお、白鳳は躊躇いがちに揺れる心情を吐露した。
「皆の気遣いは嬉しいけど、もっと他に相応しい職業がある気がするんだ」
「男の子モンスターハンターは、白鳳さまに合っているぞ」
「・・・・ええ、趣味と実益を兼ねておりますし・・・・」
「でもぉ」
お供は1匹を除いて、ことごとく美形の強者揃い。加えて、私邸へ帰れば、可愛い男の子モンスターが鈴なりで出迎えてくれる。いずれもハンターに就いてこそ、手に出来た幸福だ。ある意味、選択の余地なく選んだ仕事にもかかわらず、現状はかなり恵まれている。白鳳だって自覚があるはずなのに、何をうじうじ迷い悩んでいるのだろう。
「白鳳さま、魔物使いになりたいんですね」
主人の思わせぶりな態度にうんざりして、神風がつい禁句を口にのぼせた。露骨な誘いに乗るのがイヤで、当たり障りない応答をして来たが、白鳳の迷いの訳は端から分かっていた。ようやく話が核心に触れ、白鳳は上目遣いで紺袴の従者を見遣った。
「やっぱり分かっちゃった?」
「きゅるり〜。。」
心なしか浮かれている様子が目に入り、神風はしまったと後悔したが、すでに後の祭りだ。この先、白鳳の妄想と屁理屈に延々と付き合わされるに相違ない。輪に入らず、ひとり沈思していたDEATH夫が、眼を泳がせる神風を冷ややかに一瞥した。
先日、久々にまとまった時間が取れたので、白鳳と神風・フローズンはモンスターに関する新たな資料に目を通した。まだまだ未知の対象も多いだけに、予備知識は蓄えておくに越したことはない。敵を知り、己を知れば、百戦危うからずだ。3人で手分けして、多くの書物を調べるうち、白鳳はふと耳慣れない職業に引き寄せられた。その名も魔物使い。戦士や魔法使いと同じく、人間が独自に編み出した技能で、モンスターの力を戦闘に利用すべく、研究開発された技能だ。彼らは、モンスターを自らのしもべ〜従魔として、命令を下す事が出来、達人の中には1人で100体ものモンスターを扱える者もいるそうな。しかし、白鳳の腐ったハートを強烈によろめかせたのは、次の要素だった。
「従魔は魔物使いに決して逆らえず、共に行動することで、どんどんマスターへの想いが深くなっていく・・・か」
この記述を読むやいなや、真紅の瞳がきらりんと輝いたのを、ふたりの従者は見逃さなかった。隣の芝生にすこぶる弱い白鳳は、必ずや魔物使いに興味を抱くはず。こう確信した神風とフローズンは、オーディンとスイにも事情を説明し、ありがちな事態へ対処出来るよう、万全の準備をしておいたのだ。果たして、白鳳は負の期待を裏切らなかった。いつもながら分かり易い言動に半ば呆れつつ、お目付役は白鳳の心得違いを諭すべく口を開いた。
「やる気だけでは魔物使いになれません」
「職業は持って生まれた才能限界に左右されるからな」
「・・・・白鳳さまは優れたハンターの才能がおありになる・・・・それでよろしいではございませんか・・・・」
「きゅるり〜」
生来の素質を根拠に説得を試みた一同だが、願いを潰す正論へ、はいそうですかと肯く白鳳ではない。己に都合のいい解釈は、白鳳の得意技のひとつだった。
「皆の意見も分かるけど、ハンターと魔物使いって同系統の職業だし、私はハンティングのみならず、自ら調教だって出来るんだよ。間違いなく魔物使いの素養も有しているって♪」
まるっきり畑違いのスキルなら、如何ともし難いが、モンスターをしもべにする技能は、調教をパワーアップさせたとしか考えられない。少しその筋の修行を積めば、自分でも会得可能ではなかろうか。本気で転職する気満々の白鳳へ、神風はぴしゃりと冷水を浴びせかけた。
「同系統の職業にわざわざジョブチェンジする必要はありません」
「ちょっとの違いが重要なんだよ」
「・・・・どうして、そこまで魔物使いに拘るのです・・・・」
「スイ様の呪いを解くには、今の職業で不足はなかろう」
「きゅるり〜」
穏健派のオーディンにまで詰め寄られ、白鳳はたじたじとなって後退った。切れ者の連中相手に、中途半端な言い訳をしても、かえって攻撃材料を作るだけだ。こうなったら、堂々と真性××者の主張をしてやる。白鳳は完全に開き直り、大きく胸を張ると、明るく言い放った。
「だって、魔物使いになれば、従魔と恋愛関係になれるんだも〜んv」
才色兼備の従者を、ひとりもモノに出来ない現状が歯がゆい白鳳は、魔物使いのスキルで、強引に懇ろになろうとしたらしい。予測範囲内の理由だったのか、3人+1匹は眉ひとつ動かさず、主人を冷徹に見据えた。
「・・・・恋愛関係になるのは、双方が異性の場合です・・・・」
「あれ、そうだったっけ」
紅の双眸がきょとんと見開かれた。白鳳の捏造した記憶には、そんな無粋な一文は影も形もなかった。もっとも、仮に目に入ったとしても、0.00001秒で削除されたことだろう。
「偏った知識しか身に付かないのでは、貴重な資料が泣きますよ」
「あくまでモンスターの情報を得るのが主眼だろうに」
「・・・・白鳳さまよりオーディンに読んでいただいた方が良さそうです・・・・」
せっかく分厚い書物を読破しても、ムダな知識ばかり増やす白鳳は、彼らの中で早々と役立たず認定されている。だが、当の白鳳は相も変わらず、眼前の野望しか見えていなかった。
「異性でいけるなら、当然、同性だってアリじゃない、ぶーぶー」
「きゅるり〜。。」
本気で弟の解呪を目指しているとは思えない、未練がましさを目の当たりにして、スイは疲れた鳴き声と共にがっくりうなだれた。
欲望丸出しの転職志願に、お目付役+スイから邪険に突き放された白鳳だが、捨てる神あれば拾う神あり。白鳳の不純な動機を認識していないまじしゃんとハチは、新たなジョブに胸躍らせ、いくつもの星を虹彩へ浮かべた。
「モンスターを思いのままに操る白鳳さま・・・想像しただけでわくわくしますっ」
「そだな、はくほー、魔物使いになれや」
四面楚歌の惨状を打破する、可愛い援護射撃を得て、白鳳は嬉しげに目を細めた。疑いを知らない子供たちの純真な笑顔が眩しい。いつも邪魔ばかりする擦れきった輩とは大違いだ。
「ふたりとも私を応援してくれるんだね」
「はいっ、僕に出来ることなら、何でも協力しますっ」
「ハンターだろうと、魔物使いだろうと、はくほーはオレのかあちゃんだ」
「・・・・・・・・・・」
最悪のフレーズを聞かされ、高揚した気分が台無しになった。白鳳は先細りの指を勢い良く弾き、必殺のデコピンを繰り出した。ターゲットはもちろんへっぽこな珍生物だ。
「かあちゃん言うな」
「あてっ」
白鳳の一撃をまともに受け、ハチは空中で一回転して吹っ飛んだ。が、寝室に続く扉へ激突する前に、神風がちっこい体躯を両手でしっかりキャッチした。助けてくれた仲間を見上げ、ハチは歯をむき出してにぱっと破願した。
「あんがとな、かみかぜー」
ハチに笑みを返した神風は、表情を引き締めて白鳳へ向き直った。
「お約束みたいにハチを叩くのは感心しません」
「ふんだ、私の華麗なる転職を認めないコはあっち行っててよ」
反対したことで神風を詰るくらいなら、賛成派のハチをもっと優遇すればいいのに、白鳳の行動は支離滅裂だ。柳眉を逆立てて睨み付けてくる主人にかまわず、神風は柔らかく言いかけた。
「私が賛同しないのは、今の白鳳さまにとって、魔物使いへの転職など、意味がないからです」
「意味がない・・・だって?」
「きゅるり〜」
ロマン溢れた決意を無意味とまで評され、白鳳はますます不機嫌になった。いざこざを阻止すべく、仲裁に入りかけたフローズンに軽く目くばせすると、神風はおっとり先を続けた。
「恋人云々を別にすれば、魔物使いのスキルなどなくても、我々は白鳳さまの忠実なしもべです」
紺袴の従者の宣言を受け、仲間たちも口々に自らの心中を示した。
「・・・・常に白鳳さまのお心のままに動いております・・・・」
「白鳳さまの目的を叶えるため、尽力を惜しまないつもりだ」
「おうっ、オレだって頑張るぞー」
「白鳳さまは掛け替えのない、最高のマスターですっ」
「みんな。。」
クサい青春映画のごとき、お供の泣かせるセリフに、直前のムカつきも忘れ、白鳳はしみじみと喜びを噛み締めた。DEATH夫のみ発言がなかったが、反論がなければ同意と推定しても良かろう。近頃のDEATH夫は会議に参加こそしないものの、場を立ち去るでもなく、結構、協議内容を把握しているのだ。
「お分かりになりましたか、白鳳さま。たとえ魔物使いでも、これほど充実したパーティーは作れませんよ」
「そ、そうかな」
確かに、レア系はぐれ系取り混ぜたメンバーは、その辺のモンスター100体より遙かに戦闘力は優るし、ダンジョンだけでなく、日常生活でも活躍する場面は多い。主人を盲信しないゆえに、時に痛い目に遭わされようと、単なるしもべを超えた頼れるナイトだった。
「・・・・白鳳さまはハンターでありながら、魔物使いを凌駕する技能をお持ちなのです・・・・」
「うむ、我らと白鳳さまの間には、主従関係に留まらない深い結びつきがある」
「僕たち全員、白鳳さまが大好きだよっ」
「はくほー、愛されちゃってるかんな」
「きゅるり〜」
「んもうっ、ホントに正直者揃いなんだからv」
そうだ、すでに申し分ないパーティーが出来上がっているではないか。いったい何を血迷っていたのだろう。普段ではあり得ない褒め言葉のシャワーに、白鳳はすっかり舞い上がった。
話をキレイにまとめ上げ、不自然なくらい和気藹々な白鳳主従を一瞥すると、死神は小さく舌打ちした。実態にそぐわぬ薄ら寒い賛美に耐えかね、DEATH夫がついに沈黙を破った。
「お前にモンスターを従えるスキルがあるものか。あまりにダメ過ぎて・・・」
「・・・・しっ・・・・」
真実を暴露し始めたDEATH夫を、フローズンが慌てて制した。メンバーの本音がばれたら、”嘘も方便”作戦がぶち壊しだ。
「ん、DEATH夫、何か言った?」
幸い、DEATH夫の低い掠れ声は、白鳳まで届かなかったらしい。速やかに白鳳の気を逸らそうと、神風たちは更なる殺し文句を囁いた。
「修行なしで、魔物使い顔負けの技能を会得するとは驚きました」
「さすがは白鳳さまだ」
「・・・・きっと、他者を惹きつける天性の要素がおありなのです・・・・」
「おうっ、はくほーはすげー美人だかんな」
「しかも、優しくて料理上手だしっ」
「うふふ、いくら褒めちぎったって、褒美は出ないよ。まあ、それほどでもあるけどさ」
白鳳をおだてるのが目的と言っても、個々の発言は決して嘘八百ではない。DEATH夫が言い差した通り、男の子モンスターたちが白鳳に甲斐甲斐しく仕えるのは、脱線自爆当たり前のへっぽこぶりを見かね、放っておけないと痛感したせいだ。けれども、そんな心境に至ったのは、白鳳が誠意を持ってお供と接し、対等な存在として扱ってきたことが大きい。それに、数々の欠点を熟知して、なお、助けたい、役に立ちたいと思わせるのは、白鳳本人に技を超越した不思議な魅力があるのかもしれない。
「白鳳さまは大陸一のハンターですっ」
最高級の賛辞を浴び、紅いチャイナ服は誇らしげに肩をそびやかした。もはや魔物使いへの興味は消え失せ、白鳳の脳内には新しい目標がそびえ立っていた。
「よ〜し、私の天賦の才を以てすれば、他の職業の力を借りずとも、必ずや皆を愛人にv」
「きゅるり〜。。」
褒め殺しで浮かれポンチとなり果て、性懲りもなく××ドリームを抱く白鳳。お目付役+スイはやれやれと顔を見合わせたが、無茶な転職願望を捨ててくれただけでも良かった。腐った××妄想には取り合わず、さっさと寝室へ去れば済むことだ。従者を支配するどころか、いいように転がされている白鳳は、しょせん魔物使いの器ではなかった。
FIN
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