*マスターの条件〜後編*



軋んだ音が扉から部屋全体に響き渡る。予期せぬ来訪者に室内のふたりの面持ちが一瞬強ばった。
「・・・・白鳳さま・・・・神風も・・・・」
とっくに出立したはずの主人たちの登場に、日頃は冷静なフローズンも驚きを隠せなかった。だが、事ここに及んでもDEATH夫は一声も発さず、上体すら起こさない。やはり、よほど体調が芳しくないのだろう。
「ふろーずん、オレもいるぜっ」
名前を呼ばれなかったハチが、悔しげに手足をばたつかせるのを見遣りながら、なおも横たわったきりの友を庇うごとく、フローズンが白鳳の前に歩み出た。透き通った頬が心なしか青ざめている。
「・・・・申し訳ありません・・・・」
一言も弁解せず、深々と小さな頭を下げた。
「顔を上げておくれ、フローズン。むしろ、謝らなきゃいけないのは私の方さ。私がぼんやりしていたばかりに、辛い思いをさせて済まなかったね」
「・・・・白鳳さま・・・・」
旅の予定すら一変させかねない重大な事実を隠し続け、パーティーを追放されてもやむなしと覚悟していた。なのに、眼前の主人は叱責ひとつせず、いたわりの言葉をかけてくれた。傍らにいる神風とハチも彼らの秘密を責める様子は微塵もなく、ただただ心配そうにDEATH夫を覗き込んでいる。
(・・・・こんなことなら・・・・)
相手の本質は非常時にこそ分かるものだ。初対面の時、何の見返りも求めず、自分たちを介抱した心根の優しさはまるっきり変わっていない。道中を共にして、他のメンバーの人となりも十分理解していたのに、なぜ、もっと早く打ち明けなかったのだろう。そう思うと、改めて隠し事をしたことに後悔を感じ、フロ−ズンはもう一度恭しく頭を垂れた。
「ですお、病気になっちったのか」
「早く言ってくれれば、医者や薬の手配だって」
ハチと神風が身を乗り出して訴えるのを一旦押しとどめ、白鳳が淡々と言いかけた。
「病ではなく、封印の作用だよね」
フローズンがベッドの方をちらりと見た。DEATH夫は天井を眺めたまま、諦め半分の息をふうっと吐いた。
「・・・・やはり、あの話を心に留めていらしたのですね・・・・」
まじしゃんの家で視線が合ったとき、彼らもある程度気取られたと考えていたようだ。日常ははちゃめちゃで抜けている部分が多い主人だが、本質的には頭の回転は早く、直観も鋭い。
「封印?」
「何のことだー」
唐突に切り出された単語に違和感を覚え、神風たちが小首を傾げた。
「いや、詳しい内容までは知らないけど」
言い差して、白鳳がフローズンへちらりと視線を投げた。これだけはふたりから直接聞くしかない。主人に促され、フローズンはDEATH夫に瞳で語りかけたが、金の虹彩は全てを拒否するようにすっと閉じられた。
「・・・・済みません、私の口からは・・・・」
実のところ、フローズンは何もかも告げた方が望ましいと思っている。が、当事者たるDEATH夫の意向をないがしろにするわけにはいかなかった。己自身に関わる事柄なら、すぐにでも話せるものを、効果的な説得も意思の疎通も上手く出来ないのが歯がゆくてならない。
「実際、こうしてDEATH夫が苦しんでいるのに、まだ教えて貰えないのかい」
「・・・・白鳳さまだって、私たちに打ち明けていないことがおありでしょう・・・・」
「う。。」
困り果てて顔を伏せたフローズンの指摘に、心臓を鷲掴みにされた。ひょっとして、スイのことを指しているのだろうか。しかし、こちらから問いかけたら、自ら認めたのも同じだ。海千山千の商人や荒くれ者は適当にさばけても、男の子モンスターたちに嘘偽りを吐くのは心苦しい。適当な答えが浮かばず、口をもごもごさせる白鳳に、フローズンはポツリと呟いた。
「・・・・責めているのではありません・・・・」
黒目がちの双眸から放たれる輝きは、どこまでも穏やかで柔らかい。頑なに牙城を守りつつも、真実を伝えられない現状に胸を痛めているように見えた。



「なあ、ですおに聞いたらいいじゃないかよう」
策に窮したところへ、ハチから超単純思考に基づく正論が発せられた。
「確かに、フローズンを介してお伺いを立てるのはおかしいです」
「そりゃそうだ」
今日こそDEATH夫と語り合うべく、意気込んでドアをあけたのではないか。フローズンが盟友を庇う気持ちは分かるが、やはりここは直に尋ねるのが一番だ。
「DEATH夫が話してくれるのなら、問題ないんだよね」
フローズンはこっくりうなずいた。
「・・・・ですが、あまり長時間は・・・・」
「分かってる」
近くでまじまじと見て、気云々を抜きにしても、その衰弱ぶりに驚かされた。はぐれ系の中でも最高峰に位置するであろう、強者の生命力をここまで削り取る封印の概要を聞いて、良い手立てがあれば、どうにかしてやりたい。様々な男の子モンスターを調べる過程で、魔術の類にも少なからぬ知識を得たし、たとえ自分がダメでも、まじしゃんの師匠だったら、解呪法を知っているかもしれない。白鳳は頭の中でDEATH夫に関する情報を反芻しながら、中腰になって話しかけた。
「こんなになるまで無理することないのに」
DEATH夫は小声ではあるが、弱々しさを感じさせぬ口調で対応した。
「気付かないお前が間抜けなだけだ」
(に、憎ったらしい〜っ)
精一杯の気遣いの言葉に対してこの悪態。直前の殊勝な決意はどこへやら、白鳳は内心、はらわたが煮えくりかえったが、ここで激怒したら話し合いどころではないと踏み止まり、平静を装って先を続けた。
「封印について、少しでも聞かせてくれないかな」
「邪魔者は置いていけばいい」
答えにもならない拒絶のセリフを浴びせられ、ショックを受けたけれど、ここで告白を強制する気にはなれなかった。フローズンに言われた通り、こちらだってスイの真実を誰にも漏らしていないのだから。無論、それは皆が信頼に値しないのではなく、己の愚かさゆえ背負う羽目に陥った荷物を背負わせたくない一心だ。人間以上に細やかな感情を持つ彼らがスイの正体を知れば、一緒に悩み、悲しんでくれるに相違ない。そうなれば、今よりずっと安らかな気分になれるだろう。だが、感情を吐露することすら叶わぬ弟の境遇を考えたら、自分だけ楽になる行動が許されるわけがない。
「そんなこと・・・・・出来ないよ」
「フローズンだけいれば満足なくせに」
当初の不純な動機はバレバレだったらしい。まあ、あれだけあからさまに態度に出ていれば、気付かない方がおかしいというものだ。だけど、1年近く旅をしていれば、情も移るし、いろいろな出来事を経て、白鳳の心境も確実に変化していた。
「出会った頃はともかく、今はDEATH夫だって掛け替えのない存在だと思ってる」
真摯な眼差しと共にきっぱり言い切った。しかし、誠意の籠もった返答も虚しく、相手は取りつく島もない様子で吐き捨てた。
「俺はお前が嫌いだ」
「ふぅん」
「?」
「一応好き嫌いの対象になるくらいには関心持たれてたんだ。良かったv」
これは正真正銘の本音だった。他者に関心の薄いDEATH夫のことだから、フローズン以外にはまるっきり無関心なのではと危惧していたのだ。これなら、まだアプローチのしようもある。
(ああ・・・白鳳さま、大人になりました)
”嫌い”発言でてっきり白鳳が忍耐の限界を超えるかと思ったのに、にこやかに受け流したので、神風はしみじみと感慨に耽っている。その肩先を掠めて、ハチが死神の色のない頬のあたりへ飛び出した。
「オレはっ、オレはっ」
「どうでもいい」
「げげーんっ!!」
ハチの周囲に衝撃の印の落雷と集中線が一瞬浮かんで消えた。うなだれたまま、よたよたと迷走するちっこい体躯が痛ましい。もっとも、本当にどうでもよければ、答えすら戻って来まい。言葉をかけられるだけ、マシなのかもしれない。




ただでも体調が思わしくないのに、かまびすしい連中に次々とちょっかいを出され、すっかり不機嫌になったDEATH夫は、寝返りを打って背を向けた。年期を経た木のベッドがギシリと悲鳴をあげる。
「お前たちに話すことは何もない」
でも、白鳳も負けてはいない。相手が逃げられないこの時を逃してはならじと、ベッドの反対側へ素早く回り込んだ。まだしょんぼりするハチを尻目に、神風とフローズンは攻防の顛末を息を飲んで見守っている。
「曲がりなりにも私はねっ」
「ご主人様とかほざくつもりじゃないだろうな」
「ううっ」
先に突っ込まれてしまい、白鳳は沈黙せざるを得なくなった。
「笑わせるな。誰がお前ごときに仕えるか」
「やっぱり、私がDEATH夫より強くならなきゃダメなのかい」
「何をしたって無駄だ。俺のマスターはひとりだけだ」
「・・・・・・・・・・」
図鑑に載っていた悪魔のことか、と白鳳は思った。一般のDEATH夫は死者の魂を集めて、悪魔ザ・ラックに渡すと書いてあったっけ。魂を渡すと丸が貰える、のくだりが妙に可愛らしくて、印象に残っていた。専用のスタンプカードでも持ち歩いているのかと、愚にも付かない想像をしたものだ。もっとも、かつて闇市の魔法カードで見たザ・ラックは大きな角と複数の腕を持つ禍々しい怪物で、そんな暢気な光景に到底そぐわなかったが。
「ここは俺のいるべき場所じゃない」
「・・・・・人が下手に出ていれば、いい気になってっ」
かつては冥界で直属の使徒として仕えていたらしいので、人間のお供に甘んじる現状はさぞや不本意に違いない。しかし、暴言の数々をいつまでも受容出来る白鳳ではなかった。三つ子の魂百まで。人間の本質はそう簡単に変わりはしない。
「おおっ、はくほーが怒ったぞー」
「きちんと話し合うんじゃなかったんですか」
「だって、こいつムカつくんだもん」
「・・・・こいつ・・・・」
すでにDEATH夫をこいつ呼ばわりの主人を見て、神風とフローズンは落胆のため息を漏らした。せっかく互いに向き合う機会を持てたのに、関係の進展に繋がらないばかりか、一触即発の雰囲気だ。幸い、対立が深刻になる前に、ドアが豪快に開かれ、スイを抱いたまじしゃんとオーディンが駆け込んで来た。彼らに待機するよう指示してから、早30分近く経っている。心配して様子を見に来たのだろう。
「白鳳さま、まだ出発しないんですかっ」
「まさか曲者が出たのではなかろうな」
「きゅるり〜」
慌てて馳せ参じたふたりだったが、室内を見渡して、即座に誰も出て来なかった理由を悟った。
「今日の捕獲は中止にしよう」
全員が揃った時点で、白鳳は改めて宣言した。今回のお目当ては希少種ではないし、旅費にも十分余裕があるから、DEATH夫の状態が落ち着くまで、しばらく滞在してもかまわなかった。
「・・・・はい・・・・」
「分かりました」
「おう、ですおが元気になってから頑張ろうぜっ」
「で、大丈夫なんですか、DEATH夫は」
「最近、強行軍が続いたからな」
結局、封印について説明を求めるのは断念せざるを得なかった。自分がスイのことを内に秘めているみたいに、DEATH夫も彼なりの事情や信念に基づいて、全てを抱え込んでいるのかもしれない。他人に露ほども弱みを見せないタイプだし、よほど親しくならないと、本音の部分は覗かせてくれそうにない。
(そう思うと、寝込んでいる姿はなかなか貴重だよね♪)
誰もが同じように感じたらしく、見たこともない光景に目をしばたたかせる。心から身を案じつつも、一方で好奇が仄見える視線に晒され、DEATH夫は完全にウンザリしていた。一同の注目を避けて、シーツにもぐり込んでも、狭い部屋の中、否応なしに話し声は響く。
「・・・・疲れには植物性の蛋白質が効くそうです・・・・」
「毎日梅干しを食べるのがいいって、おばあちゃんが言ってたよ」
「いやいやっ、やっぱ蜂蜜だぜ〜」
「睡眠を十分取るのも効果的だろう」
「う〜ん、DEATH夫の場合、根本的に食生活を改善しないと」
「きゅ、きゅるり〜っ」
いつの間にか、いっぱしの健康評論家と化している。日頃はDEATH夫を苦手にして、まるっきり近寄らないまじしゃんでさえ、真剣に体質改善法を提案していた。ハチを除けば、皆、多かれ少なかれ苦労してきて、他者の痛みが分かるだけに、個人的な関係は抜きにして、苦しんでいる者を放っておけないのだ。





「よしっ、オレの蜂蜜玉をやるかんな」
特製の蜂蜜ドロップをにゅっと差し出すハチ。栄養満点だと再三勧めたにもかかわらず、つれなくあしらわれて来たが、ようやっと念願が果たせると鼻の穴を膨らませている。ところが、DEATH夫は叩き落とさない代わりに、貢ぎ物を受け取ろうとしなかった。当てが外れて涙目になるハチの頭を撫でながら、フローズンが囁いた。
「・・・・今のDEATH夫は手足を動かすのもままならないから・・・・」
「そっか」
脇でそのやり取りに耳を傾けていた白鳳の紅い瞳が妖しく煌めいた。有益な情報は絶対聞き逃さない。
「へえ、手足もねえ」
言い終わらないうちに、たおやかな手がハチから蜂蜜玉を取り上げた。
「あっ、何するんだよう」
「これは私がDEATH夫に食べさせる」
優雅なのにどこか含みのある笑みを見るやいなや、神風は真っ先に不吉な予感に襲われた。伊達にレベル3の頃から付き従っていない。主人の行動パターンは何もかも知り尽くしている。
「ひょっとして」
怖々切り出した従者の眼前で、摘んだ蜂蜜玉が艶めいた唇に近づいて行く。
「うふふ、もちろん口・移・しでねv」
「きゅるり〜。。」
スイの脱力した鳴き声を待たず、神風は両手で頭を抱えた。相変わらず、××趣味に時と場所を選ばない。
「白鳳さま、止めましょう」
「嫌だ。こんなチャンス、二度とないかもしれないもん」
唇の両端をくいっと上げ、目をらんらんと輝かせる。もう楽しみで堪らないらしい。
「後で報復されてもいいんですか」
氷の眼差しがこちらをじっと睨み付ける。背筋を凍らせる鈍色の光がタダじゃ置かないと告げていた。だけど、享楽主義の白鳳にとっては現在の僥倖が全てだった。
「先の事なんて考えてたらキリないよ。私は今の快楽に生きるのさ」
「・・・・・・・・・・」
フローズンは呆れ果てた表情を隠そうともせず、オーディンとまじしゃんはあっけに取られて、口を半開きにしたままだ。が、ハチだけは真剣そのものの顔付きで立ち向かって来た。
「はくほー、ずるいぞ」
ぶんぶんと羽音をさせて、白鳳の指先から蜂蜜玉を奪ったものの、振り下ろした手刀が容赦なく叩き付けられた。
「邪魔するな、虫」
「あてっ」
強烈な一撃をまともに受けて、ハチはうつ伏せに床へ墜落し、抱えていた蜂蜜玉が無軌道に床を転がった。もちろん、欲望の赴くままに暴走する主人を許す神風ではない。
「いい加減にして下さい」
「だって、ハチが人の楽しみを」
「いつもDEATH夫がハチを虐めると憤慨してるけど、白鳳さまはDEATH夫と同じくらいハチのことを殴ってます」
「きゅるり〜!!」
間髪を容れず、スイが賛同の意を示した。
「ええっ、そうかなあ」
自分に際限なく甘い白鳳はいかにも納得がいかない風に首を捻った。吹っ飛ばされたハチもあっさり立ち直り、紅いチャイナ服の袖の切れ目の辺りで、陽気な笑顔を振りまく。この打たれ強さが加害者にいまいち良心の呵責を起こさせない原因となっていた。
「蜂蜜はオレがやるんだっ」
「私が熱いキッスで」
「負けるもんかー」
「もうっ、あっち行けっ」
あまりにも程度の低い争いを大真面目に繰り広げるひとりと1匹を、一同はもはや制止する気力もなく、呆然と眺めている。
「・・・・もてますね・・・・」
「悪い冗談だ」
どこまで本気なのか分からない口調で、フローズンに言いかけられ、DEATH夫が心底不愉快そうに呟いた。と、その時、いつ手にしたのか蜂蜜玉を持ったスイが、ベッドに登るべく奮闘しているのが見えた。
「・・・・おや・・・・」
「きゅるり〜」
フローズンに持ち上げられ、無事、目的地に到達したスイはそのまま蜂蜜玉をDEATH夫の口に放り込んだ。白鳳たちもようやく気付いたけれど、もう遅い。
「あっ、スイ」
「やられたー」
白鳳は柳眉を逆立て、ハチは歯をむき出して悔しがっている。DEATH夫がまるっきり抵抗しなかったのは、白鳳に口移しされる最悪の事態だけは避けられると踏んだからだろう。パーティーの連中を思わせる甘ったるい蜂蜜玉を舐めるのは本意ではないが、いつまでもへっぽこな揉め事を見せられるよりは遙かにマシだ。
「全く余計なことをしてくれたねっ」
「きゅるり〜。。」
「でも、蜂蜜食ってくれて良かった良かった」
弟に八つ当たりする白鳳に比べ、ハチの方がよほど大人な反応をしているのが情けない。が、一同もすっかり慣れっこなのか、主人から目を逸らしたまま、建設的な会話を開始した。
「これで体力が付けばいいんですが」
「うむ、そうだな」
「ハチの蜂蜜は効果満点だから、きっと大丈夫だよっ」
旅の過程で蜂蜜玉の効用は十分承知している。でも、倒れた原因が普通の病の類とは異なるだけに、白鳳は内心、半信半疑だった。望み通りの結果が出てくれれば喜ばしいし、せめて少しでも症状が和らいでくれたらいいのだけれど。






口に含んだ蜂蜜玉が残らず溶けた頃、DEATH夫は眠りに落ちた。本題と関係ない騒ぎでいたずらに消耗させたせいかもしれない。後をフローズンに任せ、白鳳たちは速やかに隣の部屋へ移動した。
(意気込んで踏み込んだ割には、大して成果が上がらなかったなあ)
肝心なことについては分からずじまいだったし、会話が成り立ったとも言い難い。それでも、好き嫌いの対象にされているだけでも救いはあったし、物事に無関心なDEATH夫が冥界のマスターにあそこまで執着を示したのは意外な発見だった。根気よくアプローチを重ねれば、見えなかったものが見えてくる可能性は十分だ。
(しかし、口移し出来なかったのは実に惜しかったっ)
ライディングデスクに頬杖をついて、無念さに唇を噛みしめていると、不意に消え入りそうな声で呼びかけられた。
「・・・・白鳳さま・・・・」
「あれ、フローズン」
「・・・・少し、よろしいですか・・・・」
扉が8分の1ほどずれて、可憐な掌が手招きしている。どうやら、ふたりきりで話がしたいらしい。白鳳は他のメンバーに気取られないよう、微かに開いたドアに身を滑らせて、廊下へ出た。昼下がりの陽光が窓から射し込んで、大きな縞模様を作っている。
「DEATH夫はどんな様子?」
「・・・・朝方よりは良くなっていると思います・・・・」
「魔法や医術の力で、100%快復させることは出来ないのかい」
「・・・・封印そのものが解けない限り・・・・」
「そう・・・そうだよね」
形態は違えど、スイの身の上を考えれば、容易に理解できる。術者が強力であればあるほど、当人が定めた方法以外に戒めを解く術はないのだ。
「・・・・それに関して、白鳳さまに告げておきたいことがございます・・・・」
「ん、何かな」
「・・・・DEATH夫に封印を施したのは、恐らく彼の主人だと・・・・」
フローズンからいきなり重要な情報が提示され、白鳳は我知らず身を固くした。
「そ、そこまで言ってしまったら、DEATH夫に怒られるんじゃ」
「・・・・あくまでも個人的な推測ですので・・・・」
氷のダンジョンの最奥で、死にかけていたDEATH夫を発見したのが縁だと聞いていたが、そもそも致命傷を負わせたのが当の主人ではないのか。だから、命を取り留めても封印は消えることなく、彼をずっと苛んでいるのだ。
「にしても、なぜ、私にそんな話を」
「・・・・白鳳さまにDEATH夫のマスターになって貰いたいからです・・・・」
「えっ・・・・・だけど、主人はひとりだけって」
面と向かってきっぱり言い切られ、さすがに寂しさは否めなかったが。
「・・・・以前、我々を手当てして下さったとき、DEATH夫の古傷をご覧になりましたでしょう・・・・」
「うん、あれは酷かった」
夥しい数の無惨な傷跡が今でもありありと脳裏に浮かぶ。
「・・・・冥界でDEATH夫が大切にされていたとは到底思えません。白鳳さまや皆と共に旅を続ける方が、彼にとって幸せなはずです・・・・」
先程の言動から、DEATH夫自身は主人の下へ戻りたがっているのは間違いない。けれども、フローズンはそれを好ましく考えていないのは明らかだった。いつも穏やかで中庸な彼があからさまに否定的意見を主張するのは珍しい。それだけ友の行く末を案じているに相違ない。
「・・・・済みません。こんなことを白鳳さまに訴えるつもりはなかったのですが・・・・」
小さな頭がきまり悪そうに俯いた。己ひとりの胸に収め続けるのが辛くなって、吐き出さずにいられなくなったのだろう。白鳳団の面倒事を一手に引き受け、捌いてくれる有能さに甘えて、彼の心情に対する配慮がすっかり欠けていた。フローズンだって万能の神ではないのに。
「いや、誰かに言って、多少なりとも心が軽くなるのなら、いくらでも聞き役になるよ」
むしろ、感情を包み隠さずぶつけてくれたことが嬉しかった。
「・・・・そのようにおっしゃっていただけるとほっとします・・・・」
「正直、まだDEATH夫にどう接して良いものか戸惑っているんだ」
「・・・・白鳳さまはDEATH夫に嫌われておりませんよ・・・・」
「そ、そうかな?」
「・・・・本気で疎ましく感じたなら、とうの昔に離脱しています・・・・」
客観的に判断しても、白鳳以上に我慢という概念から遠そうだ。それが1年近くも道中を続けているのだから、懸念するほど嫌悪されていないのかもしれない。とにかく、ハチを見習って粘り強く接触を図るしかない。不安は捨てきれないものの、苦手意識だけは確実に払拭され、前向きな決意がふつふつと芽生えて来た。
「マスターになれるか分からないけど、出来る限り努力してみるよ」
「・・・・ありがとうございます・・・・」
今日初めて、フローズンが屈託のない笑顔を見せた。その健気な気持ちに応えるごとく、白鳳は柔らかく口元をほころばせると、力強くうなずいた。






FIN


 

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