*琥珀のMERMAID〜後編*



白鳳にまんまと人魚像を奪い去られた翌日、ナタブーム盗賊団は次の国を目指して、ぞろぞろと街道を移動していた。
「おやぶ〜ん、大丈夫っすかー?」
「歩けますか、おやぶ〜ん」
まだどこか足取りがおぼつかないアックスを心配して、子分たちが不安げに声をかける。問いかけにいちいち頷きながらも、アックスは激しい憤りではらわたが煮えくりかえっていた。とにかくルーキウス王国で白鳳に出会ってから、ろくなことがない。今回も相手の良いようにされてしまったではないか。
「くっそ〜、なんて野郎だ。いつか必ずギッタギタの目に遇わせてやるっ!!」
そのいつか、は案外すぐに巡って来た。港やダンジョンへ続く脇道から、一同を通せんぼするかのごとく現れた紅いチャイナ服。
「親分、向こうに赤いのが立ってるっす」
「鬼みたいな顔してるぞー」
「きゃーきゃー、怖いー!!」
子分の指摘通り、白鳳の表情には露骨に険が浮かび、朱の瞳からは突き刺すような尖った光が放たれていた。
「なんだ、てめえ」
負けじとばかり、アックスも全身から闘気を噴出させて、ずいと歩み出た。
「よくも私をたばかってくれましたね」
整った薄目の唇がワナワナと震えている。
「そりゃ、どういうことだ?」
「とぼけるんじゃありませんよ。この人魚像、全然売り物にならなかったじゃないですか」
首尾良く隣国まで逃げおおせた白鳳は、意気揚々と像を売りに行ったのだが、まるっきり取り合ってもらえなかった。これの対価で路銀を補填しようと目論んでいた彼が愕然としたことは想像に難くない。きっとアックスに偽物を掴まされたに決まっている。あんな脳みそが筋肉で出来てるような男にしてやられたなんて、悔しくて気持ちが収まらなかったので、腹具合は限界に近かったのだが、わざわざここまで戻ってきたのだ。
「そりゃあそうだろうな」
事も無げに言い切られ、白鳳の腹立ちはさらに増幅した。その細い眉をきゅっとつり上げると、いきなりアックス目掛けて人魚像を投げつけてきたではないか。相手がそこまでの暴挙に出るとは思わなかったので、脳天に直撃を受けてしまった。
「イテエッ!!」
「ああっ、おやぶ〜ん!!」
「平気っすかー」
「コブ出来てないっすかー」
「あれは痛いよなー」
アックスの身を案じた子分たちが慌てて彼の周りを取り囲む。それには構わず、白鳳は畳み掛けるように己の要求を切り出した。
「紛いモノはお返しします。さあ、早く本物を出していただきましょうか」
「本物ぉ?」
予想もしなかったフレーズに、アックスは素っ頓狂な声をあげた。
「そうですよ。本物を隠しているんでしょう?」
「何か勘違いしてるんじゃねえのか。今までおめえが持っていたのが本物の人魚像だぜ」
「そんな言い逃れを・・・・・」
「おめえだってテントの中を隅々まで見たはずだぜ。他に何かあったかよ、ええっ?」
確かにこの像以外、めぼしいモノは何ひとつなかった。ただでも隠しスペースの作りようがない素の空間である。さすがに白鳳もアックスの主張を認めざるを得なかった。
「なら、本当に・・・・・」
「おうよ。やっと分かったか」
「だったら、どうして買い取ってもらえなかったんです」
自分が手に入れたのが本物だと判明しただけに、いっそう納得が行かない。
「おめえはこの辺りに来たのは初めてなんだな」
アックスの問いかけに、白鳳は素直に頷いた。
「この地方一帯では、青い琥珀は珍しくも何ともない産物で、周囲のどの国でも取れるんだ。別の大陸に持っていけば、貴重品として、そこそこ高く売れるだろうが」
が〜ん。知らなかった。男の子モンスターの事前調査だけで手一杯で、そこまでチェックが回らなかった。
「なぜ先に一言教えてくれなかったんですかっ!!」
唐突に怒鳴られて、アックスは呆れかえり、且つ閉口した。全くどこまで自己中なヤツなんだ。
「せっかく教えてやろうとしたのに、おめえが聞く耳持たねえで、とっとと持って行っちまったんじゃねえかっ!!」
「・・・・・・・・・」
思えば、アックスは何度もなにか言いかけていた。それを自分が遮って、像を無理やり奪い去ったのだ。まさに絵に描いたような自業自得。



結局、せっかくの企ては何もかも徒労に帰してしまった。単に虚しく時間と労力を費やしただけ。こんなことなら、自分との関係を盾にアックスを脅し、カレーにありついた方がどれほど良かったか。張り詰めていたものがぷっつり切れて、白鳳は大きくその場でよろめいた。そのなめらかな肩から滑り落ちるスイ。
「きゅるりー」
「危ねえ!!」
どこまでも人の良いアックスはその光景を見過ごせず、慌てて駆け寄ると、彼を抱きかかえるようにして支え、落ちかけたスイを肩先に戻してやった。が、次の瞬間、右頬にまともにグーパンチが炸裂した。
「イテッ!!」
「放して下さい。馴れ馴れしい」
薬まで使って他人を陵辱する人間が、身体に触れられたくらいで、馴れ馴れしいも何もないだろう。そもそも、今回のことを仕掛けてきたのは白鳳の方ではないか。
「て、てめっ、もう勘弁しねえからなっ!!」
子分たちがおろおろと見守る中、大きく腕を振り上げたアックスだったが、その時、場の緊張感を台無しにする気の抜けた音が鳴り響いた。ぐうう〜〜〜〜〜。あれ、これは結構聞き覚えのある音だぞ。そう言やあ、子分どももよく鳴らしているような。アックスはすぐ音の正体にピンと来た。
「なんでぇ、てめえ腹が減ってるのか」
「・・・・・う・・・・・」
上目遣いで睨んできたが、その緋色の視線にもどこか勢いがない。
「はん。大方、路銀でも無くなったんだろ。なるほど、それで俺たちのお宝を狙ったわけか」
その表情にはっきりと余裕めいたモノが出て来たのが実に気に入らない。白鳳は問いかけには答えず、ぷいとそっぽを向いた。そんな可愛げのない様子に苦笑しつつも、アックスはこう言いかけてきた。
「なあ、良かったら、昼飯くらいご馳走してやるぜ」
アックスがあまりにも親切な提案を口にしたので、白鳳はあっけに取られた。この男、お人好しにも程がある。
「本気で言っているんですか」
「仕方ねえだろが」
たとえ敵だろうと、真に窮している相手を放っておけないし、ましてやそれにつけ込むなんて卑怯な真似は男のすることじゃない。
「同情でしたら要りません」
アックスの顔を一瞥もしないで、抑揚のない口調で突っぱねた。
「誤解すんな。俺はてめえが途中で倒れようが、野垂れ死のうが知ったこっちゃねえ。むしろ望むところよ。だがよ、おめえのペットは別だ。大分弱ってるんじゃねえのか、こいつ」
確かに肩先のスイは目も虚ろで、ほとんど啼き声もあげなくなっており、今にも力尽きて倒れそうだ。自分はともかく、弟にこれ以上ひもじい思いをさせるわけにはいかない。白鳳は渋々ながら、その申し出を受けるしかなかった。
「・・・・・・・やむを得ませんね」





「おやぶ〜ん、どうしてこいつ一緒について来るんすか?」
子分たちからすれば、白鳳が次の目的地まで同行する状況は納得いかない。温泉ダンジョンでの人質騒ぎや鞭で打たれた恐怖体験が蘇ってきたのか、皆、ビクビクしながら紅のシルエットを遠巻きにして眺めている。
「ふふ、親分さんがどうしても私について来て欲しいってお願いするから仕方なく、ね」
「いったい誰がそんなこと言ったんだ、ええっ!?」
決して和やかとは言い難い空気の中、ようやく到着した国外れの河原でアックスと子分たちが器用にテントを組み立てるのを、白鳳は腰をおろしたまま、頬杖をついて眺めていた。全く手伝う気はないらしい。そのくせ、完成したテントに真っ先に入ろうとしたので、さすがにアックスも腹に据えかね、右肘の辺りをむんずと掴んで引き戻した。
「てめぇ、図々しいにも程があるだろが!!」
「疲れたから、中でゆっくり休みたいんです。貴方は早く食事を作ってくださいね」
別に大切な客でもなんでもない、むしろ疫病神のような存在にそこまで好き放題させる理由は何一つ存在しない。
「ふざけんな!!うちの盗賊団は働かざる者食うべからずだ。てめえも調理を手伝うんだ!!」
「え〜、面倒だなあ」
不服そうに口を尖らせる白鳳を突き飛ばすようにして方向転換させた。
「ほら、早くこっち来やがれ!!」
「ちぇ〜っ」
テント外にこしらえた簡易調理場まで強引に引っ張って来られた白鳳だったが、エプロンをして体勢を整えると、段ボールに入っていた野菜を手際よく洗い始めた。
(こいつ、相当手慣れているぞ)
しかも、洗うだけでなく、皮を剥くのも、切るのも、下ごしらえも全て難なくこなしている。向こうが透けて見えるほど薄い皮の残骸。大小のばらつきなく形良く切られた野菜。その合間に何種類も用意された出し。その派手な外見や性格、さらにこれまでの経緯から、てっきりこんな生産的な仕事には縁がないとばかり思っていたのに。相手の意外な面に驚きを隠せず、アックスはしばしその甲斐甲斐しい風情をまじまじと見つめていた。が、すぐ当の白鳳に中断されてしまった。
「親分さん、ボケッとしてないで、これを鍋に入れておいて下さい」
「あ、ああ・・・分かった」
相手の命令をつい素直に聞いてしまった己を一瞬恥じた。白鳳は”手伝い”どころか、子分たちにもあれこれ指図して、もはやひとりで調理場を仕切っている。
「♪はらぺこ、はらぺこ、おなかがぺこぺ〜こ」
おかしな歌を歌いながら、大きな鍋を巧みに揺らして素材を炒める。ジュ〜という音と共に、ゴマ油の香ばしい匂いがゆらゆらと大気に広がった。
「まだかなー」
「いい匂いがするぞー」
「もうちょっとだぞー」
「楽しみ楽しみ」
もうじき出されるであろう料理に無いはずの小鼻まで動く勢いの子分たち。最初は白鳳のことを恐れ、怖々と遠くから見ていただけだった。けれども、取りあえず相手に害意がなく、しかも美味しい食事を作ってくれると分かった途端、現金なもので、傍らで一緒になって歌まで歌っていた。





「さあ、出来ましたよ」
様々な料理を乗せた色とりどりの皿がテーブル一杯に並べられた。彼の故郷にある中華の料理だろうか。盛り付けも日頃の豪快なそれとは異なり、見た目を楽しませる美しい飾り付けが随所になされている。
「よ〜し、じゃあ野郎ども、食らえ」
アックスの号令とともに、大皿に箸を付ける子分たち。これまで口にしたこともない味わいにきゃーきゃーわーわー歓声が飛び交う。
「親分のと同じくらい美味いぞー」
「こんな料理初めてだ」
「舌がとろけるぞー」
「おかわりあるかな」
アックスもその料理の腕に舌を巻いた。これなら店のひとつやふたつは楽に持てそうだ。改めて隣りに座っている白鳳に注目すると、若草色の小動物に小匙で野菜を食べさせていた。プリンを与えたときと同様の優しい笑みに、アックスはまた目を奪われた。
(な、な、何見惚れてるんだ、俺は)
ぶんぶんと首を振っている最中に、白鳳から視線を向けられたので内心どきりとした。
「ひとつ聞いていいですか」
「なんだ」
「なぜ貴方はあんな一銭にもならない像を盗んだんです」
これだけはどうしても聞いておきたかった。いくらよその大陸に行けば、それなりに値が張るといっても、正式な輸出ルートもない個人の身では、大海原を縦断する旅費だけで儲けの大半を吐き出してしまうに違いない。
「あれはな、海の向こうから開拓者として渡ってきた領主の祖先が、この地で初めて掘り出した琥珀で作ったモノなんだ。」
青い琥珀を他大陸に売りさばくことで、近隣は目覚ましく発展し、いくつかの国も誕生したという。この噂を隣国で聞いて、アックスはどうしても人魚像が欲しくなった。何もない未開の地に渡り、己の知恵と力を駆使して、ひとつの国を作り出した者に対し、規模と進む方向は違えど、自分のやり方に通じるものを感じたのだ。一般の富や財産とは異なる価値を持つ物品に、時折、強烈に心惹かれることがあり、その時は採算を度外視しても狙わずにはいられなかった。
「それがなにか」
「だからよ、由緒ある記念の品じゃねえか。未開の地で当てもなく開墾に励んでいたヤツが、これを発見したおかげで、首尾良く目的を果たすことが出来たんだぜ」
ゆえに領主の家でも金銭的な価値は抜きにして、この像を大切に守ってきたのだろう。
「でも、金にならないんじゃ盗んでも仕方ないでしょう」
「なんて言うか、まあ、男のロマンってヤツだ。おめえみてえなヤツには分からねえだろうがな」
当然、白鳳の反応は冷たく、吐き捨てるように返されただけだった。
「分かりたくもありませんね」
こんな換金も出来ない物のために、入念に計画を練って、下準備もして、危険を冒して盗みを働くなんて。しかも、手に入れたことで自己満足しているなんてバカみたいだ。だけど、反面、その独特の価値観が少しだけ興味を惹いた。
(変なオトコ・・・・・)
これまで関係を結んだのは、金や権力など俗世のつまらない欲にまみれた連中がほとんどだった。だからある意味、非常に御しやすく、蹂躙しようが懐柔しようが、こちらの意のままに操るのも容易だった。だが、アックスは2度も調教してやったのに、肉体はともかく、心では未だにこれっぽちも服従して来ない。俗っぽい私利私欲とは一線を画す、自分なりの確固たる信念や価値観。この男が決して屈服しないのは、そういった部分から来ているのだろうか。そんなことをつらつら思いつつ、白鳳は彼の精悍な顔を熱っぽく見つめた。
「な、なんでぇ、妙な目つきするんじゃねえっ!!」
訝しげに流された眼差しの意図が分からず、紅の双眸になぜか落ち着かない自分を感じ、アックスは苛立ちと困惑がない交ぜになった気持ちに悩まされるのだった。





COMING SOOM NEXT BATTLE?


 

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