*夢か現か*



息継ぎの音すら響きそうな静寂の中、空間一帯に禍々しい気が渦巻く。既視感のある眺めに、白鳳は繰り返し目をしばたたせた。
(間違いない・・・ここは)
忘れもしない、かつて超神プランナーと謁見した場所だった。いくつもの偶然が重なったおかげで、白鳳は再びプランナーの前に立つ機会を得た。男の子モンスターの捕獲は全うしていないが、ここで願いを叶えられるのなら話は別だ。千載一遇のチャンスは、最大限に生かさなければ。
(スイを元の姿に戻してもらうんだ)
とは言うものの、不用意に望みを吐露するのは危険極まりない。曖昧な言葉を口にしたら最後、揚げ足を取られ、またもや皮肉な結末を押しつけられてしまうだろう。悪意の解釈を阻止するには、細心の注意を払って、単語を慎重に選ぶ必要がある。白鳳は逸る気を抑えつつ、胸の中で適当なフレーズを探し求めた。
(えっと・・・スイ、いや私の弟を元通りに・・・人間に戻しての方が正確か・・・でも、これじゃ当時の年齢にされちゃうな・・・・・う〜ん、どう表現したらいいんだろ)
ひとりで判断しかねる場合、聡明な従者たちに相談するのが常だが、なぜかスイ以外のメンバーは誰も居なかった。謁見の間に辿り着くまでの戦いで傷付いたとしても、強者揃いの彼らが全員脱落するとは考えられないし、プランナーと出会うまでの記憶が、すっぽり抜け落ちているのも奇妙なことだ。しかし、謎を解明するのは後回しにして、今は弟の解呪のため、最善を尽くそうではないか。白鳳は意を決して、おもむろに口を開いた。ところが、紅唇が高らかに奏でた願いは信じ難いものだった。
「私の優秀な従者たちを、丸ごと愛人にして欲しいな〜v」
「きゅっ、きゅるり〜っ」
(嘘っ、何言ってるのさ、私)
形になった言の葉に、白鳳は我が耳を疑った。いくら腐れ××者でも、兄弟の人生における重大時に、愛人云々は頭からすっぽり抜け落ちていた。闇に潜む魔物に、腹話術で悪戯されたとしか思えない。右肩のスイを見れば、衝撃のあまり、顔色が青緑になっている。丸っこい身体を小刻みに震わせ、つぶらな瞳が兄を詰るようにじんわり潤む。だが、白鳳自身もどうしてこんな出鱈目な発言をやらかしたのか分からないのだ。直前も現在も、スイの解呪以外、眼中になかったのに。とにかく、過ちは速やかに訂正しよう。望みが効力を発する前に取り消し、且つ変更すべく、身を乗り出した白鳳だったが、言葉を紡ぐ前に画面が暗転し、たちまち辺りは真っ暗闇になった。
「そんなっ!!待って、待ってよっ!!」
「きゅるり〜っ」
白鳳が声を限りに喚いても、謁見の間はブラックアウトしたままだ。真っ正面にいるはずのプランナーに詰め寄ろうと、白鳳が一歩踏み出した途端、床がぱっくり四方に割れた。
「ああっ」
「きゅるり〜!!」
大きくバランスを崩した白鳳の肩先から、小動物が地べたへ転がり落ちる。慌てて手を伸ばしたものの、指先が尻尾の花を掠めただけで、スイは地割れに吸い込まれ、あっという間に視界から消え去った。
「スイっ、スイ〜っ!!」
「きゅるり〜。。」
絶叫する白鳳もまた、別の地割れに飲まれ、奈落の底へ落ち始めた。悲しげな弟の啼き声が耳の奥でリフレインする。激しい後悔と自責の念に苛まれながら、白鳳の意識は徐々に遠のいて行った。



「白鳳さま、白鳳さま」
「う・・・ん」
聞き慣れた声に優しく導かれ、白鳳は現の世界へ戻ってきた。神風が心配そうな面持ちで、こちらをじっと見つめている。まだ半開きの紅い瞳に、宿屋の古ぼけた天井が映った。
(夢だったんだ)
頬にかかった銀の糸を弄びつつ、白鳳は前夜の記憶を手繰り寄せた。新年に相応しいゴージャスな夢を見るべく、好みのオトコの写真を枕へ山ほど入れたっけ。残念ながら、せっかくのおまじないも全く効力がなかったようだ。縁起物の初夢にもかかわらず、散々な内容だった。
(あそこまでやったら、人としてお終いだよねえ)
いくら夢とは言え、己の言動を思い出すと、背筋が凍り付く。弟の解呪より、××趣味を優先するとは、あまりにも鬼畜外道な振る舞いだ。兄に裏切られ、地の底へ落ちるスイの悲痛な声が、今でもはっきりと聞こえてくる。
(取りあえず、夢で良かった・・・・・あれ?)
意識が甦り、五感も平常に戻り、白鳳は改めて周囲の状況を認識した。明らかにいつもと違う。寝室が大部屋ではなく、室内には神風以外のメンバーはいなかった。身体にじんわり感じられる素肌の温もり。はっとして、脇にいる神風を見遣った。神風はベッドの外から起こしてくれたのではなく、白鳳と同衾していたらしい。しかも、シーツからはみ出た胸元を見る限り、ふたりともガウン1枚纏っていない。
(え〜っ!?)
あれだけ策を弄しても陥落しなかったのに、いったい何の弾みで、一夜を共にする事態になったのだろう。お堅い神風に限って、酒の上の勢いなどあり得ない。シーツの奥をちらちら覗き込み、お互い紛れもなく全裸なのを確かめると、白鳳は心底不思議そうに切り出した。
「ねえ、神風」
「何ですか」
「どうして私と一つ床で寝てるわけえ」
真紅の眼差しをまともに浴びせられ、神風はややはにかんで顔を逸らしたが、質問に対してはきっちり答えを示した。
「昨夜が私の番でしたので」
「番って」
「日替わりで伽をするよう、白鳳さまが命じたじゃありませんか。月曜はフローズン、火曜はまじしゃん、水曜はオーディン、木曜はDEATH夫、そして金曜は私と決まりました」
まるっきり覚えはない。覚えはないが、こんな素晴らしい取り決めなら、諸手を挙げて大歓迎だ。白鳳は頬をほんのり紅潮させ、興味津々に問いかけた。
「じゃあ、土日は?」
「週末はハーレムプレイです」
「わあっ、凄〜い♪」
まさに日頃、思い描いていたドリームが現実になり、白鳳は無邪気に感嘆の声をあげた。
「ご自分で定めたことなのに、少々はしゃぎ過ぎですよ」
「だってぇ」
神風に苦笑混じりでたしなめられても、白鳳はこれっぽちも実感が湧かなかった。底の底まで記憶を辿ったけれど、万年愛人候補の男の子モンスターたちは主人の欲望をちっとも受け容れてくれないし、無論、彼らとのホットな夜の思い出も皆無だ。そもそも、従者との関係が劇的に変わる要素もないのに、一夜明けたらいきなり皆が愛人だったなんて、ご都合主義の小説でもまず採用されまい。となれば、頭に浮かぶ可能性はただ一つ。
(プランナーが願いを叶えてくれた?)
客観的に判断しても、他に考えられない。個々の理由から、主人と従者の立場を頑なに崩さなかった彼らが、揃いも揃って白鳳の夜伽を快諾したのは、天の配剤以外の何物でもない。ただし、この僥倖が弟の犠牲の上に成り立っていることを、お調子体質の白鳳は一瞬忘れ去っていた。
(昨夜が神風ならば、今夜はハーレムプレイじゃない、うっふっふv)
自ら、人としてお終いと評した舌の根も乾かぬうちに、いかがわしい妄想を膨らませ、だらしなく口元を緩める。が、出窓に置いたバスケットに気付くやいなや、白鳳のにんまり顔が即座に引きつった。



目を覚ましたスイが身動ぎもせず、恨みがましい瞳で白鳳を見つめている。無理もない。真性××者の勝手極まりない望みのせいで、緑の小動物のまま留め置かれたのだ。広い世間で唯一頼れるはずの兄に、絶望の淵へ追い込まれ、スイは震える声で怒りを訴えた。
「きゅっ、きゅるり〜っ」
(うううっ)
あまりの後ろめたさから、白鳳はシーツへ視線を落とした。胸の奥に鉛の塊を飲み込んだ思いだった。申し開きも出来ず、下を向いたままの白鳳に、傍らの神風が優しく問いかけた。
「どうしたんです」
「神風」
「白鳳さまにそんな暗い顔は似合いませんよ」
「あ?」
突然、神風に口付けられ、白鳳はきょとんと目を見開いた。驚愕する主人の前髪を手櫛で軽く梳くと、神風はにっこり微笑んだ。
「日課のおはようのキスです」
「ふ、ふぅん」
豆粒ほどの良心が咎めたのも束の間、白鳳の美貌は明らかに歓喜で照り輝いていた。生真面目な神風が自らキスしてくれた。しかも、日課だと言う。この調子なら、まだまだときめきの日課が待っているに違いない。期待で身体に力が漲り、白鳳は身支度をすべく、ベッドからひょいと飛び起きた。と、その時、スイの嘆きの一声が響き渡った。
「きゅるり〜」
兄の性懲りもないはしゃぎ振りが、よほど目に余ったのだろう。いじけて身体を丸めるスイに気付き、白鳳はぶんぶんと首を振った。
(いっけない、喜んでる場合じゃないじゃん)
自戒の意を込め、白鳳は素早く表情を引き締めた。けれども、意志薄弱の××野郎を堕とす、誘惑の魔の手はなおも絶えなかった。
「白鳳さま、おはようございますっ」
寝室の扉が勢い良く開け放たれ、まじしゃんが両手を広げて現れた。
「え、まじしゃんは確か・・・」
クリスマス前に、故郷へ帰省したのでは、と訝しむ間もなく、情熱的な抱擁と共に、可愛い唇がちゅっと押し当てられた。どうやら、おはようのキスは従者全員に課せられているらしい。予想を超えた展開に、またもやスイの存在を消し去り、舞い上がる白鳳の前へ、今度はフローズンとオーディンが姿を見せた。
「・・・・よく眠れましたか・・・・」
雪ん子のひんやりした唇の感触が実に心地よい。
「おはよう、白鳳さま」
オーディンのぎこちない口付けも、彼の純情さが出ていて悪くない。長年、妄想し続けためくるめく世界が、まさに今、繰り広げられている。直前の戒めも忘れ、白鳳は幸福と達成感をしみじみ噛み締めていた。
(地道、且つ誠実に生きていれば、人生必ずいいことがあるなあ)
図々しいを通り越した、ピント外れの感想を抱きつつ、白鳳は開きかけたドアの向こうを見遣った。ふと、外に佇む金の瞳と視線が交差した。皆の日課である以上、黒ずくめの死神も例外ではあるまい。ハッピーな出来事の連続に、すっかり強気になった白鳳は、素肌にガウンを纏い、いそいそとDEATH夫の前へ歩み寄った。
「DEATH夫はキスしてくれないの?」
「仕方ないヤツだ」
日頃の刺々しい攻撃もなく、切れ長の目を微かに細めたDEATH夫は、細い顎に指をかけ、慣れた仕草で紅唇を吸った。いかにも愛人っぽい手練れのキスに、白鳳の気分は激しく高揚した。
(ああ、シ・ア・ワ・セv)
一同の唇を堪能して、浮かれポンチの白鳳だったが、不意に、視界へひょうきんな福笑いが飛び込んだ。
(げっ)
ハチが調子っ外れの鼻歌を歌いながら近づいてくるではないか。白鳳は不吉な予感で真っ青になった。根性悪なプランナーのことだ。このままめでたしめでたしで収まるとは思えない。ハチにおはようのキスを迫られた上、嫁になれと追い掛け回される、悲惨なオチが目に見えるようだ。思い起こせば、従者を丸ごと愛人に、と願ってしまった。これでは虫が入っていても文句は言えない。
(あ〜っ、私のバカバカ!!せめて、美形だけとか制限を付ければ良かったっ)
痛恨の失敗に、白鳳は頭を抱えたが、後悔先に立たず。小太りの体躯を揺すって、近づいてきたハチは、戦々恐々とする白鳳へ懐っこく言いかけた。
「はくほー、もてもてだな。さすがはオレのかあちゃんだっ」
「あれ?」
嬉しいことにハチのスタンスは、いつもと全然変わっていなかった。この際、かあちゃん呼ばわりは許そう。いっちょまえに愛人面をしないだけで十分だ。
(プランナーGJ!!)
白鳳は心の中で両の拳を握り締めた。優秀な、と付け加えたのが功を奏し、へっぽこなハチは除外されたのだろう。たった一言が天国と地獄を分けた。本当に助かった。安堵のため息をつく白鳳の周りを、今は従者兼愛人となった男の子モンスターたちが取り囲み、潤んだ眼差しと甘い声音で口々に囁いてきた。
「・・・・白鳳さま、今日は私たちと閨で遊びましょう・・・・」
「もう、夜まで待てないよっ」
「どうせ捕獲もないしな」
「白鳳さまが喜んで下さるなら、私も幸せです」
「うむ、それが我々の勤めだ」
フローズンの提案に、異議を唱えないどころか、誰もが意欲満々だ。神風とDEATH夫に紳士的にベッドまで誘導され、紅の双眸は情欲の炎で煌めいた。
「よ〜し、どうせ今夜はハーレムナイトだったんだし、一足早く可愛がってあげちゃうv」
憧れのハーレムプレイに大張り切りで、ガウンをばさっと脱ぎ捨てた白鳳の耳を、出窓から冷ややかな声が突き刺した。
「きゅるり〜。。」
「す、スイ」
兄に見切りをつけたごとき、突き放した啼き声。さすがの白鳳も理性を取り戻した。夢のハーレムは、スイの犠牲と引き替えなのだ。もし、ここで誘惑に負けてしまったら、二度と弟の信頼は取り戻せまい。白鳳のちっこい良心が胸一杯に広がり、たおやかな手が侍る従者たちを力任せに突き飛ばした。
「やっぱりダメっ、皆あっち行けっっ!!!!!」
空気をつんざく絶叫と共に、場面は再び暗転した。



「白鳳さま、白鳳さま」
「う・・・ん」
神風の呼びかけに反応して、白鳳はぱっちり目を開けた。帰省したまじしゃんを除く、パーティー全員が、神妙な顔で枕頭に集まっている。
「・・・・お気がつかれましたか・・・・」
「平気かよう、はくほー」
「かなり、うなされていたようだが」
「きゅるり〜」
辺りを見回せば、ハーレムはどこへやら、男の子モンスターは普通に服を着ているし、寝室もベッドがずらりと並んだ大部屋だ。要するに、プランナーと謁見してからのあれこれは、何もかも眠りの世界で起こった経緯だったらしい。
(夢の中で夢を見たんだなあ)
もっとも、単に夢だから、で片付けられる出来事ではない。スイの解呪より、愛人との爛れた生活を優先させたのだ。たとえ夢だとしても、スイに対してあまりに申し訳ない。それに、潜在意識にないものが、あそこまで具体的に映像化されるだろうか。己の業の恐ろしさに、白鳳はすっかり鬱になった。
(ゴメンね、スイ)
「きゅるり〜?」
弟の丸っこい身体を包み込むように抱きしめる。思いの外、きつく締め付けられ、スイは落ち着きなく手足をばたつかせた。
(はあ・・・寄りによって、こんな罪深い初夢を見るなんて。。)
当てのない旅に疲れ、いつしか弟の身より自分の快楽を重んじていたかもしれない。××の現場ではスイを邪魔者のごとく追い払っていたっけ。日常生活でないがしろにしておいて、呪いだけ解こうとしても、首尾良く運ぶわけがない。
(これはきっと心を入れ替えろという神様のお告げだね)
案外流されやすく、思い込みが激しいだけに、白鳳は400%反省モードに支配されていた。今までの悪行を改め、旅の原点を思い出すのだ。実益より趣味に傾き、堕落し切った性根を叩き直さなければ。普段は饒舌な白鳳が一言も発せず、憂い顔をしているので、従者たちは首を捻りつつ声をかけた。
「どうしたんですか」
「・・・・顔色がすぐれません・・・・」
「夢魔にでも悪戯されたか」
「かあちゃん、あんま無理すんな」
「松の内はゆっくりした方がいい」
「ううん、今日からさっそく作業を再開するよ」
「「「「は?」」」」
「きゅるり〜?」
根っから怠け者の白鳳が、3が日も明けないうちに仕事をすると言ったので、一同はあからさまに訝しげな顔付きをした。だが、主人が誇らしげに畳み掛けた宣言は、更にメンバーを驚愕させた。
「決めたんだ、夜遊びは一切やめて、捕獲はもちろん、細かい事務もバリバリやるって。今年は皆に負担はかけないから、大船に乗ったつもりでいて」
「ええっ」
「きゅるり〜っっ」
「元日に悪いものでも食べたんですか」
「・・・・熱はないみたいですけど・・・・」
「まだ、寝ぼけてるんだろうか」
「ふん、何か下心があるに決まってる」
神風たちの容赦ないコメントに、白鳳への冷静、且つ的確な評価がよく表れている。
「んもう、酷いなあ。新たな年を迎えたことだし、私も心機一転して、マスターらしく振る舞わなきゃね」
「「「・・・・・・・・・・」」」
普通なら主人の殊勝な心構えに感心し、全面的に支持するところだが、度を越した不祥事の数々を考えると、到底、素直に受け容れられない。むしろスイを含めた全員が、白鳳のしらじらしい決意を胡散臭く感じていた。
「年が明けても変わった様子はなかったのに」
「うむ、妙だぞ」
「大方、後ろ暗いことでもしでかしたんだろう」
「・・・・しかし、白鳳さまは大晦日から外出しておりません・・・・」
「んだ、ずっと宿にいたかんな」
「だったら、なぜ」
「きゅるり〜」
出先ならともかく、宿で悪巧みをすれば、見抜けない年長組ではないが、いくら彼らでも白鳳の夢の中までは覗けない。ゆえに、主人の突然の変身理由が分かるはずもなく、納得いかない面持ちで口を引き結ぶのが精一杯だった。不審げに目くばせする神風たちを尻目に、白鳳は手際よく身支度を整えると、洗い晒しのエプロンを付けた。
「まずは部屋を小綺麗にしてから、男の子モンスターのファイル整理でもするかな」



3が日が終わり、育ての親の村で年越ししたまじしゃんが大荷物を持って帰ってきた。
「みんな、ただいまあ!!お土産、一杯あるからねっ」
「明けましておめでとう、まじしゃん」
「今年もよろしく頼むぞ」
「・・・・お帰りなさい・・・・」
「戻ったか」
「また、一緒に遊ぼうなー」
「きゅるり〜」
温かい笑顔で出迎えてくれた仲間を見渡すまじしゃんの目に、部屋の隅で甲斐甲斐しく繕い物をする白鳳が映った。針仕事は全てフローズンの役目だったはずだ。いや、それ以前に、男の子モンスターがくつろいでいるのに、白鳳ひとり働いている光景に、果てしない違和感を覚えた。逆ならともかく、信じがたい眺めだ。
「おや、まじしゃん、おかえり」
「どうしたんですっ!?白鳳さまだけが仕事しているなんて、ひょっとして罰ゲーム?」
「まさか。私が勝手にやってるんだから、気にしないで」
勝手にやるのであれば、別室でさり気なく作業すれば良いものを、わざわざ居間の隅っこで、頭に手拭いなど巻いて、そこはかとない哀れっぽさを醸し出すあたり、心機一転にはほど遠い部分が見え隠れしている。だが、元々白鳳びいきのまじしゃんは、露骨な演出にあっさり引っかかり、快く協力を申し出た。
「僕も手伝いますっ。お裁縫はおばあちゃんに習ったから得意です」
「いいの、いいの」
「でもぉ」
「まじしゃん、白鳳さまの言う通りにしなよ」
未だに白鳳を美化しているまじしゃんに引き換え、裏も表も知り尽くした神風たちはクールなものだった。長年の怠慢ぶりを考えたら、1ヶ月や2ヶ月働き詰めでも十分おつりが来る。この際、とことん労働してもらおうではないか。
「・・・・動機は思い当たりませんが、本人の気が済むまでやらせて差し上げましょう・・・・」
「うむ、せっかく意欲的になっているんだし」
「おうっ、はくほー、頑張ってるぞー」
「どうせ長続きしないがな」
「でしょうね」
「きゅるり〜。。」
三つ子の魂百まで。持って生まれた気質は簡単に変わるものではない。一時の思い込みで品行方正を志しても、しょせん付け焼き刃に過ぎないのだ。テンポよく針を動かす白鳳を見遣りつつ、従者一同は大きく頷き合った。この程度で更生するくらいなら、これまで数年間苦労させられたりするものか。主人を熟知した男の子モンスターたちの判断は寸分違わず、白鳳は3日も経たないうちに、元の困った××者に逆戻りするのだった。


FIN


 

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