*温泉でドッキリ〜後編*



残念ながら、脱衣所には誰も見当たらなかった。夕食から少し間を置いたし、秘湯目当ての客は、湯船でのんびりくつろいでいるのだろう。露天風呂は大浴場を抜けた先にあると聞いている。
(まだ見ぬ私のハニー、すぐ行くから待っててね〜v)
男の子モンスターたちの脱ぎっぷりを鑑賞したいのは山々だが、この際、一期一会の相手とコンタクトを取る方が優先だ。白鳳は服を畳みもせず、素早くかごに放り込むと、鼻息も荒く大浴場の扉を開け放った。
「あれっ」
なんと、洗い場にも浴槽にも人っ子ひとりいないではないか。訝しげに紅い瞳を凝らしても、白い湯気がもうもうと漂うだけだ。中に入れば、早速、目の保養が出来ると期待していた白鳳は、首を捻りながら呟いた。
「おかしいなあ。廊下では結構、浴衣姿の男性とすれ違ったのに」
「・・・・何か、妙なことでもございましたか・・・・」
「う、ううん、何でもない」
単にエアポケットに入ってしまったのだ。程なく活きのいい獲物がやって来るし、露天風呂は男の園になっているに違いない。そう決めつけて気を取り直すと、白鳳は入り口の近くへ陣取り、おもむろに身体を洗い始めた。他のメンバーも適当な場所に腰を降ろし、一日の汗を流している。美形揃いの従者の引き締まった裸身が目に眩しい。背中の流しっこをするスイとハチが微笑ましい。全身を丹念に磨き上げ、わくわくと待機する白鳳だったが、ひとしきり経っても、新たな訪問者が登場する気配はなかった。
「う〜ん、遅いなあ」
待ちくたびれた白鳳は、うっかり本音を吐き出した。傍らの神風がそれを聞き逃すわけもなく。
「白鳳さま、何を待っているんです」
「げっ」
不意に問いかけられ、白鳳の悩ましい背筋が跳ね上がった。
「別に待ってなんか・・・・」
「あいにくですが、一般客は来ませんよ」
「えええっ」
フォローする間もなく、神風に最終宣告をされ、白鳳は衝撃で手拭いを取り落とした。向かい側で水を使っていたフローズンが、簡単な説明を付け加えた。
「・・・・旅館の方に申し出て、1時間貸し切りにしていただきました・・・・」
「そ、そんなあ」
盛り上がっていた気分があっけなく萎んでいく。ひょっとしたら、フロントで手続きをする時、早々と手回ししていたのかもしれない。全く、この憎らしいお目付役はいささかの抜かりもない。白鳳は内心、敗北感に打ちひしがれていたが、水面下の戦いを知らない連中は、表向きの事情に関するコメントを口にした。
「やっぱり、男の子モンスターが一緒だと、抵抗ある人もいるもんねっ」
「いきなりオレたちを見たら、びっくらこいちゃうかんな」
「うむ、一般人に迷惑はかけられん」
「きゅるり〜」
しかし、貸し切りの真の狙いがどこにあるかは明らかだ。案の定、神風とフローズンは無念さに紅唇を震わせる主人を、厳しい視線で睨み付けている。
「男性しかいない浴場に、白鳳さまを野放しにするなんて、絶対許されません」
「・・・・第三者には極力、迷惑をかけないようにしなければ・・・・」
「迷惑かどうかなんて、相手に聞いてみなきゃ分からないよ」
「普通の健全な男性にとって、真性××者は存在自体が迷惑に決まってます」
「ううう」
未練がましく抵抗したものの、神風に正論を持ち出されては返す言葉もない。白鳳の温泉宿桃色遊戯計画は、第一段階で早くも頓挫したかに見えた。だが、闇の企みを年長組に阻止されるのは日常茶飯事だし、行きずりの相手と出会うチャンスが潰えても、まだまだ美味しいシチュエーションに変わりはない。なにしろ、同じ空間に一糸纏わぬ姿でいるのだ。普段の宿では味わえない開放感から、過ちのひとつやふたつやみっつあったっておかしくない。
(脱がす手間も要らないし、視姦和姦強姦し放題だし、培ったテクで巧みに誘えば、野外で複数プレイだって夢じゃないかも。うふふふふv)



身体を清めた後、露天風呂まで出た一行だったが、遠目から水面を見た途端、白鳳は我が目を疑った。温泉は透明ではなく、乳白色に色づいていた。これでは湯の中の裸体をじっくり鑑賞出来ないではないか。愛人候補たちの若々しい肌がほんのり染まる様を、心ゆくまで観察しようと思っていたのに。またしても当てが外れ、呆然とする主人を尻目に、フローズン以外の従者は濁り湯に身を沈め、山の出湯を五感で堪能していた。
「温泉は気持ち良いし、周りの景色も綺麗だねっ」
「うむ、自然の力は大したものだ」
「身体の芯まで温まるいいお湯です」
「湯が牛乳みたいで面白いぞー」
「きゅるり〜」
「・・・・泉質は単純硫黄泉だとか・・・・」
「ふん、硫黄か」
いつも物事に無関心なDEATH夫ですら、湧き出る湯へ視線を落とし、物珍しげに見入っている。しかし、白鳳にとってはもはや温泉どころではない。邪な夢と希望をことごとく潰され、白鳳は不愉快な表情を隠そうともせず、斜め前の神風に詰め寄った。
「なぜお湯に色がついてるのさ」
「なぜと言われても、そういう成分だとしか答えようがありません」
「嘘ばっか。わざと濁り湯を選んだんでしょう」
こんな言い掛かりで神風をなじる前に、メンバーに要らぬ気遣いをさせる己の困った性癖を反省すべきだ。
「旅館が複数あるならともかく、単なる偶然です」
「どうも納得いかないなあ」
透明な湯を棒枯らしの秘術で白濁に変えるのなら大歓迎だが、端から濁っていては興醒めである。しかも、肢体のシルエットすら透けないほどの深い色なのだ。悔しさでなおも口を尖らす白鳳に、雪ん子がこそっと声をかけた。
「・・・・では、私はあちらで・・・・」
フローズンは仲間から離れ、岩風呂と道ひとつ隔てた河の浅瀬へ移動した。彼にとってはこちらが理想的な水加減なのだ。紅の眼差しがフローズンの後ろ姿をねっとりと追い掛けている。
「小振りだけど、キュートなお尻してるねえ」
せせらぎにたゆとうフローズンは、ちょうど一同と向かい合わせる形になった。
「うお〜い、ふろーずーん」
「きゅるり〜」
ハチとスイの元気な呼びかけに答え、川面で可憐な手が何度も振られた。小動物の無邪気な振る舞いを、オーディンがちょっぴり羨ましそうに眺めているのに気付き、白鳳は悪戯っぽい口調で言いかけた。
「ねえねえ、オーディンも見た?フローズンの可愛いヒップ」
「な、な、何を言うんだ、白鳳さまっ」
無論、純情なオーディンは想い人の首から下を覗き込む度胸はなかろう。気が動転したせいで、声がやや裏返っており、戦闘時の勇猛さとは裏腹な狼狽えっぷりだ。湯に入ってからさして経過していないのに、気の毒なほど赤面した好漢を見かね、神風が意地悪な主人を遮った。
「白鳳さま、オーディンをからかうのは感心しません」
「からかってないよ。めったにない機会を生かして、オトコの本能に忠実に動けと、アドバイスして何が悪いのさ」
助言が終わる前に、すっぱり中断させて良かったと、神風は心の底から思った。
「そんな忌まわしい本能の持ち主は白鳳さまだけです」
「もう、神風はホントにお堅いんだから。こうして生まれたままの姿になった今、マスターも従者もなく、濃厚なボディランゲージしてみない?」
濁り湯で中の様子が分からないのをいいことに、白鳳は神風ににじり寄って抱きつこうとしたが、最も長い付き合いの従者が腐れ××者の短絡的思考に気付かないわけがない。
「いい加減にして下さい」
呆れと怒りがない交ぜになった神風は、力任せに薄めの胸元を突いた。想定外の強烈な反撃に白鳳は度を失い、水底の尖った岩に脚を取られた。
「ぎゃっ」
白鳳は大きくバランスを崩し、後頭部から湯に沈みかけた。



「危ない」
神風が素早く滑り込み、白鳳の背を抱き止めたので、どうにか転倒は免れ、体勢を立て直すことが出来た。アクシデント絡みとはいえ、全裸で肌を合わせる形になり、白鳳は胸がどきりとした。素肌の温もりが皮膚を通って、心までじんわり伝わってくる。
「済みません、大丈夫ですか、白鳳さま」
「ふふ、平気だよ。でも、神風はやっぱり私を心配してくれているんだね」
「当たり前です。白鳳さまに万が一のことがあったら、全面的に私の責任です」
日頃、不祥事を起こさせまいと口うるさいのも、無関係な第三者への気配りのみならず、主人の身と名誉を案ずるがゆえだ。涼しい目に真摯な眼差しで見つめられ、白鳳の思考はあらぬ方向へ暴走し出した。
「嬉しいなあ、神風がそこまで私を想っているなんて。男漁りの邪魔ばかりするのも、私が他人と遊ぶのが耐えられないから。ふふ、私にはみんなお見通しなんだよ」
「はあ」
ただの一言もそんな戯言は形にしていない。神風のあっけに取られた面持ちにも構わず、白鳳はさらにまくし立てた。
「可愛くて健気なコにはご褒美をあげなきゃね。このまま誓いの口づけをしようか。もちろんそれ以上の行為だって・・・v」
自らに都合の良い解釈を捏造して、白鳳はうっとりと神風へ熱視線を送った。が、神風はにこりともせず、極めて事務的な物言いで突き放した。
「早く自力で起きないと、10秒後に手を放しますよ」
「が〜〜〜〜〜ん!!」
根っから生真面目なので、冗談半分にすら乗ってくれない。白鳳は渋々立ち上がると、朴念仁な従者に見切りをつけ、次のターゲットを選別し始めた。
「う〜ん、DEATH夫かなあ」
フローズンに見惚れるオーディンや、スイと遊んでいるまじしゃんは狙いにくい。方針を定めた白鳳は、無愛想な死神のところへいそいそと移動した。背後で神風が眉を顰めても気にしない。オーディンやまじしゃんに迫ったら、いつぞやのデートみたいに援護射撃を繰り出されそうだが、DEATH夫とは仲が良くないので、神風もおいそれとは動けまい。
「どう、身体の具合は」
「おうっ、元気、元気」
目一杯優雅な笑みを湛えて、DEATH夫へ語りかけたのに、間髪を容れず返答したのは、いつやって来たのか、頭に温泉手拭いを乗せたハチだった。ハチがほぼ完調なのは、夕食の豪快な食べっぷりで百も承知だし、ハチごときと裸の付き合いをする気はない。
「お前には聞いてない」
「げげーん!!」
冷たくあしらわれ、ふらふらと迷走したハチは、DEATH夫の左肩へ墜落した。金の瞳が一瞬鈍く光ったものの、DEATH夫はハチを叩き落としたりしなかった。暗黙の了解を得て、DEATH夫の肩先に腰掛けたハチは、くっきり浮き出た鎖骨のあたりで足をぶらつかせている。DEATH夫は特に話したり、優しくするでもないが、ハチの行動を邪魔することもしない。もっとも、そっけない対応は仲間の目があるからで、ふたりきりの場面ではさらに和やかな交流があるのかもしれない。
(う、羨ましいっ)
初対面以降のハチの努力を考えれば、むしろ当然の成果なのだが、現金な白鳳は目先の状況しか見ていなかった。とは言うものの、いくら羨んだとて、掌サイズと化す術がない以上、ストレートに迫るしかない。白鳳はDEATH夫の空いた右肩にしなだれかかろうとしたが、行動に移すまでもなく、DEATH夫の拳がこめかみへ炸裂した。
「痛〜い」
「鬱陶しいヤツだ」
「どうして、ハチが良くて、私じゃダメなのさ」
銀の糸を振り乱し、ぶーたれる白鳳の姿を見ると、ハチは両手を腰に当て、誇らしげに腹を突き出した。
「でへへ、いーだろー、はくほー」
「虫の分際で図々しい」
「あてっ」
たおやかな手がまともにヒットして、ハチのちっこい体躯が水面に沈んだ。小さな水飛沫が上がるやいなや、姿を消したハチをしばし懸念した白鳳だったが、程なく白い濁り湯からにょきっと2本の脚が突き出た。
「ほいっ、シンクロナイズドスイミングー」
短足をじたばた四方に動かしている。美の欠片も感じられない無様な演技だ。これ以上、へっぽこシンクロを見せつけられてたまるものか。白鳳は両の手でハチを水面に押しつけた。
「もう一度沈んでしまえ」
「どひー」
「何やってるんですか、白鳳さま」
神風がお湯を掻き分け参上すると、ワガママ勝手な主人の腕を掴んだ。
「ふんだ、伽もしないくせに、お小言ばっか」
「白鳳さまが自覚のない行動ばかり取るからです」
パーティー内でさえこのていたらく。世のため、人のため、善良な一般人から白鳳を隔離しておくのが、従者たる己に課された最低限の義務だ。まるっきり学習能力のない主人に挫けそうになりつつ、神風は改めて気合を入れるのだった。



健全路線でも露天風呂は十分楽しかった。雄大なパノラマの中、鳥の啼き声に耳を傾けたり、温泉を飲用して、その苦さに驚いてみたり。ぬるめの湯の心地良さで会話も弾み、メンバー同士の交流は一層深まった。けれども、事前の期待を思えば、あまりにも物足りない。温泉宿ならではのいかがわしい展開を、ひたすら待ち望んでいたのに。
「なんとしても、夜這いだけは成功させてやるっ」
毎回、従者の機転で計画倒れに終わっていれば、相手が一枚上だと諦めそうなものだが、白鳳の思考回路は、××趣味に限らず常人離れしていた。
「散々痛い目に遭ってきたんだから、神様だって今度こそ美しい私の味方をしてくれるはず♪」
様々なマイナス要素は綺麗サッパリ忘れ、完全なるハッピ−エンドしか考えていない。単に”学ばない”の一言では到底片付けられまい。まあ、こういう能天気な性格だからこそ、恋が実らなくてもめげないし、辛い試練にも立ち向かっていけるのだろう。
「そもそも、根本的に作戦を誤っていたんだよね」
聡明なフローズンも侮れないが、白鳳の××ライフにとって、大きな障害となるのはやはり神風だ。神風の妨害さえなければ、作戦成功率6割増しは間違いない。どの男の子モンスターより、まずは神風を落とすことに全力を尽くすべきだ。純で真面目なだけに、一旦懇ろになったら、意地悪く振り回して、翻弄するのも夢ではない。
「よ〜し、速やかに隣室へ行って、神風を無理やり襲っちゃおうっと」
浴衣なら脱がせ易いし、事前に袖や裾へ手を忍ばせ、あ〜んなこともこ〜んなこともやり放題だ。左右の規則正しい寝息を確認すると、白鳳は巧みに気配を消し、寝床を滑り出た。抜き足差し足でそっと襖に近づく。ところが、背後からいきなり逞しい手に肩を掴まれた。
「待ってくれ、白鳳さま」
「げっ、オーディン!!」
意外なところに伏兵がいた。まさか、フローズンではなく、オーディンにばれるとは。
「どこへ行くんだ」
「あ、あの・・・・トイレ」
核心を突かれた白鳳は、苦し紛れの答えを絞り出した。
「なら、俺も一緒に行こう」
「えええっ」
女学生じゃあるまいし、他者(除フローズン)との距離の取り方が上手い、オーディンとも思えない申し出だ。白鳳はますます窮地に追い込まれた。
「交代で行ったらいいじゃない」
「いや、それは困るのだ」
「なぜ」
「白鳳さまがいなくなったら、フローズンとふたりきりになってしまう」
現状でスイとハチは人員に数えられていないらしい。でも、ここまで聞いて、白鳳はようやく合点がいった。恋愛偏差値の低いオーディンは、フローズンと1対1になるだけでいたたまれないようだ。
「何言ってるの。こんな機会、もう2度とないかもしれないよ。ふたりの幸福のため、私は気を利かせて消えてあ・げ・る」
本当は己の愛欲ロードで頭が一杯なくせに、白鳳はしらじらしい大嘘を恩着せがましく言いかけた。しかし、オーディンは巨体に似合わぬ敏捷な動きで、追いすがるごとく白鳳の行く手を遮った。
「とにかく、ひとりで去らないでくれっ」
「そう言われたって・・・私だって困るよ」
大き過ぎる付属物がいては、夜這いの計画がめちゃくちゃだ。にしても、まさかこんな形で邪魔が入ろうとは。深夜の桃色遊戯への道は遥か遠かった。なんとか好漢を振り切るべく、白鳳がぐっと身を屈めた時、闇にか細い声が響いた。
「・・・・何かあったのですか・・・・」
「フ、フローズン」
ひとしきり攻防があれば、フローズンに気取られるのは当たり前だ。スイとハチがのんきに眠りこけているのがせめてもの救いか。
「いや、白鳳さまが部屋を出ようとしたので」
「トイレに行こうとしたのに、オーディンが話しかけてくるんだもん」
当たり障りのない会話をしたつもりだったが、主人の数々の悪事を阻止してきたフローズンの目はごまかせなかった。
「・・・・隣の部屋へ行っても無駄だと思います・・・・」
(ば、ばれてる〜。。)



本心をあっけなく見抜かれ、膝から力が抜ける思いだったが、ムダと言われて引き下がるのはシャクだ。白鳳は半ば開き直り、殊更、強気な態度で切り返した。
「ムダかどうか、入ってみなきゃ分からないじゃん」
フローズンに察知された時点で、結末も見えているのに、往生際の悪い白鳳は特攻する気満々である。よほど当たって砕けたいらしい。
「え〜い、ままよ」
やけくそで襖を開け放ち、隣室へダイブした白鳳を待っていたのは、強烈な衝撃波だった。しなやかな肢体は波動に弾き飛ばされ、臀部から布団へ転げ落ちた。
「ぎゃっ、な、何これぇ?」
「やっぱり来ましたね、白鳳さま」
透明な壁の向こうで、清しい従者がすっくと佇んでいる。後ろには済まなそうな顔をした少年魔導師。
「神風・・・まじしゃんまで」
「部屋の間には魔法結界が張ってあるので、絶対に侵入不可能です」
「白鳳さま、ゴメンなさいっ。僕はイヤだって言ったんだけどっ」
「そ、そんなあ」
大方、短慮な主人のしでかしそうな悪さを想定して、神風とフローズンが事前にまじしゃんを説得したのだろう。男の子モンスターたちに私心がなく、極めて寛大なおかげで、未熟者でもマスター面をしていられるが、実のところ、白鳳など優秀な従者の掌で転がされているも同然だった。
「さあ、潔く部屋へ戻って寝て下さい」
「酷いよ、麗しい主人の願いを一度くらい叶えてあげようって思わないの?」
「0.1%も思いません」
筋金入りのお調子者には、下手な情けは禁物である。
「わ〜ん、あんまりだっ」
「・・・・白鳳さま、お静かに・・・・」
「これ以上騒ぐと、DEATH夫やハチまで起こしてしまいます」
「うむ、ふたりの休息が最重要だからな」
旅館に来てからは疲労の影を見せなかったが、それなりに消耗していたのか、ひとりと1匹は騒ぎの中でも身動ぎもせず眠り続けている。DEATH夫とハチの回復を持ち出されると、さすがにごねることは出来ない。元はと言えば、己が蒔いた種なのだ。白鳳の整った顔に諦めの色が浮かんた途端、神風はゆっくり腰を降ろした。
「では、襖を閉めさせてもらいます」
「・・・・白鳳さまも寝床へお入り下さい・・・・」
「お休みなさいっ、白鳳さま」
「ちぇ〜っ」
ダンジョンでは頼れる戦士だが、××者の夢を完膚なきまでに叩き潰されると、たまに憎しみすら覚える。温泉宿の甘い一夜に抱いためくるめく妄想も虚しく、もはや白鳳には不貞寝する以外の道は残されていなかった。


FIN


 

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