*お年玉*



新しい年も三が日を終え、白鳳パーティーにいつもの生活が戻ってきた。日付的には松の内だが、未だに小動物のままのスイを思えば、いつまでもお屠蘇気分ではいられない。私邸でくつろいだ分、ややもすると緩みがちな心身を引き締め、新たな捕獲に臨むべきだ。聡明な男の子モンスターたちは早くも浮かれムードを一掃し、てきぱきと旅支度を開始した。今朝、故郷から帰省したばかりのまじしゃんも疲れを見せず、ハチと一緒にアイテム類を整えている。
「悪いけど、ちょっと集まってくれない」
明朝出立を目指し、作業に勤しんでいたのに、不意に白鳳から呼びかけられ、一同は訝しげに振り向いた。いくら困った主人でも、邪魔をする意図はなかろうが、予想の斜め上を暴走する悲喜劇も多いので、続きを聞くまで油断は出来ない。
「どうしたんです」
「・・・・ひょっとして、目的地を変更なさるとか・・・・」
「オレは食いもんさえ美味けりゃ、どこでもいいかんな」
「きゅるり〜」
取りあえず、支度を中断して、メンバーは紅いチャイナ服の周りを囲んだ。ひとり指示を無視するDEATH夫を、フローズンが瞳で促し、どうやら全員集合に漕ぎつけた。居並ぶ従者の顔をじっくり見つめると、白鳳はベルトに差してあった人数分のポチ袋を高々と掲げた。
「じゃ〜ん!!麗しいマスターからのお年玉で〜すv」
「おおっ、お年玉だってよう♪」
「わ〜い、嬉しいなっ」
しかし、手放しで喜んだのはまじしゃんとハチのみで、他の連中は強ばった面持ちを隠さず、互いに顔を見合わせた。本来なら喜ばしいはずのお年玉も、白鳳の手にかかれば、あっけなく負のイベントと化す。昨年も一昨年もそうだった。せっかく、葬り去った記憶が蘇り、年長組+スイの口元が微妙に歪んだ。が、他者のトラウマもどこ吹く風で、白鳳は春風のごとく爽やかに微笑んだ。
「んもう、つまらない気を遣わないで、このコたちみたいに、もっと素直に喜びなよ」
「お気持ちはありがたいですが、我々は受け取れません」
しばし躊躇っていたお目付役だったが、彼らを代表して、神風がきっぱり引導を渡した。せっかくの厚意を、中身も見ずに突っぱねられ、白鳳は激しいショックを受けた。
「そんなあっ、日頃の感謝を込めて、全員に喜んでもらおうと用意したのに」
喜ぶどころか、鬱陶しさすら垣間見え、白皙の頬を脹らませる白鳳へ、神風とフローズン、さらにスイの冷ややかな眼差しが浴びせられた。
「白鳳さまの贈り物は、相手のニーズをまるっきり考えてないんです」
「・・・・単なる自己満足で終わっています・・・・」
「きゅるり〜っ」
ふたりと1匹は分かっていた。ポチ袋を手にした白鳳がやたら嬉しそうなのは、良きマスターたる己に酔っているからだ。貰ったお供の反応より、プレゼントした事実が肝心で、彼らが何を求めているか、熟慮したわけではない。ゆえに、イベントが毎年空回りで終わるのも当然だった。
「昨年や一昨年のことを忘れたとは言わせませんよ」
「えっ、何かあったっけ」
「「「・・・・・・・・・・」」」
とぼけているならまだしも、素で忘れ切っているから救いようがない。ムダに前向きな白鳳は、苦い過去を決して顧みない。己の言動に対し、後悔も反省もしないから、性懲りもなく同じ失敗を繰り返すのだ。



鳥頭の主人に見切りを付け、作業を再開したいのを堪えつつ、神風は極めて事務的な口調で告げた。
「去年のお年玉は旅の費用を使い込んだ産物でした」
「うむ、知らないうちに定期預金が解約してあって驚いたものだ」
「・・・・先の見通しがないの一言では片付けられません・・・・」
「きゅるり〜。。」
神風たちにオーディンが加わり、包囲網はいっそう厳しくなった。けれども、盗人にも3分の理というが、白鳳にも言い分はある。少しでも追及を逃れようと、紅唇は声を張り上げた。
「だって、皆をびっくりさせたかったんだも〜ん」
従者を労うため、惜しみなく大金を投じる情け深いマスター。自らが描いた美しいイメージを体現するのに夢中で、大切な蓄えを後先考えず下ろしてしまったのだ。しかし、これでも近年では一番マシだった。一昨年、年長組のポチ袋に曖昧宿の回数券が入っていたのを見た瞬間、スイは数秒意識を失い、出窓から転落しそうになった。
「・・・・預金がゼロになった方が、よほど驚愕いたしました・・・・」
「ううう」
絶望的に損得勘定が出来ないくせに、同行者に対して、見栄を張りたがるから始末が悪い。彼らは白鳳の欠点などことごとく承知しており、今更、格好付けたところで失笑を買うのがオチだ。理想のマスター像にこだわらず、もっと自然に振る舞えばいいものを。
「白鳳さま、我々は金など要らんぞ」
「豪華な贈り物より、道中、不祥事を起こさない方がよっぽどありがたいです」
「きゅるり〜」
神風の言葉にスイは何度もうなずいた。誰ひとり金品は求めていない。暴れうしの突進に悩まされない安らかな日々こそ、ある意味、最善のプレゼントだ。けれども、残念ながら、兄が真実を悟る時は永遠に来まい。神風・フローズン・オーディンも同様に感じたのか、スイをいたわるように柔らかな視線を流した。パーティーが沈黙し、しばし、しんみりした空気が漂った後、静寂を破って、快活な声音が響いた。
「はくほー、オレはお年玉欲しいぞー」
「僕も、僕もっ」
まじしゃんとハチは白鳳vsお目付役の水面下の激戦をほとんど知らない。よって、仲間がお年玉を固辞する心理が分からない。ひとりと1匹は期待に胸をときめかせ、無邪気に両手を伸ばした。ようやく想定通りの応答を得て、白鳳はこぼれそうな笑みを浮かべ、身を乗り出した。
「まじしゃんとハチは誰かさんたちと違って、素直で良い子だねえ。じゃあ、これをあげよう」
白くたおやかな手が、彼らへポチ袋を手渡した。袋には小さく名前が記してあり、中身は各自固有のものと思われる。年長組はさり気なく目くばせしたものの、すぐに動こうとはしなかった。白鳳は腐れ××者ではあるが、若過ぎるオトコは守備範囲外なので(まじしゃんはボーダーだが)、まじしゃんとハチが被害を受けるケースは極めて稀だ。内容を確認するまで、事を荒立てる必要はなかろう。
「何が入ってっかな〜」
ポチ袋をテーブルに置き、ハチはよっこらせと中身を引っ張り出した。名刺よりひとまわり小さい紙片が数枚入っていた。ひらがなで書かれたタイトルを追って動くどんぐり眼。
「こ、こりはっ!!」
ハチのりんごほっぺがいっそう紅く染まった。喜びを堪え切れず、身震いしながらにんまり笑う。ちっこい体躯の後ろから、フローズンが紙片の記載を覗き込んだ。
「・・・・特別おやつ券・・・・」
ハチのお年玉は白鳳手書きのチケットだった。チケットと引き換えに、普通のおやつに加え、白鳳が丹誠込めた匠のおやつを貰えるらしい。ハチの幸福に続けとばかり、まじしゃんも袋の中を探った。やはり、中身は数枚のチケットだった。
「やったぁ、僕は白鳳さまと日中デート券だっ」
デートと銘打ってはいるが、わざわざ”日中”と記したあたり、うるさい輩に突っ込まれてはゴメンと、牽制しているのは明らかだ。まあ、当該チケットに限れば、不純な動機はなく、任意の休日にまじしゃんと街へ出掛けて楽しむのだろう。いかなる事態にも対応出来るよう、心の準備をしていたお目付役だったが、まじしゃんとハチのお年玉があまりにまともだったので、正直、拍子抜けしていた。
「意外だったな」
「・・・・少しは心を入れ替えたのでしょうか・・・・」
「いや、まだ安心するのは早い」
「きゅるり〜??」
長年、従者を務めてきた神風の勘が、ここで気を抜いてはダメだと告げている。子供へのプレゼントは巧妙なカムフラージュに過ぎず、残りの袋に恐ろしい罠が潜んでいるかもしれない。白鳳が愛人として狙っているのは、あくまで年長組なのだ。



公開されたチケットに難点がないので、お目付役の拒絶も叱責も説得力を失いかけている。だが、親切心にかこつけた悪巧みの数々を思い出せば、白鳳主催のイベントがすんなり収まるわけがない。とっとと化けの皮を剥がすべく、彼らはおのおののポチ袋の内容をチェックすることにした。
「お年玉に関しては我々の誤解だったようです」
「・・・・失礼な発言をして、申し訳ございません・・・・」
「新年早々、不愉快にさせて済まなかった」
「きゅるり〜」
「分かってくれればいいんだよ。正月から細かいことは言いっこなし。ほら、遠慮なく受け取って♪」
偽りの謝罪でも能天気な主人には効果大だ。うるさ型の全面降伏にすっかり気を良くして、白鳳は残りのお年玉をメンバーに振る舞った。仲間の攻防を気怠げに眺めていたDEATH夫も、袋を突っ返しては来なかった。
「・・・・少しどきどきいたしますね・・・・」
「うむ、心臓に悪い」
もちろん、期待のときめきではなく、不安と危機感より生ずる動悸である。胸のもやもやを持て余しつつ、フローズンとオーディンはポチ袋に指先を差し入れた。
「・・・・おや・・・・」
「おお」
摘み上げたチケットには、いずれもお仕事券と書いてあった。要するに、チケットを使用すると、白鳳が彼らの担当作業を交代して務めるらしい。年長組は物品に執着がないし、ダンジョン外でも常に忙しく立ち働くふたりにとって、時間こそ最高の贈り物に相違ない。余暇が出来れば、一緒に過ごせる場面も増えると言うものだ。白鳳の思い遣りを実感し、雪ん子と好漢は今度は心から頭を垂れた。
「・・・・ありがとうございます・・・・」
「かたじけない、白鳳さま」
「気に入ってくれたようで嬉しいよ」
近頃の白鳳はふたりの仲を応援し、助言やセッティングを惜しまない。才色兼備の人材に未練はあるが、掛け替えのない従者が真の幸福を掴むのなら、潔く身を退こう。自らは土俵から降り、似合いのカップルを見守る白鳳の眼差しは限りなく優しい。しかし、第二幕を見せつけられて、なお、神風は疑念を抱いていた。
(おかしい・・・普通の贈り物オンリーなんてあり得ない)
主人の思考回路はことごとく知り尽くしている。最後まで完璧なマスターで締めくくれるキャラではない。今までの評価を台無しにする、恐怖のどんでん返しが待っているはずだ。破綻の可能性を計る彼の瞳に、黒ずくめの死神が映った。
(はっ、ひょっとして)
フローズンとオーディンは諦め気味の白鳳だが、DEATH夫への執心はますます高まっている。今年は下手な鉄砲を数撃たずに、一極集中作戦に切り替えたのでは。十分あり得ると思ったが、DEATH夫と不仲な自分は、直に袋を調べることは出来ない。どうしたものかと困り果てる神風の前に、お誂え向きの珍生物が現れた。
「なあなあ、ですおのも見せろや」
「勝手にしろ」
「おうっ、するするっ」
黒服のポケットに入ったままのポチ袋に、ハチは短い腕を伸ばした。顔を出したのは、フローズンたちと寸分違わぬお仕事券だった。白鳳らしからぬ常識的な措置に、神風は茫然と立ち尽くした。
(し、信じられない。。)
「食いもんじゃないから、オレの勝ちだな」
「ふん、俺には必要ない」
よく分からない基準で、勝利宣言をしたハチを見遣ると、DEATH夫は忌々しそうに吐き捨てた。実のところ、ダンジョンを出るやいなや、DEATH夫はまるっきり役立たずで、代わるべき仕事など何ひとつなかった。
「ですおのはふろーずんが使えばいいじゃないかよう」
「・・・・・・・・・・」
確かに、チケットは使用者まで指名されておらず、ハチの言う通り、他者の分として使っても問題はない。客観的に見て、パーティー内で仕事量が一番多いのはフローズンだ。白鳳もそれを承知の上で作成したのかもしれない。この手の企画でDEATH夫が満足するのは難しいが、親友のフローズンに恩恵を被らせ、納得してもらおうと考えたのだろう。にしても、悪魔の使徒に対し、何らアプローチを示さなかった白鳳に、神風だけでなく、誰もが驚愕した。
「どうやら、今年の白鳳さまはひと味違うようだ」
「・・・・良かった・・・・ようやく、私たちの意見を理解してくださいました・・・・」
「金銭的な負担もないし、実に賢い選択だ」
「きゅるり〜♪」
従者の作業を助けるのは、チケットを使わずとも、当たり前の行為だが、常に足を引っ張られてきたゆえ、男の子モンスター+スイが白鳳に要求するハードルは果てしなく低かった。端から大幅な加点など望んでいない。尻拭いの必要さえなければ、御の字なのだ。常識からもっともかけ離れた白鳳が、常識範囲内の贈り物を選んだことは、お目付役にとって嬉しい誤算だった。



お決まりの負の急展開が消え、室内は和やかな空気に包まれている。年明けに相応しい光明を見た気がして、神風はささやかな幸せに酔いしれた。
(白鳳さまも着実に成長なさっているんだなあ)
真性××者ではあっても、道理が通じないほど、腐ってはいない。口をすっぱくして訴え続けた忠言は、ちゃんと心に届いていたのだ。白鳳の翻心を信用せず、疑いを捨て切れなかった自分が恥ずかしい。こんな体たらくでは従者失格だ。むしろ、世界中を敵にまわそうと、最期まで主人の味方でいなければならないのに。未熟者の己を戒めながら、神風は懐のポチ袋を覗き込んだ。慣れ親しんだ筆跡の”お仕事券”の文字が見える。ところが。
(ん?)
紛れもなくお仕事券ではあるが、外観が他のチケットと異なっていた。下品なショッキングピンクの縁取りが、思いっ切り胡散臭い。脳内にほんのり暗雲が立ちこめたけれど、一応はお仕事券と書いてあるし、配色なんて些細な要素だ。今年はついに白鳳も正道へ足を踏み入れたはず、いや、踏み入れていて欲しい。半ば願望混じりで、神風はチケットを取り出した。
「!!」
ピンクのハートに彩られた紙片には、夜のお仕事券と記載されていた。しかも、ご丁寧に10枚組の綴り券となっており、裏面に使用方法が解説してあった。1枚で性感マッサージ、2枚だと本番までOKだそうだ。悲しいかな、神風のテレパシーに狂いはなかった。主人は一極集中作戦に出たのだ。ただし、ターゲットはDEATH夫ではなく神風だった。
「・・・・・・・・・・」
割れたカップが復元出来ないごとく、腐った林檎はもぎたてに戻れない。ひととき夢を見ただけ、なおさら落胆は大きかった。神風は仲間に気取られぬよう、チケットをこっそりポチ袋へ返した。
(年越しくらいで更生出来れば、誰も苦労しないか)
ただならぬ衝撃を受けたはずなのに、神風は意外なくらい平静だった。悲しみが度を越すと、涙も出なくなるというが、それに近い心理状態と思われた。全てぶちまけて、白鳳をつるし上げることは容易いが、真相は己の胸ひとつに留めておこうと、神風は決意した。無論、白鳳をかばうためではなく、主人の脱線も知らず、プレゼントを喜んでいる皆を、不快な気分にさせたくない一心だ。腐れ××者の迷走に泣かされるのは、自分ひとりでたくさんだ。もっとも、神風とて”夜のお仕事券”を有耶無耶にする気はない。松の内を過ぎたら、ぐうの音も出ないほど言い込めてやる。
(チケットの件をいつ切り出そう)
心中で叱責のタイミングを検討し始めた神風だったが、ふと、白鳳が熱っぽい視線で見つめているのに気付き、ぎょっとした。ぎらつく紅い瞳と荒い鼻息が、従者をいっそう鬱状態にさせる。恐らく、ご都合主義の白鳳の脳内では、神風が抗議しないのは、夜のご奉仕を受け容れた印と解釈したに違いない。放っておいたら、暴れうしは今宵にでも寝室へ夜這いをかけかねない。もう、松の内などと悠長なことは言っていられない。明朝、旅立ちなので、夜更かしは避けたいが、就寝前に時間を割いて、諭すしかなかろう。
(はあ・・・・今年も辛い一年になりそうだ。。)
やるせないため息と共に、神風は主人を恨みがましく睨んだ。


FIN


 

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