*PICNIC*



「ほら、セレスト。早くしないと昼までに到着できませんよ」
慣れない弁当作りに四苦八苦する年下の恋人を意地悪く急き立てる声。その紅いチャイナ服の胸元には、チェック柄の包みがしっかりと抱きかかえられている。未知の物体を怪訝そうに見つめる肩先のスイ。今日は白鳳の提案で懐かしい草原のダンジョンへ出向くことになったのだ。幸い天候にも恵まれ、ピクニック気分で食べるお弁当を楽しみにしていたセレストだったが、白鳳がにこやかに切り出した一言で、予定外の作業をさせられる羽目に陥った。
「せっかくだから、セレストが作ったお昼を食べたいなv」
「え」
弁当は料理上手な白鳳が作ると決めつけていただけに、まさに青天の霹靂だった。騎士団の寮では必要に迫られて、最低限の家事をこなしてはいるが、自分の料理など到底、人様にご馳走するレベルではない。そのことを力一杯訴えたものの、一向に構わないと言われ、結局、自宅の台所で挑戦せざるを得なくなった。白鳳も宿からアーヴィング家に来て、互いの弁当をこしらえていたのだが、限られた時間と空間で食欲をそそる盛りつけをするのは至難の業だ。あれこれ悩んでいるうちに、白鳳はさっさと自分の作業を終え、しきりに急かしてくるからたまらない。ただでもおぼつかない手元が狂って、パンに挟んだコロッケが落ちそうになった。
「危ない」
「きゅるり〜」
「す、すみません」
はみ出たコロッケを箸で押し戻してもらい、思わず申し訳なさそうに頭を下げた。そんなセレストの様子を眺めながら、白鳳は可笑しげに喉の奥で笑っている。
「ふふっ、私が見ているとドキドキして落ち着かないみたいですね」
「えっ、あ、あの・・・・・も、もう少しですから」
照れと困惑がない交ぜになった面持ちが、麗人の紅い瞳を一層細めさせる。
「じゃあ、飲み物の用意でもして来ます。この前漬けたお酒が出来上がってるみたいですし」
市場でサングリアも購入したのだが、棚の奥の広口瓶を充たした液体が熟成しているのを確かめると、迷わずこっちを持参することに決めた。シェリルたちも交えて、皆で果実酒造りをした日が鮮やかによみがえって来る。あれからもう3ヶ月も経ったのだ。自分たちも果実酒のようにそれぞれの風味を活かしながら、時間をかけてまろやかに熟成して行けたらいいと思う。
「よ、よろしくお願いします」
「はいはい」
端麗な顔に笑みを貼り付けたまま、白鳳は手際よく小瓶をセピア色で充たし、ぎゅっと蓋を閉めた。昨夜、思い出の場所へのピクニックが決まってから、ずっと上機嫌で口元を綻ばせている。ダンジョンが民間人立入禁止ということもあり、最初は提案を受け容れるのを躊躇ったセレストだが、恋人の満足げな表情を見ると、許可して良かったと実感する。ルーキウスではデートらしいデートをしたこともなかったし、何だか自分までワクワクしてきた。澄み切った青空のドームの下、生命力溢れる草の匂いに包まれて、美しい景色に見惚れたり美味しい料理を食べたり。全くお金のかからないデートコースではあるが、金銭には換えがたい豊かな自然の景観や恵みを味わうのは、ある意味とても贅沢なことではないだろうか。



互いの弁当を下げ、連れ立って草を踏み締めて行くと、緩やかな時の中、ざくざくという音だけが響き渡った。どこまでも続く一面の草原が、風のせいで時間差で曲線を描きなびいている。遠くに見える川の水面には、一杯に陽の光が映り込んで目に眩しい。よほど空気が美味しいのか、スイが何度も丸っこい身体を伸ばして、深呼吸をしている。つられて、セレストたちも大きく伸びをすると、辺りに漂う朝の新鮮な大気を吸い込んだ。
「ここの風景は全然変わっていませんね」
「きゅるり〜」
「ええ」
万が一、騎士団の演習でもあったらどうしようと、ダンジョンに踏み込む前は内心冷や汗ものだったが、幸い全く人影は見えない。ルーキウスのモンスターだけでは訓練にならないと、近頃は近隣諸国へ出掛けることも多いし、まず心配はなかろう。武器と言えば白鳳の鞭くらいだし、モンスターと鉢合わせしないように、周囲に気を配りながら少しずつ奥へ進んでいく。まだ昼にはかなり間がある時間だ。
「どこへ行きますか」
「セレスト、私、伝説の滝へ行きたい」
「きゅるり〜」
「伝説の滝・・・ですか」
「ええ、ぜひもう一度この目で見たいんです」
「分かりました」
白鳳がしきりにせがむので、セレストも快諾して、一緒にハニー木村の渡し船に乗った。以前、セレストとカナンが愛船・沈没丸を取り戻したことをいたく感謝している船頭は、船賃も取らず彼らを伝説の滝まで運んでくれた。
「ああ、滝もあの日のままですねえ」
違いがあるとしたら、カナンや盗賊団の子分など、余分な邪魔者がいないことくらいか。
「本当に心が洗われる眺めですね」
煌めく飛沫を振りまく瑞々しい瀑布に見惚れていると、いきなり力任せに背中を突き飛ばされ、セレストは大きく体勢を崩した。ふたりしかいないこの場で、犯人は迷う余地もない。だが、今はめでたく恋人となった白鳳が、どうしてこんな暴挙に出る必要があるのだろう。
「な、何をするんですかっ。もう少しで滝壺に転落するところだったじゃないですか」
「ちっ、残念。今度こそセレストと落ちようと思ったのに」
セレストにとってはどうにも理解に苦しむセリフだ。時々、彼の突拍子もない発想に付いていけなくなる。
「滝の伝説は単なる言い伝えだったんですから、そんなことをする必要はないでしょう」
「いいえ。たとえ伝説は偽りだったとしても、私はあの時、坊ちゃんとセレストだけが一緒に落ちたのが未だに悔しくて堪らないんですっ!!」
「ええっ!?そ、そんな過去のことを」
意外に根に持つタイプなのかもしれない。
「貴方にとっては過去の出来事でも、私はあの無念を忘れたことがありません。さあ、今日こそ共に飛び込みましょう」
たおやかな手に似合わぬ力でぐいぐい腕を引っ張られ、セレストは真っ青になった。
「ち、ちょっと、待って下さいっっ」
「どうして躊躇うんですっ!セレストは私の心残りを叶えてくれないんですか」
「だ、だって、もう俺と白鳳さんはこうして付き合っているんですから、滝に飛び込む意味などないじゃないですか」
「分からない人ですねえ。そういう問題じゃありません。たとえ単なる伝承だろうが、セレストが私を差し置いて、他の人間と滝に飛び込む形になったのが許せないんです」
「そ、そんな」
無茶苦茶な理論である。だけど、その無茶を力業で押し通してしまうのが白鳳だ。すでにセレストの半身は滝壺に向けて折れ曲がっている。あと一押しでまっ逆さまだった。
「もう抵抗したってムダですよ。いさぎよく飛び込みましょう」
「あわわ。。」
白鳳の猛攻に転落寸前まで追い込まれたものの、セレストは苦し紛れに最後の一太刀を放った。
「は、白鳳さんっ、今落ちたら、スイ君も危ないし、サンドウィッチが水浸しですよっ!」
「きゅ、きゅるり〜っっ」
弟の身と恋人の手作り弁当。セレストの一言は白鳳の弱点を巧みに突いた。スイの悲鳴みたいなひと啼きも効いたかもしれない。背に込められた力が瞬時に抜けて行った。
「・・・・・そうですね。セレスト手作りの弁当を台無しにするわけには行きません」
神妙な顔でこう呟くと、傾き切ったセレストの身体を渋々引き戻してくれた。なんとか危機を切り抜けて、安堵の息を深々と吐く。
「か、考え直してくれましたか」
「取りあえず、先に弁当を食べてからまたここに来ましょう」
「は、はあ。。」
無論、これっぽちも反省の色はなく、にっこり笑ってこんな風に持ちかけてきた。どうやら、危機は先延ばしになっただけらしい。しかし、これ以上の災難が彼らを待ち受けていようとは想像もしていなかった。



セレストと白鳳が伝説の滝で激しい攻防を繰り広げている頃、騎士団に善意の市民から通報があった。
「騎士団長、また民間人が草原のダンジョンに入り込んだようです」
「何っ、またか」
実はこのダンジョン、あまりの景観の素晴らしさに若いカップルがついデートコースに選んでしまうことも少なくなかった。あげくにモンスターに襲われ、負傷するケースもままあったので、騎士団も常に注意して巡回していた。今回の通報者も告げ口のつもりなどなく、何も知らない一般人が危険な目に遭わないようにと善意で通報したに相違ない。いくら近衛隊副隊長だとて、私服でしかも遠目だったら、そこらへんの兄ちゃんに見えてもおかしくない。ましてや同行しているのがチャイナ服の華奢な美人だ。街の人がカップルと間違っても(実際カップルではあるのだし)無理からぬことだ。
「どうしますか」
「放っておくわけにもいくまい」
「なら、誰を派遣します?」
「いや、俺が行く」
アドルフが詰め所にいることも稀だし、ましてやこんな形で出動するなんて、一年に一度か二度あるかないかだ。その千載一遇の機会に、計ったように当たってしまった。
「そんな、騎士団長じきじきに行かれる仕事じゃないですよ」
「ダンジョンにもぐり込む不届き者が一向に減らないのは、お前らの対応が生温いからだっ。善悪の区別が付かぬ輩にはガツンと言ってやらなきゃいかん。俺が手本を見せてやるわっ!!」
「そ、そうですか」
大きく胸を張って言い放つ団長に素直に従いつつも、彼らは内心、不届き者の方に同情していた。元来、平和そのものののんびりした国だし、そこまで悪質なモンスターもいないのだ。パノラマを思わせる景色に惹かれて、ちょっとした出来心で足を踏み入れる気持ちは分かる。なのに、寄りによってこの頑固オヤジの怒号を浴びることになるとは、なんとまあ運の悪いカップルだろう。
「さあ、行くぞ!!ったく、最近の若い者と来たら、余計な手間を増やしおって・・・・・」
苦虫を噛み潰したみたいな顔でぼやくアドルフの後に、若い騎士団員が数人付き従って、一行はぞろぞろと詰め所を出た。



再び渡し船に乗って、草地に戻ったふたりの行く手に、以前カナンも交えて3人でお茶した木陰が見えてきた。
「あ」
「ふふふ」
きっと、双方同じことを考えていたのだろう。言葉より先に視線を交わし、にっこり微笑み合う。今日もまたここでお弁当だ。早速持ってきたシートを敷いて、まずスイをそっと降ろすと、趣向を凝らした料理の数々を並べ始めた。白鳳の弁当は飲茶風で、セレストはサンドウィッチだ。むろん、パンはシェリルが特別に焼いてくれたものである。バラエティに富んだ献立に我知らず口元が緩む。お手製のももまんや焼売が行儀良く顔を出し、野菜サンドやコロッケサンドも元気に飛び出した。料理自体はすでに冷めているはずなのに、素材そのものの香りが辺りにほんのり漂った。
「もっと手の込んだ料理を作りたかったんですけど、持ち運びなどを考えると、焼き物、蒸し物が一番ですね」
「・・・・・本当に白鳳さんは俺なんかが作った料理で良かったんですか?」
改めて同じ空間に並べると、出来映えといい、彩りといい、明らかに見劣りする。これだけ割の合わない交換だと、何だか相手に済まない気持ちで一杯だ。なのに白鳳は野菜がはみ出た不格好なサンドを、大切な宝物でも眺めるような眼差しで見つめた。
「セレストがこしらえたものだったら、何でも美味しいですよ」
「そ、そうですか」
慰めでもお世辞でもない本心からの一言。嬉しいやら照れくさいやらで、頬がかあっと熱を帯びるのが分かる。そんな情けない様子を見られまいと、顔を伏せるセレストの初々しさに白鳳は思わず目を細めた。
「そんなに可愛い顔をしないで下さい。弁当なんかより先に貴方の方を食べたくなりますから」
艶やかな唇からこぼれ落ちた言葉に、青年の顔はさらに赤くなった。
「な、何言ってるんですかっ!だいたい可愛いという表現はやめて下さいと以前言ったはずですよ」
「はいはい。分かりました」
素直に肯いたものの、心の中では間違いなくそう思い続けているんだろうな、と考え、軽く鬱になったが、人の胸の奥の思考まで規制する術はない。逆にこっちが白鳳に対し、密かに可愛いと感じることもあるのだからお互いさまか。
「じゃあ、いただきましょう」
「はい」
「きゅるり〜」
果実酒を紙コップに注いで、形ばかりの乾杯をすると、セレストが先に箸を付けた。新鮮なエビをふんだんに使った海鮮焼売は、口の中でふんわりとろけるようだ。塩分も油も控え目なのか、あっさり風味でいくらでも食べられる。
「出来たてみたいに柔らかいです」
「良かった、堅くなってなくて」
「やっぱり白鳳さんの料理は一級品です」
「セレストに褒めて貰えると作った甲斐がありますよ」
満面に笑みを湛えながら、フォーク片手に野菜サンドを一口大に切っている。随分行儀がいいなと思って見ていると、ぐっさり差したそれを目の前に差し出してきた。
「あれ?俺の作った分は白鳳さんが食べるんですよね」
「そうですよ。でも、普通に食べるだけじゃつまらないから、口移しでご馳走して貰おうかな〜な・ん・て」
「え、そ、それは」
野外ということも手伝い、すっかり腰が退けたセレストだったが、恋人はまるっきりお構いなしでサンドを押し込んでくる。拒否したところで逃れようはなかろう。セレストはやむなく度胸を決めた。兄に気を使っているのか、スイがそっぽを向いているのがいじらしい。
「い、一回だけですからね」
「ええv」
華やいだ笑みに応え、躊躇いつつも差し出されたサンドを軽く銜えた。そのまま、ふたりの距離がゆっくり縮まる・・・はずだったが、セレストは困惑するばかりでちっとも近づいてくれない。業を煮やした白鳳はその肩に手をかけて、強引にエサを啄みに行った。仲睦まじい恋人たちの他愛ない、ちょっぴり濃厚な時間。しかし、遠くから彼らの生態を冷ややかな目で観察する一団がいた。
「あれです、団長」
「けしからん。弁当など広げおって、まるでピクニック気分ではないか」
「でも、ちょっと羨まし・・・・・」
つい本音を口にした団員はアドルフにぎろりと睨まれ、慌てて肩を竦めた。彼もまさか向こうでいちゃこいているのが、同僚だとは想像もしていまい。
「全くこんな軟弱な連中がいるから、安心して隠居も出来んのだ。ひとつビシッと言い聞かせてやるわい。お前らはここで待機していろ」
「はい」
肩を怒らせ、大股でカップルの方へ突き進むアドルフ。この団長は未来永劫隠居なんてするもんかと思いつつ、誰もがため息混じりに見送っていた。



膝を付いた姿勢で磁石の両極のように引き合いながら、上空を旋回する鳥たちのさえずりを聴いていた。狩人の悩ましい紅唇が今にも獲物を奪い去ろうとしたその時。
「この不埒者どもがっ!!一体何をやっとるかっ!!!!!」
「きゅっ、きゅるり〜っっ」
あまりの大音声に身体が跳ね上がり、口移ししかけた野菜サンドがぽとりと落ちた。散らばった中身がシートに微かな染みを作る。幼い頃からイヤと言うほど叩き付けられた怒声。セレストは背筋に冷たいものを感じた。まさか。騎士団の演習はなかったのに。悲しいかな、城内で時を過ごすことの多い彼の耳には、草原のダンジョンでの些細な問題などこれっぽちも入ってこなかった。
「・・・・・・・・・・」
いつまでも硬直しているわけにもいかないので恐る恐る振り返ると、やはり見慣れた頑固オヤジが仁王立ちしていた。が、アドルフの驚愕はセレストの比ではない。まさに”盗人を捕らえてみれば我が子かな”の世界だった。
「お、お、お、お前はっ・・・・・セレストっ!?」
「親父・・・どうしてここに。。」
感激の対面の対極にある互いの引きつった顔。
「こんにちは、お久しぶりですね、お父上v」
白鳳だけが少しも悪びれずマイペースだ。場の空気をまるっきり理解していない。
「どうしたもこうしたもないわいっ!草原のダンジョンに一般人が踏み込んだとの通報を受けて来てみれば・・・・・。騎士団員自ら規則を破ってどうするっ!!しかもお前たち、今何をしとったっ!?」
「そ、それは・・・その」
さすがに答えに詰まるセレストだったが、代わりに白鳳が高らかに答えた。
「見ての通り、仲良くお弁当を食べていたんです」
「口移しでか」
ドスの利いた迫力満点の物言いは騎士団長というより893を思わせる。普通の人間なら震え上がって腰を抜かしかねないところだが、妙に度胸の良い恋人は全く動じることなく先を続けた。
「ええ、勿論v・・・そうそう、報告が遅れてしまいましたが、私、今セレストとお付き合いさせてもらっているんですよv」
「は、は、白鳳さんっ」
無謀というか潔いというか、白鳳のいきなりのカミングアウトにセレストは度肝を抜かれた。アドルフのこめかみにぴくぴく青筋が立っているのが見える。
「お付き合い・・・って、貴公も男だろうがっ!!」
「愛に性別は関係ありません」
「こいつの言ったことは本当なのか、セレストっ」
しばしの沈黙。これまで強気だった白鳳の表情にふと不安の影が滲んだ。セレストは騎士団長の息子であり、自らも近衛隊副隊長だ。その立場を考えたら、ここで否定されても責めるわけにはいかない。彼の名誉と日常生活を守るためには、悲しいけれど仕方のないことなのだ。けれども、次の瞬間、耳に流れてきたのは待ち望んだ答えそのものだった。
「本当です。俺は白鳳さんを真剣に愛しているんです」
「セレスト・・・・・v」
「きゅるり〜」
これまで弱腰だったセレストが堂々と言い切ったので、白鳳は喜び勇んで愛しい相手にひしと抱きついた。スイまでその膝の辺りに寄り添っている。一方、アドルフは当然収まらない。
「ぶ、ぶぁっかもんっっっ!!!!!」
活火山の大噴火のごとく、ダンジョンじゅうの樹木をなぎ倒す勢いで絶叫した。オヤジの雄叫びを待つまでもなく、騎士団員たちも闖入者がセレストだと気付いたらしい。やや距離を取って事の経緯を静観している。もはや団員からすれば、ただの親子ゲンカに過ぎない。ここは下手に関わり合わないのが一番だ。
「お、お前は自分が何を言っとるか分かってんのかっ!!相手は男だぞ、男っ!!」
「それは承知の上です」
「なっ・・・・こ、このバカ息子がっっ!!!!!」
アドルフからすれば、息子が同性と交際しているなんてあり得ない、あってはならない事態だ。理解の範疇を超えた出来事に対する唯一の手段として怒り、喚き散らしても無理はない。
「待って下さい。元はと言えば、私がセレストのことを好きになったのが始まりなんです。セレストを責めるのはやめて下さい」
「いいえ、これは俺自身の気持ちの問題です。白鳳さんには何の責任もありません」
ふたりが仲睦まじく互いをかばい合うのがまた勘に障る。ほんの直前までは白鳳に決して悪い感情は抱いていなかった。最近の若者にしては義理堅いしっかり者だとその人柄を買っていたのだ。だが、今となってはもはや息子をたぶらかした魔性のオトコだ。そもそも、間道で行き倒れていたことすら、作為的だったのではないかと穿ちたくなってくる。
「とにかく離れろっ、男同士でベタベタしおって汚らわしいっ!!」
娘の結婚相手も気に喰わなかったが、異性なだけまだまともだった。真面目一方の息子がどうしてこんなことに。いや遊び慣れていないからこそ、相手の色香に惑わされてのぼせ上がってしまったに相違ない。アドルフが客観的に見ても、確かに白鳳には性別を超越した不思議な魅力があった。
「お言葉ですが、愛し合ってもないのに形だけ婚姻している男女より、心から愛し合っている同性の方がよっぽど人間的だと思いますけどね」
人情溢れるルーキウスではそんな仮面夫婦はいそうにないが、旅の途中ではそういうカップルも少なからず見かけた。それでも男女と言うだけで市民権を得て、様々な特権を得ているのが白鳳にとっては納得いかなかった。
「ふん、××が偉そうに何をほざくか」
「・・・・・××・・・・・」
「きゅるり〜。。」
いきり立つアドルフに露骨な差別用語を口にされ、元々気の長い方ではない白鳳はあっけなく堪忍袋の緒が切れた。



「人が大人しくしていれば何ですかっ、この頑固オヤジ!!」
「何だとっ」
「は、白鳳さんっ、待って下さいっ」
強気な恋人がキレてしまったのを察したセレストが大慌てで止めに入ったが、その程度で大人しく引き下がるタマではない。
「××のどこが悪いんです。同性同士の婚姻を認める国だって存在するこのご時世によくもまあそんな頭の固いことを。だから、若い者に煙たがられるんですよ」
アドルフが若い団員に敬遠され気味だという話はセレストから聞いていた。実のところ、若者に迎合してご機嫌を取るポリシーのないオヤジよりはよっぽど好感を抱いていたが、自分たちのこととなれば話は別だ。
「若輩者の分際で生意気な口を叩きおって。俺の目の黒いうちはお前たちの仲を認めることは金輪際ありえんっ!!お前は今日限りアーヴィング家出入り禁止だっ!!!!!」
「ええっ・・・・・」
「きゅるり〜」
白鳳もこれにはいささかショックを受けたらしく、整った横顔のラインが小刻みに震えている。兄の気持ちに同調するごとく、スイもしょんぼりと身体を丸めた。さわさわと草木を揺らす風が先程より勢いを増しているようだ。
「親父、無茶を言うなよ」
「ええいっ、無茶も何もあるかっ。帰るぞ、セレスト」
募る苛立ちを隠すこともなく、アドルフはがさつな動作で踵を返しかけた。
「帰るって」
「もう二度とこんなヤツに会うんじゃない」
荒々しい口調で最終通告がなされたが、回り道の末、ようやく心が通じ合った彼の人をこの程度の試練で離すわけには行かない。頑固オヤジの血を引いているだけあって、日頃はおたおたしていても、一旦開き直ると案外肝が据わるタイプだった。
「俺は白鳳さんと別れたりしないし、これからも出来るだけ共に過ごす機会を持つつもりだ」
「なっ、何ぃ〜っっ!?」
「白鳳さんは俺にとって掛け替えのない人だ。ずっと一緒に歩いていきたいんだ」
青年の毅然とした態度に、緋色の双眸からうっとりと熱い視線が流された。
「嬉しい、セレストv・・・・・でも、本当にこれでいいんですか」
めったに見れない恋人の困り顔が実に愛らしい。ほんのちょっぴりだけ眼前のオヤジに感謝する思いだった。
「白鳳さんは何も心配することはありません。こんな親父の罵詈雑言くらいで俺の気持ちはいささかも変わりませんから」
「そこまで言い切ったか」
「いい加減にしてくれ。いかに騎士団長でも個人の私生活まで立ちいる権利はないんだからな」
「ぐぬぬぬぬ。。」
セレストの主張は正しい。自分の役目をきちんと果たしている限り、誰と付き合っていようが、とやかく言われる筋合いはない。いくら個人的に文句があろうと、上司の立場からはそれを傘に罰することなど出来やしないのだ。
「民間人立入禁止の区域に入ったのは俺たちが悪かった。速やかに立ち退くよ。さあ、白鳳さん、スイ君」
「ええ」
「きゅるり〜」
セレストの呼びかけに従って、彼らは広げた弁当を手際良く片付け始めた。普通ならこれでどうにか万事解決となるはずだ。しかし、アドルフとセレストの関係は単なる上司と部下ではない。切っても切れない血縁関係。そこにまだ一波乱の余地が残されていた。
「お前の心意気はよ〜く分かった」
「う」
一見物分かりの良さげな発言に、逆に不吉な予感がした。父がこっちの意見に組みするような物言いをしたときは、あとで必ず痛いしっぺ返しが待っているのだ。次の言葉を聞くのが恐ろしかった。
「お前があくまで自分の考えを貫くならそれも良かろう。だが、たった今からお前と俺は親子でも何でもないっ!二度とアーヴィングの門を潜ることは許さんっ!!」
「が〜〜〜〜ん!!!!!」
まさかいきなり勘当されるとは。ジェットコースタードラマも真っ青の急展開にセレストは激しい目眩がした。しかも、ぴったりと寄り添う白鳳は同情するどころか、してやったりと笑みさえ浮かべているではないか。どうやらセレストの愛が揺るぎないことを知り、完全にお調子に乗っているようだ。
「そんなにガッカリすることないでしょう。頑固オヤジと縁が切れてせいせいしたじゃありませんか。うふふ、これで名実共にセレストは私だけのも・のv」
「きゅるり〜。。」
スイが申し訳なさそうに掠れた声で啼いた。
「あっ、ちょっ、止めて下さ・・・・う・・・・」
真っ赤になって怒鳴り散らすアドルフを尻目に、しなやかな腕に絡め取られ、抵抗する間もなく唇を塞がれた。そりゃあ白鳳はいい。余裕があるときにルーキウスを訪れ、逢瀬を堪能して帰れば済むのだから。けれども、この先、縁を切られた親父と日々顔を突き合わせていかねばならないこの身はどうなるのだ。今回の顛末だって、騎士団や城内であることないこと噂になるに違いない。今、クラクラしているのは恋人の甘い口付けに酔いしれたせいばかりではない。朦朧とする意識の中、セレストはそう確信していた。






FIN


 

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