*良い遊び、悪い遊び〜後編*
カクテル光線に照らされた競うし場は白鳳の言葉通り、家族連れやカップルで賑わっていた。開放的な造りのスタンドには軽食の店も数多く、拍子抜けするくらい健全な雰囲気だ。
「競うし場がこんな明るいところだったなんて」
「だから、言ったじゃないですか」
「なんだつまらん。白鳳の言うことだから、70%くらい差し引いて考えていたのにな」
ギャンブル場とはほど遠い様子に安堵するセレスト。逆にカナンはちょっぴり残念そうだ。もっと、オトナの社交場の後ろめたい危うさを期待していたのだろう。
「じゃあ、さっそく参加してみますか」
「参加って」
「もちろんうし券を買うんですよ。上手く行けば、今回使った旅費を取り返す、いえ、増やすことだって出来ますよ」
「ホントか、白鳳」
白鳳の甘い誘いに、カナンは小遣い倍増の夢を抱いて顔を輝かせた。
「ええ、坊ちゃんの腕と勘次第ですけどね」
「ダメですよ、カナン様。実際に競うし場を見ただけで十分です。もう帰りましょう」
いくら害のない娯楽場とは言え、年若い主君にギャンブルをさせるのはやはり抵抗がある。これがきっかけで、金銭、ひいては日々の労働の価値を安直に考えるようになったら大変だ。けれども、アリとキリギリスの喩えではないが、残念ながら、セレストとカナン及び白鳳の発想には根本的な隔たりがあった。
「ここまで来て帰るなんて、教会まで来てお祈りしないで帰るようなものじゃないですか」
「そうだ、そうだ。お前は儲かるチャンスをみすみす不意にする気か」
当たることしか想定していないのが、前向きと言うか超楽観主義と言うか。
「カナン様に無駄遣いさせるわけにはいきません」
「券は100ゴールドから購入できるんですよ」
「いいえ、金額の問題じゃないんです。やはりお金は地道に働いて・・・・・」
「僕は参加するぞ、セレスト。みんなあんなに面白そうにしてるのに」
「し、しかしですね」
セレストからも、場内の人間は老若男女問わず、誰もが影もなく楽しんでいるように見えた。が、性格的なものもあって、どうしても賭け事に対する抵抗を捨てきれない。
「要するに本人の自制心の問題でしょう。小遣い程度で楽しむのなら、芝居や見世物にお金を使うのと変わらないと思いますけど」
「お前はそんなに僕が信用できんのか」
「そ、それは・・・・・・・」
「1レースだけ参加すれば、坊ちゃんだって気が済みますよ」
ただでも気持ちがぐらついているところへ、口だけは達者なふたりの波状攻撃を受け、ギャンブル絶対拒否の姿勢を貫いていたセレストもとうとう陥落した。
「・・・・・1レースだけですからね」
「じゃあ、いいんだな」
根負けしたとばかり、無言のままうなずく青い頭。
「わ〜い、やったぞ!!」
「ありがとう、セレストv」
「きゅるり〜」
「本当に1レースだけですよ」
「うんうん、分かってる分かってる」
主君も恋人もお調子に乗るタイプだけにちょっと心配だったものの、にこにこと屈託のない笑顔を見ると、許可して良かったと思った。とにかく、自分さえしっかりしていれば、間違いは起きるまい。気を引き締めて、ふたりを監督しなければ。
白鳳に案内され、一同は下見場に移動した。彩度の高い光を浴びて、柵に囲まれた円形のコースを反時計回りにぐるぐる歩くうしを見る。10頭近くいるうしはどれも額の真ん中に星がついていた。
「おっ、名うしばっかりだぞ」
「そうですね」
「なあ、セレストはどれが強そうに見える?」
一応、競うし新聞に目は通したが、どこを読んでもちんぷんかんぷん。このままではせっかくの小遣い倍増計画も頓挫しかねない。ここは日々うしに接している者の意見を聞くのが一番だ。
「坊ちゃん、どうして私でなく、セレストに聞くんですか」
「だって、セレストは実際うしに乗っているからなあ」
「ああ、ルーキウスの騎士団はうしを愛用していましたっけ」
ようやく白鳳にもカナンの質問の意図が理解できた。だが、いきなり守備範囲外の話を振られた方は驚き戸惑うだけだ。いくらうしに騎乗している身とて、使途がまるっきり違うのだから、強さについてコメント出来るわけがない。
「い、いえ、私にはよく分かりませんよ」
「なら、セレストだったらどれに乗りたいと思います」
この質問にはまだ答えようがある。セレストはしばし、うしたちの気性、歩様、全体のバランスを観察すると、率直な意見を形にした。
「う〜ん・・・・・7番でしょうか」
「7番かあ」
「新聞だと7番は3〜4番手の評価みたいですけど」
スイの首筋を撫でながら、白鳳が客観的な立場でアドバイスをくれたが、カナンの決断は実に早かった。
「よし、僕は7番を買うぞ。え・・・・と、一着になるのを当てるヤツ」
「単勝ですね」
「そうそう。その単勝だ」
全くの素人なのだから、無理をしても仕方ないと思い、もっとも単純な方式を選んだ。しかし、びっくりしたのはセレストだ。まさか、自分の一言だけで買い目を決定してしまうなんて。
「お、お待ち下さい、カナン様」
「何だ」
「私などの意見を鵜呑みにするなんてお止め下さい」
「いいや、僕はもう決めた」
従者の見解を全面的に信頼し切って、清々しさすら湛えた顔付き。ふと、白鳳の中に妙な嫉妬と対抗心が湧き起こってきた。負けるもんか。
「私も7番にします。セレストのアドバイスでしたら、外れても悔いがないしv」
「きゅるり〜」
「あっ、ち、ちょっと、白鳳さんまでっ!!き、貴重な金を使うんですから、やっぱり自分で考えてですね・・・・」
ふたり揃って賛同されてしまい、セレストは傍目にも気の毒なくらいあたふたと動揺している。けれども、自分さえ良ければ満足な彼らは従者の困惑なんて見て見ぬ振りだ。
「いいえ、考えた末の結論ですから」
「うむ、僕もだ」
「・・・・・はあぁぁぁ。。」
度胸と思い切りだけはいい主君と恋人。実際は場の勢いに乗っかったに過ぎず、何も考えてやしないのだ。さりとて、それを指摘することも出来ず、セレストはやるせない思いでため息をつくのが精一杯だった。
白鳳とカナンは制止する従者を振り切って、うし券を買ったばかりか、セレストにも無理矢理購入させた。むろん、親切心からではなく、”死ぬときは一緒”という発想からだ。
「ふっふっふ。的中すれば、土産代を取り返した上に、数ヶ月分の小遣いゲットかあ。今度は通販で何を買おうかなあ」
「このレースでセレストに会いに行く資金を増やしたいものですねえ」
売店で買ったチキンコロッケを頬張りながら、不気味に笑うカナン。傍らの白鳳はそばめしコロッケを小さく切って、スイの口まで運んでやっている。これも”立ち食いなんてお行儀が悪い”と猛反対するセレストを押し切って手にしたものだった。
「本当に私の意見を参考にして良かったんですか」
「未知の競技だけに判断材料はないしな」
「新聞の予想も当てになりませんから」
「でも、もし外れたら」
「その時はきっちり責任は取って貰います」
「当然だな」
「・・・・・・・・・・」
さっきは外れても悔いがないとか言ってなかっただろうか。責任を追及するくらいなら、最初から自力で選んで欲しい。背中にずしりと重しでも乗せられた心持ちになるセレストだったが、鬱々とたそがれる間もなく、発走時刻になってしまった。荘厳なファンファーレが鳴り響き、大歓声の中、出走するうしがスタートラインに並ぶ。競馬みたいなゲートは存在せず、バリヤーと呼ばれるロープ状のものに遮られ、合図を待っている様が、どこかのどかで暢気な光景だった。
「いよいよですね」
「ワクワクするな」
轟音と共に、騎手を乗せたうしが勢いよく駆け出した。間抜けな外見に似合わず、かなりのスピードだ。3人が買った7番はちょうど中程の位置を進んでいる。おのおの騎手の服や帽子の色が違うので、素人のカナンたちでも目当てのうしを見失わずに追うことが出来た。力強いストライドで徐々に先頭に接近する7番。
「おおっ、トップに並ぶ勢いだぞ」
「これはひょっとすると」
4コーナーを回る辺りで7番は一気に先頭に躍り出た。スタンドで観戦する3人の応援にも熱が籠もる。
「頑張って!!」
「行け行け〜っ!!」
「あっ、後ろを引き離し始めました」
直線も半ばを過ぎようとしているのに、追い込んでくるべき後続の連中より遙かに脚色がいい。レースに関しては素人だが、うしに乗り慣れているだけに、個々の動作から気力や余力は分かる。セレストの見立て通り、7番は余裕すら残して先頭のままゴールを駆け抜けた。カナンも白鳳もセレストに飛びついて大はしゃぎだ。
「やった、やった♪」
「3人とも当たりましたよ」
「良かったですね」
自分の判断が正しかったとは思えないが、それでもふたりに損をさせないで良かった。
「さすが私のセレスト、見る目は確かですねえv」
「恋人選びを除いてな」
「なにか言いましたか、坊ちゃん」
「いいや、気のせいだろう」
彼らの間に刺々しい緊張が走ったのを察したセレストが、気を逸らすべくコース内のボードを指し示した。
「最終オッズは10倍ですよ」
「じゃあ、2000ゴールドが20000ゴールドか!!凄いっ、いっぺんに大金持ちだぞうっ♪」
この金額で大金持ちと喜べるカナンの庶民感覚はセレストの教育の成果だろう。嬉しげに小躍りする主君を見遣りつつ、彼もまた不覚にも悪くない気分になっていた。
(30000ゴールドか。母さんにコートのひとつも買ってやれるかな。・・・・・っ!!いかんいかん。こんなあぶく銭で贈り物をしてはダメだ)
鉄の自制心でどうにか踏み止まり、慌てて表情を引き締めると、浮かれる主君にびしっと言い放つ。
「儲かったお金はちゃんと貯金するんですよ、カナン様」
「ちぇっ、こんな時までうるさいヤツだ。ビギナーズラックかもしれんが、せっかく的中したんだから、少しは喜びに浸らせろ」
ぷうと頬を膨らますカナンだったが、ビギナーズラックというフレーズが出るくらいなら、いい気になって賭け事にのめり込むこともなかろう。やんちゃで無鉄砲なところはあるが、案外しっかりしているのだ。
「じゃあ、そろそろ帰りましょうか」
「うむ」
「そうですね」
懐を暖かくして、一同は意気揚々と競うし場を後にしたが、最初の曲がり角でうずくまっている人影が目に留まった。
あからさまにみすぼらしい格好をした父子連れが、立ち上がる気力もなくうなだれている。セレストとカナンは見過ごすことも出来ず、彼らに駆け寄ると、中腰になって声をかけた。
「どうなさったんですか」
「な、何でもありません」
言葉とは裏腹に、土気色の顔色は相当苦しそうだ。その顔を心配そうに覗き込む主従ふたり。
「父ちゃん、具合が悪いのに、薬を買う金がないから、手当てが出来ないんだ」
7〜8歳くらいの子供が悲しげに訴える。
「金がないって」
「先日、勤め先を首になりまして。この年だから再就職もままならず、少ない蓄えも使い果たしてしまいました」
「それはお気の毒に」
「う〜む、何とかならないものかな」
カナンたちは心底、父子に同情して、自分たちに出来ることを真剣に考え始めた。顔を見合わせ、口元を引き結び、首を傾げて、身内の不幸のようにあれこれ思い悩む。しかし、白鳳だけはやや離れた場所に佇み、醒めた眼差しで双方のやり取りを観察していた。
「良かったら、これを治療代の足しにしてくれ」
カナンが躊躇いなく金銭を差し出したので、父子は驚きで目を見張った。
「そ、そんな」
「どうせなかったはずの金だ。有意義に使った方が良かろう」
「私もそう思います。ご立派な判断ですよ、カナン様」
主君の優しい心根が嬉しくて、我知らず笑みを浮かべると、セレストも自分の儲けを父子に手渡した。
「これも一緒に使ってください」
「ああ、神様みたいな方たちだ。ありがたやありがたや」
「ありがとう、お兄ちゃん」
伏し拝むようにして感謝の意を述べる父子に照れながらも、主従は満足そうにうなずいたが、その時、今まで静観していた紅いチャイナ服がずかずかとやって来た。
「ちょっと待って下さい」
「何ですか、白鳳さん」
「ふたりともこんな茶番を本気にしているんですか」
「「え」」
相手の言わんとする意味が理解できず、カナンもセレストも口をあんぐり開けたままだ。彼らの間抜け面を眺めつつ、白鳳はやれやれといった顔付きで先を続けた。
「これは歓楽街ではよくある手口なんです。坊ちゃんやセレストみたいなお人好しを狙って、詐欺まがいのことをするんですよ」
「じゃあ、貴方は彼らが芝居をしているというんですか」
「ええ。私はお二人のために忠告しているんです。せっかくの儲けを不意にしないようにね」
「きゅるり〜」
白鳳の指摘もよく分かる。だが、セレストには目前の気の毒な父子が、自分たちを騙そうとしているとはどうしても考えられなかった。
「もし、この話が真実だったらどうするんです」
「私には本当だとは思えません」
「貴方という人は・・・・・」
セレストが睨み付けても、白鳳はこれっぽちも動じない。冷たい薄笑いさえ浮かべて見返してくる。根は冷たい人だとは思わないが、過酷な旅暮らしで歪んでしまった部分もあるのだろう。ここは何とかして彼を説得しなければ。次に紡ぐべき言葉を絞り出すセレストだったが、その思考はカナンの一声に遮られた。
「二人ともやめろ。僕は信じるぞ」
「カナン様・・・・・」
「あとで泣きを見ますよ」
「かまわん」
「なら、勝手になさい」
白鳳の非難の視線にもめげず、カナンとセレストは競うし場での儲けを全額男に手渡した。
「さ、遠慮なく受け取れ」
「早く元気になられることを祈ってますよ」
「ああ・・・・何とお礼を言っていいのやら。このご恩は一生忘れません」
「お兄ちゃん、本当にありがとう」
「礼なんていいんだよ」
ぺこぺこと頭を下げて去り行く親子を手を振って見送る主従。その傍らで白鳳は柳眉を逆立てていた。どうして恋人のアドバイスより、身も知らぬ連中の言い種を真に受けるのか。
「全くバカなんですから。私はもう知りませんっ」
「あっ、白鳳さんっ!!」
言うやいなや、白鳳はぷいと踵を返して駆け去ってしまった。
「いいのか。相当頭に来てたみたいだぞ」
「カナン様が気に病むことはありませんよ」
そう。主君の為した行為は胸を張って誇れること。セレストは心から満足していた。しかし、いくら正しい行いでも、残念ながらそれが生かされない相手も存在する。たとえば、件の親子連れとか・・・・・。
「どこの田舎ものだか知らないが、バカな連中だったな」
「ホント、いいカモだったね」
カナンたちから金をせしめ、してやったりとほくほく顔で帰路につく彼ら。やはり、主従はその人の良さを利用されただけだったのだ。けれども、もうひとり一筋縄では行かない同伴者がいたのが、彼らにとって誤算だった。
「ちょっとよろしいですか」
「あっ、お前は!?」
父子の前に女顔の銀髪の青年がすっくと立ちはだかった。
「あなた方と改めてお話ししたいんですけどね」
「白鳳のヤツ、戻って来ないなあ」
「先にホテルに帰っているかもしれませんから、そろそろ行きましょう」
激怒して立ち去った白鳳を待ち続けたふたりだったが、夜も更けてきたので一旦ホテルに戻ることにした。カナンを休ませてから、自分だけで探しに出ても良い。内心、こんな風に考えるセレストだったが、そうするまでもなく、ホテルに続く通りから紅いチャイナ服がちょこんと顔を出したので、安堵して肩の力が抜けた。
「白鳳」
「どこへ行ってたんですか。心配しましたよ」
「うふふ、ちょっと野暮用でね」
「きゅるり〜」
スイの鼻先をつついて、悪戯っぽく笑う様子を見る限り、すっかり機嫌は直ったようだ。彼はカナンの脇まで歩み寄ると、掌にそっと何かを握らせた。
「あ」
見れば、お金ではないか。
「これは・・・どうしたんだ?」
「やっぱり、あの父子は詐欺常習者でしたよ。ああやって、遊興施設の出入り口に立って、坊ちゃんたちみたいな世間知らずを狙っているんです」
「そ、そうだったのか」
単に騙されただけでなく、せっかくの好意を無にされたことにも衝撃を受け、しょんぼりとうなだれるカナン。その肩に手を添えて、セレストが優しく言いかけた。
「結果はどうあれ、カナン様のなされたことはご立派でした」
「そんなにしょげかえることはありませんよ、坊ちゃん。いい勉強をしたと思えば」
「白鳳・・・・・」
従者のみならず、白鳳にも温かい眼差しを向けられ、強ばっていた表情も少しほころぶ。
「お金もちゃんと取り返してきました。私は騙されたと分かってて泣き寝入りするほど、お人好しじゃありませんからね」
「た、逞しい」
さすがに当てのない一人旅を5年も続けているだけのことはある。転んでもタダでは起きない。
「さ、こっちがセレストの分ですよ」
「ありがとうございます」
その強さにたじたじとなりながら、手渡された紙幣に目を遣れば、盗られた金とは相当金額が異なっている。とは言うものの、取り戻してもらった分際で口に出すのは図々しい気がして悩んでいると、先にカナンから異議が唱えられた。
「なあ、白鳳」
「何ですか」
「僕が儲けた金は20000ゴールドだったはずだが、18000ゴールドしかないぞ」
「あ、あの・・・・・白鳳さん、私のは半分になっているようですが」
主君に便乗して、セレストもおずおずと申し出た。怪訝そうな彼らをちらりと眺め遣ると、白鳳は事も無げに告げた。
「ああ、差額は手数料としていただいておきました。坊ちゃんにはサービス価格で1割、セレストは半額」
「え」
「きゅるり〜」
セレストが絶句した隙を突くように、スイが高らかに啼いた。
「な、なんですか、その手数料っていうのはっ!?」
「私がいなければ、お二人は詐欺にあった事実にすら気付かないままだったんですよ。それをきっちり取り戻してあげたんですから、そのくらいの礼をするのは当たり前でしょう」
白鳳の言うことも一理ある。自分たちだけだったら、金を騙し取られたことも知らずに帰国し、ピント外れの善行に満足しきっていたに決まっている。
「・・・・・なくなったはずの金が返ってきたんだから仕方ないか」
「カナン様は1割だからいいですよ。私なんて半分に」
「セレストにはペナルティの意味もあって、厳しくしておきました」
「ペナルティ?」
「こんな調子で冒険者になる坊ちゃんの従者が務まるんですか。強力なモンスターのいるダンジョンほど、周囲は無法地帯と化しているのに。もっとしっかりしなければ、身ぐるみ剥がれて人買いに売り飛ばされるのがオチですよ」
「はあ」
一言も反論出来なかった。世界各地には数多の人種がいて、様々な風習の国がある。誰もがルーキウスの国民みたいに暢気で善人なわけじゃない。いや、むしろそんな人々は稀だと覚悟した方がいい。理屈では分かっていたけれど、今回はっきりと思い知らされた。
(社会勉強が必要なのは俺の方かもしれないな)
自分の判断ミスが己ひとりに降りかかるのならまだ良い。だが、大切な主君を巻き添えにする可能性がある以上、綺麗事ばかり言っていられない。もっと強かになって、世慣れることも必要なのだ。白鳳だってスイのため、やむを得ず自分を変えていったに違いない。
「少々きついことを言いましたが、それもこれも全て貴方に無事でいてもらいたいからなんです」
「・・・・・白鳳さん」
「セレストv」
互いを熱く見つめ合い、すっかり良いムードになったふたりだったが、蚊帳の外に置かれて面白くないカナンはちくりと皮肉を囁いた。
「ほ〜う、僕に落とし穴に落とされた人間とは思えない筋の通った発言だな」
「うるさいですよ、坊ちゃん」
痛いところを突かれて勘に触ったのか、白鳳はカナンの頭を力任せに叩いた。
「痛っ」
「あっ、カナン様になんて事を」
「前に言ったはずですよ。貴方にとっては王子でも、私にとってはただのクソガキだって」
「むか」
真っ正面から向き合ってガンを飛ばし合うふたりはすでに一触即発の様相だ。街中で大喧嘩になっても困るので、セレストは慌てて彼らの背を押しつつ、帰還を促した。
「と、とにかく、早くホテルに戻りましょうっっ!!」
「ええ、部屋に戻ってからゆっくり話し合いましょう。セレストはもちろん私の味方ですよねえ」
「きゅるり〜」
「いいや、僕の味方に決まってる。なあ、セレスト」
「・・・・・・・・・・」
この際、社会勉強は後回しでいいから、今、ここにある危機を切り抜ける方法を教えて欲しい。ご無体な主君と恋人の板挟みになった哀れな従者の心中は、そんな切なる願いで溢れかえっていた。
FIN
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