*幸せのかたち〜親白編*



目を凝らせば、遙か向こうに皓々と光を放つ麻布のテントがそびえ立つ。仕事帰りの一同を温かく迎えてくれる灯火と笑顔と出来たての食事。すっかり見慣れた光景でありながら、アックスは思わず目を細め、足取りも軽くテントまで歩み寄った。
「おう、今戻ったぜ」
「親分さん、お帰りなさい」
食卓に一輪挿しの花を飾っていた白鳳が、振り向いてにっこり微笑んだ。日中に周囲の草原で摘んできたのだろう。素朴だが可憐な佇まいが木造のテーブルによく似合っている。
「姐さ〜ん、おいらたちもいるっす〜」
「ボクちゃんたちもお帰り」
どやどやと飛び込んできた4色バンダナが、紅のチャイナ服を取り囲んで、ちょっと物欲しげな顔付きをした。むろん、彼らが待ちこがれているのは白鳳が丹誠込めた手料理だ。
「白鳳さま、只今戻りました」
「はくほー、腹減ったぁ。。」
「神風もハチもご苦労様」
誰にも追跡されていないか気を配りながら、神風が入ってきた。その傍らで空腹に耐えかね、ふらふらと浮遊するハチ。
「おめえら全員揃ってるな」
最後尾の男の子モンスターの姿を確認すると、アックスは改めて皆に問いかけた。神風たちはともかく、どんくさい子分は途中で道に迷い、行方不明になることも少なくない。
「あいあいさー!!」
勢いの良い掛け声と同時に、丸っこい拳が突き上げられた。どこで見分けるのか、連中の間では個々の区別がついてるようだし、白鳳が数えてみても、幸い誰ひとり欠けていないようだ。
「なら食事にしますか」
「わーい」
「やったぁ」
「今日のメニューは何かな何かな〜♪」
「ポトフと魚のマリネだよ」
テント内にはジューシィなコンソメスープの香りが満ち溢れている。盗んだブツをひとまず傍らへ置いてから、一同は思い思いの場所へ腰を降ろした。大小の食器を手際よく並べ、甲斐甲斐しく支度をする白鳳が纏うのはアックス愛用のピンクのくまさんエプロンだ。スリムな身体にはぶかぶかだが、それでも筋骨隆隆の男が付けるより遙かに様になっていた。
「鍋、重くて持てねえだろ。手伝ってやらあ」
「お願いしますね、親分さん」
アックスは大鍋を軽々持ち上げると、テーブルの中央にドンと置いた。鍋一杯に作られたポトフには、大きめに切られた野菜がてんこ盛りだ。
「うわ〜、美味そうっす」
「よだれが出そうっす」
口々に感嘆の叫びを漏らしつつ、ないはずの小鼻がピクピク動く。
「なー、はくほー、はくほー、まだ食っちゃダメかー」
皆と変わらぬサイズの器を前に、ハチがもう堪え切れないといった風に尋ねてきた。
「ダメダメ。親分さんの号令があってからだよ」
「そっか」
ちょっと厳しい口調でたしなめられ、ハチは頭を掻き掻き、にぱっと笑った。その毅然とした対応に嬉しくなって、アックスは整ったラインの横顔を目で追っていたが、人数分の食事を並べ終わったのか、白鳳はエプロンを外して向かいの席に着いた。
「すっかり行き渡ったようだな」
「はいっす」
「おいっす」
「よ〜し、野郎ども喰らえ」
ようやく親分の許可が出て、皆、弾かれたように出来たての料理に挑みかかった。柔らかく煮えた野菜や程良く味が染みた食材に、誰もが満足げな面持ちで、皿の中身を豪快に平らげていく。
(ふふっ、親分さんもボクちゃんたちも凄い食べっぷりv)
どこにでもあるごく当たり前の日常風景。平凡だけど充実した日々を過ごせる喜びを、白鳳は今しみじみと噛みしめていた。



数々の苦難の末、ついに白鳳はスイの呪いを解くことに成功した。宿願を果たしたのを機にハンターはすっぱり止め、捕獲した男の子モンスターは全て自由の身にしてやった。当時、主力に使っていたメンバーも神風とハチを除いて今はいない。ある者は故郷へ帰り、ある者は新天地を求め、誰もがそれぞれの場所を得て、去って行った。アックスの勧めもあり、一旦は兄弟揃って帰郷した白鳳だったが、自分でも驚くほどの衝動に駆られ、半月もしないうちに出奔して、盗賊団のテントに転がり込んでしまった。さすがにスイには申し訳ないと思ったけれど、弟は笑みさえ浮かべて快く送り出してくれた。これからは己のことだけ考えて生きて欲しいと。現在、スイは親戚の中で唯一兄弟に好意的だった伯父夫婦に引き取られ、全寮制の名門校に通っている。生来利発な子だし、入学前に家庭教師をつけて猛勉強したおかげで、勉学にはほとんど支障はなく、同年代の学友と共に生活することで、生活習慣や様々な感覚も徐々に取り戻しつつあるようだ。むろん手紙のやり取りは欠かさないし、1ヶ月に1度は必ず会いに出向いている。
「さあ、今日の収穫物を出してもらいましょうか」
賑やかな夕餉も終わり、一服したところで白鳳がおもむろに切り出した。バンダナ連中の間にはやる気と期待が漲り、ドレッドの大男の辺りだけ、局地的に緊張した空気が漂っている。神風とハチは仕事に参加する場合もあくまで助っ人で、実際に盗みを働くのは盗賊団のメンバーだけだ。見交わし、小突きあい、誰が最初に行くか相談している子分たち。程なく、青バンダナのひとりがいそいそと白鳳の前に歩み出て、小さな包みを差し出した。
「これっす」
中には質の良い小麦粉が入っていた。
「わあ、いいケーキの材料になりそうだ」
「お、おいら合格っすか、姐さん」
「うん。よく頑張ったね」
「わ〜い、やったっ」
白鳳に頭を撫でられた青バンダナは、浮き浮きと皆のところへ戻った。入れ替わりに緑バンダナの子分がとぼとぼと進み出る。
「こんなものしか盗れなかったっす。すいませんっ、姐さん」
彼の戦利品は安物の駄菓子だった。自らの不甲斐なさに端麗な美貌を恐る恐る見上げたが、緋の瞳に宿る光はあくまでも優しい。
「これ、安いけど美味しいよね」
「え、そ、それじゃあ」
「合格だよ」
嬉しい宣告と共に頭を撫でられ、緑バンダナは感極まって涙ぐんだ。
「おいら感激っすー。次は必ず大物を盗って来るっす」
「その気持ちだけで充分だから、あまり無理しないで」
続々とせこいお宝を見せる子分に、白鳳は終始にこやかな表情で労いの言葉をかける。ところが、最後のひとりになった途端、これまで和やかだった雰囲気が一変した。
「親分さん、貴方の番ですよ」
「あ、ああ」
鋭く尖った視線が胸に深々と突き刺さる。どうしてナタブーム盗賊団の首領たる俺が貢ぎ物を捧げるような真似をしなきゃなんねえんだ。いくら心中でぼやいてみても、重苦しい圧迫感は払拭できない。仕方なく、口を真一文字に引き結んだまま、乱暴に布袋を押しつけた。中には薬草と毒消しと万能薬が入っていた。
「何ですか、これは」
「見りゃ分かるだろ、今日奪ったお宝じゃねえか」
「貴方は何を聞いていたんですか。言ったでしょ、角の骨董屋にあるルビーの指輪が欲しいって!!」
前ふたつはともかく、万能薬は相当の貴重品にもかかわらず、これっぽちも評価されていない。いつもそうなのだ。白鳳の判定は子分に甘く、そしてアックスには異様に厳しかった。
「勝手なことほざくんじゃねえっ!!今回のターゲットは道具屋と雑貨屋だって、最初から言ってんだろがっ!!」
「下僕ならそれくらい気を利かせるのが当然でしょう」
「こ、こいつ・・・・・」
向こうで神風が申し訳なさそうな顔をして頭を下げている。おめえは気にすんなと目で応えたが、だからと言って白鳳に対する怒りが消えたわけではない。ここに住み着いてから、その傍若無人な振る舞いはエスカレートする一方で、子分を手なずけたのをいいことに、今や盗賊団のほぼ全権を掌握していた。



「あ〜あ、どうしてこんなオトコで手を打っちゃったのかなあ」
「何ぃ」
アックスのこめかみに怒張が浮かぶのも構わず、白鳳は忌々しげに先を続けた。
「群がる相手から選び放題だったのに、我ながら魔が差したとしか思えませんね」
「自惚れもたいがいにしやがれっ!てめえが誰にも相手にされねえで寂しそうにしてたから、この俺が拾ってやったんじゃねえかっ!!」
「拾ったですって」
自分に頭が上がらないはずの下僕に、野良猫みたいな表現をされ、形の良い眉がきゅっと釣り上がった。だが、アックスは怯むことなく、肩をそびやかしながら止めの一言を言い放った。
「けっ、でかい口叩いても、追い掛けた野郎にゃ逃げられてばっかだったくせによ」
「サオとタマだけがとりえの何のテクもない男を、人並みに仕込んであげた恩も忘れて、よくも偉そうにっ!!」
自分でも葬りたい事実を容赦なく指摘され、ついに白鳳の怒りが爆発した。真紅の眼に力を込めると、持っていた布袋をアックスの下腹部に思いっ切り叩き付けた。
「ぐあっ」
男の急所に強烈な一撃を浴び、しばし硬直した後、股間を押さえてうずくまる巨体。
「うふふ、良い格好」
苦痛で身を捩るアックスを冷ややかに一瞥すると、白鳳はぷいとそっぽを向いた。流れる銀の絹糸がスローモーションで白い頬を掠めていく。
「この卑怯者っ」
「貴方が油断しているから悪いんです」
「だいたい、子分たちの前でする話かっ」
バンダナ連中が呆けた顔でこちらを眺めているのだけが救いだ。ふたりの他に発言の意味を理解したのは恐らく神風だけだろう。もっとも、主人の暴挙に頭を抱え、俯き加減で目を伏せる様子には同情を禁じ得ない。あいつもさぞや苦労したに違いねえと思いやるうち、どうにか痛みも収まり、体勢を立て直した。情の欠片もない悪魔の所業に、易々と屈服してなるものか。だが、その時。
「ロクな稼ぎもない甲斐性なしを掴まされて、私ってなんて可哀想なんでしょう」
一家の主に対する禁句を口にされ、アックスの中で何かがぷちんとキレた。
「・・・・・てめえ、ここへ押し掛けたときは、もうワガママ言わないからずっと一緒にいたいとか、しおらしい台詞をほざいてなかったか、ええっ!!」
縋りつくごとき熱い眼差しと、これまで見たこともない健気さに胸を打たれ、ついうっかり受け容れてしまった。思えばそれがいけなかった。出会ってからの様々な経緯を振り返れば、暗黒の未来図は容易に想像できたろうに。
「だから言ってないでしょう」
「ああ?」
性悪猫の開き直った返答に、アックスは我が耳を疑った。
「このテントで暮らすようになってから、ワガママなんて一度も言ったことありませんっ」
「や、野郎・・・・・」
「貴方こそ私を一生大切にするとか、必ず幸せにしてやるとか、いい加減なことばっか言ってっ!!」
「げっ。。」
子分の目の前で沽券に関わる事実をばらされ、背筋につうっと冷たいものが流れた。男に二言はないと言われようが、人生、時には消し去ってしまいたい失言もある。照れと焦りで頭にかあっと血が登った。
「まだ己の立場を認識出来ないんですね。たっぷりお仕置きしてあげます」
「るせーっ!今日という今日は誰がここの親分なのか、思い知らせてやらあっ!!」
こうなると手が付けられない。すっかり激昂したふたりは全身に闘気を漲らせ、とっ組み合いを始めた。
「白鳳さま、止めて下さいっ」
「親分、姐さん、ケンカしないで下さいよう」
罵り合いで留まっていれば、彼ら独特の過激なコミュニケーションと見過ごしも出来るが、実力行使に発展すれば話は別だ。神風も子分たちも真っ青になって制止しようとしたが、共に気性が激しく負けず嫌いなだけに聞く耳持たない。
「はくほーもおやびんもどっちも頑張れー、おー」
一匹だけ場の空気を読めないハチが、元気にぶんぶん手を振った。
「腐れ××野郎、覚悟しやがれっ!!」
「隙ありっ」
「うお?!」
拳を振り上げて襲いかかる巨躯を難なくかわすと、白鳳はその懐へ飛び込んで、相手を投げ飛ばした。切れのある熟練の技が見事に決まり、アックスは受け身も取れず、土間へ強かに叩き付けられた。いつも通りのお決まりの結末。これだけ力差があるのだから、たまには違う作戦を試みれば良いものを、単細胞な彼は毎回真っ正面から立ち向かい、敢えなく玉砕するのだった。
「ふん、口ほどにもない」
無様に大の字に横たわるアックスをあからさまな軽蔑の眼で見下げる白鳳だったが、投げられた衝撃でポケットから何か転がり出たのに気付いた。




半円の軌跡を残し、床を転がって行く物体を、先細りの指がそっと摘み上げた。
(おや)
なんと白鳳が欲しがっていたルビーの指輪ではないか。
「親分さん、これ」
「あっ」
たおやかな手に乗せられた煌めきが目に止まると、アックスは慌てて上体を起こし、そそくさと立ち上がった。
「なぜ貴方が持っているんです」
「・・・・・買ったからに決まってんだろが」
結局、おねだりを叶えたことがばれてきまり悪いのか、目を逸らしたまま、頭をぽりぽり掻いている。白鳳もあらぬ方向に眼差しを流すと、咎めるような拗ねたような口調で言いかけた。
「と、盗賊のくせに、わざわざ買って来るなんてバカみたい」
あれだけ殺伐とした雰囲気が瞬時に一変した。険の取れた面持ちでおもむろに視線を絡め合うふたり。
「何つーか・・・おめえはよくやってくれるからよ」
性格に問題大アリだし、どこぞの野郎に粉を掛けたりもするが、正直、白鳳がここまでまめまめしく働くとは嬉しい誤算だった。殺風景だったアジトも小綺麗になったし、あの腕っ節なら安心して留守を任せられる。むろん、いざという時には前線に出て、盗賊団を脅かす敵を蹴散すことも辞さない。それに日頃は女王様気取りで威張っていても、ここぞという場面ではさり気なく自分を立ててくれるのだ。
(こいつもすっかりナタブーム盗賊団の一員だ)
王侯貴族の喩えは大げさにしても、白鳳ならもっと条件の良い落ち着き先はいくらでもあったろう。なのに全てを捨てて、浮草稼業の自分の元へ来てくれた。つけ上がらせるのもシャクなので口には出さないが、その決断については、いつも嬉しくありがたく思っていた。
「だって、今の私の仕事は親分さんのいない間、大事なアジトを護ることだもの」
しかも、軟化していたアックスの心を、さらに蕩けさせるいじらしい一言。発言した当人は、いずれダンジョンで小人か妖精でもとっ捕まえて、他の男と戯れる間に掃除や洗濯でもさせられないものかと目論んでいるが、考えただけの内容が相手に伝わるわけがない。案の定、気の良い大男は感動で目をしばたたかせた。
「お、おめえ、泣かせることを言いやがって」
やっぱりこいつは可愛い奴だ。奔放な言動で誤解されやすいけれど、こいつの良さが分からないたあ、なんて見る目のねえ連中だろう。すでにアックスの心の中で、先程の海より深い後悔はキレイさっぱり消滅していた。愛しさに任せ、華奢な肢体を力一杯抱きしめる。筋肉の鎧に覆われた腕の中で、悩ましい紅唇が密かにほくそ笑んだ。
(うふふ、本当に扱い易い人)
毎度、同じプロセスを繰り返すにもかかわらず、ちっとも学ばないアックスと異なり、白鳳は着実に相手の操縦法を会得していた。目に見える色気。目に見える愛嬌。目に見える可憐さ。バカ正直で単純なアックスは、明確に形となったものに弱かった。たとえ、度を超したワガママにいきり立とうが、ちょっと寂しげな風情を示せばすぐにイチコロ。日頃は笑わない美人がたまに笑顔を浮かべると値千金なのと同様に、直前の態度が小憎らしければ小憎らしいほど、後の愛らしさは際立つのだ。
(何だかんだ言っても、親分さんは私にベタ惚れですからv)
だからこそ通用する方法と心得ているし、簡単に転がされる間抜けで可愛いところがいたくお気に入りだった。でも、ただのへたれじゃなく、自分なりの揺るぎない信条や価値観を持った男なのもちゃんと分かっている。若い頃から数々の男と無軌道に遊んできた。最初は表向きの条件にコロッと騙され、さんざん痛い目にもあったが、おかげで真価を見抜く目を養うことが出来た。気の利いたエスコートひとつ出来ないむさ苦しい下僕だけど、決して褪せない光が中で美しく輝き続ける。
(まあ、この人の本当の価値を理解できるのは私ひとりでしょうけど)
妙な自負が心を浮き立たせ、我知らず顔付きも柔らかくほころんで行った。
「ありがとう、親分さん。これからも頑張りますから、またプレゼントして下さいね」
「おう、もし欲しいモノがありゃあ、盗ってでも買ってでも持って来てやらあ」
大輪の花を思わせる華やかで屈託のない笑み。この笑顔を見られるのなら、危険のひとつやふたつ、喜んで冒してやる。
「わ〜い、親分さん、大好きvv」
しなやかな腕に絡め取られるやいなや、キスを仕掛けられ、両頬が一気に火照るのが分かった。あるいは甘え声で告げられた”大好き”という単語のせいかもしれない。
「親分と姐さん、ちゅーで仲直りっす」
「良かった良かった」
「おいらも親分とちゅーしたいよう」
「オレははくほーとちゅーしたいぞー」
どうやら事態が収拾したのを察し、一同は仲睦まじいふたりをにこにこと眺め遣った。互いに身を預け、しっかりと抱き合ったまま、その温もりと息づかいを感じ取っている。鼻先を掠める芳しい髪の香りにしばし酔いしれるアックスだったが、土間に転がる布袋が視界に入ると、ふと我に返った。
(いつの間にこんな結論になっちまったんだ)
どうも納得がいかない。今回のみの特例のはずが、完全に丸め込まれ、先々の贈り物まで約束させられてしまった。こうやってなし崩しに言いなりになるから、悪魔はますますお調子に乗って、平気な顔で無理難題を吹っ掛けてくるのだ。
(はああ、俺はマジでこいつに甘えんだよなあ。。)
がっくり肩を落とし、大きな息を吐いたものの、脳裏にくっきり浮かぶのは先程のあどけない笑み。世界中に眠る未知の財宝にも強烈に心惹かれるけれど、結局のところ、自分にとってあの笑顔に勝るお宝はないような気すらしていた。





「じゃあ、ご馳走の下ごしらえをしましょう」
名残惜しげにアックスの身体から離れると、白鳳がにこやかに切り出した。明日は共に旅をした男の子モンスターたちがほぼ一年ぶりに集うのだ。休暇中のスイも外出許可をもらって遊びに来る。それぞれの現況は手紙や風の噂で断片的に把握しているが、直に対面して語り合うのとは大違いだ。きっと興味深い話がいろいろ聞けるに違いない。むろん、白鳳のみならず神風やハチも仲間との再会を楽しみにしていた。
「あと一日で会えますね」
「オレっ、オレっ、わくわくだぞー♪」
「よ〜し、手っ取り早く済ませちまおうぜ」
「おいらたちも手伝うっす」
「何をやったらいいっすか、姐さん」
当事者ではないのに、快く協力してくれる盗賊団の心遣いが嬉しい。各人の技能に応じた指示を与えると、白鳳は肉に下味を付けるべく、調味料や香味野菜を器に入れて、軽く混ぜ始めた。今にも鼻歌でも出そうな主人の表情を見て、傍らの神風が明るく声を掛けた。
「白鳳さまの幸せな姿を皆に早く見せてあげたいです」
日頃、嘘も誇張も言わない子から、”幸せ”という表現がごく自然に出て来たのに驚き、白鳳はややはにかみ加減に問いかけた。
「・・・・・私、そんなに幸せそうかな」
「はいっ」
時に隠そうとして隠しきれなかった、暗い瞳も憂い顔も二度と目にすることはない。旅を始めた当初からずっと付き従い、その挫折も悲運も目の当たりにしてきた神風だからこそ、現在の白鳳の充足感を誰よりも密に感じ取れた。主人の幸福は自分の幸福。神風もまた満ち足りた思いだった。
「はくほーもおやびんもかみかぜもオレもみんなシアワセだー」
懐っこく笑って、ハチが高らかに叫んだ。最近、徐々に”はぐれ”としての特殊能力が開花しており、スイや遠隔地の男の子モンスターと連絡が取れるのも、その不思議な力のおかげだ。円満で懐っこい性格のおかげで、ハチも神風も完全に盗賊団に溶け込んでおり、そのことも彼らの幸福感を高める一因となっていた。
「明日は朝市で新鮮な野菜をたくさん買わなきゃね」
手際よく準備を済ませた白鳳が、斜め前で魚を降ろすアックスに言いかける。含みのある口調と強い眼光が暗に荷物持ちをしろと命じていた。逆らってもムダと悟ったのか、アックスは肩を竦めながらポツリと漏らした。
「おめえもちゃんと早起きしろよ」
低血圧で朝に弱い白鳳はつい寝過ごして、朝食をアックスにこしらえてもらうこともしばしばだ。この一事だけでも彼がいかに白鳳に甘いか丸分かりだった。
「親分さんが起こしてくれるから大丈夫です」
「人を目覚まし代わりにすんじゃねえっ」
「こんな汚い音色の目覚ましは要りません」
「るせえっ!!」
振り下ろされた腕をひょいと避け、声を立てて笑う白鳳の左手の薬指には、瞳と同じ鮮やかな緋色の石が輝いている。危険なアバンチュールや身を焦がす情熱とは無縁だけど、穏やかな安らぎと居心地のいい場所を手に入れた。欠点も含めて、ありのままの自分を受け容れ、理解してくれる大らかで優しい人。この人と一緒なら、これからも自然体で自分らしく生きていける。
(おまけにからかい甲斐もあるしv)
くくと喉の奥で含み笑いを漏らした後、白鳳は優雅にターンして、再び彼と対峙する形を取った。甘い吐息に乗せ、耳元でそっと奏でる兇悪な殺し文句。
「今夜は貴方から可愛がって下さいねv」
「・・・・・っ・・・・・」
困惑で視線を彷徨わせるアックスに悪戯っぽく目くばせすると、その艶やかな唇を無精髭の辺りにちゅっと押しつけた。





COMING SOOM NEXT BATTLE?


 

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