*備えあっても憂いあり*
とある小国で、白鳳一行はまたもやナタブーム盗賊団と遭遇した。ちょうど捕獲も一段落していたので、メンバーはちゃっかりテントへ押しかけ、ひとときのティータイムを楽しむことになった。メインはもちろんアックス特製どでかプリン。差し入れのハーブティーと焼き菓子が、自らの重みでつぶれかかったプリンの周りを彩る。DEATH夫を除く年長組が、小皿にプリンを取り分け、子分ひとりひとりに手渡している。4色バンダナの保父役は優れものの従者に任せ、白鳳とアックスは対面して、調理場のミニテーブルへ座った。
「ねえ、親分さんの誕生日を教えてくれませんか」
「ああ?んなこと聞いて、どうすんだ」
白鳳の唐突な質問に、アックスは荒っぽく語尾を上げた。誕生日を告げたところで、パーティーやプレゼントが待っているはずがない。日頃から、盗賊団のものは自分のもの、自分のものは自分のものと公言して憚らない白鳳だ。今まで事あるごとに搾取され、いくら人の良いアックスでも脳内で警戒警報が鳴り響く。アックスの面持ちが強ばったままなのに気付き、白鳳は情のこもった声で切り出した。
「ヒライナガオでは災難でしたよね。くじら毒に当たってしまうなんて」
「まさか、くじらの毒があれほど強烈とはな」
トラウマになりそうな悲惨な経験をほじくり返され、アックスはうんざりした様子で呟いた。長い長いため息で、カップから立ち上る湯気がいびつに乱れる。けれども、白鳳の真紅の虹彩は、それにも増して揺らめいていた。
「本当に親分さんが無事で良かった」
「おめえにも世話になっちまった」
毒抜きのため奔走してくれた白鳳たちに対し、アックスは未だに恩を忘れていない。実のところ、カナンやセレストはともかく、白鳳に関しては被った被害の方が遙かに多いのだが、義理堅さが仇となり、すっかり目が曇っているようだ。
「いいえ、親分さんさえ助かれば、私は本望です。貴方を運んで、埋めるくらい、さしたる手間ではありませんよ」
アックスを目的地まで運搬したのはオーディンだし、柔らかい土を掘り返したのは、新たに捕獲したショタキラーだ。白鳳がやった作業と言えば、ピント外れの指示と、アックスの頭上へ最後の土を乗せただけ。にもかかわらず、したり顔で語る姿を見かね、男の子モンスターはおやつを中断して、容赦ない物言いで茶々を入れた。
「白鳳さまは何ひとつしてません」
「・・・・しかも、頭上まで土をかけろと命じておりました・・・・」
「ふん、正真正銘のバカだな」
聡明なレア系はぐれ系と異なり、一般のショタキラーに高度な判断力はない。ただ、マスターの言いつけに素直に従うのみだ。ゆえに、アックスは危うく生き埋めの危機に見舞われたのだった。
「あれでは埋葬と変わらんぞ」
「オレ、てっきりおやびんが死んだと思っちった」
「窒息しなくて良かったよねっ」
「きゅるり〜」
恩人のイメージを覆す、情けない実態を暴露され、白鳳はしなやかな腕を振り上げて喚き散らした。
「うるさいっ!!皆は関係ないでしょ。私は親分さんと大事な話をしてるんだから、大人しくボクちゃんたちとお茶してて」
白鳳の凄い剣幕に圧倒され、一同はひとまず席へ戻り、主人の動向に注意しつつも、バンダナ軍団との談笑を再開した。邪魔者が去ったのを確認した白鳳は、ハーブティーを一口啜ると、アックスに媚びを含んだ視線を流した。
「それに、親分さんが怪我をしたのは私のせいですし」
「おめえらしくもねえ、気にすんな。もう、とっくに治ってらあ」
申し訳なさそうに目を伏せる白鳳へ、アックスは右腕をぐるぐる回し、健在をアピールしたが、白皙の美貌はなおも冴えなかった。
「傷付いた身でまともに稼げたとは思えません。しばらくはボクちゃん共々悲惨な生活を送ったんじゃ・・・・」
「稼ぎがイマイチでも、小魚や野草を集めりゃあ、どうにか食いつなげるもんだ」
その日暮らしの浮き草稼業だ。困窮状態を凌ぐテクニックなら、しっかり会得してある。
「親分さん、少し暢気過ぎですよ。また、万が一の事態が生じないとは限らないのに」
「先のことをいちいち気にしても仕方ねえ」
大らかなアックスらしい返答だが、白鳳は意に添わなかったらしく、整った眉を露骨にたわめた。
「貴方の肩には、ボクちゃんたちの生活もかかっているんです。もうっ、全く危機管理が出来てないんですから。やっぱり、用意しておいて良かった」
白皙の美貌が大輪の花のごとく綻んだ。邪気のない柔らかな笑みに、アックスの口元も我知らず緩む。しかし、白鳳はどんな用意をしたのだろう。自己中の権化に、盗賊団を思い遣る親切心があるとは思えない。
「用意って、いってえ何だ」
「保険です」
「保険だとぉ!?」
想像もしなかった手立てを提示され、アックスは水面の金魚みたいに、口をぱくぱくさせている。相手に立ち直る間を与えず、白鳳は滔々と説明を始めた。
「当てのない旅を続けるなら、不測の事故や病に備えて、万全の準備をしておかなければ。備えあれば憂いなし、と言うじゃありませんか。失業しても生活費はかかるし、医者や薬もタダではないんですよ」
たとえいかなる災害に見舞われても、可愛い子分には最低限の暮らしを保障してやりたい。20余人を抱える”親分”としては、白鳳の忠告は胸に迫るものがある。だが、冷静に考えると、盗賊団はもっとも保険からかけ離れた集団だった。
「おめえの言うことも一理あるけどよ、住所不定の俺たちが保険に加入できるわきゃねえ」
「その点は抜かりありません。住所は私の屋敷にしておきました」
「へっ」
「申込書も入手して、後は親分さんの生年月日さえ記入すれば完成です」
白鳳の手際の良さに、アックスは内心舌を巻いた。けれども、いくら書類が完璧でも、保険に入るには、掛け金も必要だ。残念ながら、定期収入のない盗賊団に、そんな余裕はない。
「待てよ、厚意はありがてえが、俺たちは・・・」
「お金のことなら心配要りません。掛け金は私が払い込んでおきます」
「おい、てめえ、何か企んでるんじゃねえだろな」
事ここに至って、アックスははっきり疑念を抱いた。だらしない白鳳がわざわざ他人の書類を手配するのは妙だし、盗賊団のために散財するなんて、ハニーを魔法で倒すよりあり得ない。銀髪の悪魔の親切には必ず裏がある。偽りの厚意を信じたばかりに、今まで散々煮え湯を飲まされて来たではないか。
「私は親分さんたちにいつも元気でいて欲しいから、保険加入を勧めたんですよ」
「けっ、上手えこと言ったって騙されるか。おめえは見返りのねえ投資は決してしねえヤツだ」
「そんな・・・・・親分さん、私の気持ちが分からないんですか」
白鳳のやるせない憂い顔。緋の双眸が潤み、四方にぼやけた光を放つ。一途な強い眼差しに捕らえられ、アックスは息を飲んで白鳳を見つめた。
「ひみつ研究所で親分さんに助けられた時、初めて本心に気付いたんです。貴方は私にとって、掛け替えのない宝だって」
「バカ言うんじゃねえ」
ぶっきらぼうな口調と裏腹に、アックスの面持ちには明らかに困惑の色が浮かんでいた。強引なセクハラには抗えても、甘やかな囁きには弱い。分かり易い相手の動揺を察し、白鳳はなおも畳み掛けた。
「好き放題遊んできて、オトコの真価を見極める目も養いました。貴方こそ私がずっと探し求めた理想のパートナーです」
「お、おめえ。。」
根拠のない美辞麗句。殊更しおらしい仕草。見え透いた猿芝居は、白鳳の常套手段だ。神風やフローズンなら、ほんの1秒で見抜くに違いない。しかし、お人好しで単純な上、無意識裏に白鳳に惹かれているアックスは、性懲りもなく、蜘蛛の糸に絡め取られつつあった。方向性は違えど、学ばない同士、ある意味似合いのふたりかもしれない。
「うふふ、親分さんの隣でプリンを食べられて、今日の私は幸せ一杯v」
真性××者がプリンで満足するか否か、ちょっと考えれば、すぐ正解は出よう。だが、白鳳の仕掛けに惑わされたアックスは、もはや完全な思考停止状態に陥っていた。
「でもよ、おめえの心情がどうあれ、掛け金を出させるわけにはいかねえ」
「わずかな出費で私自身が安心できれば安いものです。これで貴方と離れていても、気を揉まないで過ごせます」
「済まねえ、金は少しずつでも必ず返す」
「他人行儀なことは言いっこなし。とにかく、親分さんの誕生日を教えて下さいね」
「よし、分かった」
偽りの真心にほだされたアックスが陥落した時、ぶっくりほっぺをシロップまみれにした虫が、四つ折りにした紙を掲げて現れた。
「はくほー、こりに書くんだな」
「げげっ」
アックスの保険について、従者には一切知らせていないが、書類作成中、白鳳の傍らで小動物コンビがじゃれ合っていた記憶はある。にしても、荷物の奥に仕舞った申込書をいつ発見したのだろう。ハチは気を利かせたつもりでも、正直、迷惑度MAXだ。ちっこい手が開こうとした書類を、白鳳は慌てて奪取した。
「こっちへおよこし、ハチ」
「なんだよう、おやびんにも見せようとしたのによう」
「手続きは私がやるんだから、わざわざ持ち出さなくてもいいの」
お約束の制裁を堪え、出来る限り穏便に処理した白鳳だったが、申込書を目の当たりにした主人の動揺を見逃すお目付役ではない。ハチが戻ったのと入れ替えに、神風・フローズン・オーディン+スイが一直線にやってきた。
「念のため、書類を点検させてもらいます」
「あっ」
身構える間もなく、神風が目にも止まらぬ早さで、たおやかな手から紙を抜き取った。スイも含めた一同は、すぐさま書類の記載事項をチェキし、雪ん子が真っ先に異常事態へ着目した。
「・・・・保険金の受取人が白鳳さまになっております・・・・」
「何ぃぃっ!?」
最悪且つありがちな真相が判明し、アックスのこめかみに怒張が浮いた。
致命的な記載が発覚し、白鳳の保険のススメはもはや風前の灯火だ。それでも往生際の悪い白鳳は、なおも白々しい申し開きをした。
「イヤだなあ、親分さん、誤解してませんんか。盗賊団には拠点がないから、大事なお金は私が責任を持って、管理しようと考えただけです」
無論、白鳳のお為ごかしに誤魔化される面々ではない。間髪を容れず、紅いチャイナ服へ集中砲火が浴びせられた。
「ならば、白鳳さまを受取人にする必要はありません」
「・・・・親分さんの保険金で、一儲けを企んでいらしたのですね・・・・」
「綺麗事を並べて、親分さんを騙すとは許せん」
「きゅるり〜っっ」
「んもう、皆、人聞きが悪いなあ」
神風たちの的を射た反論にたじたじとなりながらも、白鳳は茶目っ気たっぷりに愛想笑いをした。が、白鳳を包囲する空気は、氷のごとく冷たかった。
「いい加減にしやがれっ!!人の不幸を利用しようとしやがってっ」
男の子モンスターの効果的な援護のおかげで、アックスはようやく我に返った。子分への深い情を巧みに突かれ、またしても悪魔の罠に嵌るところだった。一方、計画が頓挫した白鳳は詫びの一言もなく、逆に開き直って己の正当性を主張した。
「ふんだ、下僕を煮て食おうと焼いて食おうと、私の勝手ですよ」
「俺はてめえの下僕になった覚えはねえっ!!」
「容姿も頭も腕っ節も冴えないんですから、せめて保険金で役立ってくれなきゃ」
「けっ、このアックス・ナタブーム様が、保険の世話になるようなヤワな身体だと思ってんのか」
肩をそびやかしたアックスにせせら笑われ、白鳳はため息混じりに虚空を見遣った。
「確かに・・・脳みそ筋肉のオトコに限って、渋太いというか、ムダに頑丈なんですよねえ。でも、運命の天秤をほんのちょっぴり傾ければ問題ナシ♪」
「運命の天秤をどう傾けるんです」
「うっ」
お調子に乗って、ついモノローグを形にしたのが運の尽き。アックスとお目付役の非難の視線が、一斉に白鳳へ向けられた。
「・・・・ひょっとして、人為的にアクシデントを引き起こすおつもりだったのでは・・・・」
「うむ、目先の目的のため、手段を選ばん傾向があるからな」
「毒や媚薬の類は、日常的に使ってますし」
「きゅるり〜っ」
「てめえっ、そこまで汚え手を目論んでやがったのかっ!?」
主人のやり口を熟知したメンバー相手では、些細な失言でも命取りだ。悪巧みのほとんどが露わになり、4人と1匹は目を三角にして詰め寄って来た。絶体絶命のピンチに陥った白鳳は、どうにか厳罰を免れるべく、上目遣いの媚びモードで切り返した。
「そ、そんなに怒らなくてもいいでしょ。親分さんを殺そうとまでは思ってないって」
しかし、白鳳の苦し紛れの発言は、心証を良くするどころか、ツッコんでくれと言わんばかりのへっぽこな内容だった。
「つまり、命に別状がなければ、多少の負傷や病気はかまわないんですね」
「きゅるり〜っっ!!」
(しまったあっ)
フォローしようとして、かえって本音をさらけ出したようだ。一旦、口にした言葉は取り消せない。神風にぴしゃりと言い当てられ、しくじりを自覚したけれど、すでに後の祭りだった。白鳳とて、アックスをずっと苦しめるのは本意ではない。保険金さえ受け取ったら、まじしゃんの回復魔法で完治させる算段だったが、今、続きを語っても、焼け石に水にしかなるまい。
「ふざけんなっ!!この腐れ××野郎っ!!!!!」
白鳳のあまりの外道っぷりに、とうとうアックスの堪忍袋が爆発した。フローズンから受け取った申込書を、派手に破き始めるアックス。粉々の紙片が土間へランダムに散らばった。
「あ〜っ、せっかくほとんど記入したのに」
無念そうに叫ぶ白鳳を、腕組みをしたアックスとお目付役が取り囲み、完全に逃げ場を塞いだ。主人が新たな弁解を探す前に、フローズンは機先を制して言い渡した。
「・・・・白鳳さま、盗賊団のテントを汚してはいけません・・・・」
「うむ、速やかに片付けるべきだ」
「待ってよ、散らかしたのは親分さんじゃない。なぜ、私がっ」
「諸悪の根元に拒否権があるとお思いですか」
「きゅるり〜」
「うううっ」
書類を紙屑に変えたのはアックスだ。こっちが掃除する筋合はない。とは言うものの、この状況で堂々と反論する勇気は出なかった。アックス単独であれば、腕ずくで押し切れても、強かなお供がいる以上、形勢逆転はまず不可能。下手に抗って、いっそう痛い目に遇うより、ゴミ拾いに甘んじた方がまだマシだろう。
「仕方ありません。手ずから掃除してあげますから、箒とちりとりを貸して下さい」
白鳳は妥協して、アックスに言いかけたが、期待した反応は返ってこなかった。
「んなものあるかっ!ひとつ残らず、手で拾い集めろっ!!」
「が〜〜〜〜ん!!」
仮にあろうと、誰が出すものか。生来の性悪猫に楽をさせては、後々タメにならない。茫然とへたり込む白鳳を置き去りにして、アックスたちはどでかプリンが鎮座するダイニングテーブルへ移動した。やむなく白鳳は片付けを開始したが、怒りに任せて粉砕された書面は、四方八方に散らばり、存在を確認するのも一苦労だ。
「わ〜ん、わざと細かく千切って、ばらまくなんて、親分さんのいけず〜っ」
予想以上に作業が面倒だと悟った白鳳は、恨みがましく絶叫したが、もはや誰ひとり見向きもしない。優雅なティータイムを堪能する連中を横目に、飛び散った紙片を、ちまちま拾い集める白鳳だった。
COMING SOOM NEXT BATTLE?
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