*特別な日常*



綺麗にラッピングされた包みを6つ抱え、白鳳は帰途を急いでいた。停留所でうしバスを降りれば、今宵の宿まで5分とかからない。外は仄暗くなっていたが、まだ彼方の景色ははっきり見える。ふざけて小突き合う近隣の子供たちとすれ違った。
(まさか、明るいうちに帰って来ちゃうとはねえ)
わざわざ、市街まで出掛けたのに、寄り道ひとつしていない。まるで、お目付役に厳しく監視されたような、清く正しい時間の過ごし方だ。イベントに浮き立つ大通りの風景を思い出し、白鳳は喉の奥でくくと笑った。
(一年に一度のクリスマスイブなのに)
無論、白鳳が街へ繰り出したのは、買い物のためなどではない。聖夜を共に祝う相手をゲットするため、うしバスを乗り継ぎ、繁華街へやって来た。白鳳が出発する時、スイ、まじしゃん、ハチはツリーを綺麗に飾り付け、神風、フローズン、オーディンはささやかな宴の準備を始めていた。我関せずのDEATH夫を除く、4人と2匹は白鳳を快く送り出してくれたけれど、誰もが心なしか寂しげに見えた。せっかくのクリスマスを、マスターたる白鳳と一緒に祝いたいと望むのは、当たり前の感情だろう。しかし、別行動に物足りなさを覚えたのは、彼らだけではなく、白鳳もまた、同様だった。意気揚々と獲物を探し始めた白鳳だったが、行き交う男性を見ても、なぜか気持ちは高揚しなかった。華やかなショーウインドーを見るたび、胸に浮かぶのは、宿へ残した弟と従者のことばかり。大陸で有名な洋菓子店のクリスマス限定セットが目に止まり、ついつい人数分購入したのが運の尽き。両手が塞がった白鳳は、自由に身動き取れず、やむなくオトコ漁りを断念して、街を後にしたのだ。
「あ〜あ、歓楽街を素通りして・・・愛の狩人の名が泣くよ」
未練がましくぼやいてはいたが、白鳳はさして後悔していない。山あり谷ありの道中を経て、白鳳と男の子モンスターたちの結び付きは、いつしか単なる主従の域を越えていた。彼らは忠実な僕であり、頼れるナイトであり、家族のごとき、掛け替えのない存在だ。ハンティングは明日でも明後日でも出来る。恋人と過ごすクリスマスも心惹かれるが、たまには慣れ親しんだ連中と、健全な一夜を過ごすのも悪くない。行きずりのオトコより、私心なく尽くしてくれるお供の方が遙かに大切ではないか。
(私の贈り物、喜んでくれるといいな)
白鳳がプレゼント持参で戻ったら、弟やメンバーは驚きつつも、きっと歓迎してくれるに相違ない。材料の関係で凝ったものは無理でも、シンプルなケーキを焼いて、パーティーに華を添えてもいい。木々の間に宿のとんがり屋根が覗き、白鳳の歩みは一層早まった。



「ただいまぁv」
日が暮れる前に、自ら帰還した白鳳を見て、室内の誰もが我が眼を疑った。いつもなら、糸の切れた凧のごとく、夜通し獲物を求め、彷徨い続けるのに。
「きゅるり〜?」
「おっ、はくほーが戻って来たぞ」
「抱えてる荷物はひょっとして、僕たちへのプレゼントかなっ!?」
「・・・・こんな時間に、いかがなさいました・・・・」
「具合でも悪いのか」
大好きな主人が登場して、年少組は手放しで喜んだけれど、フローズンとオーディンはあり得ない事態に首を捻っている。神風が真っ先に歩み出て、白鳳の荷物を恭しく受け取った。
「随分、早いお帰りでしたね」
決して、皮肉で言ったのではない。日頃は私情を表さない神風だが、視線や口調の端々に喜色が滲み出ている。フローズンたちとて、訝しげにしていても、嬉しい誤算と思っているのは明らかだ。白鳳はやはり、己の選択は間違っていなかったと確信した。が、詰まらない見栄を捨て切れない悲しさ、白鳳は芝居がかった物言いで、ハンティング中止の理由を言い繕った。
「地域一の大都市のくせして、低レベルのオトコばっかり。これだったら、約1匹を除いて美形揃いの僕たちと過ごした方が遙かに有意義だよ」
実のところ、こうした表現は、なりふり構わずアタックしたにもかかわらず、玉砕した負け惜しみとして使われる場合も多い。さんざん聞き慣れたセリフなので、メンバーの返答には、すでに完璧なテンプレが出来ている。
「・・・・白鳳さまに釣り合う殿方がおいでにならなくて残念でした・・・・」
「運命の相手には、そう簡単に巡り会えませんよ」
「とにかく、無事に戻られて良かった」
なけなしの自尊心を傷付けないよう、気遣って慰めるフローズン、神風、オーディン。腐れ××者を必要以上に甘やかす連中を、ソファに座ったままのDEATH夫が呆れ顔で眺めている。温かくフォローされ上機嫌の白鳳へ、神風がおもむろに問いかけた。
「この包みは何です?」
「まじしゃんが言った通り、クリスマスプレゼントのお菓子だよ。予算の都合上、たいしたものは買えなかったけど」
白鳳の答えを聞くやいなや、まじしゃんとハチは飛び上がって喜んだ。
「わ〜い、白鳳さまのプレゼントだっ」
「かあちゃん、オレのことも忘れなかったんだな」
「言っとくけど、お前はあくまでおまけだから」
言い終わらないうちに、先細りの指がぷっくりほっぺを軽くつつく。相も変わらず、ハチをみそっかす扱いする白鳳を、神風はぴしゃりと叱りつけた。
「白鳳さま、またハチに冷たくして」
「違う、違う、かみかぜ、知んないのか。こゆのツンデレって言うんだぜー」
「「「「・・・・・・・・・・」」」」
「きゅるり〜」
いったい、こういう濃い単語をどこで覚えてくるのやら。スイを含めた周囲は声もなく、目を白黒させている。ハチのとんちんかんな対応に、白鳳はすっかり毒気を抜かれ、我知らず紅唇を綻ばせた。
「ぷっ、お前にはかなわないねえ」
「でへへー」
ハチはにんまり笑いながら、躊躇いなく両手を差し出した。白鳳はちっこい手にそっと包みを乗せてやった。ハチに負けじと、まじしゃんも贈り物を求め、身を乗り出した。
「僕も、僕もっ」
「はいはい」
白鳳からプレゼントを貰い、ハチとまじしゃんは大はしゃぎだ。喜ぶ彼らを見遣りつつも、分け前を要求しない残りのメンバーへ、白鳳は明るく声をかけた。
「ほら、皆も遠慮しないで」
「・・・・はい・・・・」
「ありがとうございます」
「かたじけない」
「きゅるり〜♪」
お目付役たちが包みを手にした後も、DEATH夫ひとり素知らぬふりを崩さない。もちろん、DEATH夫にも受け取って欲しいが、彼の性格を考えると、仲間の眼前で無理やり押し付けて良いか迷うところだ。
(1対1になった時、こっそり渡した方がいいかもしれないなあ)
死神への方針に悩む白鳳の傍らへ、どんぐり眼をくりくりさせてハチが飛んで来た。
「はくほー、オレが渡してやるかんな」
「あ、ハチ」
白鳳の手から荷物を奪い、ハチは一直線にソファまで持っていった。
「ですおのもあるぞー」
「余計なことを」
言葉とは裏腹に、DEATH夫はハチが届けた贈り物をすんなり受け容れた。拒まれると危惧していたので、白鳳は素直に嬉しかった。全てに無関心なDEATH夫でも、ほんのちょっぴりイベントの雰囲気を感じているのだろうか。ほっと安堵の息を吐く白鳳だったが、ふと、形の良い鼻腔を、食欲をそそる香りがくすぐった。
「おや・・・美味しそうな匂いがするけど、パーティー用のオードブルセットでも取り寄せたの?」
白鳳不在と認識していたなら、お祝いをすべく、出来合いの総菜に頼ってもおかしくない。フローズンの指導で日々、賢く倹約しており、イベントに使える蓄えはあるはずだ。
「いえ、簡単なものですが、我々で作りました」
「えっ、ホント!?」
神風の説明を聞き、白鳳は素っ頓狂な声をあげた。まさか、お供たちが手ずから料理をこしらえるとは、予想だにしなかった。



従者に導かれ、隣室へ入ると、大きなテーブルの上に出来たての料理が並んでいた。手巻き寿司、シチュー、野菜の煮物、マリネ風サラダ、果物の盛り合わせ。初心者らしく、凝った一品はないが、定番の献立は人を選ばないし、何より香味溢れる湯気が理屈抜きで食い気を誘う。
「わあっ、美味しそうv」
お世辞や演技で出た歓声ではない。料理名人からすれば、野菜の切り方や盛り付けは改善の余地があるものの、家庭料理のレベルなら全く差し支えない。優れ者たちが未知の作業に苦闘する姿を想像し、白鳳はうっとり眼を細めた。主人の称賛に、男の子モンスターとスイはややはにかみながら、事情を補足した。
「皆でメニューを相談して、本を参考に挑戦してみました。宜しかったら、一緒に召し上がりませんか」
「うむ、めったにない機会だし、我々の日頃の感謝の印と思って欲しい」
「・・・・白鳳さまの足元にも及ばないお粗末な出来ですが・・・・」
「でも、材料選びや味付けはハチのおかげで、合格点に達してるんじゃないかなっ」
「はくほーには負けるけど、結構、美味いぞー」
「きゅるり〜」
料理の量を見れば、彼らが白鳳の分も作ってくれたことはすぐ分かる。ちょうど出来上がったところに思いがけず主人が現れ、喜びを隠せなかったのは当然だろう。白鳳もまた幸せを実感しつつ、いそいそと食卓へ近づいた。目で楽しむ部分はあるが、料理の命はやはり味だ。試食せずして、正しい評価は下せまい。もっとも、仮に味がイマイチだとしても、彼らの真心の価値はいささかも損なわれないが。
「じゃあ、味見させてもらおうかな」
白鳳は各料理を小皿に少しずつ乗せ、順番に口へ運んだ。DEATH夫以外の一同が熱く見守る中、素材の質、火加減、味付け等をじっくり吟味する。
(どれどれ・・・手巻き寿司は種が新鮮だし、ご飯は酢が主張せず、まろやかな仕上がり。シチューと煮物は十分火が通って、飽きの来ない薄味がいい感じ。サラダのドレッシングも程良く染み、素材を引き立ててるね)
野性の本能に基づいたハチの仕事に間違いはない。他のメンバーの手堅い調理と相俟って、贔屓目なしに上手の域へ到達していた。
「おいし〜い♪マジで料理初挑戦とは思えないよ」
白鳳に手放しで褒められ、お供&スイは会心の笑顔と共に頷き合った。
「良かったっ、白鳳さまに認められてっ」
「不慣れな我々を気遣い、点を甘くしてくれたんでしょう」
「・・・・それでも、最低ラインに届いたようでほっといたしました・・・・」
「何事も全員で力を合わせれば出来るものだ」
「んだんだ」
「きゅるり〜」
おのおののコメントに、耳を傾けていた白鳳は、オーディンが言った”全員”という単語が気になった。全員というのは、正真正銘5人と2匹なのだろうか。
「ねえ、ちょっと聞いていい」
「何です?」
「全員で作ったって言うけど・・・」
言い差して、真紅の瞳があからさまに黒ずくめのシルエットを見遣った。生活能力も意欲も皆無なDEATH夫が、ご馳走作りに協力したとは考え難い。しかし、白鳳の素朴な疑問をいち早く察したハチは、短い両手を振り上げて切り返した。
「ですおもちゃんと手伝ったぞ」
「ふぅん、いったい何を担当したのさ」
DEATH夫に肩入れするハチの証言は、どうも信憑性に欠ける。フローズンに頼まれ、庇っているのかもしれない。白鳳はやや意地悪い物言いで問いかけたが、ハチはこれっぽちも怯まず、腹を突き出す威張りポーズで、堂々と言い放った。
「ドレッシングの最後のスパイスを3回振ったー」
「・・・・・・・・・・」
協力と名付けるには、あまりにもささやかな作業に、白鳳はしばし絶句した。主人の複雑な面持ちを見て、まずいと感じたのか、フローズンが慌てて付け加えた。
「・・・・ス、スパイスも料理の仕上げには大切です・・・・」
「説得するまで苦労したんだぜっ」
「きゅるり〜っ」
ハチの叫びに呼応して、スイが声を張り上げた。確かに、スパイスの小瓶を握らせるため、仲間はさぞや苦労したに違いない。フローズンとハチの粘りに屈し、DEATH夫が嫌々瓶を振る姿がくっきり瞼に浮かぶ。今までの経緯を振り返れば、DEATH夫がスパイスを入れてくれただけで十分だ。スパイスの件に関し、白鳳はこれ以上追求しないことに決めた。



「本当にありがとう。私にとって、一番のクリスマスプレゼントだよ」
白鳳は料理が大好きだし、食事作りを面倒だと思った記憶は一度たりともない。でも、調理にかかる手間暇を知るからこそ、従者とスイの厚意に真底、感謝していた。個性豊かなお供に恵まれたおかげで、何気ない日常の中でも、時折、予期せぬサプライズがあるものだ。
「白鳳さまに喜んでもらえて、とても嬉しいです」
「・・・・事前に練習出来れば、もっと高度なメニューも作れたかもしれません・・・・」
「うむ、少々残念だ」
「きゅるり〜」
「ううん、初の本格的調理でこれなら立派立派。きっと、素質があるんだよ」
料理は持って生まれたセンスが物を言う部分も大きい。三界一の食いしん坊がバックアップした点を差し引いても、そつのない仕上がりを見たら、彼らの高い資質は認識出来る。再び、最大級の賛辞を受け、まじしゃんはキラキラと眼を輝かせた。
「僕でも白鳳さまみたいな名人になれるかなっ」
「なれるなれる。定期的に作ったら、どんどん上達するって」
「んじゃ、オレたち、また挑戦しようかなー」
「きゅるり〜」
「ぜひ、勧めるよ!!なんなら、来年の正月からでも・・・・」
まじしゃんとハチのやる気に付け込み、親切顔で言い差した白鳳へ、傍らから神風の容赦ないツッコミが入った。
「まさかとは思いますが、白鳳さま、我々をおだてて、料理を当番制にして楽しようと、目論んでいるんじゃないでしょうね」
(ぎくぅ)
食事作りは楽しいが、根っから怠け者なだけに、あわよくばという期待があったのは否めない。けれども、白鳳のやり口を熟知した紺袴の従者に、せこい企みは通用しなかった。白鳳は内心の動揺を抑えつつ、抑揚のない口調で返した。
「そ、そんなわけないでしょ。皆の隠れた才能を伸ばそうとしただけさ」
「・・・・才能ですか・・・・」
「どうも怪しいぞ」
「きゅるり〜。。」
「うふふ、美しさに加え、多才な僕を持って、私は果報者だよv」
神風のみならず、フローズン、オーディン、スイの疑惑の眼差しが胸に痛いが、白鳳はとことんしらばくれた。言質さえ取られなければ、こっちのものだ。
(危ない、危ない。最後まで口に出さないで助かったよ)
神風の発言のタイミングが、わずかに早くて命拾いした。クリスマスまでお小言攻撃を喰らっては堪らない。しかも、運良く、まじしゃんとハチが場に相応しい助け船を出してくれた。
「こうして、白鳳さまも帰って来たし、温かいうちに早く食べようよっ」
「そだそだ、オレ、もう腹ぺこだかんな」
「うん、心尽くしのご馳走を冷めないうちに、味わわせてもらわなきゃね」
値千金の可愛い誘いに乗り、白鳳はそそくさと食卓に付いて、甲斐甲斐しく全員のシチューを装い始めた。白鳳のある種の既成事実作戦に、神風たちは仕方なく匙を下げた。
「上手く逃げましたね、白鳳さま」
「・・・・今日のところは許して差し上げましょう・・・・」
「せっかくのクリスマスだしな」
「きゅるり〜」
聖夜効果か、今日ばかりはお目付役の追及の矛先も鈍い。白鳳主従は和気藹々とテーブルを囲んだ。DEATH夫も珍しく団欒を拒絶せず、フローズンとハチの間に座っている。果汁100%ジュースでの乾杯を合図に、和やかな宴が幕を開けた。飾り付けたツリーに絡まる色とりどりの灯りが点滅する。いつもの夕食とはひと味違う、華やいだ雰囲気が辺りに漂った。
(いい気分・・・・・不毛なハンティングにさっさと見切りを付けて良かった)
恋人同伴のクリスマスも素敵だけど、気心の知れた仲間と祝うのもまた楽し。出口が見えない道中、今の従者と出会えたことは望外の喜びだ。彼らがいたからこそ、過酷な旅を挫けずに続けて来れた。いつの日かスイの解呪を達成した暁には、皆にも揺るぎない幸福を掴んでもらいたい。
「よ〜し、食事が終わったら、大きなケーキを焼こうか」
「おおおっ、やた〜♪」
「僕も手伝うよっ」
「きゅるり〜っ」
白鳳の申し出にハチ、まじしゃん、スイが瞬時に反応した。残りのメンバーも期待を込めて、紅いチャイナ服を見つめている。やはり、お祭りには白鳳特製ケーキが欠かせないようだ。任せておけとばかり、白鳳はにっこり微笑んだ。


FIN


 

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