*MAYSTORM〜5*



スイの解呪という目的がなければ、モンスターハンターの道は選ばなかったろう。捕獲対象が美形揃いなのを慰めに、満足な修行もせぬまま旅を始めた。しかし、自称の域を出ぬ駆け出しハンターが、手加減攻撃→捕獲の高等技術を使えるわけがない。敵の強さを見極める手立てもなく、闇雲に仕掛けては、痛い目に遇う繰り返し。世界中の男の子モンスターどころか、一地域の種族収集すら困難に思われたが、そんな空回りの日々を一変させたのが、神風との出会いだった。彼は労を惜しまず、白鳳に戦闘のイロハから教えてくれた。白鳳に無謀な挑戦をさせず、レベルを超えた相手との戦いを許さなかった。
(思えば、神風には随分、迷惑かけたよねえ)
いくら良き師匠に教授されても、実戦はなかなか理屈通りにいかない。当初は敵の攻撃を避けるのが精一杯で、技を繰り出すタイミングを逸したり、せっかく調べた弱点を失念したりして、ピンチに陥る場面もしばしばだった。そのたびに神風の手を煩わせたものだが、彼はイヤな顔ひとつせず、にこやかに励ましてくれた。ささやかな進歩でも、必ず褒め言葉を忘れなかった。白鳳自身の強い意思に加え、お調子体質の主人を知り尽くした神風の賢い導きもあって、白鳳の戦闘力は飛躍的に向上した。元来、器用で運動神経も優れているし、良くも悪くも、本気になった時の集中力は桁外れだ。更に、神風とはタイプの異なる猛者を迎え、モンスターの知識も交えて、多角的な指導を受けられたのも幸運だった。客観的に見ても、今の白鳳はモンスターハンターとして、超一流の腕前を誇り、普段の捕獲であれば、5分程度の力でこなせよう。ゆえに、吊り橋への特攻は、決して玉砕戦法ではない。相手との力関係を十分、検討した上で、もっとも効果的な戦法と判断したのだ。事実、橋を目前にして、生肝に伝わる気は、明らかに一般モンスターのそれだった。たとえDEATH夫が傍観者に徹しても、まず引けを取る場面はあるまい。
「どうやら、お出ましみたい」
闖入者が接近する気配を察し、雄叫びと共にモンスターがのっそり現れた。情報通り、いずれもダンジョンでお目にかかった連中だ。力自慢の物理攻撃系が3体と中級程度の魔法使いが1体。レベルもさることながら、既知の敵なので、攻防パターンがほぼ分かるのも与しやすい。白鳳は瞬時に手順を組み立てた。まずは魔法攻撃を阻止しよう。ダンジョンでの戦いを振り返ると、他の連中は動きが鈍重で、攻撃をかわすのは簡単だ。間接攻撃さえ防げたら、間違いなく、無傷で勝てる。DEATH夫が見ているのだから、ただの勝利ではアピール不足だ。敵に影も踏ませない、華麗なる鞭の舞を目指なさくては。幸い、魔法系は物理攻撃に弱い。大技を1発当てれば、すぐ粉砕出来るだろう。
(魔法使いを片付けた後は、相手の出方に応じるかな)
あまり窮屈に対応策を考えると、予期せぬ事態が生じた場合、かえってパニックになりかねない。何事も臨機応変が一番だ。敵が魔人の使徒クラスであればともかく、一般モンスター相手なら、培われた実戦経験が身体を勝手に動かしてくれる。優秀な従者に恵まれた数年の旅路は、白鳳をここまで成長させていた。
(DEATH夫にぐうの音も出させないよう頑張っちゃう)
吊り橋へ踏み出す直前、白鳳は銀の糸を乱して振り返ると、待機するDEATH夫を一瞥した。鈍い光を湛えた視線は、はっきりこちらへ向けられている。彼の注目を確認するやいなや、白鳳はしなやかな触手を手に、揺れる足元をものともせず駆け込んだ。



鞭を振り上げた瞬間、白鳳はDEATH夫の存在も、村人(男限定)を侍らせる未来図も、跡形もなく消し去った。頭を空っぽにして、ただ本能のみで相手の挙動を見切り、跳躍しつつ鮮やかなラインを形作る。
「天龍の紋!!」
計画通り、最初に魔法使いを葬り去ると、後は白鳳の独壇場だった。パワー以外取り柄のないモンスター連中を、縦横無尽の動きで翻弄する。一見ひ弱そうな人間の凄腕に圧倒されたモンスターは、空振りの攻撃を繰り返すばかりか、焦りで同士討ちの醜態まで見せた。半ば自滅気味に体力を消耗した輩は、静止した的も同然で、とどめを差すのに3分とかからなかった。
「やれやれ、食後の運動にもなりゃしない」
折り重なって倒れたきり、ピクリとも動かないモンスターを背に、白鳳は悠々と吊り橋を凱旋した。強めの向かい風が実に心地よい。これで村人は遠回りせずとも、街へ行き来出来るようになった。彼らは白鳳を恩人として、崇め奉るに違いない。けれども、白鳳がもっとも気掛かりなのは、DEATH夫の評価だった。モンスターを一蹴するのも、村人(男限定)にちやほやされるのも確定事項だが、DEATH夫の称賛が得られるかどうかで、達成感がまるっきり変わってくる。黒いシルエットは白鳳が戦いに赴く前と、寸分違わぬ場所にいた。ぼやけた顔が明らかになるにつれ、白鳳の胸の鼓動は激しく高鳴った。
(どうかなあ)
白鳳は紅の双眸を凝らして、DEATH夫の表情をうかがった。日頃と同じポーカーフェイスで、白鳳の戦いぷりに対する印象は感じ取れない。そもそも、無表情がデフォルトな彼の心中を察するのは至難の業だ。見抜けるのは盟友たるフローズンと、野性の嗅覚を持つハチくらいなものだろう。しかし、現在、フローズンもハチもいない。白鳳は自力でDEATH夫の評価を聞き出さなければならなかった。自分では贔屓目なしに抜かりはなかったと思う。が、悪魔界で命のやり取りをしてきたDEATH夫の基準は、もっと厳しいに決まっている。ただでも、DEATH夫が手放しで他者を褒めたシーンを見た記憶がなかった。
(だ、ダメかもしんない。。)
リズミカルに橋を戻った白鳳の足取りは、いつしか囚人のように重苦しくなっていた。でも、DEATH夫との距離は縮まる一方で、直接対峙は避けられない。白鳳は彼への適切な呼びかけをあれこれ想定してみた。
(誇らしげに言い切って、突き放されると惨めだし、やっぱ、”見てた?”あたりが無難かなあ)
出陣前の意気込みはどこへやら。方針に沿って戦えたにもかかわらず、すっかり弱気モードになっている。悪魔界のマスター云々を抜きにしても、他の従者とは異なり、なぜかDEATH夫にはあからさまに主人面出来ない。キレた時の過激な振る舞いも恐ろしいが、彼の全身から立ち上るある種の貫禄に気圧されるのだ。
(わ〜ん、もう逃げられないっ)
妙案も浮かばぬまま、とうとうDEATH夫との間隔が1メートルを切ってしまった。頭が沸騰した白鳳は、一言もなく呆然と氷の面を見遣った。ところが、DEATH夫の反応は思い掛けないものだった。
「よくやった」
「え」
DEATH夫から労いのセリフなど聞いたことはない。白鳳は現状が到底信じられず、あっけに取られたまま、気の抜けた声を漏らした。口を半開きにした間抜け面の主人に、DEATH夫は再び言い放った。
「よくやったと言っている」
「ほ、ホント?」
褒められた実感が湧かず、白鳳はDEATH夫を怖々と見上げた。面持ちには微塵も険がない。未だに納得していない白鳳に気付いて、DEATH夫は仄かに金の瞳を細めた。
「ああ、お前は強くなった」



辛辣なDEATH夫が皮肉抜きで褒めてくれた。様々な出来事を経て、同行者を露骨に疎むことはなくなったが、主人とは程遠い白鳳に対し、ストレートに賛辞を口にしたのは初めてだ。驚きのあまり、不自然な姿勢で固まっていた白鳳だったが、徐々に喜びがこみ上げてきた。
(嬉しい〜v)
DEATH夫の褒め言葉は、並みのオトコ数人分の一夜に値する。源泉のごとき満足感に浸り、白鳳は屈託なく破願した。が、肝心のDEATH夫はあっさり能面に戻っている。相手との極端な温度差を知らされ、白鳳は、ふと我に返った。
(これじゃあ、DEATH夫の方が立場が上だよ)
実のところ、日頃と変わらぬ力関係なのだが、白鳳からすれば、主人面出来ないのはまだしも、主人面されるのは不愉快極まりない。己の程度も顧みず、プライドだけはいっちょまえの白鳳は、直前の感激もどこへやら、DEATH夫の無礼な態度をなじった。
「待ってよ。なぜ、私より偉そうなわけえ」
「実力が上だから当然だ」
「曲がりなりにも、私はマスターなんだよ。もっと敬った言い方があるでしょうが」
足元で恭しく跪き、最高級の称賛と共に、たおやかな手に口付ける。それが白鳳の理想だったが、ぶっきらぼうなDEATH夫に望むのは酷だ。にしても、目下扱いされて面白いはずがない。白鳳はぷうっと頬を脹らませた。けれども、DEATH夫は白鳳の腹立ちなどどこ吹く風で、そっけなく切り返した。
「褒められて嬉しそうにしてた」
「なにさ、嫌なコ」
図星を突かれて、白鳳は悔し紛れにあかんべをしたが、DEATH夫は呆れてもくれず、低い声で言い渡した。
「役目は済んだ。戻るぞ」
「だから、指示するのは私だってばっ」
負けず嫌いでワガママな白鳳は、他者に主導権を握られる展開が我慢できない。モンスターを倒した以上、残された予定は宿に帰るしかないのだが、DEATH夫の命令には従いかねた。ここは自ら劇的イベントを起こしてやる。白鳳はぱっちり目の媚びモードで、DEATH夫に厚顔な要求を持ちかけた。
「ねえ、真底よくやったと思うのなら、ご褒美ちょうだいv」
正直、DEATH夫の逆鱗に触れてもおかしくない頼みだが、一か八かの賭けだ。心に収めて後悔するなら、告って玉砕する方がマシ。ムダに前向きな白鳳らしい信条だった。そのくせ、微妙に逃げ腰で、DEATH夫の様子を伺っているのが情けない。
「褒美?」
DEATH夫は怪訝そうな顔をしたが、決して怒ってはいない。白鳳は勇んでもう一押しした。
「うん、いいでしょ」
「そうだな」
「やったぁ、ラッキー♪」
言ったもん勝ち。白鳳の脳裏にこんな言葉が刻まれた。まさかDEATH夫が承諾してくれるなんて。皆のアドバイスを素直に受け容れ、地道に修行を積んで良かった。戦闘の申し子たるDEATH夫には、百の甘言より一の戦勝が効果的なようだ。今までは根本的にアプローチを誤っていたのかもしれない。もっとも、大切なのは次段階だ。無骨なDEATH夫に任せていたら、意に添う報酬は期待出来ない。白鳳は先手を打って、選択肢を提げるつもりだった。一夜の契り、火遊び、愛人契約等、五感がときめく特典はいくらでもある。どうせ、××人生、いつも当たって砕けっぱなしなのだ。野望は壮大な方がいい。挫折に慣れている白鳳は、ファイト満々に肩をそびやかした。ところが、白鳳の提示を待たず、あり得ない事態が発生した。DEATH夫の長い指がゆるりと伸ばされ、白鳳のおとがいへかけられた。意図が飲み込めず、きょとんとしているうちに、彼の薄い唇が白鳳のそれにひんやり触れたではないか。
(えええええっ)
時間にして1秒あるかないかだったが、白鳳は不覚にも頭が真っ白になった。お得意の舌を使った高等テクニックも忘れ、ぽかんとする白鳳に引き換え、DEATH夫は何事もなかったように、淡々と言いかけた。
「これでいいか」
「ほえ〜。。」
白鳳のニーズを聞いたわけでもないのに、褒美がキス。こんな僥倖があっていいのだろうか。お気楽な白鳳もすぐには実感出来ず、手の甲をぎゅっとつねってみたが、涙目になるほど痛いから現実に相違ない。DEATH夫との接吻は、妄想でもなければ、白日夢でもなかった。



いつも取りつく島もなかった。白鳳が関わったオトコの中で、一二を争う難攻不落な死神。彼の称賛のみならず、キスまでゲットして、普段なら浮かれポンチとなり果てるところだが、生来のお調子体質でも、そこは百戦錬磨の強者だ。白鳳はすぐDEATH夫の行動の根拠を探った。
(う〜ん)
DEATH夫の口付けはドアを開くごとき、事務的なアクションで、手慣れてはいたが、情熱は微塵も感じられなかった。冷静に考えれば、気働きのないDEATH夫が、白鳳の望みを察知した可能性は薄い。基本的に色恋沙汰に興味がないのだ。にもかかわらず、白鳳に報奨を求められ、迷わずキスしてきたのは、自分の経験に基づいて行動したからに他ならない。すなわち、DEATH夫自身がマスターに同じ褒美を貰っていた、と白鳳は結論づけた。
(む、む、ムカつく〜っっ)
またもやマスターとの艶事を想起させられ、白鳳は嫉妬と悔しさで地団駄踏んだが、何代にも渡る繋がりがある以上、多少の瑕疵はやむを得まい。とにかく、DEATH夫自ら口付けしてくれた事実に注目すべきだ。たとえ実力を認めようと、白鳳を嫌悪していれば、絶対キスなどしない。
(上品で麗しい主人の健気な努力が、DEATH夫の氷の心を溶かしたんだ)
ご都合主義の解釈は白鳳の得意技のひとつだ。歴史的な一歩を踏み出したのだから、キスだけで済ませてたまるものか。白鳳はイケイケで、続くステップへ飛び移った。
「もし、私がもっと強くなったら、どんな素晴らしい褒美をくれる?」
「何が言いたい」
「たとえば、夜伽とか組んずほぐれつの絡みとか愛の四十八手とか、いろいろあるじゃない」
白鳳は満面に喜色を湛え、幻のハートを撒き散らしつつ、暑苦しく語った。が、白鳳を待っていたのは、快い承諾ではなく、大鎌の鋭い切っ先だった。
「いい気になるな」
「ええ〜っ、接吻の次はボディランゲージしかないじゃん」
従者たちに限らず、誰が相手だろうと速攻で肉体関係へ誘導するから、稀にいい雰囲気になっても、秒速で逃げられるのだ。DEATH夫は逃げこそしなかったが、踵を返すと、冷ややかに吐き捨てた。
「ふん、くだらん」
「た、タダでとは言わないよ。私の極上の魂を捧げちゃうからさっ」
お目当てに見放されかけ、白鳳は大慌てで交換条件を口にした。この時点で、もはや褒美とは別物だし、良き主従関係から遠ざかる一方なのだが、チャンスにしがみつくあまり、ただでもまともとは言えない判断力を失っている。白鳳の捨て身の申し出を聞き、蜜色の虹彩が緩く伏せられた。
「本気か」
「本気も本気、大本気だよ。こんな上質の魂は二度と手に入らないよ」
白鳳は黒服の正面に回り込み、艶っぽい流し目で真剣さをアピールしたが、DEATH夫は彼には珍しく、声を荒げて叱りつけた。
「バカ、少しは考えろ」



魅力全開で迫った甲斐もなく、DEATH夫に罵倒され、白鳳は顔をしかめてふてくされた。
「いきなりバカはあんまりじゃない」
「悪魔に魂を売った者の末路を知っているのか」
「さあね、死んだ後のことなんて関心ないもん」
「悪魔王の一部にされて、輪廻の輪から外れる」
「それが何か?」
「他の生物みたいに転生も出来なくなる」
狩られた魂のなれの果てを説明すると、DEATH夫はじっと緋の双眸を見据えた。しかし、能天気な白鳳は事の重大さをこれっぽちも理解していなかった。
「私は現世で美味しい生活が送れればいいの」
運良く、転生したところで、DEATH夫やハチとは違い、前世の記憶を持ち越せそうにないし、人間に生まれるかどうかさえおぼつかない。ならば、白鳳一代をとことん享受した方がよっぽど有意義だ。白鳳の後先考えない享楽主義ぶりに、さすがのDEATH夫も呆れた風にそっぽを向いた。
「小難しいこと言ってないで、私と懇ろになっちゃおうよ。最上レベルの魂と引き換えなら、マスターも大目に見てくれるって」
態度で拒絶を示されてもめげず、なおも追いすがる白鳳を、DEATH夫は刺々しく突っぱねた。
「誰が割の合わない取引をするか」
言い終わるやいなや、DEATH夫は白鳳をひとり残し、宿へ向かって歩き始めた。
「あっ、DEATH夫、待って」
叫び声を無視して、早足で去るDEATH夫を、白鳳は小走りで追い掛けた。並びかけても一瞥もしない。暢気過ぎる白鳳に対し、苛立っているのだろう。
「もうっ、そんなに怒らなくてもいいじゃない」
「・・・・・・・・・・」
この様子では宿屋までの道中はもちろん、当分、話をしてくれそうにない。中盤、意外な盛り上がりを見せたのに、結局、負のイベントで締めくくられてしまった。けれども、白鳳はさして落胆していなかった。DEATH夫が機嫌を損ねたのは、白鳳が関係を迫ったからではなく、軽々しく魂を差し出すと宣言したからだ。腐れ××者でも魂は魂。DEATH夫のノルマを果たす助けにはなる。それをきっぱり拒んだのは、白鳳の魂が狩りの対象外となった証拠だ。マスターに忠実なDEATH夫が、使命に背いてまで、白鳳の軽率な決意を覆そうと努めてくれた。物理的な口付けもさることながら、DEATH夫の不器用な思い遣りが、白鳳に深い感銘を与えた。
(うふふ、なんだかいい気分♪)
半日程度の道行きだったが、初めてDEATH夫との確固たる絆を感じ、白鳳は嬉しく満ち足りていた。一度たりとも振り向かぬDEATH夫の背中を眺めつつ、紅唇をほんのり綻ばす白鳳だった。


FIN


 

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