*お祭り気分〜親白編*
もの悲しいヒグラシの鳴き声が、暑さを和らげてくれる夕暮れ、白鳳一行は国境を越え、とある村に到着した。こぢんまりした佇まいではあるが、新しい木の匂いが漂う建物も、行き交う人々も皆、活気に溢れている。親子連れが談笑する声に混じって、リズミカルなお囃子が聞こえてきた。
「どうやら、今日は祭りみたいですね」
遠くには提灯や派手な下がりの飾り付け、さらに出店の準備をしている姿も見える。こんな胸弾む光景を無視して、宿に直行ではあまりに趣がない。
「せっかくだから、少し遊んでいこうか」
「うわ〜、嬉しいなっ」
「やった〜っ!!!!!」
「きゅるり〜♪」
元々、イベント好きな主人の提案に、年少組&スイはストレートに喜びを表したが、大蔵大臣は浮かない顔で、おずおずと口を開いた。
「・・・・大変言いづらいのですが、今の我々には余計な出費は出来ません・・・・」
「げげ〜ん!!」
「僕たち参加出来ないのかあ」
「ねえ、いつの間に予算不足になっちゃったわけ?」
ハチやまじしゃん以上にショックを受けたらしく、白鳳は口を尖らせながら問いかけた。間髪を容れず、傍らの神風が呆れ顔で返してきた。
「白鳳さまがそれを尋ねるんですか」
「えっ、えっ、何?」
従者のしれっとした視線を浴びても、まだ思い当たらず首を捻る白鳳に、DEATH夫がそっぽを向いたままで吐き捨てた。
「一昨日、お前が闇市で妙なものを買ったからだ」
「・・・・身に付けただけでモテまくる神秘のお守り・・・・」
「あっ、そう言えば」
ここまで具体的に指摘されて、ようやく思い出したようだ。
「大事な路銀を持ち出して、胡散臭いインチキ商品を買うとは」
「ま、まだ、インチキかどうか分からないじゃないか」
「効果があれば、とっくの昔に我々からも、熱いアプローチをされてます」
「うううっ」
神風の言う通りだ。しかも、村に向かう道中でも、ステキな紳士との甘い出来事など欠片もなかった。認めたくないが、またもや海千山千の店主の口車に乗って、金を騙し取られてしまったらしい。したたか者を気取っていても、育ちの良さが見え隠れするばかりか、年に似合わぬロマンチストな部分を持つ白鳳は、闇商人の格好の狙い目だった。
「全て自らが蒔いた種です。さあ、速やかに宿へ行きましょう」
「あんなに屋台が並んでるのに〜っ」
「オレっ、オレっ、悔しいぜー」
「あ〜あ、詰まらないなあ」
自業自得の主人はともかく、未練たっぷりに会場の方を見遣る年少組には心が痛んだが、無い袖は振れない。今回は諦めてもらうしかない。断腸の思いで、華やかな一帯に背を向けかけた白鳳主従だったが、その時、虫が一声かけた。
「はくほー、あれ見ろや」
「ん?」
ハチが移動した先には看板があり、手書きの大きなポスターが張られていた。
「ふむふむ・・・美人コンテスト&大食いコンテスト開催」
共に優勝商品は会場のフリーパスとなっていた。つまり、これさえ入手すれば、屋台の軽食やゲームを無料で心行くまで堪能出来るわけだ。
「ふふふふふ、美人コンテストねえ」
白鳳の真紅の瞳がきらりんと輝いた。
「白鳳さま、まさか・・・・・」
伊達に5年近くもお供していない。主人の目が不気味な光を放ったときは、ロクでもない企みに酔いしれているのだ。悲しいかな、従者のこの手の予感は、未だかつて外れたことがなかった。
「決めたっ!私、美人コンテストに出場しようっとv」
「きゅるり〜。。」
ああ、やはり。神風のみならず、誰もが苦々しい面持ちで、大張り切りの紅いチャイナ服を見た。しかし、白鳳にまだ夢を抱いているまじしゃんとハチは、止せばいいのに、煽るような励ましの言葉を叫んだ。
「白鳳さまなら優勝間違いなしですよっ」
「うんうん、すげー美人だかんなっ!!」
「まじしゃんもハチもよく分かってるねえ♪」
まさに我が意を得たりと、たおやかな手が優しく彼らの頭を撫でた。
「えへへ」
「でへへー」
「バカを調子に乗せるな」
無邪気に喜ぶひとりと1匹に、DEATH夫がぴしゃりと釘を差す。さらに、オーディンが遠慮しつつも、主人が知らない振りをしている常識を口にした。
「美人という言葉はそもそも女性に使うものだと思うが」
「女性に限るとは書いてないじゃん」
「・・・・言うまでもないから、書いてないだけです・・・・」
「今どき、性別限定なんて差別だよ。真の美貌の持ち主が優勝してこそ、コンテストを催す意義があるってものさ」
内心、皆の正論にたじろぎながらも、しつこく異を唱えた白鳳だが、従者たちの賛同を得るどころか、石つぶてを思わせるきつい文句が次々飛んできた。
「屁理屈は止せ」
「・・・・村の人だっていい迷惑です・・・・」
「往生際が悪いですよ、白鳳さま」
「嫌だ、宿になんか帰りたくないっ」
方向転換させるべく、二の腕を掴んだ神風の手を振り解き、困った主人はなおも抵抗を続ける。どうしたものかと一同が処遇に悩んでいると、やはり諦めがつかないのか、まじしゃんがこんな風に切り出した。
「まだ、大食いコンテントがあるよっ」
絶好のタイミングで出された助け船に、白鳳は素早く乗り込んだ。
「よし、大食いコンテントにハチを出そう」
「おうっ、オレやるぜー」
今までもハチは各地の大食い&早食いコンテストで圧勝し、パーティーの苦しい懐を幾度となく救ってきたのだ。白鳳の美人コンテスト参加と違って、道徳的にほとんど問題ないし、出来るなら年少組の望みは叶えてやりたい。さすがに神風たちもこの提案を突っぱねたりはしなかった。
「分かりました。では、ハチが見事優勝したら、皆でお祭りを楽しみましょう」
「わ〜いっ」
「良かったぁ」
「きゅるり〜」
村での夜をどう過ごすかは自分の頑張り次第。主人や一部の仲間の期待を肌で感じたハチは、誇らしげにぽっこりお腹を突き出した。
「ま、食い物のことならオレに任せとけっ」
どうにか方針が定まり、一行は参加手続きをするため、コンテント会場目指して歩き出した。来場者の利便を考え、ところどころに場内の地図や各スポットを示す張り紙があり、おかげでさして苦労せず目的地へたどり着けた。
「あの〜、すみません」
「何だい」
受付と書かれた紙が垂れ下がる机を見つけ、いそいそと近づいた白鳳主従だが、いきなりハチに名乗りを上げさせたりしない。曲がりなりにも男の子モンスターだ。相手によっては拒否反応を示すこともあり得る。
「大食いコンテストの参加登録はこちらでしょうか」
「そうだが、まさかお前さんが出るのかね」
「いえ、出場するのは彼です」
主人にぐっと後押しされ、オーディンが仕方なく数歩前進した。小山のような巨体に圧倒され、主催者側はどう対応したものか困惑している。男の子モンスター云々以前に、こんな迫力十分の猛者がいたら、選手だって恐れをなして集まらない。
「ちょっとっ、男の子モンスターはいかんよ」
「おや、人間オンリーとは書いてありませんでしたけど」
「そ、それはそうだが。。」
どこかで聞いた理屈をこねて、肩をそびやかす銀髪の青年。素朴な村人たちは、言い負かすことも追い出すことも出来ず、顔を見合わせ閉口している。
(うふふ、悩んでる、悩んでる)
ここですかさず妥協する振りをして、本命を登場させるのが常套手段なのだ。相当質の悪い作戦だと百も承知だが、神風たちも背に腹は代えられぬと、心で頭を下げながら黙認状態だった。
「でしたら、このコはどうですか」
繊細な指先でひょいと摘まれた一寸の虫。懐っこい笑顔を振りまきながら、深々と頭を下げる。
「おばんです」
主催の面々はしばらくハチを凝視して考え込んでいたが、程なく数人が私見を述べた。
「これだけちっこいのならなあ」
「男の子モンスターでも、苦情が出る心配はなかろうて」
誰が見ても掌サイズのハチが、オーディン以上の食欲を誇るとは気付くまい。まんまと目論みとおり事が運び、白鳳はしてやったりとほくそえんだ。
「ハチに登録させてもいいんですね」
納得した村人から要項を記載するペンを受け取った時、不意に聞き慣れたキンキン声が背後で幾重にも響き渡った。白鳳の右手が我知らずピクリと反応した。
「おやぶん、頑張って〜」
「必ず優勝してくださいっす」
「早く綿あめや焼きそばをたくさん食べたいなあ」
「おいら、考えただけで、もうお腹が鳴って来たぞー」
さらにけたたましい騒音を掻き消す、聞き飽きた野太い声。
「へっ、見たところ、骨のありそうなヤツもいやしねえ。こんなコンテスト、楽勝に決まってらあ」
申込書を埋めつつ、視線だけ流す。4色バンダナを率いたドレッドの大男が、くっきり瞳に映った。これまで至るところで鉢合わせしたけれど、今夜遭遇するとは思わなかった。コンテストを彩るスパイスとしては役者不足かもしれないが、ちょっと面白くなってきた。白鳳は手櫛で銀の糸を梳きながら、おもむろに盗賊団の前に姿を現した。
「誰かと思えば、親分さんとボクちゃんたちじゃないですか」
「げっ!!て、てめっ、どうしてここにいやがるんだ!?」
「あ、姐さんだー」
「姐さん、お久しぶりっす」
友好的な子分連中に引き換え、アックスひとりが警戒心で身を固くしている。無理もない。白皙の悪魔に会えば、獲物か身体のいずれか、下手すると両方を奪われる。アックスにとって、白鳳はもはや疫病神以外の何物でもなかった。にもかかわらず、その動向が気にかかり、ついつい関わり合ってしまうのだ。
「親分さんのお目当てはフリーパスですよね。祭りの露店を楽しむ稼ぎもないなんて、ボクちゃんたちも気の毒に、ふう」
己の状況をまるっきり棚に上げ、白鳳は小馬鹿にしたように言いかけた。
「う、うっせえっ!!余計なお世話だっ!!!!!」
いきり立ったアックスは腹の底から声を張り上げた。地を震わせんばかりの怒りは、周囲の人々の注目を集め、その中に書きかけの申込書を放ったきり、スイまで置いて失踪した主人を捜す神風たちもいた。
「白鳳さま、どこほっつき歩いて・・・・・あっ、親分さん、こんばんは」
「きゅるり〜」
「おう、相変わらず大変そうだな」
たまに関わり合うだけでも寿命が縮む思いなのに、四六時中一緒にいて、面倒を見ている彼らの心労はいかばかりか。同行する男の子モンスターたちには、むしろ同情を禁じ得ない。
「・・・・あなた方もコンテストに出場なさるのですか・・・・」
「”も”ってこたあ、おめえら・・・」
「フリーパスは僕たちのものだよ」
「オレ、絶対優勝するかんなっ」
「なんでえ、おめえらの代表はこのちっこいのか」
えへん顔で腰に手を当てたハチをまじまじ眺め、アックスは拍子抜けした風に肩を竦めた。確かにプリンの食べっぷりは豪快だが、大食いコンテストで勝つ体躯ではなかろう。相手の心理状態を見て取ったのか、白鳳がおっとりと切り出した。
「身体の大小で判断するのは間違いです。図体だけでかくて、役立たずの見本がすぐ目の前にいるじゃありませんか」
当てつけがましく侮りの眼を向けられ、イヤでも誰の説明をしているか悟らされる。
「ひょっとしてオレのことじゃねえだろな!?」
「ひょっとしなくても貴方しかいないでしょう」
「こ、この××野郎っ!!今日という今日は勘弁なんねえっ!!!!!」
意地悪く目を細め、高らかに笑う姿に、アックスの堪忍袋はあっさり破裂した。一瞬、コンテストのことも忘れ、眼前の肢体に掴みかかったものの、優雅なステップでたやすくかわされてしまった。ありったけの気合を込めても、敵との実力差は如何ともし難い。
「戦う相手が違いますよ。親分さんの相手はハチですから」
「おやびん、手加減しないぜー」
ハチが両手をぶんぶん回して、にぱっと笑った。
「てめえは高みの見物ってわけか」
「ええ、私は肉体労働は苦手ですので」
「へっ、本当は自力でオレに勝てねえから、上手くごまかしたんだろが」
「聞き捨てなりませんね」
アックスの挑発的な物言いに、白鳳の整った眉が露骨にたわめられた。彼らの間に広がる不穏な空気を察し、従者たちはもちろん、鈍くさいバンダナ連中まで、緊張でゴクリと息を飲んだ。
「ちび助なら負けても言い訳出来るからな」
「オレ、負けないぞっ」
「・・・・・分かりました」
心に波風が立ったところに畳み掛けられ、元来、気が長くない白鳳は思い定めたごとく、褐色の大男をきっと睨み付けた。目が完全に据わっている。
「何が分かったってんだ、ええっ?」
「コンテストには私が出ます」
「きゅっ、きゅるり〜っっ」
驚愕のあまり、神風の手から転げ落ちそうになるスイ。子分たちも歓迎しがたい急展開に、ざわざわと落ち着かない。
「おおっ、親分と姐さんが戦うのか」
「こりゃあ、大変なことになったぞー」
一方、白鳳パーティーとて主人の決断をすんなり認める様子はない。先の見通しもなく、感情に任せて口にしたのは分かり切っている。
「白鳳さま、場の勢いでそんな無茶を。。」
「・・・・考え直された方が・・・・」
「うむ、誰にも向き不向きはある」
「お腹壊しちゃいますよっ」
「勝手にしろ」
約1名を除き、皆、速やかな前言撤回を望んだが、負けず嫌いなだけでなく、妙なところで意地っ張りな白鳳は、賛同を得られないとますます意固地になった。
「いいえ、下僕に遅れを取るのは、私のプライドが許しません」
「だ、誰が下僕だっ、このっ!!」
「あらゆる局面で完膚無きまでに叩きのめして、人としてのレベルが違うと思い知らせてやらなければ」
ここまでムキにならなくてもと、従者たちは半ば目を逸らし加減だが、裏返せばそれだけアックスを強く意識している証拠だ。ふたりの言動を事細かに観察するうち、罵り合いが憎悪から発するものではないと分かったので、以前みたいになり振りかまわず制止することもなくなった。
「オレはっ、オレはどうなるんだようっ」
白鳳の決断で出番を取られたハチが、顔に縦線を作って、あたふたと絶叫した。1匹だけ思いっ切り悩みの視点がずれている。
「ハチは今回お休み」
「げげ〜ん!!あんまりだ〜っっ」
両手で頭を抱え、この世の終わりでも来たごとく、がっくりうずくまる仕草は、キャラクターのせいか、悲痛さよりも滑稽さの方が勝っている。でも、食べることが生き甲斐のハチにとって、活躍の場を失った嘆きはもっともだ。冷たい指先で、ぷっくりほっぺを撫でつつ、白鳳はにこやかに言いかけた。
「私がフリーパスさえ手に入れれば、食べ放題なんだから、もう少しだけ待っておいで」
「あ、そっか。よ〜し、はくほー頑張れよなっ」
腹一杯ご馳走を平らげることさえ出来れば、コンテストの優勝なんて二の次三の次だ。根っから単純思考のハチは、白鳳の一言であっけなく代表の座を捨てた。
食欲自慢、あるいは賞品目当ての出場者が揃い、いよいよコンテストが始まろうとしていた。制限時間の20分で、握り飯をもっとも多く食した者が優勝だ。集まった連中の大部分は筋骨隆々の逞しい体つきだったが、やせの大食いという喩えもある通り、食事量は必ずしも体格と比例しない。白鳳だって勝算があると踏んだから、ハチを押しのけて、参加を決めたのだ。
「おやぶ〜ん、優勝っすよ〜」
「頑張れっ、おやぶ〜ん!!」
「きやーきゃー、わーわー!!」
バンダナ軍団の限りなく騒音に近い応援がひときわ目立つ。可愛い子分たちが一心不乱に声援を送る様子に、アックスは豪快に手を振って応えた。
「ふん、余裕を見せていられるのも今のうちですよ」
にしても、たとえ応援団とはいえ、アックスに負けるのはシャクだ。さっそく男の子モンスターたちに、白鳳コールのひとつもさせなくては。指示を与えるべく、白鳳は張り切って振り返ったが、そこに控えていたのはハチとスイだけだった。
「あれ?皆はどうしたのさ」
「御神輿を見に行っちったぞー」
「きゅるり〜」
「ひ、ひどいっ」
コンテストを観戦するより、のどかな祭りの風景を楽しむ方が、価値ある時間を過ごせると思われたなんて。白鳳シンパのまじしゃんも、初めて目にする御輿の魅力には勝てなかったらしい。
「がははははっ、こいつ、男の子モンスターにも見放されてやがらあ」
「・・・私の勝利を確信しているから、神風たちも安心して席を外せるんですよ」
虫と小動物しかいない応援席をアックスにからかわれ、内心の衝撃を隠して、どうにか切り返した。でも、2匹は小さい体全体を使って、声を限りに応援してくれる。主人を置き去りにして、御輿を追いかけて行った薄情者とは大違いだ。
「さて、身の程知らずの下僕を軽く捻ってやりますか」
「けっ、後で泣きを見ねえといいがな」
めらめらと燃えさかる炎を背負う勢いで、激しく睨み合うふたり。そんな殺伐とした雰囲気の中、笛の合図と共にコンテストは開始され、選手はてんこ盛りの握り飯に挑みかかった。グローブのような掌で、お握りを次々と口内に押し込むアックス。他の参加者と比べても、一番のハイペースなのは間違いない。対する白鳳は多少体裁を気にしているのか、所作に優雅さを失っていないが、食べる速度はかなりのものだ。
「これなら楽勝だぜ」
梅干しの種をぷっと吐き出しながら、アックスは口の端を上げて笑った。周囲の食べっぷりを横目で見ても、こちらを圧倒する猛者は誰ひとり見当たらない。
「親分、凄いぞ〜」
「ファイトっす〜」
「らぶ、おやぶ〜んv」
4色バンダナの浮かれた声に奮い立ち、両手で握り飯の山を捌くアックスだったが、15分を過ぎたあたりから、急激にペースが落ちてきた。不意に凄まじい満腹感が押し寄せたのだ。開始直後から何も考えずバカ食いした選手は、体内で暴れる波にことごとく戸惑い、焦っているようだ。
「ふふふ、人間の胃腸はすぐに食物を認識しないんですよ」
料理の達人だけあって、白鳳は消化のプロセスも知り尽くしている。突然の飽腹も承知していれば、普通に受け止められる。おたおたする選手たちを尻目に、白鳳はどんどんお握りの山を減らして行った。皆の現状で食べた数を目算して、ギリギリで勝てるくらい放り込めばいい。余裕綽々の天敵に追いつかれそうになり、ぎょっとしたアックスは御飯を喉に詰まらせ、げほげほと吐き出す始末だ。
「あああ、親分、大丈夫かな」
「なんか、姐さんの方が多く食べてるみたいだぞー」
盗賊団の声援のトーンが徐々に落ちてきた。一方、白鳳の応援団は2匹と思えないほどのテンションで、絶叫を場内に響かせる。
「行け〜っ、はくほー!!!!!」
「きゅるり〜っ!!!!!」
程なく終了のホイッスルが鳴り、選手の成績はテーブルに付いた係員が、その場で確認した。アックスは終了間際のロスが祟り、15個と半分に留まった。そして、猛然と追い上げた白鳳は・・・16個。
「わ〜い!勝ったっ、勝った〜っっ!!」
「やった〜っ♪」
「きゅるり〜っ♪」
出場者の大半が食べ過ぎで、すぐに動けないほどの状態なのに、白鳳はハチやスイと手を取り合って、勝利の喜びで踊り回っている。
「く、くそおおぉぉっ」
またもや憎っくき××野郎の軍門に下り、悔しさ余って、アックスはテーブルを力任せに蹴飛ばした。見下すごとき紅の視線が無念さを増幅させる。
「貴方ごときが私に勝とうなんて、しょせん無理なんですよ、うふふふふ」
「ぐぬぬ・・・」
心底嬉しげに高笑いされ、歯噛みしたものの、負けは負けだけに返す言葉もない。しかも、優勝賞品のフリーパスまでまんまと持っていかれ、バンダナ連中もガックリ肩を落としている。
「おいらたち、屋台を見て回れないんすか〜」
「うわ〜ん、林檎飴もハッカパイプも買いたかったのに〜」
「ううう、腹減ったよう」
「す、すまねえ。こんなはずじゃなかったんだが。。」
己の敗北はさておき、子分たちの期待に添えなかったのが心苦しい。空きっ腹を抱えた彼らをどう宥めるか、頭を痛めるアックスの前に、清しい紺袴が似合う白鳳の従者がすたすたとやって来た。
「良かったら、これを使って下さい」
「おめえ、こりゃあフリーパスじゃねえか」
「はい、そうです」
アックスは事情が飲み込めず目を白黒させている。フリーパスを差し出した神風を、白鳳は強引に遮った。冗談じゃない。下僕にいい目を見させてなるものか。
「なぜ、余計なことするのさっ」
主人より御輿を選んだばかりか、敵に塩を送るなんて、どういう了見だろう。白鳳は目を三角にして、神風を見据えたが、彼はふっと目を細めると、白い頬を飾っていた御飯粒を摘んだ。
「おべんと付いてます」
「あ」
そのまま米粒を口にした仕草に毒気を抜かれ、腹立ちの罵声も続かなくなった。主人の感情が落ち着いたのを察すると、神風は諭すように言いかけた。
「我々がふたつ持っても、仕方ないですよ」
発言は理に適っているが、すぐにはうなずきかねた。そもそも神風所有のパスの出所が不明だ。白鳳の指示もなく、偽造品などこしらえるわけないし、年少組を除けば出店に全然、固執していなかった。
「いったい、このフリーパスはどこから」
疑惑の眼差しで尋ねた紅いシルエットは、続く一言でぺしゃんこになった。
「フローズンが美人コンテストで優勝したんです」
「えええっ!!」
アックスを打ち負かした喜びは一瞬のうちに霧散した。結構、いい加減な大会だったのだ。男の子でもモンスターでもノープロブレムなら、自分だって大威張りで参加出来たのに。衝撃と後悔で身体を震わせる白鳳の前に、当のフローズンを始めとする一同が、談笑しながら戻ってきた。スイを抱きかかえたハチがにこにこ顔で出迎える。
「ふろ−ずんも優勝かっ、凄いなー」
「きゅるり〜」
2匹の祝福を受けても、フローズンは笑みひとつ見せず、むしろ困り気味にポツリと呟いた。
「・・・・私は固辞したのですが・・・・」
奥ゆかしい仲間に代わり、まじしゃんが己の手柄みたいに胸を張った。
「満場一致で優勝だったんだよっ」
「うむ、フロ−ズン以上の美人がいるはずない」
可憐な肢体の後ろで、だらしなく顔を緩めるオーディンの豹変振りに、白鳳はあっけに取られた。
(美人は女性にしか使わないって言ったくせにっっ)
フローズンが対象になった途端、前言撤回するなんてあんまりだ。一途な想いはよく分かるけれど、コケにされたようで気が収まらない。いや、この際、些細な事柄は置いておこう。とにかく、メンバーの理解が得られなくても、堂々と美人コンテストに出れば良かったのだ。
「く、悔しいっ・・・フローズンが優勝するなら、私だってエントリーしていれば」
「いいえ、無理です」
神風にはっきりきっぱり言い切られ、白鳳の不快指数は極限まで上昇した。頬を目一杯脹らませて、からむような口調で問いかける。
「何を根拠にそこまで断言出来るのさ」
「白鳳さまは余計なアピールをして、審査員の心証を悪くするに決まってます」
主人の行動形態を熟知した鋭い見解に、誰もが感嘆の声を漏らし、首を深く縦に沈めた。
「うむ、十分あり得るな」
「・・・・絶対です・・・・」
「あるあるあるー」
「きゅるり〜」
「し、審査員には白鳳さまの魅力は伝わりにくいんですよねっ」
最後のまじしゃんの言葉だけは、フォローに取れないでもないが、決して神風の主張を否定していない。
「に、憎ったらしい〜っっ」
主人を崇める意見が少しも聞かれぬムカつきに、白鳳は駄々っ子みたいに足を踏み鳴らす。とその時、これまで無関心を貫き、全然口を開かなかったDEATH夫が、ハチと白鳳をまじまじ見比べ、あざ笑うごとく告げた。
「要するに、お前らはお笑い系ってことだ」
「が〜〜〜〜ん!!!!!」
根っからのひょうきん者とひとくくりにされ、しなやかな身体はショックでぐらりとよろめいた。その傷口に塩を塗り込む哄笑が、無遠慮に耳へ飛び込んできた。
「だ〜っはっはっはっ、確かに片や美人コンテスト、片や大食いコンテストじゃなあ」
「うるさいっっ!!!!!」
完全にキレた白鳳の回し蹴りが、握り飯でパンパンになったアックスの鳩尾へ、まともに炸裂した。
「ぐああっ」
危うく食物が逆流するのをぐっと堪えて、褐色の巨体はその場にうずくまった。大好きな親分を気遣い、4色バンダナがわらわらと周りを取り囲む。
「ああっ、おやぶ〜ん!!」
「白鳳さま、八つ当たりはみっともないですよ」
「きゅるり〜っ」
「ふ〜んだ」
耳に痛い従者と弟の叱責に反発して、そっぽを向く仕草はコドモそのものだ。進歩のない主人を持て余し、大きな息を吐くと、神風は気を取り直して、アックスに頭を下げた。他のメンバーも申し訳なさそうに、アックスを見遣っている。
「親分さん、済みません」
「別におめえらが謝るこたあねえぜ」
「・・・・いえ、いつも親分さんには迷惑かけてます・・・・」
「せめてもの詫びに、これは盗賊団で使ってくれ」
「ホントにいいのか」
改めて一行からフリーパスを手渡され、まだ躊躇するアックスを促すべく、ちっこい虫がぱあんと腹鼓を打った。
「あたぼうよっ!!」
「きゅるり〜」
「すまねえな。恩に着るぜ」
不満たらたらの主人に口を挟ませず、男の子モンスターたちはパスを快く盗賊団に進呈した。彼らの笑みにわだかまりも消え、アックスも遠慮なくプレゼントを懐に入れた。紆余曲折あったものの、念願叶って、子分たちは手放しで喜んでいる。
「これで食べ放題だぞー」
「ばんざ〜い、ばんざ〜い」
「最初は綿あめかなー、それともお好み焼きかなー」
白鳳に敗北したときは万事休すと諦めたが、心おきなく腹ごしらえさせてやれそうだ。主人とは似ても似つかぬ情の深い連中だと、アックスが感激したのも束の間だった。まだ膨れっ面の白鳳をひとり残し、従者たちはだんだん後退りしているではないか。
「というわけで、白鳳さまをお願いします」
「きゅるり〜」
「ああっ!?そりゃ、どういう意味だっ」
何のことはない。フリーパスと引き換えに、××野郎の世話を押しつけられたらしい。アックスと小競り合いをしている限り、一般の村人に手出しして、迷惑をかけることもない。少しでも主人の尻拭いをしたくない、彼らなりの生活の知恵だった。
「・・・・では、我々はこれで・・・・」
「パスを落とさないよう気を付けて下さいねっ」
「おやびんと仲良くな〜」
「朝帰りでも何でも好きにしろ」
「我が儘は5分くらいに控えた方が」
「きゅるり〜」
それぞれ簡単なアドバイスを投げかけると、白鳳とアックスが止める間もなく、そそくさと露店が立ち並ぶ通りへ移動し始めた。
「あ〜っ、ちょっとぉ!!どうして私をこんな下僕のところへ残して行くのさ〜っ」
紅唇が叫んでも喚いても誰ひとり振り返らず、脱兎のごとく人波の中へ紛れてしまった。
すでに会場は闇に包まれ、お囃子と歓声が響き渡る喧噪の中、白鳳はナタブーム盗賊団とぼんやり佇んでいた。ふと、アックスと顔を見合わせる形になったが、すぐつ〜んと踵を返した。
「むさ苦しい大男が側にいたら、お祭り気分が台無しですよ」
「それはこっちのセリフだっつーの」
あさっての方向に目をやり、冷たい戦争を続けるふたりだが、お腹を空かせた真ん丸ほっぺの集団は、大人の事情など知ったこっちゃない。とっとと屋台巡りをしたくて、アックスのジーンズの足元にまとわりついた。
「おやぶ〜ん、もう、おいらたち腹ぺこだー」
「早く出来たてのご馳走、食べたいっす」
「ヨーヨー掬いもやりたいっす」
「おう、分かった分かった」
「その前にこれは返してもらいます」
言い終わらないうちに、たおやかな手には不釣り合いな力が、盗賊団のフリーパスをもぎ取った。どうあっても彼らに僥倖を与えたくないようだ。
「てめっ、何しやがる!?」
「パスは我々がコンテストで頑張った証です。貴方たちに譲る理由はありません」
「ええ〜っ、姐さん、そんなあ」
「おいらたちと来てくれたんじゃないっすか」
「一緒に屋台回りましょうよ〜、姐さ〜ん」
美とはほど遠いけれど、素朴で純真な瞳が、白鳳を直向きに見つめてくる。チャイナ服を取り囲む色とりどりのバンダナ。親分の次に大切な姐さんを心から慕って、甘えてくる連中を、容赦なく打ち据える真似はさすがに出来なかった。勝手気ままに見えて、案外、面倒見のいいところもあるのだ。
「・・・・・なら、特別にボクちゃんたちには使わせてあげましょう」
「わ〜い、やった〜♪」
「姐さんと一緒だぞー」
「おいら、嬉しいっす」
「バ、バカっ!勝手に決めてんじゃねえっ!!××野郎となんか、一緒に歩けるかっ!!」
悪魔と行動を共にする羽目に陥りかけ、アックスは状況を打破しようと、荒っぽく異を唱えたが、赤バンダナのひとりから予想もしないカウンターが繰り出された。
「だって、最近、姐さんと会わないから、凄〜く心配してたじゃないっすか」
「うっ」
「そうそう、ダメ元で祭りの群衆の中を探してみるって言ってたっすよ」
「げげっ」
嘘がつけない子分たちの包み隠さぬ証言に、褐色の掌は思わず頭を抱えた。傍らの真紅の瞳がぱあっと輝き、険の取れた面を柔らかくほころばせた。
「うふふ・・・親分さん、もう身も心も私のとりこじゃないですかv」
くすくすと含み笑いを漏らしつつ、白鳳はアックスの筋肉を纏った腕に、自らのそれを絡みつけた。ごつい体躯が柄にもなく狼狽える様を逐一観察して、意地悪な虹彩は実に楽しそうだ。
「そ、そんなんじゃねえっ!!俺はただ腐れ××の犠牲者を増やすまいとなっ」
「無理しない無理しない。貴方の人生で私ほどの美人と腕を組んで歩く機会は二度とないんですから」
「けっ、大食いコンテストで優勝したヤツが聞いて呆れらあ」
「お黙り」
「ぐえっ」
力任せの肘鉄がアックスの脇腹にめり込んだ。まだ、無念さが払拭できないらしく、白鳳は拳を握り締め、唇を震わせて力説した。
「貴方とさえ会わなければ、私が美人コンテストに出場して圧勝してたのに。ああ、もおっ」
口惜しさで身悶える紅いシルエットとは裏腹に、アックスは胸の奥でほっとしていた。白鳳が審査員や観客に色目を使うのも、美貌だけに惹かれた輩に付きまとわれるのも面白くない。直接対決でまたも敗れたのは残念だが、フリーパスは入手できたし、全て結果オーライだ。
「ま、良かったか」
「え」
アックスが漏らした一言に反応し、白鳳がついと小首を傾げた。
「な、何でもねえっ。ほれ、行くぞ、てめえら」
「あいあいさー!!!!!」
銀髪の麗人に寄り添われ、仄かに赤面した大男に率いられた集団は、居並ぶ屋台の真っ直中へ、賑やかな歓声をあげながら入っていった。
COMING SOOM NEXT BATTLE?
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