*お祭り気分〜セレ白編*



待つのと待たされるのなら、待つ方が遙かに気が楽だ。自然に育まれ、逞しく成長した稲穂や作物を眺めつつ、秋の収穫に思いを馳せるのは心地良いし、彼の人の元気な姿を目にした瞬間を想像して、ひとり口元を緩めるのも悪くない。もし、今頃、約束の場所へひた走っていたら、相手の不安な心情を気遣うあまり、必要以上に胸を痛め、己を責めていたことだろう。実のところ、旅慣れた白鳳は万事にアバウトだし、上手な時間の潰し方も知っている。にもかかわらず、待ち合わせをしたときは、必ず彼を迎える形にならないと気が済まないセレストだった。
(また、うし車が遅れてるのかな)
今日はルーキウス王国の夏祭り。数年前に始まったばかりで、収穫祭ほどの大規模な催しではないが、広場を中心にイベント用の簡易ステージや露店が並び、皆のお祭り気分を盛り上げる。8時過ぎには城をバックに大きな花火も打ち上げられる予定だ。働き者の住民も、今日は仕事を早めに切り上げ、続々と会場に集っている。時折、屋台の準備を手伝ったりして、恋人の登場を心待ちにしていたものの、陽が完全に沈んだあたりで、さすがに心配になってきた。
(どうしたんだろう、白鳳さん)
周辺の交通事情と言えば、日に数回、うし車の定期便が通るくらいだ。事故があったとは考えられないし、むしろ可能性があるとすれば急な病か。
(そう言えば、前に仮病で呼び出されて、他国へ駆け付けたことがあったなあ)
ワガママで気まぐれな恋人は、たまに突拍子もない悪戯を仕掛けてくる。しかも、ほとんど邪気がないカナンと異なり、自らの行いがもたらす効果を承知の上でやるから始末が悪い。振り返れば、ここしばらく大人しかったし、まさか何か企んでいるんじゃあるまいな。不意に胸騒ぎに襲われ、せわしなく動くセレストの両の瞳を、背後から小さからぬ掌が覆った。
「あ」
「だ〜れだv」
やや掠れ気味の声を聞かずとも分かった。瞳に染みるひんやりした感触は間違いない。待ち人来たる。遅刻しておいて、詫びの一言もないのはもう慣れた。この程度のおふざけなら可愛いものだと、セレストはほっと胸を撫で下ろした。
「白鳳さん、子供みたいことを・・・・・」
やや咎める風に言い差すと、被せられた繊細な指先をぎゅっと握った。紅唇から含み笑いが軽やかに流れる。
「ふふふ、こんなにあっさり背後を取られるようじゃ、修行が足りませんねえ」
「きゅるり〜」
セレストにも言い分はあったけれど、恋人が無事着いた安堵と喜びで、全て水に流そうと決めた。まだたおやかな手を放さぬまま、青いシルエットはゆっくり振り返ったが、白鳳が見慣れぬ衣装を纏っていたので、思わず目を見張った。



紺地に大きめの紫陽花を散りばめた浴衣が涼しげだ。えんじ色の帯のところには、広場で配布されたグリーンハニーの団扇が挿してあった。アップにした髪に飾った朱色の簪や漆塗りの下駄が、肌の白さをよりいっそう引き立てる。いつもの出で立ちとはひと味違った、しっとりした風情が性別を超えた色香を醸し出していた。
「どうですか、お祭りに合わせて新調したんですよ」
「とても似合ってます」
「ああ、良かった。わざわざJapanから取り寄せた甲斐がありました」
期待通りの答えに、白鳳は我が意を得たりとばかり、優雅に微笑んだ。しかし、しなやかな肢体を包む単衣はどう見ても女物だ。彼の機嫌を損ねるつもりはないが、セレストは躊躇いがちに小声で付け足した。
「あの・・・・・これ、ひょっとして女物では」
「女性だってメンズの服を着たりするでしょう」
「は、はあ」
「店の人も絶賛してくれたし、何ら問題ありません」
「きゅるり〜。。」
セレストの指摘に恥じ入るどころか、めかし込んだ自分を見せびらかすごとく、誇らしげに闊歩して行く。すでに性別の壁など存在しない彼に対し、男女の区別を語るなんて、まるっきり意味のない行為だったようだ。確かに白鳳の浴衣姿は全く違和感がないし、その美貌と相俟って周囲の女性を圧倒する華があった。
「あ〜あ、せっかく気合を入れて装ったのに、貴方が相も変わらぬ服装ではねえ」
色違いの浴衣で仲良く歩くカップルが目に入るやいなや、白鳳は整った眉をたわめながら切り出した。
「騎士団の一員である以上、万が一のアクシデントに対応出来ないといけませんから」
「玄関に鍵もかけないのんきな国の祭りに、非常事態なんて存在するものですか」
白鳳の見解は正しい。セレストとて99.99%平穏無事に終わるとは思うが、人生に絶対がない以上、最低限の心構えだけはしておかなければ。
「でも、今日はセレストを見直しましたv」
「え」
険しい面持ちをふわんと崩し、白鳳がもの柔らかな笑顔を見せたので、セレストは訳が分からず首を捻った。年上の想い人は些細なことで気分も表情もころころ変わり、常にこちらを困惑させる。
「だって、余計なおまけが付いてない」
「おまけって、カナンさまですか」
セレストからすれば大切な主君でも、白鳳にとってはただのお邪魔虫である。
「てっきり坊ちゃんと一緒だと思ったんですけど」
「きゅるり〜」
カナンがもっとも喜びそうな行事なのに、よく彼を残して来たものだ。カナンが単独で行くと主張しても、無理やり護衛に馳せ参じて嫌がられるのが、本来の図式ではないか。恋人の立場としては悔しいけれど、過保護なセレストがカナンを放っておくとは思いがたい。
「もしかして坊ちゃん、おいたが過ぎて外出禁止になったとか」
「カナンさまは先に露店を回っていらっしゃいます」
予想外の返答に白鳳は真紅の瞳を見開いた。
「おや、ひとりで行かせたんですか」
「おひとりではありません。リナリアさまとシェリルが一緒です」
「ああ、道理で」
ある意味、セレストよりもよっぽどしっかり者のシェリルが付き添っていれば、まず心配なかろう。それでも、なお違和感を覚えずにはいられなかった。カナンを差し置いて、自分の元へ来てくれたのは嬉しいが、そんな器用な立ち回りが出来ないところが、良くも悪くもセレストの持ち味なのだ。
「今に分かります」
「?」
「さ、行きましょうか」
訝しげな顔をした相手の心中を見透かしたのか、セレストが苦笑混じりに言いかけた。照れながら差し出された腕に、たおやかな手がしっかりとしがみつく。下駄を履いているせいで、足元がおぼつかないらしく、寄りかかるように身を預けてくる仕草が妙に愛くるしく、新鮮に思えた。



大道芸人が奏でる弦楽の音色を聴きながら、通りに足を踏み入れた途端、セレストが主君に執着しなかった理由が判明した。狭い国の一角にちんまり設けられた屋台や露店だ。全景を難なく見渡すことが出来、誰がどこにいるかすぐ分かった。
「カナンさまたちは射的屋の前を歩いておられます」
「なるほど・・・これなら、わざわざ付きっきりで監視する必要もありませんねえ」
「万が一、見失ったとしても、情報提供者はいくらでもいますし」
場内の人間は皆、顔見知りな上、セレストの役目や立場を熟知している。やんちゃな王子が立ち寄った店も購入した品物も、尋ねもしないのに全部教えてくれた。
「ほら、坊ちゃんたちがこちらに来ますよ」
カナンは白格子柄、姫とシェリルは揃いの金魚柄の浴衣を着て、団扇や綿あめを片手に語り合っている。話に夢中なあまり、白鳳たちに全く気付かないようだ。水を差すのも無粋なので、敢えて声をかけなかった。すれ違いざま、3人の微笑ましい会話が聞こえてきた。どうやら、これから金魚すくいに挑戦するつもりらしい。
「え〜と、こちらだったかしら」
「姉上、逆、逆」
あさっての方向へ曲がろうとする姫を慌てて引き止めるカナン。
「リナリアさま、金魚すくいは左端ですよ」
「変ねえ、さっきお城で案内図を見たのに」
「入り口で場所も確かめたんだ、普通間違えないけどなあ」
「ん〜、カナンとシェリルがいてくれて良かったわ」
心強い同行者たちに素直に謝意を述べ、おっとりと微笑む姫に、シェリルが明るく声をかけた。
「じゃあ、さっそく参りましょう」
「僕が皆の分まで掬ってやるから任せておけ」
「まあ、頼もしいわね」
大張り切りのカナンに率いられ、浴衣美人ふたりが後に続く。背中でふんわり揺れる姫の豊かな金髪。それをぼんやり眺めるセレストの脇腹に、がんと肘鉄が打ち込まれた。
「痛っ」
「今、私を差し置いて、姫に見惚れてませんでしたか」
「そ、そんな、見惚れるなんて」
「いいえ、確かにうっとりしてましたっ」
女性に興味のない白鳳から見ても、姫の浴衣姿は可憐で人を惹きつける魅力があると思う。けれども、最愛の恋人を目の前にして、一瞬でも他の異性(同性ならなおのこと)に興味を移すとは許し難い。自分はつまみ食いし放題のくせに、白鳳は切れ長の目をきっとつり上げ、セレストを睨み付けた。
「白鳳さん、済みません。俺が悪かったです」
「でしたら、今日の費用は全部セレスト持ちということで」
「は?」
「きゅるり〜。。」
経緯は違えど、気付けば収穫祭のときと同じ展開に嵌っている。かといって、形勢をひっくり返す反論が閃くわけもなく、大人しく軍門に下るしかなかった。相手を全面降伏させて気が済んだのか、白鳳はあっさり機嫌を直し、出店を物色し始めた。
「このチョコバナナ、買いましょう」
「はい」
「焼きイカも美味しそう♪」
「はいはい」
主君を凌ぐ、ご無体な恋人の要求に従い、セレストはあちこちの露店で散財させられた。もっとも、商店街の有志がスポンサーの店でぼったくりがあるはずもなく、品数の割に使った金は微々たるものだ。戦利品をしこたま抱えたふたりは、簡易ステージの脇にある大きな木の陰に腰を降ろし、スイも交えて出来たての軽食類に口を付け始めた。
「う〜ん、野菜が瑞々しくて、ひと味違います」
「きゅるり〜」
「収穫したばかりのを使っていますから」
「林檎飴や綿あめもほど良い甘さで」
「駄菓子屋のご隠居さんに作り方をみっちり仕込まれたそうですよ」
住民手ずからこしらえただけあって、セレストにも全部舞台裏が伝わっている。
「だけど、屋台メニューってなぜか祭り以外の場所で食べると、そこまで美味しく感じないんですよねえ」
「単なる食べ物というより、祭りの雰囲気を盛り上げる小道具のひとつなのかもしれませんね」
セレストの応答が終わらないうちに、浴衣の麗人がずずいとにじり寄り、肩先にしなだれかかってきた。いつもは隠された白いうなじが目に眩しい。
「ねえ、私たちももっと盛り上がりませんか」
「え」
紅の双眸から、悩ましい光が流れ出す。わざと乱した浴衣の裾からちらりと覗く白い股。ときめきよりも先に、イヤな予感がセレストの背筋を駆け巡った。
「浴衣姿での××なんて、祭りらしくて良いかも」
時と場所を選ばないにも程がある白鳳の誘惑。青い騎士服は驚きで硬直した。
「な、何言ってるんですかっ、白鳳さん」
彼の本気を十分承知しているので、制止の台詞もどこか空々しい。
「うふふ、照れなくてもいいでしょう。可愛いひ・とv」
「きゅ、きゅるり〜っ」
裾に縋りついて止める弟も見ない振りで、木陰なのをいいことに、逃げ腰のセレストを強引に押し倒し、形の良い唇がぐぐっと接近する。が、触れる寸前、突如響き渡った品のないがなり声が、妖しいムードを粉々にうち砕いた。



「な、何ですか、あれは」
「のど自慢大会の出場者ですよ」
ステージでは先ほどからのど自慢大会が行われていた。王族まで露店巡りをする国に相応しく、催しも実に庶民的だ。マイクを通して場内を容赦なく侵食するJapan発祥のど演歌。歌唱自体はこぶしが利いていて実に上手いが、祭りの明るい雰囲気にはミスマッチなことこの上ない。
「よくもまあ、今どきこんなカビが生えた懐メロを歌いますねえ」
あっけに取られた白鳳だったが、よくよく耳を傾ければ、聞き覚えのある声だ。歌声はともかく、罵声なら頻繁に聞いている。疑問を解消すべく、傍らのセレストに目をやれば、心当たりがあり過ぎるのか、脱力したように顔を伏せた。
「もしや歌っているのは・・・・・」
「間違いありません」
「きゅるり〜」
横目で見た舞台の上には、サビの部分をオーバーアクションで、情感たっぷりに歌い上げるアドルフの勇姿があった。伊達に息子や部下を怒鳴り散らしていない。声量は豊かだし、朗々と四方に響く。騎士団長じきじきの参加に、見物客も大喜びで声援を送る。手拍子を打つ人々の中にカナンたちも混じっていた。
「親父。。」
「ノリノリですねえ」
「はああ・・・いい年して、本当にみっともない」
騎士団長の威厳も何もありはしない。セレストはがっくりと肩を落とした。
「私はそうは思いませんよ」
「白鳳さん?」
セレストとの交際を巡って、激しい抗争を続けているはずなのに、彼の口から父を支持する言葉が出るとは意外だった。
「祭りのときは浮き世から離れて、目一杯楽しむのが正しい作法です。セレストだって役目に拘らず、羽目を外したってかまわないのに」
「し、しかしですね」
「生真面目なのはセレストの美点ですけど、あまり頑なだと人生損をしますよ」
「は、はあ」
「やれやれ、セレストにはもっと柔らかくなってもらわないと。硬いのはここだけでいいんですから」
たおやかな手が唐突に股間に伸ばされ、セレストはぎょっとして飛び上がった。
「うわっ、いきなりどこ触ってるんですかっっ」
「うふふ」
「きゅるり〜」
兄の度重なる不埒な振る舞いを詫びるごとく、スイがぺこぺこ頭を下げたとき、全参加者が歌い終わったのか、結果発表が開始された。3位、2位、特別賞と受賞者が次々と発表されていく。賞品が新鮮な野菜や乳製品なのが、いかにものどかな農業国だ。
「それではいよいよ優勝者の発表です。今回の優勝は・・・エントリーナンバー24番。アドルフ・アーヴィングさんです!!」
「えええっ」
正当に歌唱力が評価されたのか、はたまた騎士団長に花を持たせたのかは知る由もないが、なんとセレストの父、アドルフが優勝してしまった。お米1年分の目録を手に、すっかりご満悦で皆の歓声に応え、手など振っている。ステージを降りてもなお祝辞を投げる人の波が絶えなかった。
「頑固オヤジをこれ以上、いい気にさせるのも面白くないですねえ」
忌々しげに切り出すと、白鳳は浴衣の袖を年下の恋人の肘にぐるりと絡みつけた。べったり寄り添った体勢のままで、旧友とおぼしき初老の職人と談笑するアドルフの前に歩み出る。
「これはこれは、優勝おめでとうございます」
極上の笑みと共に、にこやかに言いかけた途端、アドルフの血圧が一気に上昇し、こめかみに青筋が立った。バチバチと火花を散らす恋人と父の板ばさみになり、セレストはあたふたと視線を泳がせることしか出来ない。
「この変態っ、よくも抜け抜けと俺の前に顔を出せたものだな!!人の息子から離れんかっ!!」
「おや、セレストは勘当されたんですから、もう貴方とは無関係な赤の他人ですよ」
「ぐぬぬぬ・・・・・」
痛いところを突かれ、歯噛みするアドルフを軽くせせら笑うと、白鳳はまだ困り果てているセレストと連れ立って去っていった。魅惑の麗人の佇まいを見送りながら、アドルフの友人がしみじみ呟いた。
「う〜む、鄙には稀な美人だが・・・どう見ても素人の娘さんではないよなあ。セレストも仕事一筋で色恋に免疫がないから」
素人も玄人もそもそも女性ですらないのだが、女物の浴衣が功を奏したのか、純朴な田舎のおっちゃんの目は欺けたようだ。彼にとって、女性用の衣服で着飾る男など想像の範疇に存在すまい。不肖の息子と××野郎との仲睦まじい様子を見せ付けられ、不愉快極まりないアドルフにとって、それだけが不幸中の幸いだった。
「ったく、馬鹿もんが!いっそ痛い目にあって思い知れっ」



憎っくきアドルフへの嫌がらせが上手く行き、白鳳は上機嫌でおどけていた。してやったりとほくそ笑む仕草は、年よりずっと幼く、弟を同伴している錯覚に陥りそうだ。上空から降り注ぐ7色の光が、彼の悪戯っ子のような表情をくっきり浮かび上がらせた。
「花火の打ち上げが始まったみたいですね」
「きゅるり〜」
小気味よい爆発音と共に、光の波がひっきりなしに闇に咲き誇り、城や民家を色とりどりに照らす。この場にいる誰もが感嘆の声をあげ、色とりどりの大輪に魅了されていた。斜め前にカナンやシェリルたちが見える。向こうにはアドルフと友人の姿も見える。
「綺麗ですねえ」
「本当に」
「旅を中断して、ルーキウスへ来て良かった」
「そうですか」
「お祭りを屈託なく楽しむ、活気に溢れた人たちに囲まれて、元気が出ましたよ」
「きゅるり〜」
「何かあったんですか」
含みのある表現が気に掛かり、視線は空へ向けたまま、セレストは小声で問いかけた。白鳳も上を見つめながら、淡々と返してきた。
「ふふ、ちょっとたそがれただけ」
「・・・・白鳳さん・・・・」
日頃は気丈に振る舞っているものの、区切りの見えない旅路を思い、ふと心が沈む日があるに相違ない。支えになろうにも、逢瀬の機会は月に一度あればいい方だし、こちらからは手紙すら届ける術がないのだ。
「でも、もう大丈夫。明日からまた頑張ろうっと」
吹っ切れた明るい笑顔には陰影の欠片も映らず、嘘偽りのない本音を感じさせた。ほんのひとときのくつろぎでも、彼の憂さを晴らす助けになって良かった。けれども、自らの言動で白鳳をさらに力づけてやりたい。沸き上がる気持ちに促され、セレストは迷わず切り出した。
「俺に何か出来ることはないですか」
「ありますよ」
恋人が素直に甘えてくれた嬉しさに、我知らず顔がほころんだが、幸福感に浸れたのもほんの一瞬だった。
「ねえ、今すぐキスして下さい」
「はあ?」
過激な要求をすぐに認識出来ず、間の抜けた声が漏れた。が、傍らの白鳳はやる気満々。早くも悩ましい唇を突き出している。
「さっきはオヤジの下品な声に邪魔されて、未遂に終わってしまいましたから」
「そ、そういう行為は宿に戻った後で・・・・・」
「いいえ、祭りの最中に口付けてこそ、掛け替えのない想い出になるんです」
何ならそれ以上のことも、とらんらんと輝く虹彩が誘っていた。
「こんな人混みの中でいけませんっ」
「平気平気、花火に夢中で誰も気付きませんって」
「きゅっ、きゅるり〜。。」
肩先のスイはもはや止める気力を失い、丸っこい顔を逸らした。暴れうしよりも厄介な美しい禽獣は、狙った獲物を決して逃がしはしない。
「ちょっ・・・・・白鳳さんっ、いい加減に・・・・・うわ〜〜〜〜〜っっ!!」
セレストの悲痛な叫びは、火の粉を降らす六尺玉の爆音の前に、儚く掻き消されて行った。



FIN


 

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