*下手な考え、ムダな抵抗*



冴えた月の光が漏れるテントの中、シーツ代わりに敷いた毛布の上で、白鳳と一糸纏わぬ姿で向かい合って座っていた。妙な違和感を感じるのは、子分連中が誰一人存在しないせいばかりではない。眼前の紅い瞳から放たれる視線がいつもの小馬鹿にしたものではなく、憧れの対象に向けられる陶酔した眼差しだったから。
(いったいどうしたっていうんだ)
訝しげに白磁の面を覗き込んでも、きつい表情は欠片もなく、穏やかな笑みを湛えている。仄かに染まる頬。日頃の小憎らしさとは打って変わって、今日の白鳳は全てが愛らしい。不覚にも愛おしさを覚えた己を否定するごとく、慌てて首をぶんぶん振った。
(こいつにこんな感情を抱くなんてどうかしてるぜ)
けれども、胸のときめきはこれっぽちも収まってくれない。苛立ちと戸惑いで奥歯をぎゅっと噛み締めるアックスだったが、艶やかな唇からさらに困惑を誘う言葉がこぼれ落ちた。
「親分さんは私のことどう思っていますか?」
「な、何だ、やぶからぼうによ」
そもそも自分たちは惚れたはれたの間柄からもっとも遠いところにいるはずではないか。何をほざきやがると思いつつも、うなじに血が登り、動悸も激しくなる一方だ。
「貴方の本心が聞きたいんです」
端麗な顔が直向きにこちらを見つめているのに気付くと、面映ゆさでまともに視線を合わせられなくなった。
「私のこと、嫌いですか」
「い、いや、なんて言うか」
どうして即座に肯定しねえんだ。腐れ××野郎はぶっ殺してやるはずだったのに。煮え切らない己に歯がゆささえ感じたものの、躊躇いながら尋ねてくる仕草が可愛くて、どうしても突き放した態度が取れない。
「なら、好きですか」
「す、好きって、おめえ、な、な、な、何を」
もはやピアスを付けた耳の先まで真っ赤になっている。
「・・・・・嫌いなんですか」
「そ、そんなこたぁ言ってねえだろが」
しょんぼりとうなだれた姿が目に入るやいなや、悪いことでもした気分になって、すぐにフォローに走った。こいつの悲しい顔は見たくない。しかし、白鳳はあらゆることを自分に都合の良いようにしか解釈しない自己中の極みである。”嫌い”でなければ、100%”愛してる”だった。
「じゃあ、好きなんですね」
「い、いや、それは・・・・・」
「好きなんでしょう」
一瞬、獰猛な禽獣にも似た迫力で睨まれ、すっかり萎縮してしまった。短くはない盗賊生活を切り抜けてきた野性の勘が逆らってはいけないと告げるのだ。
「・・・・・ま、まあ・・・・・な」
げっ、なぜ認めているんだ、俺は。
「ああ、親分さん、嬉しいv」
「なっ」
誤解を解こうと口を開く間もなく、白鳳が嬉しげに抱きついてきたので、アックスは対処に困り果てた。下手に振り解こうとすれば、鉄拳制裁をされかねない。悲しいことにこれが現在の自分らの力関係だった。そのはずだった。ところが。
「私、本当はずっと親分さんのこと・・・・・」
なんと、はにかんだ面持ちで、こんな風に言いかけてきたではないか。潤んだ双眸から滲み出る愛嬌と色香に、アックスの理性は沸騰寸前だ。しがみついてきた細い身体を引き剥がすどころか抱き締めてやりたい。思いだけでは飽き足らず、いつしか腕の中の肢体を思いっ切り掻き抱いていた。呼応して、広い背中に巻き付いた腕に力が籠もる。ぴったり密着した互いの肌は早くも少なからぬ熱を帯びていた。






「ほら、早くいいことしましょうv」
言い終わらないうちに、アックスは強引に押し倒され、繊細な指と掌が茎胴をそっと包み込んだ。緩く激しく一定の間隔で刻まれる刺激が快感となって、下腹部からじんわり広がっていく。
「ま、待てっ」
甘い痺れがせり上がり、脳まで冒される感覚にアックスは焦燥した。が、白鳳の熟練の仕業は一向に弱まる気配はない。指と舌で翻弄され、そそり勃った弓なりを淫らな光を浮かべて眺め遣ると、自らの窄まりをゆっくり宛い、そのまま根元まで咥え込んだ。熱くなった粘膜に飲み込まれただけで、得も言われぬ快楽が全身を駆け抜けた。さらに上に跨った白鳳が、弧を描くように腰を動かし、官能を煽る痺れを増幅させる。決して性急にならず、相手の反応を確かめながら、次の段階に進む閨のレッスン。
「ふふっ、たまには親分さんも積極的に楽しんだらどうですか」
「な、何言いやがるっ」
「貴方も動いてくれないと、私つまらない」
甘えた物言いでしなだれかかると、こちらをうっとりと見上げてくる。事ここに至って、さすがにアックスも妙だと思った。あの性悪悪魔が素でこんなに可愛らしいはずあるものか。
(これは夢だな)
いつになく冷静に結論付けた。が、逆に夢だと思ったら、気が楽になった。夢の中なら、男に好きと言おうが、野郎同士の行為に勤しもうが瑕疵にはなるまい。どうせだから、日頃の鬱憤晴らしも込めて、やりたい放題やってやれ。溢れる悦楽が心を埋め尽くし、すでに最後の歯止めさえ奪い去られていた。
「ねえ、親分さ・・・んv」
重ねられた紅唇にアックスは自ら応えてやった。ねっとりと舌を絡め、媚薬のように相手の唾液を啜る。熱い吐息の余韻を残して唇を離したとき、白鳳の愉悦の表情を初めて間近で見た。これまでは抵抗に手一杯で、相手の様子に気を配る余裕などなかったのだ。
(・・・・・・・・・・)
眉根を寄せて頬を染めた表情の悩ましさにゴクリと息を飲んだ。どんな女だってこれだけの色香は出せやしない。アックスの中で何かがプツリと切れ、その肩先を抱き寄せると、なめらかな肌に紅い印を付け始めた。
「あっ・・・ああっ・・・」
与えられる刺激にいちいち反応して、困ったように身を捩る仕草がアックスの欲望を煽り立てる。いつも主導権を取って攻め立てるのは、自分の意外な過敏さを気取られたくないからかもしれない。
(堪らねえな、こりゃあ)
首筋や胸元を一通り朱で染めてから、アックスは白鳳の動きに合わせ、腰を打ち込み始めた。突き上げるたび、腹の上の肢体が銀の束を揺らして蠢く。
「あっ、ああ、あっ・・・あっ・・・」
官能に酔いしれる顔と振りまかれる甘い嬌声が、アックスの抽送をさらに加速させた。胸元に置かれた指先まで熱を帯びているのが分かる。相手が更なる快楽を得られるように巧みに角度を付け、互いのリズムに合わせて腰を動かし続ける。どちらかが一方的に身体を貪る行為とは異なる、深い快感の波がふたりを包み込んだ。
「ああっ、親分さんっ・・・・・私、もうっ」
アックスに激しく突き上げられ、白鳳は早くも限界近くまで追い込まれた。コントロール出来ない気持ちよさに耐えかね、目尻から飛び散る滴。身体を支えきれなくなって、今にも逞しい胸板に倒れ込みそうだ。その可憐な風情と締め付けにアックスもまた限界が近づきつつあった。行きどころのない熱を解放すべく、楔を奥まで叩き付ける。
「あああっ!!」
「おうっ!!」
ふたりは同時に絶頂の叫びをあげ、悦楽の滾りを熱くしぶかせた。

「はっ」
気が付くとテントの中だった。ただし、周りで暢気に寝息を立てているのは4色バンダナの連中だけだ。銀髪の麗人の姿は影も形もない。
(やっぱり夢だったか)
どう贔屓目に考えても自分たちのいびつな関係に、こんな甘い展開が待っているはずがない。だが、我に返ってみると夢とは言え、とんでもないことをしたものだ。××野郎に愛の告白まがいのことをして、しかも仕掛けられた愛撫を積極的に甘受してしまうとは。
(この俺ともあろうものが、野郎を好きだと認めちまうなんてっ)
物凄い不快感が四肢の末端から頭の芯まで染みてくる。いや、この不快感はぐっりょり濡れた下着がもたらしているのかもしれない。どうやら夢とシンクロして、射精してしまったようだ。
(はああ・・・・・なんてこった)
こっそりテントを抜け出して、フルチンでパンツを洗いながら、アックスは己のアイデンティティについて考えていた。寄りによって、自分を押し倒した野郎相手の淫夢を見て精を放つなんて。このままでは名実共に××の世界にどっぷり嵌ってしまう。
(冗談じゃねえっ!俺にはそんな趣味はねえんだっ!!)
だいたい最近女と全然寝ていないのがいけない。だから白鳳のテクニックの前に敢えなく陥落するし、こんな情けない夢も見るのだ。これは定期的に女性相手のセックスをして、慣らされかけた身体を××界から引き離すのが一番だ。幸い、現在滞在している街にはその手の店も多くあった。善は急げ。再びヤツの魔の手に襲われる前に、今夜にでも乗り込もう。自分の人生を立て直すべく、女を買いに行く決心をしたアックスは、早速、段取りを錬り始めた。



「そろそろ見えてきてもおかしくないけどなあ」
「きゅるり〜」
たまたま移動中に盗賊団の噂を耳にした白鳳は、街の人から仕入れた情報を頼りに、そのアジトを探していた。最近、レアな男の子モンスターを次々と発見したこともあって、勝手知ったるテントに行くのは久しぶりだ。月明かりに照らされた間道を進みながら、妙に浮き立つ自分を訝しく思ったが、それはきっと慕ってくれる真ん丸ほっぺの連中と会うのが楽しみだからと納得して先を急いだ。足元の砂利を踏みしめ、川沿いに進んでいくと、ようやく見覚えのある緑のテントが見えた。もう夜も更けているのに、子分たちが落ち着きなく顔を覗かせており、青バンダナのひとりが白鳳の姿に目を留めた。
「あっ、姐さんだ」
一同、仲間の指し示す方を注目すると、鮮やかな赤のチャイナ服を纏った麗人がにこやかに手を振っていた。親分の次に大好きな”姐さん”の来訪に、皆大はしゃぎでアジトを飛び出した。
「うわ〜い、姐さ〜ん」
「姐さん、お久しぶりっす」
「元気だったっすか」
白鳳はたちまちオーバーオールの集団に取り囲まれ、身動き取れなくなった。が、その状態を嫌がる風もなく、むしろ満更でもなさそうに、色とりどりの頭を何度も撫でてやった。
「今回の土産はクッキーとスフレだよ」
「わ〜い、やった〜♪」
「聞くだけでいい匂いがして来たぞ」
「早く食べたいな〜」
「きゅるり〜」
自分の周りでわらわら動く4色バンダナと共にテント内に入る。スイをテーブルに降ろしてから、お菓子や地酒を渡そうと、仕方なくモップ頭を捜したものの、どこにも見当たらなかった。お世辞にも広いとは言えない空間に、あの巨体を隠す場所があるものか。
「ねえ、ボクちゃんたち、親分さんは?」
出来る限りついでのように、さりげなく切り出した。
「親分ならさっき街へ出掛けたぞー」
「えっ、こんな時間に」
白鳳にとっては夜はこれからvだとしても、子分たちなど床についていてもおかしくない。特別な仕事でもない限り、いつも早寝早起きの健康的な生活をしているのに。
「おいらたち先に寝てていいって」
「なんて不用心な」
戦闘能力もない子供たちを森の中に放っておいて、どこをほっつき歩いているのだろう。思わず腹立たしくなってしまうあたり、いつの間にかすっかりバンダナ連中の保護者気分だ。
「そう言えば、親分、朝からおかしかったよな〜」
「え」
「ずっとソワソワしてたっす」
子分の何人かが短い首を捻りつつ、訝しげに言いかけてきたので、これは聞き捨てならないと思い、更に情報収集に努めることにした。アックスをこよなく愛するだけあり、彼らの親分ウオッチングは侮れない。一同の証言を総合すれば、その不可思議な外出の理由が判明するかもしれない。
「他に何か気付かなかったかな」
「う〜ん」
「どんな些細なことでもいいんだよ」
「あ、親分、朝から洗濯してた」
「洗濯?」
洗濯は確か子分たちの役目ではなかったか。
「うん、パンツを洗ってたっす」
「おいらたちに見られた途端、慌てて隠してたけど」
「ふうん」
早朝、こっそり下着を洗わなければならない状況。百戦錬磨の身にはすぐピンときた。根は純なアックスのことだから、女遊びも一切せず、こちらが襲いに来るのを健気に待っているに違いない。口でどう悪態をつこうが、着実に調教の成果は上がっている。狙い通りの展開に、白鳳は得意げに唇の両端を上げ、目を細めた。とは言うものの、さすがにこの行動から夜間外出という結論は導き出せず、首を捻るばかりだったが、そこに決定的証言がもたらされた。
「え・・・と、独り言も多かったっす」
「へえ」
「俺はノン気だとか」
「おや」
「野郎相手なんて願い下げだとか」
「ほう」
「男の証明をしてやるとか」
「へええええ」
「いったいどうしちゃったのかな〜、親分」
まるっきり意味が分かってないからこそ、ストレートに伝えてくれるのが実にありがたかった。
「・・・・・なるほど、ね」
「きゅるり〜」
これで殆ど合点が行った。大方、自分との淫夢で夢精したアックスが、××道に染まりつつある事実に慌てふためいて、女を買いにでもいったに違いない。我ながら、この手のことに関しては鋭いし、単細胞なアックスの言動は非常に分かり易いのだ。
「ありがとう、ボクちゃんたち」
「おいらたち、姐さんの役に立ったっすか」
「それはもう。お礼にこれから親分さんを連れ戻してきてあげる」
あんな男、別に誰と寝ようが知ったこっちゃないけど、自分のオモチャを他人に使わせてやるほど心が広くないし、下僕のくせに勝手な行動を取るのも許せない。
「本当っすか?」
子分連中のちっこい瞳が期待に満ち溢れている。やはり、大好きな親分のいない状態は寂しいのだろう。
「私に任せといてよ。スイと一緒に皆で留守番してて。知らない人が来ても絶対テントを開けちゃダメだからね」
頼りになる姐さんの力強い言葉に呼応して、一同は拳を振り上げると大声で叫んだ。
「あいあいさー!!」



勢い込んで街にやって来たアックスは、歓楽街のはずれにある風俗ゾーンに到着した。派手な電飾と看板が居並ぶ様に加え、突き抜けた明るさの呼び込みが不埒な気分をイヤでも煽り立てる。後は目当ての娼館に突入するだけだ。
(とにかく××世界とはきっぱり縁を切ってやる。そもそも、なぜ俺様があいつとずるずる関係を続けなきゃなんねえんだ)
近頃の白鳳は身体の自由を奪う薬も道具も使ってこないのだから、本気で抗えば何とか拒否出来るはずだ。なのに、蛇に睨まれたカエルよろしく、相手の為すがままにさせてしまうのはどういうわけだ。こんな悪循環はさっさと断ち切るに限る。そして、間違っても自分を押し倒したりなどしない、優しくて可愛い女を恋人にしよう。
(野郎に嬲られる悪夢ともこれでおさらばだ)
自ら白鳳を求める夢を見たことは棚に上げ、肩をそびやかせて嘯くアックスだったが、娼館に続く道の真ん中に佇む赤いシルエットが目に入るやいなや、戦慄で四肢が硬直した。どうしてあの悪魔がここにいやがるんだ。
「親分さん」
「お、おめえ」
刺々しい乾いた口調がただでも萎縮している心にぐっさり突き刺さる。なまじ造作が整っているだけに、月光のシャワーを浴びた冷ややかな表情は凄みすら感じさせた。
「どこへ行くんですか」
面と向かって尋ねられ、アックスは答えに詰まり、生唾を飲み込んだ。しかし、勘の鋭い白鳳のことだ。仮に現場を押さえられなかったとしても、遅かれ早かれ今宵の行いはばれるに決まっている。むしろ、××の象徴たる彼を振り切って入店することこそ、自分に課せられた試練なのかもしれない。ここで連れ戻されるようでは、一生××生活を脱することなど不可能だ。
(しっかりしろ。ここが踏ん張りどころじゃねえか)
今日という今日こそ、腐れ××野郎の呪縛から逃れるのだ。アックスは己に気合を入れるべく、両の拳をぎゅっと握り締めた。
「あの娼館に入るに決まってんじゃねえか」
「本気ですか」
「当たりめえだっ!俺はてめえと違って、野郎にはこれっぽちも興味はねえんだ。それをさんざん好き放題しやがってっ!!」
「以前はともかく、今は結構楽しんでくれていると思ってましたが」
「ふ、ふ、ふざけんなっ!!」
否定しつつも、心拍数の上昇が分かるのが悔しい。その動揺を見透かすごとく、白鳳は上目遣いでねっとりと甘い視線を流してきた。
「貴方には他のオトコにしないようなプレイだってしてあげたのにv」
仕掛けられた濃厚な戯れの数々が次々とフラッシュバックして、頭がクラクラしてきた。ヤバい。相手のペースに巻き込まれたらお終いだ。あくまでも毅然とした態度を貫くのだ。
「てめえみてえな××野郎とのセックスなんざ虫酸が走らあっ!二度と顔を合わせたくねえぜっ!!」
アックスの意思が覆されそうにないと見たのか、白鳳の顔付きが一転して険しくなった。紅い瞳から放たれる射るような光。
「・・・・・下僕の分際でよくもまあ、そこまでほざいてくれましたね」
「誰が下僕だっ!!いい加減にしやがれっ!!!!!」
声を限りに叫んだアックスに、冷笑と共に通告がなされた。
「言っておきますけど、入ったって恥をかくだけですよ」
「何ぃ」
「貴方はもう私以外の愛撫には反応しなくなっているんですから」
白鳳が自信を漂わせてこんな風に言いかけてきたので、アックスはまさかと思いつつも驚愕せずにはいられなかった。万が一、悪魔の言い種が真実だったら、もう俺の人生お終いだ。
「そ、そ、そんなはずあるかっ!!」
「この私が丹誠込めて念入りに調教したんですから間違いありません」
「冗談じゃねえっ!俺は信じねえぜっ!!」
「なら、実際試してみたらいかがです」
ふふんと鼻で笑われて、苛立ちは増幅する一方だ。
「そうさせてもらおうじゃねえか」
「その代わり、貴方とはもう二度と会いません」
「な、な、何だとおっ!?」
認めたくないが、この決別宣言にもっとも衝撃を受けた自分がいた。ヤツから自発的に離れてくれるのなら望むところじゃねえか。なのに、なぜ。
「言う通りにならない下僕なんて要りませんよ。私に構って欲しいというオトコなら星の数ほどいるんですから」
「・・・・・そ、そうかよ。世の中には物好きが多いんだな。とうとうてめえと縁を切ることが出来てせいせいすらあ」
「無理しない方がいいんじゃありませんか。私を恋しがって身体が夜泣きしても知りませんよ、ふふふ」
「ばっ、馬鹿言うんじゃねえっ!!誰がっ」
そこはかとない恐れは抱きながらも、悪魔の指摘を認めるわけにはいかない。
「やめるなら今のうちですよ。今ならお仕置きだけで許してあげます」
「うるせえっ、許すも許さねえもあるかっ!!とにかくてめえの好き勝手にされるのは真っ平ごめんなんだよっ」
「あっ」
力任せに振り回した腕がまともに側頭部に当たり、白鳳は地べたに右肘から倒れ込んだ。偶然とは言え、彼を殴った形になってしまい、アックスは物凄い罪悪感に襲われた。
「す、済まねえ、大丈夫か」
中腰になって慌てて手を差しのべる。が、白鳳は大きな暖かい手をぴしりと払いのけると、彼らしからぬ怒気を含んだ声で言い放った。
「行くなら行ったらいいでしょうっ、役立たずのバカ男!!」
「こ、このっ・・・もうてめえなんか知るもんかっ!!」
罵る言葉に挑発され、横座りの白鳳を見捨てるようにぷいと踵を返す。その途端。
「ま、待っ・・・・・」
「え」
背後から奏でられた弱々しい声に、後ろ髪引かれる思いで振り返った。が、そこに待っていたのは情の欠片もない顔と容赦ない悪態だった。
「な、何でもありませんよ。あ〜あ、貴方みたいな最低最悪の男と関わりを持ったなんて人生の汚点ですね」
「それはこっちのセリフだっ!!腐れ××野郎っ!!」
陵辱された相手に最低最悪とまで評され、いきり立ったアックスは頭から湯気を出したまま、娼館の中へ入っていった。





あれからどの位の時間が過ぎたのだろう。白鳳はまだ娼館のある通りを離れることが出来ず、アックスが出てくるのをじっと待っていた。むろん、店に貼りついて待つわけには行かないので、出入口の様子が分かる程度の距離を保って、辺りをふらふら行き来していた。
(どうして、こんなことしてるのかな)
これじゃまるでアックスに未練があるみたいではないか。粗野で無知で甲斐性なしの体力だけが取り柄の男より上等な男はいくらでもいる。元々つまみ食い程度の相手だったのだから、これを機会にお別れすればいいのだ。なのに、どうしても思い切れない。どんな酷い仕業をしでかそうが、その場では怒鳴り散らしても根に持つことはなく、こちらが窮したときには何も言わなくても力になってくれた。危険を冒してスイの薬草を採ってくれたり、心荒んだ自分に雑炊を作ってくれたり。今まで付き合った男たちはその場限りの美辞麗句で口説いて来ても、こちらの事情が透けてくると信じないか逃げ腰になるばかり。手間を厭わず、身体を使って、自分のために行動してくれた実のある男は彼だけだった。
(親分さん・・・・・)
冷える手の甲に息を吹きかけながら、アックスの姿を求めて、娼館の扉にじっと目を凝らす。けれども、そこには見慣れた褐色の巨体はなく、ため息と夜風が溶け合って、白く視界を遮った。ばさばさと音を立ててはためくチャイナ服の裾から寒気が忍び込み、それは四肢の隅々まで染み入り、華奢な肢体を震わせた。今すぐ温めて欲しい。冷え切った身体を。凍て付いた心を。それが出来るのはあの人だけなのに。
(あ)
ふと顔を上げると、ネオンを散りばめた建物からドレッドの人影が出てくるのが見えた。放たれた矢のように一直線に駆け寄る白鳳。髪を乱して近づいてくる様子にアックスの方が面食らった。
「お、おめえ、まだいたのか」
今夜はいつになく冷え込みが厳しい。吹きさらしの中、待っていたのなら、さぞ寒かっただろう。だが、気遣いの言葉をかけることも出来ず、アックスはいきなり往復ビンタを喰らわされた。
「親分さんのバカバカっ!!」
「イテテテテッ」
「よくもまあ、女なんかと」
溜まっていた腹立ちをぶちまけるように、白鳳の連続攻撃がアックスの鳩尾や胸元に炸裂した。パンチ、キック、肘打ち、裏拳と使い分け、着実にダメージを刻み込んでいく。
「イテッ、いい加減止さねえかっ!!」
「うるさいっ!!この程度で勘弁して貰えると思ったら大間違いですからねっ!!」
「ぐあっ!ちょっ、ちょっと待てえっ!!」
急所をガードしつつ、制裁の中止を促したが、相手は全く聞く耳持たない。
「待つものですかっ!!」
「もう二度と会わねえんじゃなかったのか。それともひょっとして俺に未練があるとか」
「自惚れるなっ!!!!!」
「うおっ!!」
渾身の跳び蹴りをまともに受け、アックスは大きくよろめいたが、爪先と腰に力を入れてどうにか体勢を立て直した。力及ばずながら、ここで応戦することも出来たが、なぜか白鳳に手をあげる気になれなかった。
「誰が未練なんかっ!どうせ別れるんだったら、気が済むまでボコっておこうって思っただけですよっ!!」
「ま、待てっ!!俺の話を聞けっ」
「今更なんですか。可愛がってあげた恩も忘れて、女に走った人の言い訳なんか聞く耳持ちませんっ」
闘えない以上、なんとかして話し合いに持ち込みたかったが、この状況では取りつく島もない。実のところ、そこまで叱られる筋合いもなくなっているのだが、激昂している相手にどう伝えたらよいのだろう。
「だからそれがだな」
「黙れっ!この恩知らずっ!!」
「ぐおっ!!」
側頭部にハイキックが入り、一瞬気が遠くなった。
「命だって助けてあげたのによくもまあ・・・・・」
「お、落ち着いて俺の話をっ」
「問答無用ですっ!!罰として二度と女が抱けない身体にしてあげますからねっ」
「ほ、本気かっ」
アックスの努力も虚しく、事態はどんどん悪化する一方だ。
「必殺タマ潰し、見せてあげますよ」
「あわわわわ。。」
とその時。娼館の裏口から色香漂う長い髪の女性が現れた。年は20代後半だろうか。ルーキウス王国にいたスキル屋の女主人に少し似ている。
「あらぁ、お兄さん、まだこんなところにいたの」
「!?」
どうやらアックスは彼女の客だったらしい。ムッとして相手を睨み付ける白鳳だったが、優しく笑いかけられて、きょとんと目をしばたたかせた。
「ああ、この人が恋人ね。ダメよぉ、こんな美人の彼女がいるのに、娼館なんかへ来ちゃ」
暗がりの上、かなり距離があるし、白鳳の容姿と服装を考えれば、長身の女性に見えてもおかしくない。
「い、いや、こいつはそんなんじゃ」
「これだけ可愛い恋人がいれば、せっかくのアレも役に立たないはずよねえ」
(え)
彼女の苦笑混じりの一言は白鳳を驚かさずにいられなかった。いくら何でもアックスが本当に自分以外の相手に勃たないとは考えても見なかった。さっきは勢いとハッタリで口にしただけだったのに。でも、彼が自分だけのものみたいで妙に嬉しい。
「あ・・・・・す、す、済まなかった」
「いいのよ、そんなこと。彼女を悲しませる事態にならなくて良かったじゃない」
「ま、まあ・・・な」
寄りによって当人の前で衝撃の真相をばらされ、アックスはあまりの決まり悪さに視線を泳がせ続けた。案の定、悪魔の端麗な口元に妖しい笑みが浮かんでいる。
「さよなら、お兄さん。彼女と仲良くね〜♪」
気のいい彼女は明るく手を振りつつ、建物の中に戻っていった。
「お、おう」
「ふぅん、そういうことだったんですか」
「うっ」
いつの間にか傍らに来た白鳳に意地悪く囁かれ、アックスは身動ぎも出来ず、緋の双眸に吸い込まれるがごとく硬直していた。
「やっぱり言った通りだったじゃないですか。貴方は死ぬまで私ひとりのオモチャなんですよ」
「ううう」
勝ち誇ったような不敵な声音と表情が憎らしい。とは言うものの、今の自分に反論の術は皆無だ。アックスの無言の降伏を満足そうに見届けると、白鳳は冷たい指先をすっと伸ばし、褐色の耳朶を乱暴に掴んだ。
「さあ、帰りますよ、親分さん。今夜は一晩中ハードなお仕置きですから覚悟して下さいね」
「トホホ。。」






「モタモタするんじゃありませんよ。ボクちゃんたちも待っているんですから」
「アイテッ・・・・・ち、ちょっと放しやがれっ」
「うるさい」
たおやかな手に耳を引っ張られたまま、大通りを無様に引きずられるアックス。いくら抗ったところで、険しい顔付きも態度も軟化する気配はなく、暗澹たる思いだったが、酒場から出てきた品の良い中年紳士とすれ違った途端、白鳳の表情が一変した。紅い瞳は獲物を狙うがごとくきらりんと輝き、これからの展開に思いを馳せ、仄かに頬が紅潮している。
「ふふっ、いい男v」
「う」
未熟な若造にはない苦み走った渋い風情が白鳳の心を捉えたようだ。早くも色っぽい視線をちらちら流しており、アックスはすこぶるイヤな予感がした。案の定、銀髪の悪魔は用済みとばかり、ドレッドの男から瞬時に離れた。
「親分さん、先に帰ってて下さい。私、あの人と遊んできます」
「なっ、何、自分勝手なこと言ってやがるっ!!」
先程の焼き餅にも似た執着が嘘みたいな冷淡な仕打ちに、我知らずショックを受け、大音声で喚き散らしたものの、白鳳は全然相手にしていない。
「貴方には発言権はありませんよ」
「ふ、ふざけんなっ!!俺が娼館へ行くのがダメで、てめえは他の野郎と遊んでもいいってのはどういう理屈なんだっ!!」
こちらの窺い知れぬところで、一夜限りの戯れを繰り返しているのは知っている。だけど、せめて目の前では不実で淫らな姿は見たくない。そう願うこと自体、すでに白鳳に特別な感情を抱いている証拠なのだろうか。そこまで思いが至るとますます鬱な気持ちになった。
「私はいいんです。遊びは遊びと割り切れますから。でも、貴方はこう見えて、純で真面目な人だから、遊びのつもりでも情が移ってのめり込んでしまいかねないでしょう。だからダメ」
「こ、こう見えてっていうのは何だっ!!」
「言葉の通りです。じゃあ、私はこれで。明日の昼頃には戻ってきますから、スイをよろしく」
いきりたつアックスをいかにも鬱陶しそうに一瞥すると、白鳳は躊躇いなく踵を返しかけた。冗談じゃねえ。こんなワガママ許してなるものか。
「なっ!て、て、てめえ、待ちやがれっ!!」
「あっ」
いきなり背後からがばと抱きつかれて、不覚にも動きが止まった。普段なら、のし掛かってきた巨体を難なく投げ飛ばして終わりなのに、彼らしからぬ大胆な行動にほんのちょっぴりだけときめきを感じてしまった。
「テントへ帰るぞっ!とっとと来いっっ!!」
アックスに動きを封じられている間に、件の紳士は夜の繁華街に消えていた。
「もうっ、せっかくのターゲットが行っちゃったじゃないですかっ」
「これ以上、てめえの犠牲者を出してたまるかっ!!」
「でも、こんなことまでして引き止めるなんて、親分さんったら、身も心も私のとりこになってしまったんですね、うふふv」
薄い胸元を羽交い締めにした腕を爪先でつつとなぞられ、アックスはようやく己がしでかした仕業に気付き、大慌てで華奢な肢体を解放した。夢ならまだしも、現実の世界で自ら××野郎を抱き締めるなんて最悪だ。
「だっ、誰がてめえみてえな性悪に惚れるかっ!!」
夜目だから相手に気取られてはいないだろうが、微かに赤面しているのが分かると、ますます動揺してあからさまに声が裏返った。胸の鼓動も一打ごとにはっきり頭に響いてくる。
「私じゃないと勃たないくせに無理しちゃってv」
「うっせえ、うっせえ!今に見てやがれっ!!必ず××生活からおさらばしてやるからなっ!!!!!」
今回だってそうするつもりだったのだ。にもかかわらず、ますます深みに嵌ったような気がして堪らない。このままではあの夢が正夢になってしまう。
(い、いやっ、断じてそんな事態にしてなるものかっ)
独白だけはきっぱりと強気だが、屈託ない笑みを浮かべる白鳳に寄り添われて、満更でもない気分になっている男にはしょせん無理なのだ。少しも学習能力のない彼がその事実に気付くのは、果たしていつのことだろうか。






COMING SOOM NEXT BATTLE?


 

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