*本命チョコ*



綿密な調査と抜かりない作戦が功を奏し、わずか1日で、複数のターゲットの捕獲に成功した。たとえ、慎重に策を練っても、出会うことすら叶わず、ダンジョンを果てしなく彷徨い続ける場合も多々ある。ゆえに、あらゆる段取りが思惑通り運ぶのを目の当たりにして、白鳳は胸の奥で快哉を叫ばずにはいられなかった。日が沈む頃、意気揚々と宿に戻ったパーティーは、交代で汗を流した後、居間替わりの大部屋でくつろいでいた。愛用の弓矢の手入れをする神風。読書好きのフローズンは、掘り出し物の古書を熱心に読み耽る。その傍らには、スイとハチ専用のミニ食器をこしらえるオーディンがおり、スイもまじえた年少組は、魔法ビジョンのアニメに一喜一憂している。更に、そんな仲間と距離を置き、胸元のリングを弄びながら、沈思するDEATH夫。戦闘の緊張から解き放たれ、室内にもほんわかと和やかな空気が漂う。しかし、残念ながら安らぎの時は長続きせず、ドアが勢い良く開いて、トラブルメーカーが現れた。
「ねえねえ、ちょっと味見してくれない」
「あ、白鳳さま」
「・・・・夕食にはいささか早いようですが・・・・」
「きゅるり〜」
隣室で調理に勤しんでいた白鳳が、皿を片手に飛び込んできた。今回の宿は、ファミリー向けの部屋に簡易キッチンが付いており、わざわざ厨房を借りなくても済むのがありがたい。
「よっしゃ、オレに任せとけっ!!」
皆が怪訝そうに顔を見合わせる中、”味見”の一言に釣られた食いしん坊が、どんぐり眼を輝かせて参上した。大きな皿の上には一口大のチョコレートが山盛りになっている。カカオパウダーの甘い香りがハチの真ん丸い鼻腔をくすぐった。
「おおおっ、チョコじゃないかよう」
ハチの叫びに反応して、他の男の子モンスターも白鳳の労作に目を向けた。玉・星・キューブ・ハートと4種類のチョコに彩られ、視覚も嗅覚も存分に楽しませてくれる。
「わあっ、美味しそう。さすが白鳳さまですっ」
「だが、この時間に間食するのはまずいと思うが」
「確かに、今、おやつを食べたら、夕食が台無しです」
「相変わらず、間の悪いヤツだ」
「きゅるり〜」
日常を基準にした極めて冷静な判断。食事の支度を後回しにして、チョコをこしらえた意味がまるっきり伝わっていない。生真面目な従者たちの野暮な物言いに、じれったくなった白鳳は、あからさまな膨れっ面で問いかけた。
「んもう、今日が何の日か忘れたのかい」
恨みがましい緋の視線と共に詰られ、メンバーもようやく閃いたようだ。
「・・・・あ・・・・」
「そう言えば」
「2月14日でしたね」
「そっか、バレンタインかー」
「きゅるり〜」
「うふふ、やっと思い出した?」
バレンタインデーと言えば、自称”愛の狩人”白鳳にとっては、一大行事ではないか。365日、24時間、究極の愛人を追い求めている上、根っからイベント好きな白鳳は、当日のため、虎視眈々と準備をしていたに違いない。不祥事を起こさないよう、年長組でそれとなく見張っていたのに、いつ手作りチョコの材料を調達したのか、誰も気付かなかった。××絡みだと時にムダな底力を発揮するのだ。今度の捕獲が神懸かり的にはかどったのも、なんとしてもバレンタイン前に片をつけたい、白鳳の邪な執念と気迫が招いた結果だったのかもしれない。



作成者の不純な動機はともかく、作品自体は手を伸ばしたくなる出来映えだ。形によって味も異なり、生チョコとトリュフが混在しているらしい。
「食事が控えてるのは分かるけど、一個でいいから食べてみてよ」
白鳳にお願いモードで促されても、頼まれた方は複雑な表情で目くばせするだけだった。白鳳の料理の腕はプロ顔負け、美味しくないわけがない。しかし、躊躇いなく手を出すには、彼らは白鳳を知りすぎていた。目を付けたオトコをモノにすべく、料理に一服盛るのは困った主人の常套手段だ。暖かい家庭の味につい気が緩み、まんまと悪魔の術中に陥った犠牲者が何人いたことか。
「強力な薬なら、ほんの一口で十分です」
「・・・・成分が判明しないうちは動けませんね・・・・」
「うむ、安全だと保証がない以上、軽はずみに手は出せん」
「きゅるり〜。。」
日頃の悪行を考えれば当然だが、年長組は疑惑を隠そうともしない。兄の信用のなさが心底情けなくなり、スイはがっくり肩を落とした。けれども、皿の周りでチョコを物色するハチは、罠も薬も知ったこっちゃない。ただ、眼前の食い物に突撃するのみだ。
「んじゃ、丸いのにするかんな」
神風やオーディンが止める間もなく、ハチが歯をむき出して、トリュフにかじり付いた。これで異常があれば、白鳳の陰謀を事前に阻止できるが、気のいいひょうきん者を生贄にするのは本意ではない。困惑の色を浮かべ、事の成り行きを見守る仲間たち。ハチは口をもぐもぐ動かしつつ、とろける風味を堪能していたが、程なく破顔すると高らかに告げた。
「うんめえっ、さすがはオレのかあちゃん、世界一の味だっ」
繊細とかけ離れたキャラクターにもかかわらず、味覚関連だけはプロ顔負けに鋭敏なのだ。ハチに手放しで褒められ、白鳳は嬉しげに口元をほころばせた。
「おや、嬉しいねえ、ハチ」
「でへへー」
たおやかな手で頭を撫でられ、ハチはごんぶと眉毛を八の字にして、にぱっと笑った。ココアパウダーまみれの顔は色つやも良く、健康そのものだ。どうやら、チョコへの薬物混入は、取り越し苦労だったようで、一同はほっと安堵の息を吐いた。
「・・・・考え過ぎでした・・・・」
「そもそも、チョコに仕掛けがあるのなら、ハチには食べさせまい」
「飛びついても、叩き落とされるのがオチだな」
「きゅるり〜」
白鳳の狙いはあくまで愛人候補なので、対象外の虫が引っ掛かっては困るし、ハチの症状で悪巧みが露見する可能性も大だから、後ろ暗いことがあれば断固阻止するはずだ。取り合えず、皿に並んだ分は安全と判断したのか、ハチ以外の男の子モンスターも素直な気持ちで白鳳の手作りチョコを味わった。
「美味し〜いっ、ハチが言った通りだよっ」
「うむ、香りもコクも最上級だ」
「きゅるり〜♪」
「・・・・極めて上品な味わいです・・・・」
「ふん、甘ったるい」
「味的には申し分ありませんが、これを殿方に差し上げるのですか」
神風が不思議そうに言いかけた。せっかく4種類も作ったのに、男性向けとされるビターやブラックが入っていない。女性や子供にプレゼントする場合は問題ないが、普通、甘味とは縁遠い男性に渡すのはどうだろう。悪の策略は邪魔しても、正々堂々とチョコをあげるのなら、主人の努力は少しでも報われて欲しかった。
「いいのいいの。これはボクちゃんたち用なんだから」
白鳳に明るく切り返され、全部、合点が行った。対象がバンダナ軍団であれば、下手に大人向けの作品を混ぜる必要はない。
「そう言えば、ナタブーム盗賊団もこの国に滞在していましたね」
「・・・・彼らに差し上げるのでしたら、きっと甘口の方が歓迎されます・・・・」
「盗賊団にまで心遣いして、白鳳さまは優しいなあっ」
「きっと、あいつら喜ぶぞー」
まじしゃんとハチは無邪気に白鳳を褒め称えたが、お目付役には白鳳の真の目的は丸分かりだった。
「子分の分を用意したということは」
「うむ、間違いない」
「・・・・親分さん、気の毒に・・・・」
「きゅるり〜。。」
将を射んと欲すればまず馬を射よ。要するに、この義理チョコは子分思いの親分を陥落させるための投資なのだ。まあ、義理でも手抜きしないあたり、料理名人の面目躍如と言うべきだろう。従者からお世辞抜きに太鼓判を押され、完全に気を良くした白鳳は、次の段階へ向け、大張り切りで腕まくりした。
「ありがと、皆。さ〜て、これからいよいよ本命チョコに着手するぞ〜♪」



”本命”の2文字が形になるやいなや、スイと年長組の面に暗い影が差した。が、白鳳は周囲の反応などお構いなしに、浮き浮きと先を奏でた。
「今年はいくつ作ろっかな」
「本命なのに、複数存在するなんておかしいです」
「だって、溢れる愛がこもった宝物だもん。ひとりでも多くのオトコに振る舞わなきゃ」
大方、早めの食事を済ませてから街へ繰り出し、お眼鏡に叶った相手に無理やり押しつけては、返礼を強要しまくるのだろう。力業で既成事実へなだれ込もうとする、まさに”下手な鉄砲も数うちゃ当たる”作戦である。アタックの甲斐なく、悉く玉砕しても今夜は大丈夫、最後の砦=キープのアックスが控えている。
「まず、生贄になるのは盗賊団の親分だろう」
「・・・・いかに美味しくても、チョコレートで人生を誤る方はおりません・・・・」
「不憫だけど、善良な一般人が守られるのなら仕方ないか・・な」
「割れ鍋に綴じ蓋だ」
「きゅるり〜」
アックスの哀れな運命を思うと、同情を禁じ得ないが、見知らぬ第三者が腐れ××者の毒牙にかかるより遙かにマシだ。常にいがみ合い、罵り合いながらも、最近はお互い満更でもない雰囲気を漂わせているし。だが、他人をスケーブゴードにせんとした報いなのか、彼らにも思わぬ災難が降りかかってきた。
「無論、ここにいる私の未来の愛人にも進呈するよ」
「「「!!」」」
意味ありげな目線と共に申し出られ、従者たちは一瞬硬直した。封印した記憶が甦るにつれ、面持ちがどんどん嶮しくなっていく。
「我々は今、いただいたチョコで十分です」
白鳳の迷惑な厚意を辞退すべく、神風が大慌てで言い返した。
「え〜、どうして」
「余分にこしらえるには材料も時間もかかるぞ」
「型があるんだから、すぐ出来るけどなあ」
「・・・・一期一会の殿方を大切にした方がよろしいかと・・・・」
「きゅるり〜」
「皆、奥ゆかしいねえ、遠慮しなくたっていいのに」
遠慮ではない。まじしゃんとハチはピンと来ないまま、きょとんとしているが、白鳳の本命チョコの正体を知る連中からすれば、プレゼントされるのはもちろん、視界に入れるのすらイヤなのだ。どんな手を使っても、主人のムダなやる気を覆さなければ。フローズンを中心に、年長組は改めて白鳳の説得に乗り出した。
「・・・・本命チョコをいくつも用意するのは、やはり邪道だと思います・・・・」
「フローズンの言う通りです。矢だって狙いを一カ所に定めるからこそ的中するんです。毎年、バレンタインやクリスマスが不発なのは、あちこち手を広げすぎるせいじゃありませんか」
「きゅるり〜」
「そ、そうかなあ」
積極性に反比例した悲惨な実態を、間近で見てきた彼らの助言は、白鳳の過去の痛い傷をちくちくと効果的に抉った。
「・・・・今年は親分さんが同じ国に滞在していますし、一緒に過ごしたらいかがでしょう・・・・」
取り合えず、犠牲を最小限に留める方向で話を進めるらしい。
「うむ、せっかく子分たちの分まで作ったんだ」
「でもぉ、あのオトコはあくまでキープだし」
己の程度を顧みず、不満げにぶーたれる白鳳を、DEATH夫が冷ややかに一喝した。
「バカが、高望みはやめておけ」
「白鳳さま、そういうセリフは一度でも誰かに見初められてからほざいて下さい」
「ううう、だけど〜」
神風の容赦ない突っ込みに凹みながらも、まだ無差別攻撃を諦め切れない主人に、フローズンが柔らかな笑顔でアドバイスした。
「・・・・最初から頂点を目指すのは無理がございます・・・・。・・・・手頃な相手で実績を作ってから、次のステップへ進むのがよろしいかと・・・・」
いくら白鳳を納得させる目的とはいえ、アックスに対して、失礼千万な表現だが、良識ある彼らにお茶目な発言をさせるほど、パーティーが盗賊団と馴染んでいる証拠でもある。
「う〜ん、仕方ない、今年はひとつ親分さんで手を打つかあ」
白鳳の嬉しい心変わりに、周囲の男の子モンスターは誰もが目を細めた。
「よく、決心されました」
「それが最も賢い選択だと思うぞ」
「親分さん、いいひとだよねっ」
「おうっ、おやびんとはくほーは似合いのカップリだっ」
いまひとつ事情が飲み込めてないまじしゃんとハチも、白鳳が好人物のアックスと仲良くするのは大歓迎らしく、無邪気に祝福している。最後にフローズンが締め括りとばかり、占い師のごとく厳かに告げた。
「・・・・今年の成功を糧に、来年はきっと大きな実りがあるはずです・・・・」
「きゅるり〜」
「じゃあ、さっそく本命チョコを完成させて、ラッピングしよっと♪」
お調子者で単純な主人を理解し尽くした従者に、飴と鞭でまんまと誘導され、白鳳は足取りも軽く、居間を去っていった。



正直、手抜きメニューの夕食が終わると、白鳳は小綺麗に包んだチョコを抱えて、一目散にアジトへ向かった。食器洗いの放棄は、特別に大目に見てやろう。最悪の状況を免れ、洗い物くらい買ってでも引き受けたい気分だ。しかし、全員が爽やかな顔付きで作業する中、ハチ1匹は短い手足をばたつかせて無念さを吐露した。
「く〜っ、はくほーの本命チョコ、食いたかったな〜っ」
目尻に涙を滲ませるハチへ、フローズンが紙の小箱をそっと差し出した。
「・・・・ハチの分のチョコは、ちゃんと確保してあります・・・・」
「でもよう、かあちゃんの本命チョコが欲しかったのによう」
”本命”という響きに、ゴージャスなイメージを思い浮かべ、未練が残っているのだろうか。知らぬが仏とはよく言ったものだ。心優しい仲間たちは、ハチの誤った認識を改めさせようと、言葉を選んで宥めた。
「材料は同じだから、味も変わらないんだよ」
「サイズを考えても、ハチにはこっちの方が食べやすいぞ」
「・・・・白鳳さまにとって、”本命”と”義理”は単なる言葉遊びみたいなものです・・・・」
「僕たちのチョコだって、きっと心を込めて作ってくれたに決まってるさっ」
「きゅるり〜」
まじしゃんの意見は正しい。愛人云々を抜きにしても、道中を共にする男の子モンスターたちは掛け替えのない存在だ。彼らに喜んでもらえる美味しい菓子をと、白鳳が細心の注意を払って調理したことは想像に難くない。
「そだな、オレ、このチョコでいいやあ」
皆の助言を受け容れて、ハチはあっさり納得した。素直で立ち直りの早いところがハチの長所のひとつだ。
「偉いぞ、ハチ」
「・・・・分かってくれたのですね・・・・」
「世の中には知らなくていいこともある」
DEATH夫の言に、しみじみうなずくメンバーとスイだったが、ハチは能天気に破願すると、元気一杯に叫んだ。
「オレ、知ってっぞー」
「えっ」
「知ってるって」
「はくほーの本命チョコ」
「・・・・まさか・・・・」
意外な回答に驚愕する一同を尻目に、ハチは誇らしげにぽっこりお腹を突き出した。
「去年作ってっとこ見たかんな、サオとタマだろー」
「きゅるり〜。。」
「「「!!!!!」」」
なんと、ハチは白鳳本命チョコの恐怖の真実を知っていた。天真爛漫ゆえのあけすけな表現に、男の子モンスターたちは絶句せざるを得なかった。味見役のハチは厨房を訪れる機会が多いだけに、偶然、目にしてしまったのだろう。そう、白鳳の本命チョコはオトコの急所型、しかも己のモノを象った実物大なのである。少しでもリアリティが出るよう、タマはトリュフ、サオは生チョコを使ったムダなこだわりが脱力感を倍増させる。普通の感性の持ち主なら、盛り付けが食欲に貢献する部分は大きい。いくら美味でも、実物大の××型チョコを好きこのんで食べるオトコがいるものか。こんなイロモノを熱心にこしらえてる時点で、誰に迫ろうと首尾良くいくわけがない。天賦の美貌と才能を、破壊力抜群の言動で自ら台無しにしているのだ。そういう意味では、文句をたれながらもずっと白鳳と付き合ってくれるアックスは、得難い奇特な生贄だった。
「なあなあ、どうして皆、黙ってんだー」
「僕も本命チョコ、一目見たかったなっ」
「「「・・・・・・・・・・」」」
邪心のない年少組には、白鳳本命チョコのおぞましさがイマイチ伝わっていないようだ。これ以上、不快なネタに関わり合いたくないと、神風は速やかに話題を切り替えた。幸い、もうじきまじしゃんとハチが大好きな連続時代劇が始まる。
「ほら、そろそろご老公漫遊記の時間だよ」
「あっ、忘れてたっ」
「・・・・早く魔法ビジョンをつけましょう・・・・」
「おうっ、カッコ良い印籠シーンが見たいぞー」
「きゅるり〜♪」
スイッチが入ると同時に、重厚な主題歌が始まり、ひとりと2匹はもう画面に釘付けだ。巧妙なごまかしが成功して、いかがわしい本命チョコの脅威は完全に去った。どうせ今宵、白鳳は戻って来まい。しばし番組を楽しんでから、いつもの時間に就寝しよう。DEATH夫を除いた年長組は、おもむろにビジョンの前へ陣取った。



従者たちの見ているご老公漫遊記が佳境に入ったちょうどその頃。川沿いのナタブーム盗賊団のテントは、耳をつんざく歓声で溢れかえっていた。
「ほっぺが落ちそうに美味いっす」
「おいら、いくらでも食えるぞー」
「姐さんの手作りチョコ、最高っす」
白鳳の唐突な差し入れに、4色バンダナは眠気も吹き飛び、大騒ぎである。日頃はくすねた駄菓子が精一杯で、高級品を味わう機会がないだけに、ちっこい目を煌めかせて、貪り食っている。菓子は別腹というものの、食後とは思えぬ勢いに、見かねたアックスが声をかけた。
「おめえら、いい加減よさねえか。寝る前の食い過ぎは、身体に悪いだろが」
「えー、やめられないっす」
「止まらないっす」
「何言ってやがる、腹壊しても知らねえぞ」
「まあまあ、たまにはいいじゃないですか」
「ダメだダメだ、虫歯になったらどうすんだ」
今日の白鳳はひと味違う。ここに到着してから、ずっと穏やかに微笑んでいる。悪口ひとつ吐かないし、アックスを小馬鹿にした態度も見せない。いつになく温厚な白鳳に、不気味さを覚えつつも、色香漂う笑顔が目に眩しかった。
「ふふ、ホントにボクちゃんたちのお父さんみたい」
まともに視線を合わせないアックスの逃げ場を奪うがごとく、白鳳は椅子を引きずって真っ正面へやって来た。
「な、何でえ」
「そんな面倒見の良い親分さんに私からの贈り物v」
しなやかな両腕が優雅に伸び、丁寧にラッピングされた小箱が差し出された。
「こりゃあ、どういうつもりだ」
「見れば分かるでしょ。正真正銘の本命チョコですよ。私も散々奔放な生活を送ってきたけれど、今年は心を入れ替えて、親分さんの分しか作りませんでした」
「う、うめえこと言ったって騙されねえからな」
言葉こそ否定口調だが、表情には隠し切れない喜色が浮かぶ。顔を緩めまいとこらえるあまり、頬骨のあたりがピクピク痙攣している。分かり易いアックスの心理状態を的確に把握した白鳳は、真紅の瞳に炎を灯し、褐色の巨体へにじり寄った。
「本当ですよ、私には親分さんしかいないって、ようやく悟ったんです」
「ば、バカ言ってんじゃねえ」
「親分さんを想いながらこしらえたチョコ、どうか受け取って下さいね」
心にもない嘘八百を、甘く悩ましい声音で囁きかける。白鳳の優しい態度には必ず裏があると骨身に染みているのに、蛇に睨まれたカエルよろしく、アックスは性懲りもなく術中に嵌りつつあった。ココアパウダーにまぶした睡眠薬が効き始め、子分連中が大あくびを繰り返す光景も目に入っていない。
「お、おめえがそこまで勧めるなら仕方ねえ、もらってやらあ」
「うふふ、嬉しいv」
わずか1分後には箱の中身を見て、再起不能の衝撃を受けるばかりか、悪魔の手で無理やり愛欲の淵に引きずり込まれるのだ。生き地獄が目前に迫っているとも知らず、照れ隠しもあって、小箱をわざと乱暴にもぎ取るアックスだった。


COMING SOOM NEXT BATTLE?


 

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