*最高の贈り物*



今日は12月24日。とある国のダンジョン近くに張られたナタブーム盗賊団のテントでも、世間と変わりない光景が繰り広げられていた。アックスが付近の森から調達してきた小振りのもみの木に、わくわく顔の子分たちが飾りをぶら下げる。サンタや天使や雪の結晶、さらに硝子のボールに混じって、なぜか願い事を書いた短冊も見受けられた。
”いつまでも親分と一緒にいたいっすv”
”毎日美味しいおやつが食べたいっす♪”
どうやら一部、他の行事と混同しているようだが、細かいことは気にしない。日頃は生活必需品だけで殺風景なアジトも、赤と緑メインのオーナメントや色とりどりのミニライトが散りばめられ、すっかりクリスマス気分だ。テント内を飾り付ける4色バンダナに囲まれ、アックスは七面鳥の丸焼きを作るべく、内蔵を丁寧にくり抜いている。しかし、誰もが生き生きと立ち働いている中、ひとりだけ毛布の上に横たわって、ふてくされている人物がいた。華奢な肢体の傍らに投げ出された豪奢な羽根ショール。ごそごそ頭を動かすたび、銀の絹糸がさらりと肩先に零れる。



「てめえ、いい加減にしやがれっ!!」
見かねたアックスが細腰に巻かれた皮のベルトの辺りを蹴飛ばした。振り返った深紅の双眸から、いかにも忌々しそうな視線が流される。
「・・・・・下僕の分際で何するんですか」
「うだうだと寝そべってばっかで、これっぽちも役にも立ってねえだろがっ!!うちの盗賊団は働かざる者食うべからずなんだよっ!!」
「貴方の盗賊団の一員になった覚えはありません」
いきり立つアックスを一瞥すると、白鳳は露骨にそっぽを向いて、寝返りを打った。
「ケーキくらい作れると思ったから連れてきてやったのに、とんだ穀潰しじゃねえか、全くっ」
「この私がテントにいるだけでも目の保養だと思いなさい。まさに掃き溜めに鶴じゃないですか」
「何が目の保養だっ!てめえみてえな役立たずの場所塞ぎ、邪魔で迷惑なだけだっ!!」
以前は親分と姐さんが口喧嘩を始めると、子分連中があたふたと止めに入ったものだったが、今では日常行事のひとつと認定されたのか、困り顔でふたりを見遣りつつも作業に勤しんでいる。歯止めを失った罵り合いは当然エスカレートする一方だ。
「ふん、こんな小汚い場所に好きで来たと思ったら大間違いですからねっ。あ〜あ、本当だったら、王侯貴族のお屋敷に招待されて、最高級のディナーとワインでゴージャスな一夜を送るはずだったのに」
「てめえ、去年も同じセリフをほざいてなかったか、ええっ」
聞き覚えのありすぎる内容に、アックスが呆れ果てた眼差しと共に容赦ない一言を投げつけた。痛いところを突かれた白鳳は、相手と目を合わせぬまま、小声でポツリと呟いた。
「・・・・・そんな昔のことは忘れました」
「相手はいくらでもいると豪語する割に、こういう時、誰にも相手にされねえんじゃ、てめえの魅力とやらも大したもんじゃねえってこった」
「あ、あなたに言われたくありませんよ」
なんとか言い返したけれども、珍しく完全に押されている。確かにアックスの意見は正しい。日頃、何人の男を手玉に取っていようと、特別な日に声がかからないのは、遊び相手としか思われていない証拠だ。こちらも身体だけの付き合いと割り切っているから当たり前なのだが、実際こういう状況になってみると一抹の寂しさは否めない。
「とにかくとっとと立ち上がって、料理なり飾り付けなりを手伝わねえかっ!!」
親分がまとめに入ったのを察し、バンダナ軍団も畳み掛けるごとく、口々に姐さんへの希望を形にした。
「早くケーキ作ってくださいっす」
「今年のケーキも楽しみっす」
「きゃーきゃー」
「わーわー」
一流ホテルのスイートルームで粋な紳士に寄り添って、豪華なプレゼントの山に悲鳴をあげる自分を夢想していたのに、現実に瞳に映る眺めと来たら、むさ苦しいドレッドの無精髭の男に、真ん丸顔のりんごほっぺの集団。あまりにも考えていたクリスマスと違いすぎる。ルーキウスの滝の伝説を信じ切っていたことでも分かるが、白鳳は案外ミーハーで夢見がちだった。
「あ〜っ、もう、こんなロマンの欠片もないところ真っ平!!」
不意に飛び起きるやいなや、紅いチャイナ服は出口に向かって駆け出した。
「おい、どこへ行きやがる」
「私に相応しい素敵な男性が、この街のどこかで待っているに違いないんです。だからその人に会いに行きます」
「いい年して夢みてえなこと言ってんじゃねえっ!てめえのような性悪にそんな上手い話があるかっ」
「おや、妬いているんですか、下僕のくせに」
小馬鹿にした口調でせせら笑われて、単純なアックスは即座に沸騰点へ達した。
「だ、誰がてめえなんぞに!目障りだっ、どこへでも消え失せろっ!!」
「言われなくたってそうしますよ。では失礼」
躊躇いなく踵を返すと、白鳳はショールを纏って、そそくさとテントを出ていってしまった。
「あ〜っ、姐さん、待って下さいっ」
「おいらたちのケーキはどうなるっすか」
「戻って来て、ケーキこしらえて下さいっす〜」
実のところ、ケーキが目当てなのでは、と疑いたくもなるバンダナ軍団の悲痛な叫びをアックスが一喝して遮った。
「あんなヤツ、止めるこたぁねえっ!!」
「でも、いつも後で大慌てで迎えに行ってるじゃないっすか」
「うっ・・・・・」
緑バンダナの鋭い突っ込みに、アックスは思わず硬直した。まずい。これでは本当に腐れ××野郎の下僕扱いになりかねない。ここはナタブーム盗賊団の首領として、毅然と突き放した態度を取らなければ。
「あ、甘い顔をしたら、ますますつけ上がるだけだ。ほっとけっ」
「へ〜い。。」
子分たちはやや不服そうだったが、大好きな親分の命令に逆らうことは出来ず、すごすごと持ち場に戻って飾り付けを再開した。



気合十分で夜の繁華街へ繰り出した白鳳だったが、むろん首尾良く好みの男を捕まえることなど出来なかった。クリスマスのお相手ともなれば、容姿もセンスも財力もそれなりのレベルが欲しい。しかし、悲しいかな、彼の厳しい基準をクリア出来る男性はクリスマスにあぶれていたりしない。ごく稀に心惹かれる青年を目に留めても、隣りにはもれなくステディな恋人が寄り添っていた。仲睦まじいふたりの様子を見せつけられると、何だか惨めな気分になるし、寒さも一段と身に染みる。
(私みたいな良いオトコを放っておくなんて)
口を尖らせてぼやいたところで、しょせんは負け惜しみでしかなく、談笑しながら行き交う通行人は白鳳には目もくれない。
(寂しいな)
実のない一夜限りの戯れに溺れているから、肝心な場面で痛いしっぺ返しを食らうのだ。孤独に耐えかねて、他人の温もりを求めたのに、結果、自らをますます孤立させただけだった。誰でも良いと思っている人間が、誰かの特別な存在になれるわけがない。
(これからどうしよう)
この先、いくら色目を使ったところで理想の相手をゲット出来るとは思えない。外れを掴むくらいなら、盗賊団のテントへ戻った方がマシだ。が、アックスに露骨なからかいの言葉を浴びせられることを考えると、その踏ん切りもつかなかった。下僕に嘲笑されるなんてプライドが許さない。方針を決めあぐねて、大通りを行きつ戻りつしていると、不意に声を掛けられた。
「あ、白鳳さまじゃないですか」
「おー、はくほーだ」
「白鳳さま、どうしてここに」
「え」
いきなり呼び止められ、訝しげに振り返ると、そこには神風とハチ少年とオーディンがいた。神風とオーディンはそれぞれ大きな紙袋を抱えており、上部には木箱の角と瓶の頭がほの見える。
「おやびんのテントへ行ったんだろー」
「ひょっとしてお買い物ですか」
「・・・・・か、神風たちこそどうしたんだい」
事情を説明するのは憚られたので、逆に問いかけてごまかした。
「皆でパーティーをしようと思って」
神風の答えが終わらないうちに、白鳳は袋の中を覗き込んで、収穫物の値踏みを始めた。普段は買わない高級菓子やワインばかりで、ちょっと不愉快になってきた。
「ふぅん、老舗の名産品がいっぱいだね」
主人の流し目から”私が不在なのに”という恨みがましい空気を感じ、神風とオーディンはため息混じりに顔を見合わせた。
「フローズンが費用をへそくりしてくれましたから」
日常の娯楽費アップはちっとも認めてくれないのに、自分たちのパーティー用にはちゃっかり貯め込んでいたなんて。白鳳の機嫌はさらに悪くなった。主人の眉がどんどん釣り上がるのを見て、神風はイヤな予感がしてきた。
「こっちの袋もいろいろあるぞー」
「どれどれ」
一匹だけ場の空気を読めないハチの能天気な呼びかけに、オーディンの持つ袋の中を隅々まで探った。良い香りが漂うミントチョコ。原産地を確認しようとして、傍らの木箱の銘柄に気付いてしまった。シャンパンの最高級品レゼレヴ・ド・ラバイではないか。しかも2本も。
「あ〜っ、ゴールドドンペリまでっ!狡いっ、こんなの!!」
ついに白鳳の怒りが爆発した。凄い剣幕で詰め寄られて、神風は一言返すのがやっとだ。
「DEATH夫の希望で。。」
「あんの・・・贅沢者っっ!!」
世間一般の事柄に全く疎いくせして、時折、妙に高級趣味なのは魔界のご主人さまとやらの仕込みなのだろうか。
「な、なら、これ白鳳さまにあげます」
ぷんすかしている主人を見かね、神風は包みから木箱を一つ出して手渡した。
「えっ、いいの」
膨れっ面だった面持ちが瞬時に緩んだ。
「一本だけでしたら」
白鳳みたいな酒豪がいるわけでもなし、シャンパンを口にして華やいだ雰囲気を味わいたいだけなのだ。
「やったぁ、ラッキー。ありがとう♪」
本来は自分の懐から出たものなのに、気付かずはしゃいでいる主人の様子に、神風たちは苦笑しつつもほっと安堵の息をついた。
「じゃあ、私たちはこれで。皆、待っていますから」
「道中、お気をつけて」
「はくほーも早くおやびんのとこへ帰れよー」
「う、うん」
おかしな展開になってしまった。男漁りに出向いたはずなのに、手に入ったのはゴールドドンペリ一本。決して軽くはない手荷物を抱え、これ以上ハンティングを続けることも出来ず、白鳳はいつしかテント付近までのこのこ舞い戻っていた。どう強がったって、今宵、他に帰る場所などありはしない。けれども、さすがの白鳳も何事もなかった顔でテントに入るのは躊躇われた。
(きっと親分さん、怒ってるだろうな)
数々のオーナメントやご馳走をこしらえていたのも半分は来訪者のためだったろうに、せっかくの好意を踏みにじるような悪口雑言を吐いて出ていった恩知らず。内心、満更でもなかったくせに、なぜいつもこうなのだろう。つまらない意地やプライドが邪魔をして、どうしても素直になれないのだ。



「姐さん、帰って来ないっすよー」
「せっかく料理も飾り付けも完成したのに」
「仕方ねえな。ちっと見てくっか」
辺りが闇の帳に包まれたにもかかわらず、姿を見せない白鳳が急に心配になってきた。望み通りの男が引っかからないのでヤケになって、吹けば飛ぶようなクズ野郎に安売りしてなきゃいいが。アックスはゆっくり立ち上がると、彼を探しに行くべく、入り口の布を押し上げた。すると、やや離れた場所にそびえ立つ大木の陰から白鳳がこちらを窺っているのが見えた。
(なんだ、あいつ)
大方、目的が叶わずしょんぼり撤退してきたに違いない。あれだけ大口叩いて出ていった手前、みっともなくて顔を出せないのだろう。ちょっとは可愛いところもあるじゃねえかと思いながら、アックスはテントを出て、大股でずんずん大木まで歩み寄った。
「何やってんだ、おめえ」
「親分さん・・・・・」
「とっとと入らねえと風邪引くぞ」
「でも」
気まずそうな顔で目を伏せる白鳳。豆粒ほどの良心がほんのちょっぴり咎めているのかもしれない。
「遠慮する柄か。ほら来い」
「あっ」
アックスはなだらかな肩先に手をかけ、華奢な身体を強引に抱き寄せた。布越しにもひんやりと冷気が伝わってくる。ただでも体温が低いところへ持ってきて、木枯らしに晒されて凍え切っていた。
「こんなに冷えちまって、バカな奴だ」
「・・・・・あったかい」
どんなにワガママを言おうと、酷い仕打ちをしようと、その場は怒っても最後には必ず優しく受け容れてくれる人。物理的な温もりだけに留まらぬ熱が、心身の隅々まで存分に染み渡った。
「中はもっと暖かいぜ。子分たちも待ってるしな」
「うん」
あれほどいがみ合っていた親分と姐さんが、ぴったりと寄り添ってテントに入ってきたので、バンダナ連中は大喜びでふたりを迎え入れた。緊張感のない顔は生まれつきで、これでも彼らなりに心を痛めていたのだ。
「姐さん、お帰りなさい」
「料理できたっすよ」
「飾り付けも完璧っす」
「心配かけてゴメンね、ボクちゃんたち」
わらわらと白鳳の周りを取り囲み、まとわりつく子分一同だったが、ふと、赤バンダナのひとりがしなやかな腕に抱えられた木箱に注目した。
「姐さん、これ何っすか」
「・・・・・な、なんて言うか・・・・・プレゼント、かな」
結果的にそう呼ばれる品に転じただけだが。
「こりゃゴールドドンペリじゃねえか。おめえ、こんなバカ高え酒、わざわざ」
「べ、別に貴方のために買ってきたわけじゃありません」
まだ素直になりきれず、白鳳は冷淡な口調で突っぱねた。でも、プレゼントと聞いただけで子分たちは満面の笑みを湛え、無邪気にはしゃぎ回る。
「プレゼントっすか〜」
「嬉しいっす」
「ありがとうっす」
「なにかな、なにかなー」
「悪いけど、これはお酒だからボクちゃんたちにはあげられないんだ」
済まなそうに切り出した姐さんの言葉は、期待にときめく4色バンダナをガッカリさせた。
「え〜、お酒っすか」
「それじゃあオイラたちには飲めないっす」
「残念だなあ」
「代わりに、今からクリスマスケーキ作ってあげるよ」
「ホントっすか!?」
「うん、遅くなっちゃったけど」
「やった〜、姐さんのケーキだ〜♪」
「わ〜いわ〜い」
「これがなきゃクリスマスじゃないぞう」
子分連中は白鳳の申し出に狂喜乱舞。直前の八の字眉の落胆っぷりが嘘のようだ。部下のあまりの現金さに呆れかえったアックスに白鳳が小声で問いかけた。
「材料はありますよね、親分さん」
「ま、まあ・・・探せばあるかもしれねえな」
白鳳の手作りケーキに期待して、こっそり材料を取っておいたなんて知られたら、何を言われるか分からないので、視線も交わさず殊更そっけなく返した。
「よし、クリスマスらしくブッシュ・ド・ノエルにしようっと」
「うわ〜、楽しみっす」
「おいらたちに手伝えることあるっすか、姐さん」
「なら、バターを泡立て器で混ぜてもらおうかな」
子分たちと会話する白鳳の柔らかな表情が眩しい。彼の笑顔があるだけでテント内が明るく華やいだ雰囲気になるのだ。いつしかアックスは目を細め、その微笑ましい風景に見惚れていた。



先程までの大騒ぎが嘘みたいに、全ての灯りが落とされたテント内。真ん丸ほっぺの可愛い寝息が規則正しいリズムを刻んでいる。
「ふふ、楽しかったv」
「そ、そうかよ」
不満たらたらだった白鳳も、パーティーが始まってみれば、終始ご機嫌だった。盗賊団としては精一杯のご馳走を味わった後は、皆で聖歌を歌ったり、ゲームをしたり、子分にクリスマスの伝説を読み聞かせたりと、賑やかで充実した時間を過ごせた。
「七面鳥の丸焼きって初めてだったけど、柔らかくて程良く油が乗って美味しかったな」
「おめえのケーキも美味かったぜ。子分たちは皆とろけそうな顔してたしよ」
「そりゃあ、私の腕はそこらへんのプロより上ですから」
「しょってやがらぁ」
「うふふ」
すでに深い眠りに落ちた子分連中の脇で、アックスと白鳳はひとつの毛布にくるまって身体を密着させていた。と言っても、恋人みたいにいちゃこいてるわけではなく、寒さ対策という極めて実用的な理由からだが。
「やっぱ、ゴールドドンペリは高級品って感じだったよな」
「私が持ってこなければ、貴方なんか一生縁がない銘柄でしたよ。ありがたく思いなさい」
「けっ、恩着せてんじゃねえ。俺はあんなのより地酒の方がずっと好みだぜ」
「ゴールドドンペリの価値が分からないなんて・・・まさに豚に真珠でしたね、やれやれ」
「な、何ぃ!!」
いきり立つアックスの口を白鳳が即座に掌で蓋をした。
「うるさい。ボクちゃんたちの安眠妨害でしょう」
「ちっ」
子分のことを持ち出されると、アックスに反論の術はない。それにしても、最近の白鳳は実に子分に優しい。一同が姐さんと慕うのも無理からぬ事だ。いや、アックスに対する態度だって、少しずつ、しかし確実に変化を見せている。そう、たまに艶っぽい眼差しでこちらを熱く見つめて来たり。
「ん、どうした?」
今、まさにそんな視線が向けられているのを察し、アックスは内心どぎまぎした。暗がりで表情がはっきり分からなくて助かった。だが、細かい面持ちは見分けられなくても、紅い瞳の淡い輝きだけはダイレクトに伝わってきた。
「・・・・・万が一、私の予定が折り合ったら・・・・・来年、また来てあげてもいいですよ」
「・・・・・・・・・・」
双方の旅の都合で偶然出会ったり別れたり。会えない相手を気遣うだけのままならない逢瀬はもう止めにしたい。
「どうしたんですか」
「なあ、来年なんて言わねえで、ずっと・・・ここで」
「え」
想像もしなかった言葉と共にぎゅっと抱きしめられ、白鳳は驚きで息を飲んだ。戸惑いのあまり、皮肉のひとつも返すことが出来なかった。
「ひとり分の食い扶持くらいどうとでもしてやれるぜ」
「本気・・・なんですか」
「おめえさえ良けりゃ」
息がかかるほど接近した無精髭の男が、不覚にもキラキラ輝いて見えた。誠意ある申し出に真剣そのものの顔付き。彼は本心から言いかけてくれている。決して心根がいいとは言えない自分を、常に温かく迎え入れてくれる麻布のテント。豪華な邸宅や金銀財宝はなくても、居心地のいい場所が一番ではないか。この年になれば、本当はそれくらい分かっている。でも。
「嬉しいけれど・・・・・私には私の旅がある以上、それは出来ません」
「一緒に移動したらいいじゃねえか」
「私のせいで親分さんの理想をねじ曲げてしまうのはイヤです」
盗賊はしていても、一本筋が通った信念を持つ男だからこそ、行きずりの闖入者に縛られず、思うがままに生きて欲しい。
「でもよ」
「ねえ・・・・・どうして今のままじゃダメなんですか」
「・・・・・・・・・・」
「私は今のままが、今がいいのに」
「・・・・・そうか・・・・・」
白鳳の切なげな声音が耳に入ると、アックスは説得を諦めた。これ以上押しても、現状では彼を苦しめることにしかならない。腕の中の肢体が小刻みに震えるたび、無念さで唇を何度も噛みしめた。アックスの落胆を察し、白鳳は申し訳ない気持ちで一杯になった。が、いつまでも動揺を引きずって、彼に未練を残させてはいけない。胸の奥の傷心を隠すため、わざと生意気な口調で言い放った。
「だ、だいたい、貴方ごときが私を独り占めしようなんて図々しいんですよ」
その意図が痛いほど理解できたので、アックスも普段と変わらぬ物言いで迎え撃った。
「けっ、よく言いやがるぜ。どうせ来年だって、誰にも相手にされねえで、ここへ転がり込むにちげえねえんだ」
示し合わせたわけでもないのに、瞬く間にいつも通りのふたりに戻っていた。もし、互いに本心を吐露し合ったら、ただの気まぐれ猫と迷い先の関係に戻れなくなるかもしれないから。





「さあ、これからオトナだけの二次会と行きましょうかv」
すっかり日頃の調子に戻った白鳳は、アックスにのしかかるとズボンの前に手をかけた。勝手知ったる星形バックルとばかり、暗闇とは思えない手際の良さでベルトを外し、ファスナーを開く。
「な、何しやがるっ!すぐそばに子分たちが寝てるってのによっ。うおっ、下着に手を入れるんじゃねえっ!!」
「静かにしないとボクちゃんたちが起きてしまいますよ」
「わ〜っ、てめえ、止せっ!!」
アックスの動揺を楽しむように、前開きから冷たい指先を忍ばせ、緩急自在に刺激を始めた。その構造も弱点も全て熟知している白鳳が、一物を充血させるのに5分とかからなかった。屹立したサオの先端にちゅっと口付け、滲み出た蜜を吸いながら妖しく微笑む。
「今夜もじっくり可愛がってあげますからね、ふふふ」
「く、くそっ、人が甘い顔を見せりゃこれかよっ!!やっぱり、てめえは最低の××野郎だっ!!」
だが、白鳳を口汚く罵倒しつつも、本気で憎悪する気にはなれなかった。無理やり身体を繋ぐ形でしか他者と接触出来ない不器用で愚かな奴。こんな短絡的な行為で胸に秘めた憂いが晴れるものか。心を開いて打ち明けてくれたら、何もかも全部受け止めてやるのに。緋の瞳に映る月明かりが、涙のように一瞬煌めいた気がした。
(ごめんね、親分さん)
単なる戯れの相手ではなく、大切な唯一の存在として扱ってもらえて、心底嬉しかった。何も考えず、逞しい胸に飛び込めたらどんなに良かったか。しかし、スイが元に戻るときまでは自分の幸せなんて考えてはいけない。それが弟を犠牲にした自分への戒めなのだから。でも優しい申し出を受けたことだけは、今日という日の大切な想い出にしよう。掛け替えのない最高のクリスマスプレゼント。
(・・・・いつか・・・私の旅が終わる日が来たら、その時はきっと・・・・・)
それが何年先になるか、本当に来るかは誰にも分からないのだけど。胸にこみ上げるものをじっと堪えると、白鳳はなおも喚き散らすアックスにしなだれかかり、その唇を強引に塞いだ。


COMING SOOM NEXT BATTLE?


 

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