*藪をつつく××者*



とある晩秋の夕暮れ。薄汚れた雰囲気を醸し出す歓楽街の一角で、男の子モンスター&スイは居心地悪そうに佇んでいた。まだ陽は落ち切っていないが、行き交う客候補たちへ、活気に溢れた声がやかましく響く。客引きの誘いを避けるべく、色づいた街路樹の影に身を潜め、一同は大通りへ続く曲がり角を見つめ続けた。パーティーがそぐわない場所に集った理由はただひとつ。まもなく来るであろう、困った主人を待ち構えているのだ。
「・・・・にしても、あんな三文芝居に引っ掛かる殿方もいらっしゃるのですね・・・・」
「大都会ほど、地方からの観光客が多く、犠牲者も出やすいようだ」
「のどかな環境で暮らして来て、××者の存在すら知らないため、上手く撃退出来ないんでしょう」
「ヤツは気弱そうな輩を察知する嗅覚だけは鋭いからな」
「きゅるり〜。。」
国境を越えて早々、従者が手続き等で目を離した隙に、白鳳は皆を残し、行方をくらました。周囲にいた人々の証言を総合すると、どうやら、小金持ちの田舎者をナンパして、一緒に繁華街へ向かったらしい。善良な第三者を腐れ××野郎の餌食にするわけにはいかず、メンバー総出ですぐに後を追った。白鳳固有の気や匂いを探れば、捜索はさして困難ではない。ところが、発見したはいいが、白鳳がわざとモンスター立入禁止の高級店ばかり狙ったため、声をかけることも出来ず、やむなく、最終目的たる曖昧宿へ先回りすることにした。罪もない男性が地道に貯めた金を搾り取られた上、弄ばれるのは見るに忍びない。無論、散財させた分は全額、返還するつもりだ。
「ホントに白鳳さま、来るのかなっ」
「はくほーがいないと、上手いメシが食えないじゃないかよう」
不在の詳細を知らないまじしゃんとハチは、無邪気に白鳳登場を願っている。でも、彼らには済まないが、お目付役とスイからすれば、ここへ辿り着く前に、白鳳が理性を取り戻し、子羊を解放する方が遙かに望ましい。しかし、3人と1匹は分かっていた。そんな可能性は0.00001%もないと。たとえ、自爆のリスクがあっても、たらし込んだ獲物をみすみす逃がすタマではない。案の定、5分も経たないうちに、恰幅の良い中年男性にしなだれかかる紅いチャイナ服が現れた。顔を見合わせ、力ないため息を吐く神風、オーディン、フローズン、そしてスイ。
「残念ながら、来てしまったな」
「きゅるり〜」
「・・・・いかがいたします・・・・」
「う〜ん、難しいところだ」
手っ取り早いのは、神風やオーディンが不届き者を力ずくで連行する方法だが、かえって白鳳を意固地にさせてしまうかもしれない。周囲の連中の目があるし、ダメな主人でも最低限の名誉は守ってやらなければ。厳しい叱責は宿へ入ってから、いくらでも出来るのだ。強制連行は最後の手段として、まずは小動物コンビで穏便に説得を試みよう。脳内で方針を固めた神風は、白鳳が登場して、どんぐり眼を輝かせるハチに声を掛けた。
「ハチ、スイ様を連れて、白鳳さまへ呼びかけてくれないか」
「へ?」
「・・・・白鳳さまのささやかな良心を目覚めさせるには、スイ様の一声が必要です・・・・」
「邪険にしているようで、白鳳さまは内心、ハチのことも大切に思っているしな」
神風の意図を瞬時に察したフローズンとオーディンが効果的な説明を付け加えた。仲間の熱い期待を感じ、ハチは胸を張ったつもりで、ぽっこりお腹を突き出した。
「要するに、オレとスイが飛び出して、かあちゃん連呼すれば、はくほー帰ってくるんだな」
「我々にとって、それが理想だ」
「頼んだぞ」
「おうっ、合点だ」
「きゅるり〜っ」
「スイもハチも頑張ってっ」
「・・・・あまり、連呼は勧めませんが・・・・」
正直、かあちゃん呼ばわりは、白鳳の理不尽な怒りを誘いかねないけれど、ハチの避け技はレベルを上げつつあるし、スイを抱きかかえた相手へ、めったな攻撃は出来まい。いざという場合は、後方部隊がハチを庇ってやればいい。



DEATH夫を含めた全員が見守る中、スイとハチはしめしめとほくそ笑む白鳳へ、狙いを定めた。スイをしっかと抱え、ハチは白鳳めがけまっしぐらに突撃した。
「かあちゃ〜んっ」
「きゅるり〜っ」
「・・・・・・・・・・」
丸っこい連中が視界に入り、白鳳はその場で硬直した。ナンパ当初こそ追跡を恐れ、多少どきどきしたが、好き放題やらかしたのに、何も起こらなかったので、すっかり油断していた。まさか、曖昧宿を目前にして、こんなサプライズに見舞われようとは。
「オレ、腹減ったー。早くメシ作ってくりや」
白鳳の引きつった面持ちに気付かず、ハチはにんまり笑って食事をせがんだ。スイも同意して、深くうなずいている。同伴者と親しげな謎の生物は、一般人を戸惑わせるには十分だった。
「な、何だね、これは」
紳士の疑問に対し、白鳳は2匹をチラ見して、しれっと返した。
「さあ?私も初めて見る生き物ですが」
「げげーん!!」
「きゅっ、きゅるり〜っっ」
なんと、白鳳はハチのみならず、スイとまで他人の振りをした。血も涙もない仕打ちに傷付き、涙目になるスイとハチ。人として最低の外道さに、男の子モンスターたちは堪え切れず乱入を決めた。DEATH夫ひとりが傍観を保ったまま、お馴染みの茶番劇を生温かく眺めている。
「白鳳さま、酷いじゃありませんか」
「げっ」
神風の尖った眼差しにびびった白鳳が、中年男の後ろへ隠れる間もなく、他のメンバーもどやどやと駆け込んできた。
「・・・・目先の快楽を優先して、スイ様やハチを突き放すなんて・・・・」
「ハチはともかく、スイ様は実の弟だぞ」
「スイやハチが可哀想だよっ」
白鳳びいきのまじしゃんさえ、頭に来たらしく、目を三角にして睨んでいる。怒りのオーラが滲み出た一同に包囲され、白鳳は自業自得ながら、窮地に立たされた。とは言うものの、ある意味、ありがちな状況なので、簡単に降参したりすまい。ギリギリまで追い詰められようと、反省の色も見せず、ふてぶてしく開き直るのが××野郎の常だ。白鳳は指先で銀の糸をかき上げながら、メンバーをぐるりと見渡した。破れかぶれのムダなあがきに備え、お目付役は微かに目配せしたが、白鳳の対応は予想外のものだった。
「・・・・・宿へ行こうかな」
「「「え」」」
「きゅるり〜?」
てっきり、不毛な攻防が繰り広げられると覚悟したのに、白鳳らしからぬ潔い引き際は、皆を驚愕させた。空気を読んだ的確な判断とは無縁の愚か者のはずだ。ざわめく従者を尻目に、たおやかな手がハチからスイを受け取り、己の左肩へ乗せた。
「これ以上、スイを悲しませるのは忍びないもん」
「きゅるり〜っ」
「なあなあ、オレは?」
「どうでも・・・いやいや、可愛いハチにも悪いことをしたね」
危うく本音を漏らしかけた白鳳だが、不自然な笑顔と共にどうにか取り繕った。やや苦しい言い回しに、神風の怜悧な瞳が鈍く光ったが、白鳳は敢えて視線を合わせなかった。
「そういうわけなので、大変、お名残惜しいですが、私はここで失礼いたします」
瞬く間に蚊帳の外に置かれ、あっけに取られる紳士へ、優雅に礼をすると、白鳳は所在なげな黒衣の死神の方へ歩き始めた。神風とフローズンは狐につままれたような彼へ丁重に詫び、散財に見合う金銭を快く差し出した。白鳳が傍らにいるだけで嬉しくて、年少組は屈託なくはしゃいでいる。
「良かったぁ、やっぱり、白鳳さまは僕たちの主人だねっ」
「そんでオレのかあちゃんだ」
「きゅるり〜♪」
一方、年長組は予想外に白鳳の往生際が良く、手を煩わされなかったことを喜んでいた。
「他者への被害が最小限に留まって良かった」
「・・・・白鳳さまも少しは大人になられたようです・・・・」
「とんだ時間のムダだったな」
誰もが和やかな表情で宿を目指していたが、唯一、神風は腑に落ちない顔をしていた。
(妙だ。自滅前提の暴れうしとは思えない、白鳳さまの分別のある言動。単なる結果オーライでは片付けられないぞ)



最古参のお供だからこそ、白鳳のへっぽこな思考回路は熟知している。少なくとも××関連において、白鳳が失敗を糧に学んだ例は皆無だし、しおらしい態度で反省したと見せかけ、黒い企みを隠していたことも一度や二度ではない。今回も間違いなく裏がある。仲間をぬか喜びさせない前に、真相を暴くべく、神風は白鳳にさり気なく接近し、低い声で囁いた。
「白鳳さま、私は騙されません。さしたる抵抗もせず、我々に従ったふりをして、いったい、どんな陰謀を企んでいるんです」
「ひっど〜い、神風。麗しく、上品な主人に向かって、失礼な発言だと思わないの?」
相変わらず、己を評する白鳳の美化フィルターは凄まじい。なるほど、確かに麗しいかもしれないが、相手の意向を無視して、狙った男を押し倒す時点で、お世辞にも上品とは言えまい。著しく機嫌を損ねた白鳳にかまわず、神風はなおもストレートな物言いで問い詰めた。
「一旦、引き下がり、我々の警戒心を解かせた上で、こっそり宿を抜け出す気でしょう。ひょっとして、別の殿方とすでに密約を結んである・・・とか」
白鳳の脳内を読んだごとき推理に、フローズン、オーディン、スイははっと顔を上げた。さすがは神風。ムードに流され、偽りの真心にほだされる過ちは犯さない。もっとも、ごく稀に誰より甘い態度を取ってしまうのだが、それも主人への深過ぎる愛と忠誠心ゆえか。
「・・・・要するに、金蔓と夜のお相手を別になさったのですね・・・・」
「もう、犠牲者を増やすわけにはいかん」
「ああ、宿へ入った後も、白鳳さまへの監視を緩めないでくれ」
「きゅるり〜っ」
神風の説を早くも事実と認定し、お目付役は気を引き締め、夜遊び対策を語り出した。真剣な顔で話し合う彼らを見遣り、白鳳はぷうと頬を脹らませた。
「ふんだ、気が済むまで監視すれば。私は夕食をこしらえたら、明日に備えて、のんびりくつろぐつもりだよ。ご老公漫遊記もあるし♪」
「今日は強力な刺客が出るんだよねっ」
「おうっ、楽しみだぜ。ヤシチとどっちが強いかなー」
お気に入りの時代劇の名が挙がり、まじしゃんとハチはさっそく話に参加したが、神風たちは依然、腐れ××者へ疑惑の視線を向けている。やれやれという表情で、両手をしなやかに開くと、白鳳は力強い声音で言い切った。
「断っておくけど、件のオトコに限らず、当地で目にした連中にはこれっぽちも未練ないから」
淡々とした口調、瞳に宿る爽やかな光、凪を思わせる気。五感をフルに働かせても、白鳳の言葉に嘘はなさそうだ。だが、日頃の白鳳からは考えられないストイックな宣言に、お目付役もスイも首を捻った。
「なぜです」
神風の疑問へすぐには答えず、白鳳はハチを除く、美形揃いの男の子モンスターをうっとりと見つめた。おのおのの魅力を心行くまで堪能し、白鳳は満足げに言い放った。
「だって、お迎えが目に入った途端、隣のオトコがめっさ見劣りしたんだも〜ん。美しく聡明で強い私の僕と比べたら、あんなおっさん、塵芥も同然だね」
「「「「・・・・・・・・・・」」」」
「あり?はくほー、なんで、オレだけ見ないんだよう」
「最低最悪のバカだ」
「きゅるり〜。。」
白鳳の偽りない本音なのだろうが、あまりにあけすけなコメントに、一同は思わず絶句した。高級店で容赦なく貢がせておいて、思い遣りの欠片もない扱いではないか。普通の人間以上に情が深い彼らは、他者を貶める形で褒められても全然、嬉しくない。しかし、メンバーの微妙な面持ちを知ってか知らずか、白鳳はなおも滔々と胸の内を語った。
「最近、いいオトコと出会えないのは、完璧な従者を見慣れて、基準が著しく高くなってしまったせいさ。このままじゃ、理想の伴侶を見つけるのは絶望的だよ。やっぱ、責任取って、皆が愛人になってくれなきゃv」
巧みに論点をすり替え、ちゃっかり愛人ルートへの誘いで締めた白鳳だったが、もちろん、野望を認めてくれる奇特な者はいなかった。



まず、口火を切ったのはフローズンだった。いつもの可憐な笑みは消え失せ、白鳳を正面から見遣ると、痛い部分をぐっさり突いた。
「・・・・塵芥のわりには、いろいろねだっていらしたようです・・・・」
「うっ」
白鳳の背筋に冷たいものが流れた。横目で窺えば、お供たちの顔付きも一様に険しい。白鳳はイヤな予感に襲われた。果たして、彼らは次々と言葉の礫を投げつけて来た。
「歓楽街までの出来事を、我々が知らないと思ったら大間違いです。白鳳さまの厚かましさには、ほとほと呆れました」
「限定品の指輪やブレスレットを、いくつも買わせていた」
「・・・・料理も三つ星レストランの一番高いコースを指定・・・・」
「きゅるり〜っっ」
「ぎゃっ」
具体的なネタを示され、白鳳は顔面蒼白となった。しかも、お目付役&スイに加え、他のメンバーまで白鳳をびしびし責め立てた。
「ずるいじゃないかよう、はくほー。オレも三つ星レストランで食いたかったぜ」
「一文無しじゃないんだから、せめて、ワリカンにすればいいのにっ」
「恥知らず」
縋りつくように紅い瞳を凝らしても、誰ひとり白鳳の味方はいない。まさに万事休す。現在の白鳳に出来るせめてもの抵抗は、見苦しく恨み言を喚き散らすことくらいだった。
「わざと泳がせた上で、全行程を観察するなんて、ずいぶん悪趣味なやり方じゃない」
「我々が足を踏み入れられない店ばかり選んだのは白鳳さまでしょう」
「そもそも、ばれて困る悪さをしなければいいだけだ」
「アクセや食事の代金は、相手が親切で払ってくれたんだよ。私は疚しい行為は何ひとつしてないし、皆に迷惑かけてないもんね」
白鳳はしぶとく己の正当性を主張したが、いつも通り、かえって墓穴を掘る結果となった。パーティーの財布を握る大蔵大臣は、双眸へ氷雪吹雪を宿しつつ、白鳳をきつく見据えた。
「・・・・白鳳さまの散財を弁償したおかげで、路銀が一気に足りなくなってしまいました・・・・これでも迷惑かけてないとおっしゃるのですか・・・・」
「ええっ、マジっ!?」
フローズンの指示に従い、せっかく賢い節約を続けているのに、道楽者の愚行のため、全てが水の泡だ。下手すると、数日捕獲を休んで、総菜や細工などの露天を開かねばならないかもしれない。スイの解呪を目指す、パーティーの足を引っ張る主人の両脇へ、神風とオーディンが歩み出た。
「さ、白鳳さま、帰るぞ」
「処分は後ほどじっくり検討します」
右に神風、左にオーディンが陣取り、ふたりは白鳳の二の腕をがっちり押さえ込んだ。身動き取れないよう関節を決められ、白鳳は苦痛に耐えかね、大声で叫んだ。
「あ痛たたたっ、ちょっとは手加減してよ」
「ダメです。下手に情けをかけると、逃亡しかねません」
宿ではお説教地獄や厳罰が待っているのだ。白鳳がなりふり構わず、逃げ出してもおかしくない。フローズンの合図で、神風とオーディンは改めて白鳳の腕を締め上げた。
「痛たたたっ、痛いってば〜っ」
「へへっ、はくほー、引っ立てられる悪代官みたいだ」
「ぷっ。ハチ、そんなこと言ったら悪いよ」
「きゅるり〜♪」
「ううう・・・惨め」
ハチの的を射た表現に、スイやまじしゃんはおろか、DEATH夫まで笑いを噛み殺している。止せばいいのに、あわよくばと、愛人話を振ったのが失敗だった。うっかり、藪をつつかなければ、どん底へ叩き落とされる羽目にならなかったものを。意気揚々と歓楽街へやって来たにもかかわらず、まるで犯罪者のごとく、従者たちに連行される白鳳だった。


FIN


 

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