遅れて来た中年
男性向けエロ漫画には二種類しかない。十代〜二十代向けの美少女(ロリコン)漫画と、三十代以降向けのエロ劇画だ。前者は月刊誌が五十誌以上あるが、後者は半分以下。もう十年もしたら、エロ劇画はときのような存在になってるかも。エロ劇画全盛時代(七十年代後半)に業界入りし、恩義を感じねばならぬ筆者だが、実は「早く滅びちまえよエロ劇画!」と、バチ当たりなことしか考えてない。
理由は、エロ劇画家を見るのがつらいから。若手はもう劇画に見向きもしないから、彼等のほとんどが四十代半ばから五十代(筆者は四十五歳)。一番子供の教育費等で金のかかる時期だが、執筆エロ劇画誌は次々廃刊に。学歴や特技や家柄に乏しい彼等が、転職出来ようはずもなく、筆者が下請け編集する『漫画バンプ』にも、近頃はよく持ち込みが訪れる(エロ劇画誌は他に、『漫画ローレンス』『スーパーコミック』『漫画大悦楽号』等が有名。これに対し、『ペンギンクラブ』『ホットミルク』『ドルフィン』『夢雅』等は、美少女(ロリコン)漫画誌に区分けされる)。
タイプは決まってる。肥満して脂性のアバタ面したハゲか、肝臓を病んで黄ばんだ面相の猫背のヤセギスだ。おまけに全員が無愛想。確かにエロ劇画描くしかない。「じゃ、作品拝見!」と、ポカンと口開いてジロジロ当方の顔(アバタヅラ)を舐め回してる、彼等の原稿に目を。むろん読みゃしない。ネーム(台詞)は、「イヤだイヤだと言いながら、下の口はグチョグチョじゃねえか!」程度だし、ストーリーも、インポ気味の主人公が痴女に電車で遭遇、ピンピンになってふと気づけば、相手は変装した女房だったってな、七十年代末からの伝統芸一筋だから。絵柄もほとんどが池上遼一のパクリ。
「で、あなた、今まで原稿料いくらもらってたの?」「最低で一万です。それくらいもらわないと、家族で食べてけませんから」
「あんたに一万も払ってたから、『漫画×××』は廃刊になったとは考えないの?」「え…そ…それは編集の方の問題で…」「確かに編集はアホだわな。あんたにそこまで払うたぁ。単行本が二万、三万と売れる場合もある美少女(ロリコン)系漫画家だって、一万以上もらってんのは全体の一割。それを売れねえから単行本にゃ絶対にならず、部数も減る一方のエロ劇画誌が、しかも、仕事が欲しくて持ち込んできたあんたに、何で一万も出さにゃならんの?」「で…でも僕にも生活が…」「関係ねえんだよ俺にゃ!」
誰にも生活はある。しかし世間が、常に自分の生活水準に合わせて値付けをしてくれるはずがなかろう。こんな小学生にもわかる理屈が、理解出来てないエロ劇画家が多すぎる。高校卒業後、七十年前後にアシスタントになったりデビューした彼等には、バブル経済崩壊に五〜六年遅れ、漫画界全体が縮小しつつある現実を、直視する勇気がない。中でもエロ劇画は、すでに八十年代初頭から滅亡街道まっしぐらなのに(七十年代末には月刊誌が八十誌近くあった)。スーツは着てなくも、精神構造は山一社員と同じ。血税に頼らぬ点は立派だが。
「い…いくらなら…」「八千円以上ならいらない」「じゃ、七千円で…」「いや、七千五百円は出すよ」「ありがとうございます、どうも!」納得してもらえる場合もあるが、怒っちゃう人も多い。むろん月産四十〜五十枚が限界のエロ劇画家にとって、一万円は当然の要求だ。しかし、業界にそれを支える余力はすでにない。
ただ、四十五歳以上の連中はまだいい。絶頂期を生きただけあり、一戸建てマイホームをかなりの割合で持っている。可哀想なのは、三十代半ばから四十代前半の、”遅れて来たエロ劇画家達”。マイホームどころか、したいのに結婚も出来ず、いつの間にやら出腹兼バーコード頭(ヘッド)。そんな連中が原稿を持ち込み、「稿料はいくらでもいんですヨ」と上目遣いにつぶやく姿を見ていると、「こんな原稿タダでもイ要らん!!」と絶叫したくなる。
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