嫌われ者の記 (187回)


7月×日…夕方、九段下交差点の交番へトボトボ。昨夜、拙著『出版業界最底辺日記』(ちくま文庫)の見本が完成、担当のMさん(初期裏ビデ男優風)、南陀楼綾繁、アンナとの4人で痛飲。朝事務所で目覚めたら、何とバッグがなかった(幸い、3ヶ月分で30万近い高崎〜飯田橋間の新幹線定期、キャッシュカード入りの財布は無事)。近所の「串鉄」か「一番や」に忘れたのだと高をくくっていたら、ない。落として現金だけ抜かれ、歩道の植え込みにでもとあちこち探したが影も形も。で、ワラをも掴む気分で。いい年して呆れられると思ったが、対応したK巡査が礼儀正しく親切で、久々に国家権力の手先に心底感謝。結局、一週間後に出てきた(俺は3軒目に、「大王」なる中華にも行ってたのだ。常連だが向こうも勤務先は知らないし、持て余してたらしい)。麹町警察署の、拾得物の女性担当者に電話。「御迷惑おかけしましたが、無事見つかりまして…」「良かったですね。わざわざ連絡いただいて…。届出は削除しときます。」これまた感じ良し。「九段下交番の、K巡査には非常に親切にしていただきました。お礼言っといて下さい」「はい!」帰りの新幹線で『堂々たる人生 谷崎潤一郎伝』(小谷野敦・中央公論社・本体2400円)読了。例の調子で文豪を語っているのがうれしい(小谷野センセ、アマゾンで角川書店刊、『うつうつひでお日記』に対しても、“いくら吾妻ひでおであっても、つまらないものはつまらない”と、シビアなレビューを書き込み、男を上げていた)。『水獣』(富岡多恵子・新潮社’85)に。嫌らしさの権化のような大学教員、東田遥のモデルが知りたくてたまらない。

7月×日…カワディMAXと、初の単行本の打ち合わせ。題して『犬少女』。10月末に一水社から。「カラー原稿、ちったあ描いた事ある?」「全然!」最初は誰もだ。1年前にネームが入ったままだった佐々木みずきの原稿が、ようやく北海道から。『ジェイド』VOL.3用に(出ればの話だが…)。『漫画ピンクタイム』の打ち合わせを、小海隆夫と電話で。結婚した長女に子供が出来て、お爺ちゃんになったと(俺と同じ52歳)。「今度は小海爺ちゃんて呼ぶ!」「やめてヨ」昼飯ついでに神保町の書店を歩き、自著の動きをチェック。結構動いてるが、ここらでは売れて当然(初期裏ビデ男優の話じゃ、都心の大型書店ではいいが、地方で弱い同文庫の昔からの傾向が、俺の本は極端に出ると。う〜む…)。

7月×日…『東京新聞』の群馬版を見てムカムカ。5年前高崎の問屋町で、高崎署の覆面パトカーの警官が身分を明示しないで大学生に職質。やくざと間違え逃げ出した同人は交通事故死、遺族が訴えていた。最近5000万で和解したが、高橋泰博県警本部長は謝罪せずと。和解金は高橋本部長、事件当時の本部長、高石和夫の両人に折半で払わせろ。朝の上信線で、『大政翼賛会に抗した40人 自民党源流の代議士たち』(楠精一郎・朝日新聞社・本体1200円)。自民党機関紙、『自由民主』に掲載されたというが、編集長、杉本博昭には骨が。ただ、池田大作のお蔭で命脈を保ってる今の同党は、翼賛選挙下、“売家と唐様で書く三代目”と、弾圧の張本人東條英機はおろか、暗に昭和天皇まで果敢に批判した、尾崎行雄他の志からは、随分と遠い所まで来た。

7月×日…すずらん通りの「書肆アクセス」で、自著に20冊サイン。売れ行きもだが、もっと心配なのが畠中店長。簡単な手術で入院したが、退院が遅れていると。う〜む…。帰社。トリウミユウキが窓際の机で、『ジェイド』の仕上げを。2ヶ月に1本、16P前後でなぜ遅れんのだか。勤務先のホテル、休みすぎで首になったとグチグチ。「知るかそんなこたっ!!」と一喝。腐った根性の野郎だ。いトうに電話。「新刊もだけど、昔のコミックスの読者プレゼント用サイン本、何冊か残ってんだろ?」「そうなんですよ。いいかげんにケリ付けないと、サラ金みたいにドンドンたまっちゃって…」今進行中の仕事が一番大事ゆえ、結局は先送り。夜、「新宿ジョイシネマ」で『デスノート前編』(監督・金子修介)。劇場は場内が明るすぎて最悪だが、作品は及第点。特に脚本が(大石哲也)ガッチリ。ただ金子演出は相変わらず臭い。キラへの街頭インタビューの下りでは、あそこまで“演技指導”しなくても…。後編はもっといい劇場で。総武線で『思索の遠近』(高田博厚・読売新聞社’75)。放り出したくなるエラッソーさ。自伝、『分水嶺』にはここまで説教臭さはなかった(フランス馬鹿)。

7月×日…大雨で、長野県の岡谷、諏訪方面に被害と。聞いた事あると思ってたが、阿宮美亜の地元じゃん。“大丈夫でしたか? 俺の本買うのを忘れないように”との一文をFAX。翌日、本人から電話。「全然大丈夫じゃないですヨ。床上まで全面浸水。『週刊漫画』の編集部も、事情を察してくれると思ったら全然で、仕方なく2階で泣きながら仕事を…」「昔の生原稿とかどした?」「それが不精のおかげで助かりました・」「!?」「原稿や本がたまっちゃったんで、物置を建てまして。けど、仕事にかまけて、移すのさぼってたんです。その物置が全面的に流されて…」「悪運の強えアマだ。生原稿は単行本になった分も、ちゃんと保存しときな」「何の価値があんです?」「『まんだらけZENBU』とか見りゃわかんだろ。今後ますます漫画は産業的には衰退すんだろが、元売れっ子の生原稿は、糞高い値段で取引されるようになるって!」「本当ですか!?」「絶対だ。何なら俺が代理で売ってやる!」「ええ〜っ!?」(疑惑度120%)結局、、拙著を水害見舞い代わりに送るハメに。坪内祐三が『週刊文春』のコラムでほめてた、『寺山修司・遊戯の人』(杉山正樹・河出文庫・本体920円)を、「エリカ」でコーヒーすすりながら。確かに面白いが、書き方の形式を含め、臭くてベタベタしたトコは興味外(芸風が嫌い。)買ったまま未読の、高取英の『寺山修司』(平凡社新書・本体700円)は?

7月×日…『ジェイド』の青焼きが、図書印刷から出始める。前回はなかなかの水準だったが、今回はスミベタ修正指示を全部白地にしたり、ドジだらけ。担当に言う。「だいたい2回目は何でもダレるが、同じ人間がやったたあ思えん」「いえ…同じ者では。最近、オペレーターが辞めちゃってて…」久々に聞く台詞だ。景気が回復?(全く実感はないが)青焼きを全面的に出し直させる事にしたので、急に暇に。アンナと新宿無駄話。「あんたが酌婦やってる店、歌舞伎町のどこ?」「一番街ですよ。今度来て下さい。」「行くかな、タコ多田とでも。何時から?」「夜9時30分頃から、翌朝の5時まで」「まともな人間のする仕事じゃねえ」「へへへ」「で、損保ジャパンにある、東郷青児美術館って行った事ある?」「西口の高層ビルですよね。行きたいんですけどまだ…」「42階にあんだよ。“アメリカンポップアート1960’S〜2000’S”てのに俺も初めてね。展示は悪くなかったけど、ゴッホのひまわり持ってんだな、あそこ。売店で、やたら“ひまわりグッズ”売っててショボかった。荷物預けるロッカーの鍵は3割方壊れてるし、客にまともな支払いもしとらん、インチキ保険屋のする文化活動のレベルは知れてんな」「でもいいなあ。行けるだけ」「たった800円!」「何だ」「………」。帰りは『疑惑のアングル 写真の嘘と真実、そして戦争』(新藤健一・平凡社・本体1800円)をずっと。風呂敷の広げすぎ。著者が東中野修道と仲良しとは知らなんだ。自室で『砂漠の鬼将軍』(監督・ヘンリー・ハサウェイ・’51米)。ロンメル元帥役のジェイムズ・メイスン、妻役のジェシカ・ダンディの、濃厚な演技にググッと(東村山のアバ・コーポレーションの、500円DVD。もちろん、画質は最悪。「日本特価書籍」で450円)。

7月×日…本欄を書くため、読了済みの松尾スズキの本を何冊もパラパラ。確かフセンを貼ったはずなのに…。松尾と故刹奈が、「ロフト・プラス・ワン」で、カラオケをやる下りが。最近奴の本は何冊も読んでいるので、フセンが落ちちゃっては特定して引用できない。刹奈さんに、どういうきっかけで知り合ったのか等、生前詳しく聞いとくべきだったが、あの頃はまだ松尾スズキに、何の興味も抱いてなかったし。

7月×日…「新文芸坐」に『珍品堂主人』(監督・豊田四郎・’60東宝)を観に行く前に、「ジュンク堂」池袋店に寄り、文庫コーナーをチェック。内心では増刷を夢見てたんだけど、甘かったなと少し弱気に…。(つづく)