暴走!Dカネさん
エリア『ウラインターネット 4』――リベレートミッションの舞台である、そこを支配するダークロイドは、ダークカーネルだった。
チーム・オブ・カーネルのチームリーダーとして、ロックマン達を率いてきたカーネルが、ダークロイド化した姿だ。心強い仲間が敵にまわると、これほどタチの悪いものはない――その場にいる全員の、実感だった。
ヤミの穴は全て塞いだ。砦パネルもすべて消し去り、ダークパネルのリベレートも完了した。残るは、エリアを支配するダークロイドのみ、だ。
ダークカーネルは、強かった。
元々彼は、剣と重火器、遠近両方の武器を使用する、戦闘力の高いナビだ。それが、ヤミの力のせいでさらに攻撃力が上がっている。
シャドーマンは、オーダーポイントを使用し“ヤミウチ”でダークカーネルのHPを削った。
ナンバーマンは、ナンバーボールを転がしたが、カーネルの素早い動きにかわされてしまった。
何よりロックマン達を苦しめたのは、彼の必殺の剣、スクリーンディバイドだった。右斜め上に切りつけてくる刃は、三連続で広範囲を切り裂く。
また、ダークカーネルが設置した置物からは、カーネルアーミーが出現し、攻撃してくる。
スクリーンディバイドを避けようとして、背後からカーネルアーミーに撃たれる。
チーム全員が、大きなダメージを受けていた。
特に“ヤミウチ”を試み、ダークカーネルに接近したシャドーマンのダメージは大きく、とうとう行動不能に陥っていた。
それでもまだ、ダークカーネルは平然とサーベルを構えていた。
『――さて、ロックマン』
ゆっくりと――まさに睥睨、という表現がふさわしい視線が、チームの一人一人に向けられる。その動きが、青く小柄なナビで止まった。
『お前に言いたいことは、ただ一つ』
一体、攻撃の手を緩めてまで、何を言おうというのか。
『私の嫁になれ』
その瞬間、電脳世界、現実世界の垣根は、完全に消滅していた。
「え――――――――!?」
「はあ?」
「……え?」
表す態度は人それぞれ。しかしその態度が意味するところの感情は皆一緒。“驚愕”だった。
ネットナビ達は電脳世界でぽかーんと口を大きく開け。
それぞれのナビのオペレーター達もぽかーんとしてしまっていた。
熱斗の背後――バレルの仮司令デスクの辺りで、ガンッとすごい音がしたが、誰も気にも留めない。
『これまでのお前の戦いぶりは、なかなかに素晴らしいものだった』
唖然・呆然とするロックマン達をよそに、ダークカーネルは滔々と語り始めた。
『このウラインターネットというのは、まさに弱肉強食。闘わなければ、生き残れない世界だ。そのため、ウイルスオモテのものに比べ凶暴になっている。
その中を進んでくるお前の姿には、目を見張るものがあった。
リベレートミッションが始まる前にも言っただろう。『お前には見覚えがある』と。そしてお前を見ていると、なぜか心が騒ぐ……私はこの不可解な状態を分析し、その回答を得た。
そう、この気持は、きっと恋!!
お前の体でヤミの力を試したかったのも、そのせいだったのだ!!』
……握りこぶしで熱く、熱く語るその姿には、味方だった時の冷静さも、敵となった時の冷酷さも、微塵もなく。
ただただ、ロックマン達は、ぽかんと全員仲良く口を開いていた。計算外の状況に、ナンバーマンの頭が煙をあげている。
「……これも、ダークチップの影響…?」
「これはまた、おかしな方向に影響が出たでマスなあ…」
ダークカーネルの勢いに流されまくっている電脳世界の面々に比べ、やはり心理的・物理的距離の賜物だろう。現実世界で、ケロと闇太郎が疑問を口にした。
もっとも、正直二人とも答えは期待していない。
ダークチップは本来、相手を躊躇いなく傷つけ、憎しみや怒りといった負の感情を開放する傾向がある。いわば、人間で言うところの理性のタガが外れた状態だが、その外れたタガが、破壊衝動など攻撃的な方向ではなくカーネルの感情解放という、ある意味あさっての方向に発現したらしい。
ちなみに、いつもならその裏表のない感情のままに動くトマホークマンもディンゴも、予想外のことに驚くことも忘れて、口をあけたまま固まっている。トマホークマンは、トマホークを落としたままなことにも、気付いていない。
『さあ、ロックマン!!』
一度はサーベルに変形させた右手を元に戻し。
ガシッ!とその両手で、はるかに小さなロックマンの両手を包むように握りしめ。
『共に新たな世界に旅立とうではないかっ!!』
感極まったのか、ブンブンと大きく両手に上下に振って言い放つ。その内容は、どう聞いてもプロポーズです、本当に(ry)。
当の本人は、あまりのダークカーネルの勢いに流されるままになってしまう。
そのまま、しっかりちゃっかり、ロックマンの柳腰に左手を添え、あさっての方向へ促す男の勢いが地になるかと思われたその時、絶妙のタイミングで“待った”が入った。
「そんなの、駄目に決まってるだろ!!」
声の主は、ロックマンのオペレーター、光熱斗。
顔を真っ赤にしたその表情は、今にも電脳世界のカーネルに噛みつきそうだ。
よく言った(でマス) 熱斗(君)!と誰もが思った。さすがオペレーター、ダークカーネルの素っ頓狂な言動に惑わされず、ナビの危機には即対応!と。
しかし。
「パパとママに許してもらわないで、勝手にそんなことできるはずないだろう!?」
……ゑ?
「知らないのかよ、カーネル。結婚する時は、ちゃんとその人のお父さんに「お宅のお嬢さんをください」て挨拶しなきゃいけなんだぞ!!」
胸を張って言いきる熱斗は自信たっぷりだ。
……熱斗君、論点がずれてませんか?
それがパニックのせいか、それとも素か、他のメンツには判断できなかった。
結婚申し込み云々は、ドラマの中の話だから、ついでにその話だと前提条件として結婚するのは男女だから。
同じニホン人のミヤビに闇太郎は内心つっこむ。この際、「まあ、日本ではそんな風習ですの?」と素で感心しているプリンセスと、「スクープ?これってスクープ?」と特ダネアンテナが立ちかけたアナウンサーは、無視だ。
色々とズレた熱斗の発言にしかし。
『ふむ……そういうものなのか』
ダークカーネルは、納得した!
『『お父さん』というと、この場合、光博士だな』
しかも真面目に考えている。
どうやらダークロイドと化しても、根は生真面目なままらしい。
『ではこれから許しを得に行くことにしよう!』
加えて無駄にアクティブだ。
ロックマンを両手で抱き抱え、踵を返す。
『さあ行くぞ!ダークチップファクトリーに!場所は富士山だ!』
……あっさりと、ネビュラの本拠地が判明した。光博士が捕らわれている場所こそが、ネビュラの本拠地に間違いないことは、それまでのバレルの調査でもわかっている。
「待てよカーネル!俺も行く!」
「熱斗!お前も待てよ!俺もつれてけ!!」
恐れ知らずの子供達は、一緒に駆け出して行こうとする。おそるおそる、他の大人達は背後を――仮司令デスクを振り返る。
のっけからの、ダークカーネルの「嫁に来い」発言から、その一角だけ、どんどん空気が澱んでいるのを肌で感じていた。
はっきり言って、怖い。
振り返りたくない。
けれど突発的な事態に、リーダーの指示を無視するわけにはいかない。
バレルは、見事な血涙を流していた。
Copyright (c) 2009 All rights reserved.