「カーネル!」
嬉しそうに、自分の名を呼ぶ声がする。
声の方を向けば、明るい笑顔が自分を迎えてくれる。
幸せだった。
嬉しかった。
それ以上のことなど、望めなかった。
ずっと、待っていた。
“この時代”から20年前の世界――本来の私のいる時代――では、技術の差で自分のように自律的な思考・行動
パターンを持つナビはいなかった。
必然に導かれて出会った彼は、素直に自分を慕ってくれた。
信じてくれた。
頼ってくれた。
まるで、それが当然のように。
「出会う」ことが必然であっても、感情までは、そこに介在することはなかったはずなのに。
いくつかの紆余曲折を経て、自分は再び彼にとって過去の世界に戻り。
彼は当然、誕生しておらず。
だから待った。
彼の誕生を。
そしてさらに待った。
彼が、『彼と別れる前の私』に出会うのを。
そうしなければ、歴史が変わってしまうから。
「私」を知らない彼と、「今の私」が出会うわけには、いかないから。
私は、待った。
ずっと、待っていた。
再び彼に出会える日を。
気付けば、私が彼と初めて出会ってから、70年近くの年月が過ぎていた。
そして再び出会った彼は――――。
名を呼べば、笑顔で応えてくれる。
笑顔で、私の名を呼ぶ。
嬉しそうに、私に手を伸ばす。
手を伸ばせば、嬉しそうに握り返してくれる。
望めない。
これ以上のことは。
以前と変わらず、彼が自分を慕ってくれ、
信じてくれ、
頼ってくれるのだから。
望めない。
これ以上は。
「ねえ、カーネルも外、行こうよ」
たとえ彼がそう望んでも。
「僕もみんなにカーネルを紹介したいよ」
私は、自分の危険性を十二分に認識している。
「なあ、少しぐらい、大丈夫じゃないのか」
彼のオペレーターもそう言ってはくれても。
そして、私のオペレーターが誰よりも心を砕いた相手だとしても。
おいそれとは、頷けない。
私がこの時代、この場所にいること自体が異常事態なのだ。
大国の軍用ナビであり
体内に設定された運用年数が半世紀を軽く越え
さらには地球外文明によるブラックボックスまで内蔵し
その能力は未知数
そんなモノを、野放しにしておけるはずがない。
しかも、その化け物には、枷となるオペレーターすら存在しないのだ。
だから、バレルが逝去した際に軍が私を接収しようとしたのも、当然だ。
彼らにとって、私は核兵器にも等しい危険物なのだから。
出来ることならば破壊したい、けれど破壊するにはその未知の能力があまりにも魅力的な――。
けれど、彼は――彼らは、そんな『化け物』が傍らにあることを、許してくれている。
以前と変わらず、
笑い、
慕ってくれ、
信じてくれ、
頼ってくれる。
だから私は、これ以上を、望まない。