或る仕事人の独白
アメロッパという国は、有体に言って、大国だ。高い科学力に、長い歴史、おまけに世界第一位の軍事力とあっては、自分の国が『世界の秩序を守る』なんていう勘違いをしてしまっても無理もないかも知れない。――はっきり言って、迷惑だけどもな。
そんな大国の首都にある、五つ星ホテルともなれば、外観もエントランスもハイレベルなのは、当然のことだ。
私は、PETで時間を確認した。
時計のデジタルは、22:00を表示している。
夜、だ。
ホテルのはす向かいのレストランで、私は夕食のハンバーガーに齧りついた。
少しばかり焼きすぎたのか、焦げ茶色の丸いバンズに、レタスと、焙ったベーコン、そしてパテを挟んだオーソドックスな代物だ。……全世界規模のファーストフードチェーン店のものとは違う、噛みごたえと肉汁が溢れてくるパテに、思わず唸る。
うむ、うまい。
下手に高級な料理よりも、こういったカジュアルというか、ファーストフード系の食事の方がうまいのは、アメロッパの不思議の一つだ。
ついでに、量の多さも、不思議の一つだが。
どうしてコーラのSサイズが、ニホンのLサイズと同じ量なんだ。
他のサイドメニューの量も言わずもがな。
だから太るんだ、アメロッパ人は。これにフライドポテトを付けた日には、間違いなく、カロリー過多だ。
だから今日の私の夕食は、このハンバーガーにコールスロー、そしてSサイズのコーヒーだ。
遅めの夕食を取りながら、私はホテルの入り口を見張る。このレストランの窓は道路に面しており、ここからホテルの入り口がよく見える。
午後10時――ニホンの小学六年生ならば、もう出歩かない時間だ。加えてここは、異国の地、アメロッパ。普通の子供なら外に出ようとは思わないだろう。
普通は。
―――…フツーは、な。
だが私が『観察』している子供は、フツーといえばフツーだが、その行動力は『普通』とは到底言い難く。
どころか、大人ですらたじろく状況であっても、自分のなすべきことがあるのなら、まっすぐに突っ込んでいくような子供で。
しかも恐ろしいことにその行動は、一般的に『カン』とか『思い込み』と呼ばれるもので。思い込んだら一直線。
もっと恐ろしいことには、そのカンが正しい、てところだが。
――そう、光熱斗が駆けていく先には、事件の犯人が、本質が、潜んでいる。
そして彼は、それらを、自分の相棒であるカスタマイズナビであるロックマンと共に粉砕する。
あの子供が、文字通り『世界』を救ったのは、一度や二度じゃない。
とはいえ、私も本気で彼の外出を見張っている訳では、ない。
今日彼は、アメロッパのある砂漠で、また事件を一つ、解決してきた。
その砂漠では、二か月前、突如夜空に現れた発行物体が、地上に落下した。落下した際に出来たクレーターは約五km。落下地点では、今も異常な熱と蒸気に覆われているらしい。当然、アメロッパは調査団を派遣した。ところがその調査団に異常があり、連絡もつかなくなり――。
だがそれも、光熱斗と伊集院炎山、そして彼らのカスタマイズナビ達の活躍によって、解決した。
で、だ。
現実世界に侵入して実態化したウイルスと、命懸けの追いかけっこをしてきた子供に、夜遊びをする元気があるかと訊かれたら――……ない、だろうな。
体力的には、光熱斗は普通の子供だから。
だから私は、こうしてハンバーガーなぞを食べている訳だ。場所がホテルの出入り口そばのレストランなのは――一種の職業病だ。
『観察』する必要は、今はないはずだからだ。
それにしても、小学生が一流ホテルか…。
子供のうちから贅沢を覚えると、ロクなことにはならないが――仕方ないか。私が見張っている少年は、ある意味VIPだからな。それにこう言ってはなんだが、このホテルになったのは、同泊者のせいだろう、と思う。
私の観察対象である光熱斗は、現在のネット社会の基礎を築いた光正博士の孫にして、ネットナビを開発した光祐一郎博士の息子であり、ある意味、ネット社会のサラブレッドだ。
そして今日の同泊者伊集院炎山といえば、光熱斗と同じ小学生ながら、I.P.Cの副社長にしてオフィシャルネットバトラーという二足できかないワラジを履いている子供だ。
おそらく彼が熱斗を説得して、このホテルに連れてきたのだろう。現実世界、電脳世界両面から信頼のおけるセキュリティを誇る、ここを。
ちなみに、光熱斗の父親である光祐一郎博士は、クレーターそばの調査団のベースキャンプで徹夜だろう。彼を見ていると、仕事中毒者(ワーカーホリック)という言葉を投げかけるしかない。
ただ、彼の場合、仕事=研究=趣味だからな……。いつか過労死するぞ。
――――私には、関わりのないことだが。
コーヒーで咀嚼した食い物を流し込もうとした時、PETが小さく鳴った。
<メールだぞ>
PETの中でナビがメールをかざした。すぐにそれを開く。
こちらのアドレスを知っている人間は限られている。
となれば、『あいつ』絡みの仕事だ。
メールは、2行の英文だった。
メールに目を通し―――……。
私は急いで残りの食事を口に放り込み、席を立った。