むかし むかし
3話


そうしてカーネルが熱斗君を見つけてから
とうとう

まるっと一日が

たってしまいました。
お日様は、空高く昇っています。
カーネルが熱斗君を見つけたのと同じ時間になるのは、

二回目

です。

「いつ起きてもいいように、スープも作ってきたんだがなあ…」

ほかほかのスープを持って、
バレルさんは客間の扉を開けました。

これで温め直すのは三度目です。
お肉もお野菜も、ほとんど形がなくなったので、
改めてのお肉投入です。

ちなみにこのスープ、バレルさんの手作りです。
バレルさんは魔族で、魔法も当然使えましたが、
なぜだかこういったものは“自分の手"でする方が好きなのでした。

<おいしそうですね。……僕はいただけませんが>

ランプのほやの中から、彩斗君が覗き込みます。
炎の色も、露草のような明るい青になり、
ぱちぱち
火の粉もあがります。
すっかり元気になったようです。

その時です。

「ごはんーーーーー!!!!」

突然、熱斗君が起き上がりました。

「腹減ったー!」

思わずバレルさんは熱斗君にスープのお皿を渡してしまいました。

「うっわー!うっまそー!
 いっただきまーす!!」

パンッ
と両手を合わせ、
熱斗君は食べ始めます。

はぐはぐ
とジャガイモやニンジンを
ごくごくと
スープを飲み干して。

スプーンは、まるで振り子のように、
口とお皿を往復します。

見ているだけで気持ちが良くなるような食べっぷりです。

とても少し前まで

の様に眠っていたとは思えません。

大皿のスープは、
あっ
という間に
からっぽ
です。

「おかわり!」

笑顔いっぱい、元気よく
お皿を差し出す熱斗君に、
とうとうバレルさんは声をあげて笑い出してしまいました。


「君は今の状況を分かっているのかい?」

どこかも分からない家で、
誰かも分からない相手から、
出された食事に、
『おかわり』まで。

〈警戒心がなさすぎだな、お前の弟は〉

小さくカーネルは呟きます。

けれどバレルさんは、熱斗君がすっかり気に入ってしまいました。

あっという間にスープを飲み干してしまうほどお腹が空いていたのに、
熱斗君はちゃんと

いただきます

をしたのです。
きっと、お父さんやお母さんがしっかりしつけたのでしょう。
元気があって
礼儀も知っている人間を
バレルさんは
嫌いではありませんでした。

「あ…えー…」

熱斗君はお皿を持ったまま固まります。
言われてみればそうです。

「えーと…すいません、ここ、どこですか。で、おじさん誰?」

いささか遅すぎる質問に、
バレルさんは簡単に答えました。

「私はバレル。
そしてここは、私の家だ。
――おかわりは?」
「いただきマス」

きょろきょろと熱斗君は周りを見渡します。
そしてやっと。
ベッドの脇で、足を揃えて座っているカーネルにも気付きました。

「うわっ!でっかい犬!」

……わかりやすい反応です。

「そいつが、君を見つけたんだ」

バレルさんの言葉に、熱斗君はまじまじとカーネルを見つめました。

「そうなの?」
「ああ。森の中で行き倒れている君を見つけて、私のところまで運んできたんだ」
「すっげー賢いんだ、この犬」

心底感心したように、熱斗君は頷きます。

「名前は?こいつの名前!」
「カーネル」
「……そっか、カーネル、か。……ありがとうな、カーネル!」

ニッコリ、満面の笑顔で熱斗君はお礼を言いました。
人間に対するものと、まったく変わらない、
心からの「ありがとう」
でした。

お腹も気持ちも落ち着いたことを見計らって、
バレルさんは熱斗君に訊きました。

「それで?
俺としては、君が何故俺の家の敷地内の森で行き倒れていたのか、
理由を聞きたいのだけれど?」
「あ……はい…」

お陽様のような笑顔を引っ込めて、
熱斗君はバレルさんに
いろいろと
説明し始めました。


お父さんとお母さんが、先日事故で亡くなってしまったこと。

お父さんにもお母さんにも、熱斗君が頼れるような親戚は一人もおらず。

熱斗君には他に家族もおらず、天涯孤独になってしまったこと。

どうしたらいいのかわからず、お父さんの遺品を整理していたこと。

お父さんのお仕事仲間らしい人のお手紙と住所を見つけたこと。

そのお手紙には、
お父さんの研究が『独創的』なこと、
いつか必ずお目にかかろう、
そんなことが書いてあったこと。

自分の「これから」を考えていた熱斗君は、
そのお手紙にとても心が引かれました。


大好きなお父さん。
熱斗君には難しくすぎて、よくわからない研究をしていたお父さん。
この手紙をくれた人なら、お父さんの研究のことをよく知っているかもしれない。
お父さんの研究を教えてもらえるかもしれない。
……お父さんの研究を、熱斗君が引き継げるかもしれない。

そう思って、熱斗君は、そのお手紙を書いた人を訪ねることにしたのでした。

バレルさんは、
黙って熱斗君の話に耳を傾けていました。
熱斗君の話は、
バレルさんが
前もって彩斗君から聞いていた内容と一緒
でした。

熱斗君の話は続きます。

その人の名前は、

Dr.ワイリー

と言いました。

そして熱斗君は、
Dr.ワイリーの手紙の住所を探して
旅を続けていたのでした。

「その人」の名前を聞いた瞬間、
バレルさんは頭を抱えたくなりました。
その人を、とてもよく、バレルさんは知っていたからです。
本当に、
とても、よく。

カーネルも何か言いたげにバレルさんを見上げます。
カーネルも、
「その人」のことをよく
知っておりました。

「それで…」
「もういいよ」

もっと話そうとする熱斗君を、
バレルさんは止めました。

「君の事情は大体わかったからね。
……沢山喋って疲れただろう?
休みなさい」

そう言って、熱斗君の上掛けをかけなおしてくれます。

「でも…」


熱斗君はもっと喋りたかったのです。
バレルさんに聞きたいこともあったのです。
けれどやっぱり疲れていたのでしょう。
すぐに熱斗君は静かな寝息をたて始めました。

「……とりあえず、君たちの事情はよくわかった」

バレルさんはランプの中の彩斗君に話しかけます。
熱斗君と彩斗君のお話に、違っているところはありません。
でも。
そうすると、いくつか考えなければいけないことがあるのです。

どうしようか?
どうするんです。

バレルさんとカーネルは、顔を見合わせました。