●● 夏の風物詩〜ある日のC.C〜 ●●
暑かったので、小話
ニホンの夏は、暑い。
今年は長梅雨だったせいか、冷夏の恐れも出ていたが、なってみればそんな心配ど
こ吹く風。
『もうちょっと涼しくならんかー!』と思わず太陽に暴言を吐きたくなる日が続く。
そしてニホンの夏は、気温よりも問題は湿度。
気温自体は、アメロッパの砂漠地帯の方が高いが、湿度が低いため、そちらの方が、
不快度は低い。
はっきり言って、直射日光さえ浴びず水分の補給さえ出来れば、砂漠の方が快適で
ある。なんと言っても、汗をかかないのだから。
そんなわけで、クリームランドの麗しのプリンセス、プリンセス・プライドは、ニ
ホンのヒグレヤの秘密基地内でへたっていた。
「日本の夏は暑いと、ライカから聞いておりましたけれど…」
プリンセスは、クーラーのまん前の席に座りながらも、帽子でパタパタと扇いでいた。
「これほどとは思いませんでしたわ…熱斗は毎年この暑さを経験しているのですね」
さり気に突っ込みどころのあるせりふを呟きながら、愛らしい唇を尖らせる。
「今年が異常なんだよ、プライド。俺だって暑いもん!」
熱斗もあまりの暑さに、トレードマークのオレンジ色のジャケットを脱いでいる。
「こんなに暑いときはあれだよ!カレー!食べに行こう!プライド!」
『熱斗君…原理的には正しいかもしれないけど…』
ロックマンは半分呆れ気味に口を挟む。
暑い時に、熱い物を食べることで発汗を促し、その汗の気化熱により涼しさを得る、
というのは冷房技術の発達していない古からの、古式ゆかしい方法だ。
が、しかし。
「…熱斗…この暑いさなかにカレーは食べたくありません…」
プライドの返答もむべなるかな。
そこに登場したのは、この部屋の本来の主・日暮闇太郎(ただいまお嫁さん募集中)。
「暑い夏といえば、やっぱりこれでマスー!」
いつもの長袖シャツを腕まくりしながら、胸に抱えているのはコルドベアのそっくり
さん。
「闇太郎なんだ、それ」
プライドの近くで壁に寄りかかっていたディンゴが、大儀そうに体を起こした。いつ
ものフードはもちろん、脱いでいる。
ニホンの子供、熱斗にはその正体がすぐにわかった。
「わー!日暮さん、それ、カキ氷作り器だね!」
「そうでマス。夏はカキ氷の季節でマス!今年は例年に無く暑いでマスし、海外から
のお客さんもいることでマスし、作戦会議の前に、まずはカキ氷パーティーでもしよ
うと思ったでマス」
『ちなみに正確にはこの器械、『氷かき器』と言います』
ドン!とテーブルの上にコルドベア型氷かき器を置くと、闇太郎はどこに持っていた
のか瓶入りシロップを取り出した。
机の上に並べられた赤、青、黄色、緑、無色が、午後の光にキラキラと輝く。
「シロップはオーソドックスに、イチゴにメロン、レモン、ブルーハワイ、糖蜜でマ
ス!お好きな味で召し上がれでマス〜!」
「へえ〜、ニホンでは家ごとにこんな道具があるのかー」
「一体どうやって使うんですの?」
氷かき機を初めて見るプライドとディンゴが、興味津々の様子で覗き込む。
「ちょっと待ってて欲しいでマス。氷を取ってくるでマス」
パタパタと平べったい足跡を響かせて、闇太郎は台所に急ぐ。同じような足跡を響か
せて帰ってきた手には、ボール一杯の角氷だ。
「この氷をここに入れて」
コルドベアの帽子を取り外し、そこにガラガラと角氷を入れる。
「このハンドルを回すと、氷が削れるで……」
尻尾の部分につけられた手回しハンドルを回そうとして、闇太郎は忘れ物に気付いた。
「しまったー!削った氷を受ける器を持ってくるのを忘れたでマスー!」
どこか抜けているのは、やはり闇太郎だ。
慌てて今度は人数分の器とスプーンを持ってくる。
ゼハゼハと息を弾ませ、闇太郎はコルドベアの前に戻った。
ガラスの器をセットし、闇太郎は手回しハンドルを回し始めた。
シャリシャリという涼しげな音と共に、削られた氷が白く、薄い霜の様に重なってい
く。それが小さな小山になったところで、闇太郎は手を止めた。
「プリンセスは、何味がいいでマス?」
「ヤミタロウのお勧めはなんですの?」
「どれもおいしいでマスが、一番オーソドックスなのは、やはりイチゴでマしょうなあ」
「ではそれを」
プリンセスのリクエストに答え、闇太郎はたっぷりのイチゴシロップを白い小山にか
ける。
小山は、見る見るうちにシロップを吸い、真っ赤になる。
銀色のスプーンを添え、闇太郎はできたてのカキ氷をプライドに差し出した。
「まあ…とてもかわいらしいものですわね。いただきますわ」
優雅にスプーンを口に運び、プライドは思わず満面の笑みを浮かべた。
「冷たい!とても冷たくて、氷が口の中で解けて、甘くて、とてもおいしいですわ」
「じゃあ俺黄色!レモン!」
プライドの賞賛に、ディンゴも安心したのか、身を乗り出してリクエストを始める。
「じゃあ日暮さん、俺ブルーハワイ!」
「はいはいはいでマス〜…ミヤビさんは何味がいいでマスか?」
「あ、いたんだ、ミヤビ」
さり気にディンゴは失礼なことを言うが。
真夏だというのに、普段と全く変らない着物を着ているミヤビは、はっきり言って見て
る方が暑苦しい。
半分意識的に視界から外していたのが正直なところだった。
「貴様ら…」
眉間の皺を、更に深くして、孤高の仕事人は唸った。
「作戦会議があるからと来てみれば、何をしている…」
「何、て、カキ氷パーティ?」
「ヤミタロウもそう言ってたじゃん」
スプーンを加えながら、熱斗とディンゴは突っ込む。
「ミヤビさんはいらないんでマスか?それならそれでいいでマスが」
「…………」
「ああ…冷たくてさっぱりしておいしいですわ…」
さらに険しい顔になるミヤビを横目に、プライドはしみじみとカキ氷を味わう。
ちなみに男やもめの闇太郎の家に、五人分の同じ形のガラスの器など、ない。ので、そ
れぞれに配られたかき氷の器は、バラバラだった。
生真面目なミヤビが、これ以上のアットホームな雰囲気にこらえきれず帰ろうと踵を返
しかけると同時に。
ガチャリと、秘密基地入り口のドアが開いた。
「遅れてすまない。皆、そろったか」
入ってきたのは、この真夏にも関わらず、暑っ苦しいフード付き迷彩コートを着込んだ
このチームの司令官、バレルだ。
外から来たというのに、汗一つかいていない。
「…何をしていたんだ?」
テーブルの上のコルドベア型氷かき器、色とりどりのシロップの瓶、氷の小山の盛られ
たガラスの器に、バレルは当然の疑問を口にする。
「こやつらはかき氷を食っていたのだ」
「カキ氷…」
その瞬間の、バレルの笑顔を皆目に焼き付けてしまった。
「ニホン製フラッペか!私の分はないのか、日暮!」
一文字の口元、鋭い眼差しの、普段の厳しい顔つきもどこへやら。
ぱぁ〜という効果音まで聞こえてきそうな、満面の笑顔。目じりは思いっきり下がり、
口元はにっこりスマイル。期待に満ちた瞳の輝きに、ミヤビは、気が遠くなった。
「…バレル…作戦会議もせずにおやつを食っていることに何もないのか…!」
「何とは?何かまずいのか?あ、シロップはイチゴで頼む」
チームリーダーの説教を期待したミヤビの思惑を思い切り振り払い、バレルは嬉々とし
てカキ氷の完成に胸を躍らせている。
その姿に、威厳や風格などかけらもなかった。
微塵もなかった。
「了解でマス〜」
闇太郎の手は、懸命に氷かき器のハンドルを回す。
そうして出来上がった白い小山に、プライドと同じ色のシロップをたっぷりかける。
無骨な両手が、冷たい小さなガラスの器を嬉しそうに受け取る。
その姿が、妙に愛らしい。
「おお〜来た来た」
「ねえ日暮さん、俺、次はイチゴ食べたいんだけど」
シャグシャグとブルーハワイのかき氷を食べながら、熱斗はもう次のカキ氷の予定を立
てる。
ちなみに彼のカキ氷は、4分の3が減っている。
「練乳あるかなあ」
「あるでマスよ」
お子様のリクエストに、律儀に臨時カキ氷屋は答える。
「今年の春にイチゴを買って食べた時のものが残っているでマスからそれでよければ」
「上等上等!」
「では取って来るでマスから」
闇太郎はくるりと、ミヤビの方を振り返った。
「ミヤビさん、その間、あっしの代わりに氷を削るのをお願いしますでマス」
「…なっ!」
突然話を振られた仕事人は声を詰まらせた。
「何で私が!」
「だってミヤビさん、食べないんでマしょ?あっしが練乳探している間に、氷を削っ
ていただかないと、あっしの分と、お代わりする人の分がないでマスよ」
「ミヤビー、俺お代わりー」
「俺もー」
闇太郎の言い分に答えるように、次々にお代わり希望の声が上がる。
「…私もお願いできますか?」
ためらいがちなプリンセスの声も上がるに至って、仕事人は、それ以上の反論を諦
めた。
しぶしぶとコルドベアの手回しハンドルを回し始める。
恨めしげに役に立たないリーダーに視線を向けると、そのリーダーは、イチゴのカ
キ氷の器を持ったまま、何か考え込んでいる。
が、スプーンを咥えたまま、というのは止めて欲しかった。
とりあえず、闇太郎の分の氷を削り終わる。
ミヤビは無言でメロン味のシロップを振りかけた。闇太郎の好みなんて知らないが、
メロン味にしたのは、闇太郎の持ちナビからの連想だ。
「はい、熱斗君。お待ちかねの練乳でマス」
春から使っていなかった割に、早く闇太郎は戻ってきた。
赤いチューブがシロップと並べられる。
「なあ熱斗、れんにゅーてなんだ?」
「コンデンスミルクのことだよ。すんげーあっまーいの。ディンゴ食べたことないっけ」
ディンゴの当然の疑問に熱斗は即答する。
「ああ、コンデンスミルクか。へー、ニホンじゃ『れんにゅー』てゆーんだ」
黄色い小山を崩しながら、ディンゴは感心したように呟いた。コンデンスミルクな
ら、ディンゴも知っている。
「ニホンだとさ、シロップと一緒に練乳かけたり、あんこ乗せたり、色々するんだぜ」
「カレーみたいにトッピングが色々、てことだな」
「そうそう!」
「あ、ミヤビさん、あっしの分にシロップも掛けていただいて、ありがとうでマス」
「次は何味がよろしいかしら…」
「プリンセスは、大分カキ氷が気に入られたようでマスな」
「ええ。城で食べるシャーベットとはまた違って、なかなか味がありますわ」
「俺、1度雪山でカキ氷、食べてみたいんだよなー」
「なんで寒いところでわざわざそんなモン食べんだよ」
「だって雪山だったらさ、周り一面雪だぜ!そのままシロップかけて食べてみたい
じゃん」
「熱斗君、お腹を壊すでマスよ…」
和やかな、ほんとーに和やかな一団に、ミヤビの仏頂面は最高潮に達する。頭痛が
するのは、きっと気のせいではないはずだ。
間違いなく、今の状況は間違いなく、皆でのんびりかき氷なぞ食ってる場合ではな
いはずなのだが。表立った活動がないとはいえ、ネビュラはまだしっかり活動中だ
し、光博士は捕まったままだし、ネビュラの本拠地はわからないし。
そんな仕事人を横目に、この寄せ集め集団のリーダーは、無言で練乳に手を伸ばし
た。当然、スプーンは咥えたままで。
そのまま蓋を取ると、チューブを押す。白く粘度の高い液体が、とろ〜りと落ちて
くる。それを、イチゴシロップで真っ赤に染まった薄氷の小山に垂らした。
たっぷりと、たっぷりと、三回半、小山の頂上の上に、円を描くように。
「熱斗君」
「何、バレルさん」
カキ氷を食べながらの楽しいお喋りに興じていた熱斗は、素直にそちらの方に振り
返った。
その目の前にズイ、と差し出された、イチゴのカキ氷の練乳がけ。
「伊集院炎山」
「ぷっ!」
反射的に熱斗は吹き出した。
似ている。確かに似ている。
炎山のイメージカラーが赤のせいもあるだろう。炎山の髪の毛が白と黒のツートン
カラーで、まるで卵の殻でもかぶっているように見えるときがあるせいもあるだろ
う。
そのせいか、たっぷりと練乳のかかったそのイチゴのカキ氷は、シンプルで、それ
ゆえに熱斗の永遠のライバル、伊集院炎山に、そっくりだった。
「に、似てるよ!バレルさん、確かに炎山に見える〜」
うひゃうひゃと大笑いしながら、熱斗はバレルのカキ氷を指差した。
その声に釣られて見た他の人間も、一様に吹き出した。
「バ、バレルさん、なんてことをなさるんでマスか…!」
「赤と白だけなのに、なんて似ているのかしら…!」
「スゲー!似てるー!」
「……くっ!」
ヒグレヤ内秘密基地は大爆笑だった。
だが、司令官の野望(?)はそれだけではなかった。
「ちなみに、これにチョコレートプレートをつければブルースになると思うのだが」
思わんで下さい。そして実行せんで下さい。
言うだけ言って、大ウケの反応に満足したのか、バレルは猛然とカキ氷を食べ始めた。
それにつられるように、熱斗も、ディンゴも氷をかき込む。
「ああ…そんなに急いで食べたら…」
闇太郎の心配どおり。
「あたっ!」
「つー〜…」
「……」
締め付けるような頭痛に、司令官も、プリンセスも、ネイティブ・アメロピアンも、
チップオタクも小学生も、仲良く頭を抱えた。
そんな中、一人平気な仕事人は浮いていた。
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恐ろしく平和な現実世界とは裏腹に。
電脳世界では、どこか寒々しい空気が流れていた。
もちろん、電脳世界に、現実世界のような気温などはないが、今のヒグレヤ内HP
に流れる空気は、そうとしかいえなかった。
ミッションとなると、メインで戦うことの多い青いナビが、ポツリと呟いた。
「…ねえ、この場合、自分で炎山君の名前ふっといて、ためらいもなく食べてると
ころと、たっぷりイチゴシロップかけた上に、更にたっぷり練乳かけた甘〜いかき
氷を平気で食べてることと、どっちに突っ込めばいいと思う?」
「…どうしてそれを、俺に聞くんだよ…」
かなり嫌そうに、トマホークマンは答えた。実際、こんな質問に答えたくない。
「だって今、ホスト役はあっちで黄昏てるリーダー励ますのに必死だから、他に僕
のツッコミに反応してくれるの、トマホークマンしかいないじゃない」
ジト目でトマホークマンは、青い右手の指す方に視線を向ける。
指された方向では、両膝と両手をつき、思いっきり打ちひしがれている黒いナビと、
その脇で「ファイトでーす!ガンバでーす!」と必死で一人ウェーブをしているメ
ロン頭のナビがいた。
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