マ  ン  ト

 

 

 

 

彼と自分とを比較検討してみれば、互いの共通点など、ナビであることと、瞳の色が同じことぐらいのもので、相違点ばかりが目に付いてしまう。

そのため、彼を好ましく感じながらも、理解しがたい事が多々ある。それは、リベレートミッション中であっても、二人でいる時であっても、訪れる感覚だ。

もし。

もしも自分と彼にもう少しでも共通点があれば、こんなことを考えることもないのだろうか。

 

などと自分の目の前の状景を見下ろしながら考えているカーネルは、いささかずれている、というしかなかった。

カーネルの目の前には

 

浅黄色の巨大イモムシが一匹

 

転がっていた。

 

場所は、カーネルの個 室(プライベート・エリア)だ。

「何か」は分かっていた。

もともとこの個 室(プライベート・エリア)の存在を知っているのは、カーネルのオペレーターであるバレル以外には、彼が直接ここに招いた「彼」だけだ。

とすれば、必然の推測で、芋虫の正体は「彼」だ。

浅黄色なのは、彼がカーネルのマントにくるまっているからだ。ヘルメットを脱いだ茶色の髪が、先端から覗いているのも、その証拠だ。

「彼」  光熱斗のナビ、ロックマン。

大人と子供の身長差、体格差などを考慮に入れれば、マントの裾に足が隠れてしまうのも、当然のことだろう。

が、何故彼が自分のマントに包まって床に転がっているのかが、分からない。

うぞうぞと匍匐前進で縦方向に移動し。

「イーモームーシーゴ〜ロゴロ」

と適当な節回しをつけて歌いながら、横方向にごろごろと転がる。

楽しそうだった。

カーネルには何が楽しいのか全く分からなかったが。

以前も似たようなことをしていたロックマンに声をかけ(『意趣返し』参照)、軽く拗ねられてしまったが、このまま見ているわけにもいかない。

とりあえず、言葉をかけてみた。

「…芋虫に横移動は不可能のはずだが」

バレルが聞けば「突っ込みどころが違う!」と突っ込み返されることが間違いない科白だった。

その瞬間、勢いよく室内を横断していた浅黄色の巨大イモムシの動きが止まった。ちょうど仰向けの姿勢になったところだったので、しっかりと目があった。

笑顔で細められた緑の瞳が、丸く大きく見開かれる。

「また見られた〜!!」

ロックマンは悲鳴を上げると顔を隠すようにうつ伏せになる。それからマントを引き上げ、頭からマントをかぶってしまった。

「何で、何で君には恥ずかしいトコばかり見られるの〜!!」

「ここは私の部屋なのだから、私がいるのは当然だと思うが」

「〜…それはそうだけど!!」

正論で返され、ロックマンは更に身体を縮み込ませる。

「うわ〜ん!恥ずかしいよ〜!!」

頭の先から足の先まですっぽりとマントに包まり、八つ当たり気味にじたばたしている様は、まさに『イモムシがさなぎになった』状態だった。

放っておけば、しばらくそのままなのは目に見えていたので、カーネルはすぐに強硬手段に出ることにした。

ロックマンの首辺りの布を掴み、片手で摘み上げる。そのまま抱き上げると、腰を降ろし、自分の膝に乗せる。

ロックマンは、まだサナギのままだ。落ちないように左手を添えると、身を硬くするのが分かる。それどころか更に深くマントに顔を埋めてしまう。

溜息をつくと、カーネルは無言で腕の中の少年を両手で抱きしめた。

力を込めて。

反応はすぐにあった。

サナギのしっぽ  つまり足に当たる部分が激しく上下する。その様は、陸に上がった瀕死の魚そのものだった。

「く、苦しい!!カーネル苦しい!!」

その声に合わせ、両手を緩める。

ロックマンはこらえきれずに顔を出した。顔を赤くして、目にうっすらと涙が滲んでいる。自分の意図通りの行動に、カーネルは目を細めた。

「突然何するの!」

「お前が顔を出さないから、抱きしめてみた」

食って掛かるロックマンを軽くいなす。

     ……」

その返答に、ロックマンは思わず口をつぐんでしまった。言いたいことは多々あったはずだが、真顔のカーネルに、何も言えなくなってしまう。

言えたのは、力ない提案だけだった。

    …もう少し、力加減考えてよね」

実際、今のカーネルにとっての『抱きしめる』行為は、ロックマンにとって『締め上げる』行為に等しかった。基本的なスペックの違いは体力、腕力の差として現れる為だが、先程の行為で、ロックマンの両目には星が飛び、身体が軋んでいた。後十秒、続いていれば、間違いないく意識が飛んでいた。

「すまなかったな」

謝罪するように、カーネルの右手が、ロックマンの頭を軽く撫でた。

 

しばらくそうしていたが、ふと思いついたようにカーネルはロックマンを膝に乗せたまま尋ねた。

「ところでお前は、そんなにマントが好きなのか?」

先日も彼はカーネルのマントをつけてこっそりポーズをつけていた。そして今日は、マントに包まって遊んでいた。

普段自分が何気なく着用しているマントに、そこまで心惹かれるのが不思議だった。

「そりゃね。マント、てカッコイイと思わない?あのバサッとした感じとか、なびいているのも、すごく絵になる、って言うかさ。それにマントに包まっていると、何だか護られてる、て感じがするんだ」

「……そういうものなのか」

「そうだよ!!大体ね    

嬉々としてマントの素晴らしさを語るロックマンの話を聞いているうちに、素朴な疑問が浮かんだ。

「ロックマン……中身は、いらんのか」

正面から、まっすぐに少年の目を見つめて、尋ねてみた。

返答は、なかった。

次の瞬間、ロックマンの顔が茹で上がったタコのようにみるみる真っ赤に染まり、そのままカーネルの腕の中に倒れこんでしまったのだから。