軍  事

 

 

 

 

 

それまで自分の周囲には存在し得なかった存在が、自分に様々な影響を与える。

 

それまで、自分の中で明確に区分されていた認識を、揺らがせる。

なんの、疑問も持たなかった認識を。

 

 

きっかけは、些細なことだった。

 

リベレートミッションも終わり、指令室に戻った時。

チーム内で最も戦闘に参加する、青く小柄なナビが、言った。

「ねえ、カーネル。手、見せて」

作戦終了後の、弛緩した空気の中での、突拍子もない申し出にも、慣れた。

時折、この、カテゴリー上『民間』に属するナビは、カーネルにとり予想外のことを言い出す。

まるで彼のオペレーター、光熱斗のように。

断る理由も見つからず、カーネルはロックマンに請われるまま、両手を広げて見せた。手の平を、上にして。

 

「わー、やっぱり大きいね、カーネルの手」

 

何が嬉しいのか、少年は、その手に自分の手を、躊躇いもなく重ねた。

二人の手の大きさは歴然だった。ロックマンの中指は、カーネルの中指の、第一関節までしかない。一回り近く、小さい。

 

「いいなあ、カーネル」

「何が良いというのだ」

 

思いもよらない感想に、問いを返す。

 

「ん?だって、カーネルの手ぐらい大きかったら、きっと色んなもの、護れるんでしょ?」

 

陰り一つない、心底うらやましがり、感心しきった声と笑顔は、ロックマンの本心だった。

 

 

 

少年が、自分のPETに戻ってから、男は一人、黙考する。

佇んだまま。

男と、少年の、二人の違いについて。

軍事用の自分と、民間用の、彼。

おもむろに両手を広げ、左右非対称のそれを、注視する。

 

彼が笑いながら評したこの両手は、『護る為』にあるのではない。

『戦う為』だ。

しかもそれは、『何か』を『護る為』の『戦い』ではない。

この両手は、外敵を消去(デリート)するための武器だ。

それが、現状、結果的に『護ること』になっているだけだ。

そして外敵の消去を最優先させる軍事用ナビには、公にされていない特性がある。

少年にはまだ、気付かれていない。

――――もっとも正確に言えば、その特性は、公に出来ない、のだが。

 

カーネルは、人間を殺せる。

 

もちろん、物理的に直接殺せる訳ではない。あくまでも、カーネルはプログラムなのだから。

だが、ネットを介してならば、十分に可能だった。

この、作り出した人間にすら、手に負えないネット社会ならば。

ウイルスが、ネビュラの構成員が、電子機器に悪影響を与え、事故や故障の原因となるように。カーネルもまた、電子機器に介入できる。その結果、人間が死ぬことが、明確な場合であっても。

ある部屋の、室内の換気を司る電脳をいじり、空気を排出し続け、部屋の空気を抜くように。その結果、中の人間が窒息死しようと。

カーネルは、それが命令ならば、実行可能だった。

軍用ナビに、一般の――民間のナビのように、『人間が死ぬ可能性』に対してナビの行動を制限するものは、何もない。ただただ、『国家の利益の為に』行動するだけだ。

今は軍属を離れているカーネルも、その点では同様だった。

『命令遂行の為』に、あえて倫理観や道徳といったものは、判断基準の上位には来ないように設定されている。

そういったものによって作戦行動が規制されては、役に立たないからだ。

そしてそれらの設定は、すべて、人間が行ったことだ。

 

そのことに関して、カーネルはそれを当然のことだと認識していた。

だが。

カーネルの思考は、新たな方向に流れていく。

 

カーネルにとり、軍用ナビにとり、重要視されない『道徳』『常識』『倫理観』といったものは、俗に言う『人間らしさ』と評されるものではないだろうか、と。

民間用のナビは、それらを――人間と同じように備えたそれらを使いこなし、人間とのコミュニケーションをとる。あまたの回数繰り返されるナビと人間のやり取りの間に、絆や信頼といったものが生まれる。

それは、両者に共有する認識があるからだ。

同じ言語を使用するというのは、この場合、二次的なものだ。

人間とナビが共有する、『感情』、『観念』それこそが、『人間らしさ』――民間用ナビに、求められるもの。

しかし、翻ってみれば、軍用ナビに、それらはほとんど必要とされない。人間達が軍用ナビに求めるのは、任務の遂行と、その精度だ。

『人間らしさ』など、軍用ナビにとり、邪魔でしかない。

 

カーネルは、愕然とした。

 

どうしようもない矛盾に。

 

もし。

もしも、今の自分の認識が正しいのならば。

 

 

軍事用のナビなど、必要ない。

 

 

正確に表現するならば、『人格』を持った軍事用のナビは。

 

『人間らしさ』など求められていないのだから、『道具』でしかない自分には。

 

『人格』など、必要ないのだ。

――もちろん、バレルは、別だが。

 

カーネルは、見つめていた両手に力を込め、握り拳を作った。

一瞬湧き上がった認識を振り切るように。

そして思った。

こんな、益体もないことを考え始めている自分は、『軍用』として狂い始めているのではないか、と。

 

――――あの、青い小さいナビのせいで。

 

 

 

 

005-0078(cubu)