お父さんのユーウツ
科学省の一角、光祐一郎博士の研究室では、就業時間を過ぎても照明が点いたままだった。
L字型の自分のデスクでコーヒーに口をつけながら、光博士は何度目かの溜息をついた。眼鏡をかけていても年相応には見えない若々しい顔も、今はどこか疲れている。
「光博士、お疲れのようですからもう帰られたらいかがですか?あんな事件にも遭われたことですし、後は我々でしておきますから」
助手の一人にそう言われても、光博士は曖昧に笑うしかなかった。
あんな事件 とは、非物質化現象を引き起こしたネビュラグレイ事件のことである。彼はその際、事件の首謀者ドクター・リーガル(改)に誘拐されたのだ。
そうだ、元はといえば、あの事件のせいだ。
光博士は一人ごちた。今彼の頭を悩ませているのは、新しいチップの開発でも、ネビュラグレイ事件の事後処理でもない。息子二人の言動だった。
息子一:光熱斗の場合
「それでね、それでね、パパ、バレルさん、てカーネルのオペレーターでね、すっげー危なかった俺とロックマンを危機一髪で助けてくれたんだ!
パパを助けに行こうとしてた俺達の邪魔してたアメロッパ軍のロボットやっつけてね!
すごいんだよ、バレルさん!
鉄橋から落ちた俺を助けてくれたんだよ!自分も落ちてるのに!
それでね、それで…!」
以上、謎の人物、バレルの話ばかり。報告書も、ほぼバレル氏の武勇伝になっていた。
息子二:ロックマンの場合
「やっぱりカーネル、て凄いよね。軍用だから、ていうのもあるかもしれないけど、いつも落ち着いていて、それに、凄く強いんだ。
ネビュラグレイに操られていたとはいえ、フォルテと正面から戦っても傷一つ負わないし、ネビュラタワーに突入した時だって、基本的なステータスはカーネルの方が高いのに、僕の盾になって排除プログラムの相手を一手に引き受けてくれて…」
以上、バレルのナビ、カーネルの話ばかり。
そして、ひとしきり話した後に必ず出てくるのは
「「バレルさん/カーネルてカッコイイよねー!」」
という台詞。
瞳をキラキラさせ、心なしか頬までうっすら上気させて
「「二人ともカッコイイよねー♡」」
と言い合う息子達に、父親としては、かなり微妙な心持ちになる。
というか、はっきり言ってバレル氏関連の話を聞く限り、それ――というか、彼はもはや人類じゃないし。
いくら弱点を知っているとはいえ、鉄パイプ一本で軍用ロボットを撃退、は人間技じゃない気がする。後日、熱斗達が戦ったロボットの資料を取り寄せて、その感想は間違っていなかった事を確認したが。首が弱点だからといって、動いているロボットのそこを、狙いたがわず一撃で――て、何処のパルプヒーローだ。
そんな彼のオペレートするカーネルが、反則的な強さなのは、納得できないでもない。
まさにこのナビにしてオペレーターあり、というところだ。
そしてカーネルの場合、問題なのは本人の能力よりも、息子二の態度。
バレル氏の場合、あの事件の時だけだから――もっとも、そのため熱斗には、更に強い印象(インパクト)を与えてしまったようだが――熱斗の熱狂ぶりは、まあ一過性かな、と思わないでもない。しかしカーネルの場合、これまでに何度もロックマンを助けているせいか、ロックマンの反応が。
…これまでも、カーネルに助けられた日は、カーネルの話ばかりしていたが。何かもう、勢い止まらないというか。
「ねえパパ。カーネル、て僕のピンチの時にいつもタイミングよく来てくれるんだけど…実は僕のお兄さんなのかな!?」
まじめな顔で聞かれた瞬間、反射的に首を横に大振りしてしまった。あんなごつくて大きいナビを作成した覚えはないし、作成したら覚えている。
どうやら熱斗と一緒に見ていた特撮番組で、主人公をいつもいいタイミングで助けに来る謎のキャラが、主人公の兄だったから、らしいが、それにしても、思考がカッ飛びすぎだ。
ついでに、否定した瞬間、残念半分安心半分のような表情をしたのも、かなり気にかかっているが。
父の威厳云々より、なんか、大丈夫かなウチの息子達、というのが正直なところで。
光博士の悩みは、まだまだ続きそうだった。