モクジ

● バレンタインネタ  ●


ぽりぽり ぽりぽり
 ぽりぽり ぽりぽり

バレルのPETにアクセスして、一番初めに目にしたものを認識した時、シャドーマンは反射的に
背中の忍者刀を振り下ろしたくなった。
いや、出来るなら、持ちうる限りのクナイも投げつけてやりたい。

カーネルが、一人、柿の種を食べていた。

柿の種――ニホンの伝統的な焼き菓子、せんべいの一形態である。ほのかな辛味と、独特の
形が特徴的な、お茶菓子のそれを、黒い軍事ナビは、無言で食べていた。

「……何をしている」
「『柿の種』とやらを食べている」

いや、それは見りゃわかるから。
普段の口調も忘れ、シャドーマンはツッコんだ。
大きな手が、小さな柿の種をつかんで、一粒一粒食べている。
はっきり言って、似合わない。

ぽりぽり ぽりぽり
 ぽりぽりぽり

「先日、ロックマンが持ってきてくれたのだ」

…それはそうだろう。このいかつい軍用ナビに、そんなものを持ってくる物好きは、あの小さな
青いナビぐらいなものである。
自然、柿の種を注視する事になってしまった忍者は、ふと、その柿の種が、通常のものと違う
色をしていることに気づいた。
普通、柿の種はピリ辛味の原因である唐辛子により、赤味がかった、まさに柿色をしている。
しかし、大きなマニュピレーター状の右手が摘んでいる柿の種は、焦げ茶色だ。
思わず目をはすめたシャドーマンに、カーネルがよく見せるように、一粒、かざして見せる。

「『チョコレート柿の種』というものらしい」

チョコレート柿の種――その名の通り、柿の種をチョコレートでコーティングしたお菓子である。
柿の種本来のピリ辛と醤油の塩味、チョコレートの甘さ、が一体となったその味は、一言で言
えば、クセになる。
初見の者はヒクこと請け合いの代物でもあるが、とりあえず、だまされたと思って食べてみた
ら、止められない・とまらないと、某別メーカーのスナックにも劣らないほど、後を引く。
それにしても、とシャドーは内心首をひねった。
チョコレート柿の種とは、ロックマンらしからぬ選択だ。彼は、どちらかというとオーソドックスと
いうか、あまりこういった方向では冒険をしないタイプのはずなのだが。
ちなみに大冒険をかましてしまうのは、同年齢のトマホークマンと、TV局勤めのトードマンだ。
それが今回はイロモノチョイス。
――品物自体は、確かに『おいしい』部類に入るとは、シャドーマンも思うのだが、どうにも解せ
ない。
はっきり言って、『らしく』ない。

「いつも私が茶菓子を持参する礼だと、彼は言っていた」

それも、理由としてはあるだろう。確かにカーネルは、ロックマンと深夜のお茶会もどきをする際
に、茶菓子を持参して光熱斗のPETを訪れている。何より、その茶菓子のセレクトの相談を受け
たり、買いに行く羽目になっているのは、シャドーマン自身だ。
だがそれでは、普段の礼では、別にチョコレート柿の種にする必要はない。
普通の、柿の種でも良いはずだ。
軍用ナビであるカーネルには、人における味覚はない。あるのは食感だけである。
その為、食感のはっきりしたもの――せんべいなどを好む傾向にある。
だから、せんべい系の柿の種――なら、わかるのだが。
なぜ、そこでチョコレートがけ。

「日本文化の特徴でもある、和洋折衷ものというので、このチョコレート柿の種とやらを選んだら
しい」

それも、理由としてはあるだろうが。
何かと気を使う青いナビらしいといえばらしいが……。
そこで、シャドーマンは不意に気づいてしまった。
『先日』ロックマンからカーネルに送られた菓子。
『先日』何があった。
シャドーマンには馬鹿馬鹿しいこと限りない、イベントだ。
日本中のチョコレート消費量の1/4を、その日でまかなってしまうという、製菓会社の陰謀イベ
ント。

バレンタインデー

だから、なのだ。
だから、『チョコレート柿の種』なのだ。
『普段のお礼』という理由と、『和洋折衷もの』というもうひとつの理由を付け加えてまで、今目の
前の男が食べているものを、わざわざ少年が持って来たのは。
バレンタインデー――好きな相手に、自分の気持ちをチョコレート共に伝える日本のイベント。
チョコレート柿の種は、せめてものロックマンの主張なのだ。
カーネルがせんべい系の食感のあるものが好きだから、柿の種を。
そして自分の思いをチョコレートに込めて。
送ったというのに。
けれど。

「義理堅いな、ロックマンは」

貰った当人、ぜんっぜん、気付いていない。

どー見ても、気付いていない。
先程と変わらない、一定のスピードで柿の種を口に入れながら、カーネルはそんなことを感心した
ように呟いている。

……気付かんかい、この朴念仁……!

ここまでくると、怒るよりも先に呆れて脱力してしまう。
一方で、けれど、とシャドーマンは思い直す。
バレンタインデーに一喜一憂するカーネル、てのも、ある意味怖い代物だから、これはこれで正し
いのかもしれない、と。
……気の毒なのは、送った方だが。
いじらしいというか、けなげというか。
イロモノを送る建前まで考えたというのに。
当人、ぜんぜん気付いていないし。
おまけに。

「…お前も食べてみるかシャドー」
「……遠慮する」

そんな、他人の思いのこもった贈り物、おいそれと口に出来るはずがない。
そんなもの、他人に勧めるな…!
シャドーマンは、頭の中で、今日何度目かのイアイギリをカーネルに喰らわせた。
その想像が伝わったわけでもないのに、、ふと、カーネルはいぶかしげに柿の種をつまむ手を止
めた。

「…お前もか」
「?『お前も』とは?」
「先程、ナンバーマンにも勧めたのだが、ひどく慌てた様子で断られた」

……ナンバーマンにも勧めたのか!
きっと、自分と同じように事情を察してしまったデスクワーク専門に、少しばかり同情を禁じえない。

「…カーネル…頼むから、それを他のナビには勧めるな…」
「何故だ…お前達からすれば、『まずい』のか?」

カーネルに、『味』はわからない。ただ、その食材の歯ごたえなどの食感を味わうのみ、だ。だか
ら考えたのだろう。
『食感』は良いが、チョコレート柿の種、味覚のあるナビからすれば、『まずい』のか、と。
ロックマンには、まず聞かせられないせりふである。
けれど、ロックマンの思いを、自分が口にしてしまうのも、おかしなことだと思い、シャドーマンは
言葉を濁した。

「違う。『まずい』わけではない。がしかし、ロックマンが、お前にわざわざ持ってきたものだろう。
それを、我々が口にするわけにはいかないのだ」

そして、こうも付け足す。

「ちなみに、その柿の種を我々に分けようとしたことも、本人には言うな」
「何故だ」
「理由は――貴様にいってもわからん」
「……なるほど。感情の問題なのだな」

得心がいった様に、カーネルは頷いた。
柿の種の袋を持ったまま。
そう、軍用ナビであるカーネルに取り、民間用のナビがごく普通に持つ、感情の起伏や、情動と
いったあまり計算できない部分による問題は、問題であることすら、
気付かないズレだった。

「難しいな、感情というものは」

どこか寂しげに、緑の瞳がシャドーマンからそらされた。

「…ところで、礼には、何を送ればロックマンは喜ぶだろうか」

袋の手はそのままに、カーネルは呟いた。彼らしくない、ひどく自信なげな口調に、シャドーマンは
溜息で答えた。

「…一ヵ月後」

反射的に、提案が口を転がり出る。

「一ヵ月後の3月14日に、何かロックマンに贈れ」
「そんなに先にか!?」

驚いたような言葉は予想通りだった。
バレンタインデーも知らないカーネルのこと、それよりマイナーなホワイトデーのことなど、知るはずも
なかった。
それでも。
その日にカーネルからの贈り物があれば、あの青いナビはきっと心の底から喜ぶだろうから。
その喜ぶ様に、黒いナビも無自覚のうちに喜びを感じるはずだから。
教えずには、いられなかった。
そんな助言をわざわざくれてやる自分も、大概この二人に毒されている、とシャドーマンは自嘲した。


         2007.2.18-19に書いた小ネタ
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