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2006年1月13日(金)発売のヘラルド朝日に ファテマちゃん基金の記事が掲載されました。 ![]() asahi.comの記事へのリンク (邦訳) 頭の中に撃ち込まれた弾丸の摘出手術の為に来日し、多くの日本人の心を動かしたアフガニスタンの少女は今、再検査の為の来日に必要な資金を必要としています。 2004年7月に、ファテマ・サハルを訪日させたサポーターの人たちは、検査とカウンセリングのためもう一度東京に彼女を連れてくることを望んでいます。 彼らは、彼女が再検査およびPTSDが長引いている徴候からの合併症があると言います。 AWOAは10月中旬に市民に寄付を募っていましたが、ファテマが必要とする300万円の三分の一しか集まらず、最初に予定していた12月の訪問を延期しなければなりませんでした。 ファテマの治癒は完全には程遠く、顔の痛みと時折のフラッシュバックがあるそうです。「わたしたちは、彼女に平和な環境の中で、検査と処置を受けさせることが必要不可欠なことであると考えてます。また、完全な治療が済んではじめて、わたしたちの活動が成就したということです。」と、東京で活躍しているストレスカウンセラーでAWOAの理事長 生井隆明は言っています。 ファテマは、彼女の家の近くでタリバンと反乱軍の間で撃ち合いが続いた中、1996年に2つの流れ弾を頭に受けました。そのとき、彼女の父はその攻撃で死亡してしまいました。彼女は、頭に1つの弾丸を残したまま、部分的な盲目とひどい頭痛を患いながら生き延びました。しかし、地元の医者は、成人期まで生きることはできないだろうと言いました。 ファテマは、カブールで毎日30人の子供たちをケアする、生井のグループが運営しているカウンセリングクリニックに行きました。 生井のグループは、日本のメディアを通じて、6週間で1500人以上の人からおよそ1000万円の基金を募り、長さ3.7センチメートルの弾丸を除去するため東京の日本インターナショナルメディカルセンターで手術を受けることができました。そして、彼女の鼻や視力が回復したのでした。 小泉純一郎首相が、ファテマに不意の訪問を行ったことをみても、公共の関心度の大きさが伺えます。 しかし、残念なことに、その興奮は今日ほとんどみられません。そして、生井はアフガニスタンに対する関心が多くのほかの緊急問題(例えば天災)に追い越されたのかもしれないと危惧しています。 多くの寄付をしてくださる人たちは、どうしてもハリケーンカトリーナのように注目を集めるもとへ、援助してしまうと言います。 特に不運なことは「アフガニスタンのような戦争で荒らされた国の将来は、ファテマのような子供たちの必要にどう応じられるかにかかっている」と彼は言いました。 付加的な寄付は多くのほかの子供を助けることができましたと、グループのメンバーは言いました。 生井のクリニックは、先進の治療を必要とする9人の重症の子供たちを現在扱っています。その中の1人は、ロケットが彼の家に衝突し、顔の見分けがつかないほどの火傷を負った11歳の少年です。 「たぶんわたしたちは、正しい処置を用いて、彼らの苦しみの原因を引き起こした大人に対して疑い、苦々しく思うようになった子供たちの多くの生きる意味の向きを変えることができたでしょう」と生井は言いました。そして、彼は最新の仕事が子供たちがムジャヒディンファイターとして契約するの防いでいると付け加えました。 |