アジア戦災孤児救済センター/AWOA とは

アジア戦災孤児救済センター/AWOAは、アジア地域において、戦争や紛争で親を失い、困窮している子供達に安心感のある毎日や希望に満ちた未来を保障することを基本理念とし、医療・福祉分野からの支援を行うことを目的として、2001年に発足した特定非営利活動法人です。中でも、AWOAの母体である生井ストレス研究所の30年の臨床経験に基づき、紛争により心に傷を負い、トラウマやPTSD障害を抱える子供達への医療援助を中心に行っています。
アジア戦災孤児救済センター/AWOA 設立に寄せて

 
平成13年(2001年)9月11日発生した米国同時多発テロ、そしてそれに対する報復攻撃という一連の動きの中、アフガニスタンでは旧ソ連侵攻時に加え、新たな戦災孤児が多数生まれました。

 私たちは、長年のストレス研究及び臨床で培って来た「ストレス・ケア」の立場から、難民の中でもとりわけ弱者の婦女子、その中でも最も過酷なストレスにさらされている、「戦災孤児」に心を寄せ、2001年10月〜2002年4月にかけて、現地リサーチを行いました。

 その結果、以下のことが明らかになりました。

  1. 戦災孤児は、首都カーブルだけでも、およそ3万人存在。
  2. 孤児は親類に引き取られるか、母子家庭で生活をし、地域社会でケアがなされている
  3. トラウマ・ PTSD障害に苦しむ孤児が80%以上。 
  4. 男児・女児の多くが重労働に従事し(学校に行かずに家計を支える)、また一部は路上生活を強いられるか、セックスチャイルドとしてブラックマーケットに売られている(パキスタン難民キャンプ近くで開業するM医師、カーブル市内地元NGO代表S医師の証言による)。
 カーブル市内をリサーチ中、これらの一部を裏付ける現場に遭遇しました。「うちの女の子2人を買ってください。再婚するのに連れて行けない。買われた方が娘も幸せ。私も再婚しなければ生きられない・・・」悲痛にゆがむ母親の顔。私(AWOA代表・生井)は、一瞬自身の過酷な戦後の疎開生活と像を重ね、胸が喉が熱い塊で詰まってしまい、その場を足早に立ち去ってしまいました。背を向けた自分が恥ずかしい、情けない。今頃、あの母娘はどうしているだろうか。孤児の過酷な現実に目を背けず、正面から立ち向かわなければと。

 次世代を担うであろう孤児達のストレスをケアし、安心して生活できる場を確保する。次のテロリストを決して出さないという決意のもと、私たちは、農園付きストレスクリニック「緑の園」を運営していきます。私達の活動は、皆様の温かいご支援のもとで行われています。今後とも、益々のご理解とご協力をお願いいたします。


                                                                                アジア戦災孤児救済センター代表理事 生井隆明

主な活動内容

アフガニスタンにおける戦災孤児のストレスケアプログラムの実施
ストレスクリニック(トラウマ・PTSDの治療施設)及びそれに関連する「緑の園」(農作業療法)の運営事業
ストレスセラピストの養成事業














                                 2003年11月1日開設、「緑の園」第1号
アジア戦災孤児救済センター/AWOA および 関連履歴
1979年 生井(Namai)ストレス科学研究所及び付属心身ストレスクリニック、港区赤坂に設立
1988年 文京区白山(現在地)に移転
1990年 ストレス障害リハビリ施設、「奥多摩ふれあい農園」開設(現:NPO自然農法塾)
1995年 阪神淡路大震災。以後3年間、京神往復、被災者のストレスケアのボランティア活動。神戸市長より感謝状を受ける
1996年 通信制ストレスセラピスト・アカデミー開講
1999年 台湾大震災。被災ストレス障害者に対するケア・プログラムを緊急に作成。国立草屯病院にて医療スタッフへのボランティア講義
2001年 10月 アジア戦災孤児救済センターおよびAWOA設立
     11月 在パキスタン・アフガニスタン難民キャンプ(4ヶ所)にて戦災孤児のリサーチ
2002年 1−2月 アフガニスタン・カーブル市にて戦災孤児のリサーチ
     4月 アジア戦災孤児救済センター、非営利特定活動法人格(NPO)取得
     5月 カーブル市カルティ・セ地区にAWOAストレスクリニック第1号開設。アフガニスタン政府よりNGO団体の認証を受ける
     12月 外務省「日本NGO無償資金協力」支援契約締結
2003年 11月 ストレス障害児の入院とリハビリテーション施設併設の「緑の園」へ移転