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アフガニスタン
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● アフガニスタン案内
● 名称:アフガニスタン・イスラム国
● 首都:カブール
● 面積:652225平方キロメートル
● 人口:1887万人(1994)
● 言語:パシュトゥー語、ダリー(ペルシャ)語
● 民族:パシュトゥン人、タジク人、ハザラ人、ウズベク人、トルクメン人など
● 宗教:イスラム教99% (スンニ派80%)
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● アフガニスタンの歴史〜「大国のはざまで」
●B.C.6世紀 ゾロアスター教の時代。ペルシャの
アケメネス朝の支配
●7-10世紀 サラセン帝国のアラブ人が侵入。永続的な
イスラムの治世下に入る。
●962-1148 ガズニ朝の時代。ペルシャ文化華やぐ。
●1148-1220 ゴール朝の時代。
●1220-1332 蒙古族のジンギスカンが侵入。都市を破壊し尽くす。
●1369-1506 チムール帝国の時代。
●1747-1773 ドゥラーニー朝のアラマッド・シャーの統治下、アフガニスタンは
統一国家となる。
●1773-1818 ドゥラーニー朝の支配。首都がカンダハルからカーブルへ。
●1818-1880 バラクザイ朝の成立
1839-1842 第一次アフガン・英戦争
1878-1879 第二次アフガン・英戦争
●1880 イギリスの保護領となる。
●1880-1901 アミール・アブドル・ラーマン、中央集権化。
●1893 パシュトゥーン族が、アフガニスタンと英領インド
(現パキスタン)に
分割される(デュランド・ライン)。
●1901-1919 アミール・ハビブラー王の治世。
●1919-1929 アマヌラー・ハーンの治世。1919年、第三次アフガン・英戦争、
保護領から独立。近代化政策を行ったが、旧勢力からの反発で
アマヌラー・ハーンは亡命。
●1929-1933 ナジル・ハーンの治世。二院制、憲法制定。1933暗殺。
●1933-1973 ザヒル・シャーの治世。
●1971-1972 干ばつ被害
●1973.7.17 ダウド元首相がクーデター。王政廃止、共和制に。
●1978.4.27 民族民主主義をを基本綱領とする4月革命。ダウド元大統領
殺害、
タラキ人民民主党党首が革命評議会議長に就任。
●1978.12.5 ソ連との友好善隣協力条約に調印。
●1979.8.18 反政府ゲリラがパキスタン・ペシャワールでイスラム政府運動
を起こす。
●1979.9.16 タラキ議長を解任、後任にアミン議長。
●1979.12.27 ソ連軍事介入開始。クーデターが起きアミン議長処刑
カルマル議長就任。
●1985.5.16 「アフガニスタン・ムジャヒディン・イスラム同盟」結成。
米国の軍事援助本格化。
●1986.5.4 カルマル書記長更迭、ナジブラ書記長就任。
●1987.11.30 新憲法承認。イスラム教を国教に、大統領内閣制、共和国に。ナジブラ大統領選出。
●1988.5.15 ソ連軍撤退開始。
●1992 - 内戦へ突入!!
●2001.10.8 米軍空爆開始。
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● 参考文献リスト
・イスラムに関する文献は、同時多発テロの影響か多数出版されているので、代表的なもののみをご紹介します。
・「コーラン」 (岩波文庫)
・「イスラーム」 蒲生礼一 (岩波新書)
・「イスラム事典」 日本イスラム協会 (平凡社)
・「シルクロードの謎の民 − パターン民族誌」 J・スペイン (刀水書房)
(#パターン民族=パシュトゥーン人)
・「もっと知りたいパキスタン」 小西正捷 (弘文堂)
・「パキスタン独立」 アーイシャ・ジャラール (剄草書房
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