2021年11月30日 No.280 |
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富士そば労働組合委員長・書記長の
懲戒解雇を撤回せよ! 11月24日16時、富士そば労働組合安部委員長と書記長の懲戒解雇を不当として地位確認を求める本裁判が開始された。9月2日の第2回労働審判で「懲戒解雇無効」という審判が下されたが、会社は同日に10月1日付け解雇を通告し、下された審判を異議ありとして本裁判を控訴した。 二人の懲戒解雇無効を求める裁判は第2段階に突入した。裁判所前にて支援を呼びかける宣伝行動に取組み、傍聴席をユニオンの仲間たちで埋めた。 |
FとSはトラック運転手としてスーパーなどに物を運ぶ仕事をしてきました。2021年7月25日の全体会議で、突然、8月1日から「運行業務委託書」を締結したいと提示されました。その内容は @従業員は株式会社C社を退職し、株式会社G社と業務委託契約を新たに締結する、 A業務委託の内容は、0社の運送を行う、 B委託期間は令和3年8月1日から令和3年10月31日までとする、 C委託料は1日・2トン12000円とする。 これは、これまで正社員契約を結んできた会社を退職し、別会社と新たな「個人事業主契約」を締結するというもので、両名は労働者ではなくなり、労働法も社会保険関係も適用外となります。しかも、委託料は今までの賃金の1/2、個人事業主契約期間はたったの3ヶ月間のみという、大幅な労働条件の不利益変更になります。組合はこのやり方は実質「解雇」提案であると認識し、会社が別会社に変わるとしても、今までどおりの労働条件が継続されることを求めました。 交渉で会社は開口一番、7月25日からの提案を撤回して倒産せざるをえない状況にあると説明。2回の交渉を経て、退職することを前提とした金銭和解で合意。その和解金が支払われるかどうか、最後までハラハラさせられました。
2020年4月からパートで就労して来たNは2021年6月22日〜6月30日の間、急性扁桃炎で休み、7月1日に出社した際、契約書を結ぶということで、直属の上司と話しました。その際、「契約書」が2通提示され、サイン・押印を求められました。 2020年4月16日〜2021年6月30日までの契約書には今まで通りの労働条件が明記されていたので、Nはサイン・押印しました。2通目は2021年7月1日からのものでこれまでのと比べて●労働時間1日7時間(9〜17時。休憩1時間)が2時間に、●社会保険ありがなし、と大きく変わっていました。 Nは「2時間を3時間にしてもらえれば、月5万円位になり家賃が払える。」と頼みましたが、社長から「長期に休み、軽い気持ちの謝罪ではすまない。まずは2時間で働いて信頼回復を。」と断られました。 Nは労働条件の不利益変更にあたる契約書にサイン・押印できませんでした。 さらに会社はNに無断で社会保険も解約しました。Nはこれでは生活できないと一旦あきらめて7月16日に退職願いを提出。しかし、許せないとユニオンに相談に。ユニオンは賃金13万円が39000円になってしまう31%ものカットは許されない、この提案は解雇を通告されたに等しいやり方である、と交渉しました。会社は、Nが退職願いを出したのだから自主都合退職なので会社には問題が無いと主張。 組合は会社提案がなければNは退職願いを書かなかったと主張。なかなか噛み合いませんでしたが、事務折衝を重ねて和解しました。
関生事件は憲法や労働組合法で保障されている当たり前の組合活動が「威力業務妨害」「恐喝」「強要」などという刑事事件にでっち上げられた大弾圧事件であるが、マスコミが沈黙しているのはどうしてなのかを問うシンポジウムが11月12日に開催された。パネラーはジャーナリストの竹信三恵子さん、北健一さん、フリーランス社会科学者の花田達朗さん、コーディネーターは関西生コンを支援する会共同代表の海渡弁護士が務めた。北さんは「マスコミ関連産業でもリストラやハラスメントが起きている。会社を超えて繋がって強くならないと伝えるべきことが伝えられない。」と指摘。竹信さんは「警察マターになっているので労働問題とは言えないとメディアは金縛り状況になっている。社会運動化していけば書けるのでは。」と。花田さんは「ドイツは産業別組合なので一産業・一労働協約がカバーするので労働力の価値を買いたたかれることが少ない。日本で企業内組合が産業別組合への転換を言い始めたら大変なことになるので関生は狙い撃ちされたのではないか。日本のジャーナリストが個人として立つためにはジャーナリストユニオンが必要である。」と述べた。関生が勝ち取ってきた労働条件“男女を問わず運転手は同一賃金で8時間労働で暮らしていける”が破壊されようとしている。支援の輪を広げよう。 |
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☆☆☆人生で一番長く感じる判決までの2カ月間☆☆☆
証人尋問が終わり、12月24日の判決までの期間、裁判中の3年間を振り返るには十分過ぎる時間があり、改めて振り返ると、本当に自分自身が変わったなぁ〜と感じます。
初めてなのはなユニオンに訪れた2016年、ディズニーと言う大きな組織の元、長年ゲストの夢と魔法を守るためと全てを押さえつけられ、パワハラを話したら守秘義務違反で解雇されるのでは? と怯え、何も話せず泣くことしか出来なかった状態から始まりました。 大好きな仕事を続けるための裁判と覚悟を決め、2018年11月に提訴しましたが、裁判が始まってすぐに自宅に届いた会社からの一通の手紙。その内容は「業務に関する詳細な事を話すと、あなたの身分に影響しますよ」と言わんばかりの書面でした。 書面の脅し文句は恐怖心満載の私を黙らせるには効果的で、案の定当初の私は思うように発言出来ませんでした。第一回目の裁判後に行われた初めての記者会見、言いたいことも言えず悔し涙を流した記憶があります。ニュースで流れる自分の姿、今見ても怯えすぎでしょ!? と呆れる程です。 しかしこの3年間、裁判で被告の時代遅れの主張を聞く度に、自分は一体何に怯えていたんだろう? と恐怖心は呆れに変わり、自身の経験を発信し続け、多くのご支援や応援のメッセージをいただきました。 その中には同じくいじめやパワハラで苦しんでいる同僚からの声を上げたお礼や悲しい決断の報告も多かったです。辞めたくないけど辞めるしかなかった。そんなメッセージが届く度に「この裁判は自分のためでもあり、皆が安心して働ける場所にするための裁判。絶対に負ける訳にはいかない」と、ますます裁判に向き合い、嫌がらせを受けてもへこたれない強い精神や自信に変わり、自分でも驚くほど変わったなと自覚できる3年間を過ごすことができました。
それでも、判決日が決まると、ふとした時に叫びたくなる程不安になります。その度に勝訴の紙を笑顔で持つ想像をしたり、記者会見のイメージトレーニングをしたり、「絶対に勝つって言って?」と子守歌のように言ってもらったり… どんな安心感を与えてもらっても不安です。 私は今、勝訴と言う最高のクリスマスプレゼントが欲しいです。皆さんからもサンタクロースに伝えていただけたら嬉しいです。 |