「大人」になれない若者

千葉大学教授 宮本みち子(03/08/3朝日新聞)


 近年、「成人年齢なのに自立しない、一人前にならない若者」として注目されている一群の問題がある。職業社会に定着しないフリーター、ひきこもり、パラサイトシングルなどである。

 いずれも「青年から大人への移行期」に関する問題で、年齢的には高校卒業から30歳前後までが含まれる。これらについて日本では「自立心の欠如」「責任回避の心理の表れ」など、内面に原因を求める議論が目立つ。半面、社会構造の変化という視点は薄い。

 そもそも子供期と成人期の間に「青年期」が登場したのは、近代に学校教育制度が拡大されたことによっている。「一人前の大人」になる前に、試行錯誤する時間が与えられたのである。

 青年期は一般に、就職して社会人になることで終わりに向かい、結婚して家庭を持つことで最終的に終わるとされてきた。そこで「一人前の大人」になるのである。

 現実には、大人とも青年とも言いにくい状態が法的成人年齢を超えて30歳前後まで広がりつつある。これは実は日本だけでなく、先進工業諸国に共通する現象だ。

 一足先に問題に直面した欧州各国は、若年者の自立には社会的支援が不可欠との認識に達している。

 欧州では、二つの問題意識がある。「職歴や社会経験を積むべき青年期に、職業から切り離されて過ごすことは、本人の人生にとって重大なダメージになる」という考えと、「そうした若年層は将来、社会のメーンストリートから排除され、底辺に沈殿していく恐れが強く、社会の不安定化を招く」という考えだ。

 日本は今、欧州の経験から10年、20年たってポスト工業化時代の「青年」問題に直面している。若者を自立しにくくさせている社会構造にこそ目を向け始めるときだろう。

 日本の特徴は、青年の自立への支援が親と会社にゆだねられてきた点にある。

 大学での教育費は親が私的に負担。これを可能にしたのは、年功型の賃金体系の中で中高年(親)に厚く給与を配分する仕組みだった。

 学校から仕事へ送り出すまでの期間を親が支えていたとすれば、自立への仕上げは会社がしてくれた。

 近年のフリーターや学校卒無業者の増加は、「学校から仕事へ移行する」という従来の自立パターンでは、もはや大人への移行を支えきれなくなったことを意味する。会社や親以外に、自立を支援する社会的仕組みをつくっていく必要がある。

 また、晩婚化や非婚化により、20代や30代で家庭を持つ人はますます減りつつある。何をもって「一人前の大人」と見るかについての社会的合意が事実上、成り立たなくなっているのだ。一人前の大人とは何か、自立とは何か、という議論から始めなければならなくなってきた。

 親に依存する若者の弱さを非難するよりは、「若者が親に依存しなくても済む」社会をつくり出す方が生産的だ。

 目指すべき方向は次のようなものだろう。

 生活設計の力を養う教育。職業社会に定着するための職業訓練や職業指導。若年層のための雇用創出政策。労働に限らず幅広い情報提供と相談サービス。やり直しのきく柔軟な社会システムづくり。

 学生本人が学費等の費用を負担するようになれば、中高年の給与を厚くする必要性は薄れる。浮いた人件費を若年層の雇用に生かせば、若者の「前借り」の返済は容易になる。こうした新しい循環をつくり出せれば、社会は変わる。

 親世代の経済力にまだ余裕があるうちに、若年世代の自立や社会参加を支え、促す仕組みをつくっておくべきだろう。