人は「愛国心」という言葉を口にした瞬間に、自分と「愛国」の定義を異にする同国人に対する激しい憎しみにとらえられる。そのことを忘れない方がいい。歴史が教えるのは、愛国心が高揚するときに同時に「非国民」に対する不寛容もまたその絶頂に達するという事実である。

 「愛国者」たちは「わが国は世界に冠絶する素晴らしい国である」という彼らの信念と「あまりぱっとしない現状」の間の矛盾を埋める方法として、ただ一つの解釈しか知らない。それは国民の一部(あるいはほとんど全部)が、「祖国の卓越性を理解し、愛するという国民の義務」を怠っているからであるという解釈である。

 この解釈に従うならば、全国民に祖国の卓越性を理解させ、愛国の至情を行動によって示させ、それに同意しないものには罰を加え、「非国民」として弾劾すべし、という政治的行為が論理的には帰結される。

 その結果、「愛国心」が高揚するにつれて、「愛国者」たちは同国人に対する憎しみを亢進させ、やがてその政治的情熱のすべてを同国人を罰し、排除することに向けるようになる。

 歴史が教えてくれるのは、「愛国者が増えすぎると国が滅びる」という逆説である。

 愛国心のもっとも美しい発露は「同国人に対する広大な共生感」だろうと私は思っている。

 神戸女学院大学教授 内田樹 2007/7/14付け愛媛新聞 常識的から抜粋