小説 櫻太郎さまv [自覚間際]
思っただけで。 だが…―― 連れの男――コイツがまた憎らしいのを越えて呆れ返る程にオンナにモテる、そのヒエラルキーの頂点に立つよ うな野郎で――そんな奴が、目の前で誰の目にも明らかに焦っていて、あまつさえほっぺたを赤く染めちゃった りしていたりするのだ。 『お帰りなさいませご主人様〜vvv』から『行ってらっしゃいませご主人様〜vvv』まで、俺は纏わり付いてくる メイドコスの女共を軽くスルーして目の前の悪友、高橋啓介の観察に没頭し続けていた。 そしてその帰り道。 高橋の視線が一点を捉えたまま動かなくなったのに気付いて奴の腕を軽くつついてやる。 それでも心此処に在らず‥と言うか、何処か夢見心地な目付きに釣られ、その視線の先を追い――俺は目を疑っ た。
な雰囲気を持ち合わせており、その男へと高橋の視線は釘付にされていた。 驚いたのと物珍しさに声を掛ける事を忘れ、再び悪友観察に没頭し始めた頃、そのメイド男が此方に気付いて黒 いヒラヒラと白いレースを翻しながら駆け寄って来た。 「よう啓介、学校終わったのか?またプリン作って冷蔵庫ん中入れてあっから後で食ってくれよ」 「な‥んで‥中里、またそのカッコ…」 戸惑いを隠す余裕も無いのか、アタフタしたままその男の相手をしている啓介が面白くて、俺は一歩下がった所 からその様子を眺め始める。 まるで、俺の存在など忘れてしまったかの様な啓介の焦り様と、ほぼ間違いなくその要因を作っているメイド男 。 (弱味を握ってどうの‥っていう風には見えない‥っつーか、逆に弱味を握られてそうなのはこっちの兄ちゃん の方だよな…) チラリとその男を窺い見て、そうでなければ…と、啓介の方へと視線を戻す。 (間違いねェ。コイツ、こっちのメイド兄ちゃんに恋してやんの……さっきの店でコイツの態度がおかしかった のもこの兄ちゃんのせいってトコか) (最近どのオンナにもなびかねーと思ってたら‥こーいうオチだとは思わんかったな…) 自分が行動を起こさなくても向こうから勝手に…という状況に慣れ過ぎている啓介は戸惑い、この先の自分の動 向に迷いまくっているのだろう。 そう考えたら急にこの真新しい恋(しかも間違い無く初物の)を応援してやりたくなってきた。 「なぁ啓介、誰よソレ?」 ビクリと身を震わせる啓介の肩越しに顔を覗かせどうも、と頭を下げれば男は律義な性格が一目で分かる対応を 返してくる。 (‥まぁ、確かにある意味新鮮な感じはするわな。) 「俺は中里毅。アンタは‥啓介の友達、だよな?」 衣装とその口調に、彼に対して初めて違和感を感じる。 俺は名前を伝えながら自然な流れで何かの罰ゲーム?と彼の衣装について軽く突っ込みを入れたつもりだったの だが……。 (…マイッた。‥このモテ男が夢中になるのが分かる自分がコエェ。) 凛々しい眉を持った外見はどう見ても男で、そんな彼がフツーの女でさえ少々躊躇う様な衣装を身に付け、指摘 されて初めて意識しました、という様な表情で恥じらいを見せて。 「…いやっ‥ここ、コレはその…っ、‥」 隣に立つ啓介に目で助けを呼ぶものの、その啓介もまた、照れている中里の表情に釣られて顔を赤らめており。 (あ〜ぁ〜‥ズイブン初々しいこって…) 「ま、コイツのコト、よろしく頼むよ」 「…え?‥あぁ‥おぅ。…じゃあな啓介、涼介待たせてるから先帰るぞ」 キョトンとした表情で頷いてから啓介へと断りを入れ、そそくさと引き返してゆく。 ガッチリしていそうな腰に閃くエプロンのリボンが可愛いかも…と感じている自分に苦笑しつつ、啓介の体に腕 を絡ませながらメイド男――中里を見送った。
「はァっ?!どど、ドコがだよッ!」 見るからに動揺しながら全身で俺の言葉を否定する啓介の態度がこれまた新鮮に見えて。今度こそ耐えきれなく なってバカ笑いする俺の腕を振り解いて睨み付けてくる。 「あのヒトのコト、好きになっちゃったカモよ?」 「!!?」 やはりそれをそのままの意味で受け取った啓介が反論し返してくるのを嬉しく思い、俺はメイド男に対して軽く 感謝せずにはいられなかった。
|