ヴァン幸せルート小説 30





晩餐は終わり、公爵夫妻は奥の間へと退出していった。
それを見送ってから、面々はエントランスへ続く広間へと出た。

「まったくどうなっちゃうのかハラハラさせられまくりだったよ〜」

息を吐きながらも笑い声を含ませて、アニスが砕けた空気を作り出した。

「すまなかったみんな、折角のご馳走を不味くさせてしまったよな」

ガイは後ろ頭をかきながら、すまなそうに苦笑する。ガイが謝ることではない事なのに…と仲間達は思う。

「ファブレ公爵は貴方に何か返すと言っていましたが」

皆それは気になったものの聞いてはいけないような気がしていた中、ジェイドがしれっと尋ねてくれた。
それにガイも拘った感じもなく

「ああ、あそこの剣だよ」

と、エントランスの正面に高く飾られている美しい青い剣を指した。

「あれって父上の戦利品だとかって…ファブレ家の家宝になってるって…」
「あの剣は宝刀ガルディオス。ガルディオス家に伝わる宝剣だ」

低い声で静かにヴァンが簡潔に答えた。

「え!……じゃあ…」

その言葉にルーク達は驚くしかなかった。
ルークはふと、幼い頃、深夜にこの剣を見上げているガイを見つけた時のことを思い出す。
いつも穏やかなガイが、その時ルークに一瞬向けた表情が、今でも忘れられないでいる。

「この剣はもうファブレ公爵家のものだと思ってたから、返してもらわなくても良いって思ってたんだけどなぁ。
けど公爵の好意に甘えさせてもらえるのもルークのおかげだ。ありがとうルーク」

青ざめるルークに、ガイは心配そうに優しく声をかけた。

「ガイに返すものって、ホントはもっとあるんじゃないのか? あと一つって何…」
「ルーク!!」
「え?」
「あ…大きな声を出してごめんなさい」

ルークの言葉を遮るように叫んでしまったティアは、以前ルーク達とこの屋敷を訪れた時、この剣の前で交わした会話を思い出してしまっていた。
だが、気を使うティアを横目に、ガイの隣に控えるヴァンがそれに答える。

「もう一つはガルディオス伯爵の首級だ」
「シュキュウ…?」

‘首ってことだよ…’と以前聞いたガイの言葉がルークの記憶からよびおこされる。

「あ………」
「そっちは返してもらえるのは有り難いけど、これから先移動が続きそうだから保管に困るよなあ」
ショックを受けているルークに、ガイは軽く笑ってみせた。

「ではダアトでお預かりするのはどうでしょう」
「そうだな、それが一番だと思う。助かるよ ありがとうヴァン」

ガルディオス家の宝剣の前で、にこにこと会話を続ける主従を、皆、何とも言えない気持ちで見守るしかなかった。
ガイがどれほどの想いでこの屋敷で下僕に身をやつしてきたのか。そしてそれを陰で支えてきたヴァン謡将との絆を見せつけられるようでもあった。





ティアとアニスは教団支部へと戻り、ガイが満足するまでルークを宥めてから、ガイとヴァンは客用の部屋のある階へと向かった。
ガイとヴァンはそれぞれの自分用の客室の扉の前に立っていた。
明日からまた飛び回ることになりそうだし、今夜はそれぞれにゆっくり眠った方が良いとは思うのだが。

そしてこういう時、変に空気を読んで引いてしまうのもヴァンデスデルカという男だった。強引な時は強引すぎる癖に。

「寝る前に軽く一杯飲むか?」
他に誘い文句も浮かばないガイのその言葉に、自分の部屋の扉を開けようとしていたヴァンはくすりと笑った。
その態度が余裕に見えて、ガイは軽くヴァンを睨む。
するとますますヴァンはくすくすと笑い出した。

「何だよ」
「いえ……何でもありません」
「何でもなくないだろ。何だ」
「言ったら怒るでしょう」
「言わなかったらもっと怒ってやる」
ぷう、とムクれながら文句を言うガイを、ヴァンはますます愛しそうに眺めながら。

「いえ…ただ…」
「観念して最後まで言え」
「あまりにも幸福だと…そう思ったので」
「…!」

ヴァンのその言葉に嘘はないような笑みを向けられて、ガイは返す言葉を無くしてしまった。
よく考えたらこの答えでガイが怒るはずはないので、何かをごまかされたらしい。
けれどまあ良いか、と、ヴァンを部屋へと招き入れた。

軽く飲めるくらいの酒などは客室に揃っているけれど、他に必要なものがあれば厨房に取りに行って〜と、ガイがつい使用人根性を発揮しそうになっていると、

「わっ」
ぐい!とヴァンの腕に引き寄せられた。
「ヴァン…?」

ヴァンは答えずに、暖かい掌でガイの背を包むように撫でている。

首もと辺りを撫でられて、その手の暖かさに、ガイは深く息を吐いた。
腕をヴァンのしっかりとした腰周りに回して、立ったまま本格的にヴァンに寄りかかった。

「気持ちいいな」

素直に甘えてくるガイを腕の中に抱きながら、冷えて固くなってしまっているガイの首をヴァンは優しく撫で続ける。
ふわふわとした金髪を時々くすぐりながら。

ガイラルディアがこの屋敷に留まることに拘った理由は、ルークの世話の他に、父君の首級のありかを探りたいという望みがあったからだった。
そして、その首級を取り返す時、この屋敷があの日のホドのように血に染まることをガイは覚悟していた。
けれど、それは思いも寄らない運命によって、こんなに簡単にガイラルディアの元に正式に戻されることになったのだ。
とても長い日々だった。それを何でもないことのように受け止めて、平気な大人の顔ばかりする。
本当は傷ついていたとしても、ガイラルディアは本能的にその傷に気付かないようにしている。
それがこの敵地で生きるための処世術だったのだ。
だから少しでも甘えるような態度をされると、それが本当に特別なことに思えて、ヴァンデスデルカはくすぐられるような気持ちを持て余していた。
この凛として生きながらも可愛らしいままの主に、ずっと必要とされる者でありたい。腕の中の愛しい存在をぎゅうぎゅうと抱きしめると、

「ヴァン苦しい。」
流石にガイがぷうっとふくれながら文句を言ってきた。
「これは失礼しました」
にやにやしながらも、ガイを腕の中に捕らえていると、
「ずっと立ったまんまでいる気か?」
「ではベッドの方に?」
「えっ…ちょっ、きょ、今日はその、そういうのは」
「無しですか?」
ガイは無言でこくこくと頷く。焦っている表情もそそるのだが…とヴァンがふらちなことを考えてしまっていると。
「そういうの無しなら、一緒にいてもいい」
頬を染めながら上目使いの視線をちらりと向けるのだから、反則だと嘆きたくもなる。

「少しくらいは良いのではありませんか?」
「す……少しって……」
「少しは少しです。」
「……むう」
ガイが甘えるだけのムクれた顔をすると、ヴァンはその腰を引いて
「あ」
ガイのこめかみあたりにフワリと唇を押し当てた。

ふわふわした金髪をあくまでも優しくゆっくりと指先で撫でながら。腕の中にちょうど良く収まる主のしなやかな身体を
「ヴァ…ン苦しいよ」
思わずまた、ぎゅうぎゅうと抱きしめてしまっていた。

ヴァンはガイの訴えに言葉を返さないまま、それでも少しだけ腕の力を緩めて、ガイを包み込むように抱いていた。

「なんか…眠くなってくる…」
「もう休むか?」
「んー明日からまた忙しいし、休んだ方が良いんだろうけど…」

飲もうとヴァンを誘ったのは口実だったけれど、このまま眠ってしまうのも勿体無い気もする。

「では眠るまで、話しをしていよう」
ヴァンのさり気ないベッドへの誘いに、
「うん」
子供の頃、ぐずる自分を宥めるために、ヴァンが一緒のベッドに泊まってくれた夜の、幸せな気持ちを思い出した。

姉上は泣き虫のガイラルディアにはとことん厳しく、両親も優しかったけれどホドから離れてグランコクマで執務をすることが多かった。
ガイラルディアはヴァンに庇護されて育ったのだ。ヴァンには幼い頃も、再会してからも怒られた記憶が全く無い。
ただただガイラルディアに甘く優しくし続けてくれた。それなのに、ヴァンを、世界を滅ぼすことを望むほどの苦しみから守ってあげられなかった。
これからはずっと一緒にいて、俺がヴァンを守ってやりたい。

眠る支度をして、ベッドに二人でもぐりこんで、そんなようなことを、ガイは眠りかけながらほろほろと話し続けた。

ヴァンは髪を優しく撫でながら、寡黙に、けれど柔らかに相づちを続けてくれる。
こんな優しい夜が、ずっと続けば良いなと、ガイは願って眠りについた。








翌日、しっかりと親善大使の衣装を着込んだガイは、ルーク達と共に、王宮へと入った。
今日はピオニー陛下への正式な親書を受け取って、グランコクマへと直ぐに発たなければならない。
ジェイドが申請していた、ベルケンドとシェリダンの利用許可も正式に認可されるようなので、そちらも同時に進める必要がある。
アルビオールがもう一機あれば…と切実に思うのだが、そっちを使っているはずのアッシュは、アニスが捕まえる任に就いているらしい。
彼女なら巧くやってくれるだろう。

謁見の間には、キムラスカ・ランバルディアを筆頭に、重臣達が勢揃いをしていて、壮観な眺めになっていた。

その中を、正装に身を包んだガイラルディアは、ヴァンとジェイドを背後に率いて堂々と進み出た。

ダアトからの提案を受け入れて、マルクトと和睦し、ユリアの滅びの秘預言を、両国が総力をあげて協力し乗り越えることが宣言され。
その内容の親書が、ガイラルディアに渡される。
ベルケンドとシェリダンの利用許可も同時にに降りたが、ベルケンドの領主であるファブレ公爵の嫡男であるルークが、領主代理として立ち会うことが条件になった。
キムラスカから数人の官吏が大使としてマルクトに派遣されると告げられた

色々重要な任務を、ファブレ家の嫡男として任されることになったルークは、アッシュを思って複雑な気持ちでいた。

「俺、いろいろ任されちまったけど…あ、いや、頑張らないとな」
「まあそう肩に力を入れるなよルーク。仕事のできる大人がたっぷりサポートについてくれるんだから」
「うん…そうだよな」
「ルーク坊ちゃんはもう一人のルークに遠慮してるんじゃないですか?」
ジェイドの突っ込みに、ガイは、アッシュのことはルークが気にすることじゃないと過保護全開になる。

「まあ、ルークがファブレ家を継いで、アッシュがナタリア姫と結婚してキムラスカ王家に婿に入れば何の問題もないんじゃないですか?」
それを側で聞いていたナタリアが、まあ…と頬を赤らめる。
「そうだな、それで問題は解決だ。アニスが早くアッシュの奴を捕まえてくれると良いなルーク」
「えーっと…」
確かに色々丸く収まる話しなのだが、レプリカな自分が公爵家を継いで本当に良いのかとか、アッシュがみんなの提案を素直に受け入れるのかとか、ルークはまたもぐるぐる考えそうになった。
「とにかく今は苦しんでいる人たちを救うことだけを考えようぜルーク。もうお前だけが色々背負ってるんじゃないんだ」
一緒に旅に出る仲間に強い笑顔を向けるガイに、ルークもつられて笑顔になった。


王宮に残るナタリア達と別れの挨拶を兼ねて短いお茶の時間ももうけられた。同行する官吏達の支度を待って、バチカル郊外のアルビオールに向かおうとすると、ルークはお茶の時間から居なかったガイが、まだ戻っていないことに気付いた。
「あれ?ガイは」
「ちょっと用事があるとかで。直ぐ戻ると言っていましたが…」
ジェイドもヴァン謡将も居場所は知らないと言う。
「悪い、待たせたか?」
「ガイ、何処行ってたんだ?」
「まあちょっとな」
「では出発しますか。忙しくなりますよ」
まあ移動がほとんどなので、しばらくは忙しいのは操縦士と副操縦士のガイですけどね、と言うジェイドに、ガイはアルビオールという単語だけでも「おう!」と目を輝かせた。
一行は一路グランコクマへと向かった。







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