月の姫君 2(PG JG 他G)
ドレスと付け毛が揃うと、ガイはすっかり華やかな金髪美人に仕立てあげられてしまった。
「これなら陛下でなくてもイチコロなんじゃないですか?」
「こんな大柄な女性はイヤだよ…」
ガイは美女の顔をうんざりといった風に歪めた。ガイは男性の中でも長身の部類だが、細身であるので実際それほど体躯は気にならない。
「まあ写真に収まるだけですから、背の高さは関係ないですし」
「はあ… とにかくさっさと写真済ませて、顔に塗られたの落としたいよ」
ガイの女装の出来映えに満足したのか、重臣達はそれぞれの仕事に戻り、ジェイドが撮影に最後まで付き合った。
「旦那も暇じゃないんだろ? いいのかこんな所で油売ってて」
「滅多にない面白いイベントですから、逃す手はありません♪」
「物好きだなあ…」
途中で一度ドレスを変えさせられたり髪型も変えられたりして、けっこうな時間をかけて、撮影は終わった。
ふーやれやれと肩をもむガイは衣装を脱ぐ前に、ふと、鏡の前に立って
「マリイ姉さんに似るのかなって思ってたけど…」
と、ホロリとこぼした。
それをジェイドが聞き逃さずに、
「お姉さんと言っても、あなたの方がずっと年上になってしまってますからね」
「…うん」
ジェイドが見たガイの姉はレプリカであったが、ガイと同じ髪色と瞳の色の、けれど少女の年齢だった。ガイにとって姉というのは、いつまでも失った五歳の頃の記憶の中の存在なのだろう。
「どちらかと言うと、セシル少将に似てる…かな」
「貴方と少将は従姉に当たる訳ですから、似ていると言われればそう感じますが」
ガイの方がずっと華やかさのある美人に仕上がっている。
「貴方の母上は? 大変な美女だったと貴族名鑑にも残っていましたが」
「……ああ…………そう…かも」
ガイは少しの間ぼんやりと鏡を眺めてから、ふるふると頭を振る。
「カツラで頭が重いよ。顔もべたべたするし、女性は化粧とか大変なんだな」
とっとと衣装を取ろうとするので、部屋の中で控えていたコーディネーター達が、「伯爵さまお疲れさまでした」と手伝った。
化粧を綺麗に落としてすっかり元に戻るまで、ジェイドは付き合ってくれた。本当に暇な奴じゃないのに良いのかなとガイは思ったが。
「ふう…さっぱりしたよ」
短く刈られた金の髪をくしゃくしゃと撫でながら、いつものガイが戻ってくると
「美女姿も良かったですが、やはりこちらの方が私は好きですよ」
にこやかなジェイドに迎えられた。
「な、なんだよ。まあもうあんなのはゴメンだからな」
ちょっと照れながらガイは答えた。
エルドラントは崩落が止まり、イスパニア半島に続く島のようになっていた。
ジェイド達一行は、カイツール近くの港町から、軍の中型船を使って探査に来ていた。
メンバーは研究者が中心で、護衛として軍人が数名。
「ガイ、あまり深い所までは行かないでください。夜にはキャンプに戻ってくださいね」
「ああ。わかった」
ジェイドはガイに毎回必ず護衛を一人同行させた。自己回復術は簡単なものならガイも使えるし、何より剣士としての腕は確かだとジェイドも分かりきっているが、一人誰かを同行させれば無茶はしないだろうと判断してのことだった。
エルドラントの魔物は凶暴な物が多く、いくらガイが強くても一人で連戦は危険だった。だが
「カーティス大佐、報告に参りました」
夕方近くに戻ってきたガイの護衛役の報告を聞いて、ジェイドは毎回のことながらため息をついた。
「その…私を庇ったせいで伯爵様に怪我を負わせてしまいました。治癒は済んでいますが。…申し訳ありません」
「分かりました。明日も護衛を頼みます」
「は、はい」
けっこうな怪我をしたというガイは、治癒術のお陰で、今は元気にキャンプの夕食の支度を手伝っている。
報告が無ければ、怪我をしたということもジェイドはずっと知らないままだろう。
ガイは人の世話には夢中になるのに、自分の事には無頓着だ。
だが怪我をすれば痛みに苦しむし、治癒術にも限界というものがある。付けている護衛が足を引っ張ってしまうのがジレンマだった。
(私が同行できれば良いのですけどねえ)
ジェイド達は今回エルドラントに残されている音機関を調べに来ている。一方ガイは、ずっとルークの痕跡を探し続けていた。
「ルークはきっと戻ってくる。…けど戻って来たくても、なにか手助けとか必要なんじゃないかって…。こっちから探してやらないと駄目なんじゃないかとか…」
そう言って、ガイは機会があるごとにエルドラントを探索する。そして「なにも見つからなかったよ… けど俺の探し方が悪いのかも知れないし…」
と僅かな希望をつなごうとする。
ジェイドはその度に「そうですか」と感情の籠もらない返事をし、手がかりになりそうな術式や可能性のあるメッセージ方法などをアドバイスする。
恐らくルークは戻ってきませんよ。
悲しいくらい冷静に、ジェイドにはあの当時の状況が判断できる。戻ることが出来たとしても、それは恐らく彼ではなく…。
けれどそれをジェイドはガイに告げることは出来ないでいる。
どれだけガイがルークを大切に思っているか、あの旅の中で仲間達にはイヤという程に身に染み込まされている。ガイのルークへの過保護とも言える甘やかしに困惑させられ、二人の深い絆に微笑ましい気持ちにさせられた。
(私は呆れているばかりでしたけどねぇ)
ガイはルークが戻ることを信じていれば良いのだと、そう今は思うしかない。戻らないと告げたところで、ガイはきっと信じないだろう。いや、もしかすると彼には何もかも分かってしまっているのかも知れない。それでも…
キャンプでは伯爵手づからの料理に、軍人達が恐縮しながら舌鼓を打っていた。分け隔てなく誰にでも暖かなガイのもてなしぶりは何時どこでも発揮されて、ジェイドは呆れてやはりため息をつく。
(またガイラルディア伯爵ファン倶楽部のメンバーが増えますね)
ガイをマルクトに連れてきて一ヶ月も経たないうちに、宮殿のメイドの殆どがガイに夢中になってしまったとピオニーに嘆かれたものだが、ガイのモテぶりは女性に限らなかった。
最初は新参の若い伯爵、という認識だけだったガイだが、ジェイドやピオニーにからかわれ、コキ使われている姿が庇護欲を誘うのか、あるいは剣士としての一流の腕や、重責に負けない凛とした佇まいに惹かれるのか、秘密のガイラルディア伯爵ファン倶楽部なるものがいくつも出来たのだ。
ジェイドが把握していないファン倶楽部もあるかも知れない。マルクトの宮殿に降り立ったガイは異質だからこそ目立った存在として、特異な受け入れられ方をした。
しかも本人はその事に全く気づく様子が無いのが恐ろしい。無自覚に他人を今日までタラしにタラし続けている。天然タラしとアニスが名付けていたが言い得ている。
まあ実際この私までタラされてしまったのですから…
「ジェイド、夕飯できたけど、テントまで運ぼうか?」
少し離れた所でガイから声がかかる。
「ああ、いえ、もう少しでデータをまとめ終わりますので、そうしたらそちらでいただきますよ」
とっておいて下さい、と頼むと、分かったと明るい返事が返ってきた。
テントの中に引っ込むジェイドを何となく見送ってから、ガイはまた自分の夕食に戻った。
旅の頃のように焚き火を囲むような野趣はあまりなく、軍のキャンプ装備が展開されていて、きちんとしたグリルなども運び込まれている。簡易なテーブルで、見張り以外のメンバー達で夕食をとっていた。
「伯爵はカーティス大佐と仲が良いですよね」
若い兵士にそう話しかけられた。
「ああ、うん? まあそうなの…かな?」
「大佐は伯爵といつも笑顔で話されているので」
「? ジェイドはいつもニコニコしてないか?」
ニヤニヤという方が正しいような気もするガイだが。
すると兵士達は若者も古参も揃って顔を見合わせて。
「大佐のそういった表情を拝見するようになったのは、伯爵がマルクトにいらしてからです。軍では部下から信頼されていますが、その…あんな風に笑顔を見せられることはなくて」
「そう…なのか」
ジェイドには何だかんだと酷い目に合わされてきた印象があるガイだが、実際はとても助けられていて、意外なほどに優しくされている…という認識くらいはあった。
考えてみれば、ジェイドは高位の軍人で、自分よりずっと年も上だ。それなのに兵士達が混ざるこういう場で、ジェイドに気安くするのは、周囲を困惑させる程、礼を欠いているのかも知れない。
「その、少しは分を弁えるように気をつけます」
少し改まってそうガイが告げると
「いいいいいえっ!止めて下さい、我々のせいで伯爵の態度か変わられてしまったと大佐に知れたら」
殺されてしまいますっ と、面々は涙目で訴えた。
ガイは頭に?マークを浮かべる。
ジェイドについて、他にも色々聞かれたガイは、当たり障りの無い返答をするよう心がけた。
何となく、ジェイドに甘えすぎて気持ちが緩んでいたのではないかと気づいたからだった。
エルドラントでの調査は無事終わり、ガイはいつも通り何の成果も得られないまま。
一行はケセドニアの軍港からグランコクマへの直通船を待つために街に一泊することになった。
明日までは自由にして良いとのことで、ガイは自分で宿を取ることにした。
街を見物して簡単な夕食を済ませると、特にやる事もなくなってしまう。
宿の窓を少し開けると、ぼやけた夜の喧噪が乾いた空気に乗って流れてくる。
「シャワー浴びちまったけど、もう一回どっか飲みにでも出ようかなあ…」
ジェイドでも誘えたらな、と頭をよぎるものの、ジェイドは軍の宿舎だ。仕事もあるようだったし。今の自分とは立場が違うのだとガイは自分に言い聞かせる。
その時
コンコン、と部屋のドアが鳴る音がした。
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